第52話

「タミーおめめ~!」

「はいはい。どうも」

「すごかったよ。どうやら形になってきたみたいだね」

「ですね。もっと細かいマナ操作ができるようになれば戦術の幅も広がって面白いと思います。クテラちゃんは元々器用な子ですし」

「あの大きさでもまだ子供なのだろう? どれ程大きくなるかはわからないが先が楽しみだな」

「うん。私もあの子の大人になった姿が楽しみだよ。今よりもっともっとかっこよくなってもらわいとね」

 勝利を収め戻ってきた多美に挨拶をかわす。俺以外。正直まだ黒ギャル的な見た目が怖いのでどう話しかけて良いかわからないんだよ。いや気の良いヤツってのはわかるんだが……。ん? ミケは平気なのになんで多美はダメなのかって? なんかこう女のが迫力感じるときない? わからない? この気持ち。

「さ~て! お次は私だね。本当は大取りもらいたかったけど仕方ないからさっちゃんに譲ってやるよ」

 いや順番は学園側が決めてるから最後なのは俺の意思じゃねぇぞ。不本意のラストだからなこれ。わかってんだろうなちんちくりんこらボケ。

「じゃ、いってくるぜ。俺の生き様よく見とけよ」

 無駄にかっこつけて無駄に颯爽と準備に向かう伊鶴なのだが。お前の順番まだ一時間は先じゃねぇか。

 この五分後。気まずそうにジュースを飲みながら戻ってきたよ。ちゃんと時間の確認くらいしとけや。



 気を取り直し一時間後。

『一年B組唐柿夏々藻からかきななも。一年E組賀古治伊鶴。実戦演習。始めてください』



バトルパート


 賀古治伊鶴&ハウラウラン

      VS

 唐柿夏々藻&アーバ・ジョーダン



「今日も元気に~……はい!」

「クケ!」

 伊鶴の掛け声に合わせてゲートから勢いよくやってくるハウラウラン。心なしか少し大きくなっている気がする。この数日で成長したようだ。

「ジョーダン。今日もよろしく」

「……うん。良いよ」

 ゲートからではなく少しのタイムラグを置いて反対側から現れたのはカメレオンのような頭部に人間に近い体の生物。なぜか真っ赤なジャージを着ている。

「またそれ着てるの?」

「……うん。着てる。君から。もらった。これ。気に入って。るんだ」

 ポンポンとジャージを叩いて気に入ってるアピールをする仕草は少し可愛いくも見える。しかし、伊鶴はそんなことよりも頭に来ていることがあった。

「ぬぅわぁんで! よりにもよって! 相手が! 爬虫類なんだろうか! ハウちゃんと被るじゃん!」

 だからなんだという話なのだが、伊鶴にとっては重要らしい。だが機嫌を損ねたのは伊鶴だけではない。伊鶴の声に反応し振り向いたジョーダンはハウラウランを見ると、気持ち悪い色に変色した。

「……うぇ。夏々藻。今日は。あれと。やるのかい? 僕。爬虫類。嫌い。なんだけど。特に。トカゲは。気持ち。悪くて。吐きそうだ」

「あぁん!?」

 爬虫類が爬虫類嫌いとかどの口案件に伊鶴の怒りボルテージはさらに上がっていく。

「そう言わないでよ。私にとっては重要な戦いなの」

「……うん。それは。わかってる。……はぁ。仕方。ないから。さっさと。片付けようか」

「はぁぁあぁぁあん!!?」

 伊鶴人生最大の怒り爆発。

「ハウちゃんを気持ち悪いっていうのもムカつくけどさらには楽勝ムード垂れ流しですかぁん!? たしかに私はE組だけどなめすぎじゃないかなぁ!?」

「いや、知らないし。ジョーダンが勝手に言ってるだけだし」

「自分は関係ないですってか! 自分は関係ないですってか!? 契約者だったら他者ひとに気持ち悪いとか軽々言っちゃいかんとちゃんと躾を――」

「クケ!」

「……っ!」

 いつの間にか姿を消していたジョーダン。ハウラウランを見ると何かを目で追っている仕草をしている。

「ハウちゃん!」

 伊鶴はマナを流し込み爆発を起こさせる。しかし攻撃は外れたようで、無傷のジョーダンが夏々藻の後ろから再び姿を現す。

「……危な。かった。かも。服。燃える。ところ。だった」

「すごい威力……。E組って聞いてたからちょっと余裕かもと思ってたけど。改めなきゃ」

「やっぱあんたもなめてたんかい! 契約者共々失礼だね!?」

(失礼な人たちだけど。やっべぇ。めっちゃ厄介。ミケちゃんの相手みたいな消えるタイプ。ハウちゃんは認識できてるみたいだけど、様子を見るに移動速度と知能はけた違いかなこれ)

「あはは! でも良かった良かった! ちゃんと私たちは危険な相手って認識してもらえたかの?」

「ええ。もうジョーダンは油断しないはずよ。もちろん私も」

「それなら良いや。いやね? 正直役不足かなって思ってたんだよねこっちもさ。B組程度じゃすぐやっつけちゃうかもって」

「……は?」

「でも間違いだったね。強いよあんたら。だから本当。なめるのやめてくれて良かった」

「なぜ? 油断してくれてた方がそっちからしたらありがたかったんじゃないの? というかどの口で役不足なんて言えるの……」

 伊鶴は右手で持っていたグリモアを左手に持ち変え、右手は人差し指だけ触れる。

「だって、こっちも全力でお試し会ができるからさ」

「クキャ!」

 不敵な笑みを浮かべる伊鶴と伊鶴に呼応するようにやる気を表に出すハウラウラン。才気煥発。これは伊鶴にとってのお試し会。それと同時にこれは天才のお披露目会になる。



「おらぁ!」

「クキャアアアア!」

 森を進み始め何度目かの獰猛な生物との遭遇戦。伊鶴は毎度同じく全力の爆発で撃退をする。

「ぷはぁ~……ちかれたぁ~……」

「クケプッ」

 遭遇率はかなり高く。一時間に数回は順番が回ってきている。その度に全力でマナを使っていれば疲れるに決まっている。さらに、だ。

「あんたいい加減にマナ抑えなよ……。ニスニルがいなかったらこの辺一帯焼け野原になってるよ?」

「いや私も好きで全力投球してるわけじゃ……」

 伊鶴は莫大なマナを保有しそれを表に出すだけならば問題なく行える。しかし調節が全くできない。オンとオフはスムーズにできるのだが、それだけではこの先やっていけるわけもなく。

「このままじゃダメってわかってるんだけど、どうやってマナ送る量とか制御コントロールできんのさぁ~。皆どうやってんの?」

「え? 私は勘? かな? 感覚でこうわかるっていうか」

「タミーよ。感覚とか参考になるわけないじゃん」

「僕はそもそもあんまりマナを送るの得意じゃないし、ジゼルにできるだけ送ってあとはジゼルに任せるのがほとんどだね。それでも少し送る。全力で送るくらいは感覚でなんとなくわかるけど」

「また感覚か。天才肌か貴様ら」

「悪いが、私も感覚だ。こういうのはもう慣れしかないのでは?」

「ふぁー! 慣れ以前に調節の経験がゼロなんだがそれは」

「えっと……ごめんなさい……」

(あ、察し)

「だぁ! わからん! アドバイスが全部感覚に頼れとかだもん! わかるわけねぇな!?」

「クケ。ベロベロ」

「わぷっ」

 全員の意見がほぼ同じしかも全く参考にならないもので思わずその場に寝転んでしまう伊鶴。その伊鶴の顔をハウラウランがなめ回す。

「……感覚がわからないなら。全力のままでも調節できる方法を探したらどう?」

 まともな意見を出したのはニスニル。しかし未だに憮然とた表情の伊鶴。

「……具体的には?」

「普段貴女はどうやってマナを送っているの? 流しているの?」

「それは手のひらからグリモアに流し込んでそのままハウちゃんに……。ぷっ。ハウちゃんちょっと今はやめて」

「クキュ~……」

「あぁん! ごめんてぇ~!」

 悲しそうな声を出すハウラウランに抱きつく。するとまたハウラウランは伊鶴の顔をなめ始める。

「それなら答えは簡単かもしれない」

「ハウちゃ~ん♪ いい子ぉいい子ぉ~……え!? なんて!?」

「うるさい!」

「おぶっ!」

 思わず大声を出してしまい近くにいた多美にド突かれる。しかし伊鶴はめげない。

「ど、どういうこと?」

「手のひらからグリモアに触れて流しているなら。触れている接地面を減らしたら良いんじゃいかしら」

「……」

「流れていくのは触れている部分だけだから少なくとも爆発の威力は調整できるはず。でも触れていない部分から垂れ流しにされるからロスは激しいままだけれどね」

「……」

「でもロスした部分は感覚で掴めるんじゃないかしら? 深い同調を行えばどの程度流れていってるかもわかるでしょうし。貴女ならすぐその程度の深さまでは行けると思う」

「……な、な、な、な、なるほどなぁ~」

(そんな超単純なお話でしたかぁ! いやまぁスタミナのほうは解決してないようなもんだけど。たしかに威力の調整はなんとかなりそうな……気がしてきたかも!? ヤバ。ちょっと試したくなってきた……!)

「ちょ、ごめん! 次のも私もらっていい!?」

「あ~はいはい。丁度来たみたいよ。だよね?」

「はい。お猿さんの群れが接近中です」

 ちゃっかりセッコとの同調を使えるようになっていた八千葉が付近を警戒していたので報告をする。何気に優秀。

「かなりの数なのか?」

「はい。数十匹はいるみたいです。さすがにこれは手分けをした方が……」

「いんや全部もらう。数がいるなら加減の練習にもなるし! あ、でもスタミナ切れたら助けてね!」

「あはは……。ものすごい勝手ですね……」

「いつもの事だけれどな」

「ま、光明が見えたみたいだし。良かったんじゃないかな」

「なんか皆も伊鶴の扱いに慣れてきてくれたみたいで本当嬉しいわ~」

 好き勝手言われているが最早耳に入っていない。早く新しい戦闘法を試したくて仕方ないのだ。

「いっくぜぇ! ハウちゃん!」

「クキャ!」



「出し惜しみなんてしてあげないからさぁ! 呆気なく終わらないでよ! いくよ! ハウちゃん!」

「クケケ!」

 伊鶴とハウラウランは同調を開始。視覚情報を共有する。伊鶴の目にはジョーダンの姿は映っていないのでハウラウランの視覚だけに頼る。その為に、伊鶴は目をつぶった。

「……? 本気になるような事言っておいて目を閉じるなんて。新手の挑発かなにか? だとしたらずいぶんと安っぽい……」

「バン」

「ペッ!」

「っ!?」

 ハウラウランの口から小さな炎の玉が高速で撃ち出される。夏々藻は驚いて反応が遅れるが、ジョーダンは姿を隠しつつ回避。

「油断しないとか言っときながらガッツリしちゃってるじゃん。それって新手の挑発?」

「……くっ。ジョーダン。マナ送るからさっさと倒して」

 同じ事を言い返されて癪に障った夏々藻はできる限りのマナをジョーダンへ送り込んでいく。あくまで負荷のかからない辺りまでだが。それでもジョーダンにとっては十分な量である。

「……そんなに。要らないよ。僕の。能力。燃費良い。から。あと。早く。終わらせたい。のは。僕も。同じ」

 ジョーダンの能力はマイク達と戦ったラスプとはまた違う。ラスプは光を屈折させる事で姿を隠していたが、ジョーダンは自らの存在感を消す事で姿が消えたと錯覚させているのだ。光という自然にあるモノではなく、自身を対象にする方がマナ効率が良い。

(でも。なんで。あの。トカゲ。僕の。位置。わかるんだ? 僕の。能力は。ちゃんと。機能。してる。のに)

 ハウラウランは先程から正確とまではいかないが、ジョーダンを目で捉えている。だがこれに関しては至極単純な事だった。

(な~るほどで。素直なハウちゃんだからこそだねこれ)

 ハウラウランは素直に、真っ当に知覚しているだけなのだ。野生の勘も多少あるだろうが、基本的にはそのままを視ているのだ。するとどうなるのか。その場の空間に違和感が生まれる。

(綺麗な白紙にぽっかり穴が空いたような変な感じがある。たぶん相手は自分を隠すような能力なんだろうけど。隠れすぎてるんだねぇ。だから素直な感性を持つハウちゃんだと違和感を感じるわけか。カラクリはまだわからないけど、問題なし。位置がわかれば問題なんてあるわけなし!)

「ガンガンいっくぜぇ。ハウちゃん。バンバンぶっぱなせぇ!」

「クキュ! ペペぺペペぺペペぺッ!!!」

 伊鶴は五本の指にマナを流し、一本ずつグリモアに触れてハウラウランへ送り込む事で巨大な一撃ではなく小さな威力だが連射を可能にした。

「……っ。……フッ!」

 しかしジョーダンも能力を発動させながら巧みなボディーワークでかわしていく。いくつか炎は掠めていくが、直撃は避けている。 

(や、厄介。だな。これだけ。数を。出されると。さすが。に。いくつか。当たる。威力が。大幅に。落ちて。助かった。これで。威力まで。同じ。だったら。不味かった。それに。これだけ。連発。していたら。ガス欠は。必ず。すぐ。に。訪れる)

 ジョーダンの推測は正しい。この数日でこのやり方にも慣れてマナのロスは減ってきているが、まだまだ完全な制御には程遠い。爆発を連発させるよりかはマシだが、弾切れはすぐに起こってしまう。だがそんな事。百も承知。

(一本ずつじゃダメか。ちょっと当たってもダメージがない。なら)

「べッ! べッ! べッ! べッ!」

 今度は人差し指と中指。薬指と小指をくっつけて交互にグリモアに触れていく。それにより連射数は少し落ちるが、炎の威力が倍に上がった。

「な、なに!? なんでそんな細かい調節ができるの!?」

 マナの調節が上手くできないから召喚魔法師。量がないからE組のはず。その常識をことごとく覆していく伊鶴に驚嘆する夏々藻。夏々藻だけではない。たまたま観覧席で見学していた他クラス他学年達も驚いている。しかし、伊鶴が行った事は先程と変わらない。ただマナを送り込む接地面を変えているだけなのだ。実に単純だが、突然常識外れな事をされたら誰しも驚く。まして夏々藻は実戦でやられているのだ。パニックになるのは必然と言えよう。

「……!? 夏々藻。マナ。足りない」

 集中の切れた夏々藻からマナの供給が途絶え、能力が切れかける。ジョーダンの姿がぼんやりと浮かび上がってしまう。

「おっとチャンス到来? なら……!」

 伊鶴は再び五本指の連射に切り替える。能力が切れてより正確な位置がわかるようになったので被弾が増え、直撃も入っていく。

「うぐっ! つっ!」

 被弾する毎に能力はさらに弱くなっていく。

(このまま。だと。完全に。ただの的。一か。八か。仕留め。にかかる。しかない)

 ジョーダンには遠距離攻撃はない。できるのは存在感を消す事と接近戦。マナの操作で肉体能力は上げられるので近づいてしまえばまだマナ操作のおぼつかないハウラウランでは太刀打ちできないだろう。

「……ッ!」

 英断。ジョーダンは能力に使っていたマナの一部を肉体能力向上に回す。勝ち目はもう被弾してでも近づくしかないのだ。ハウラウランの小さな爆炎弾がジョーダンの体に当たるが、お構いなしに突っ込んで行く。

「はっや!?」

(足二本なのに四足歩行の動物並みに速い! あの脚力だと近づかれて踏まれるだけでもハウちゃんじゃなかなかの痛手になるね。鱗は堅いけど言うほど防御力は高くないし。なにより背中を取られて首絞められたらそれでアウトだねこりゃ)

「え……」

 伊鶴が気合いを入れ直そうとすると、突如ジョーダンの姿が再び消え、能力を使われていた時の違和感がハウラウランの眼前まで近づいていた。

(驚いたけど。ジョーダンの能力も戻って、しかも今は身体機能も上げている! これで私達の勝ち……!)

 夏々藻がパニックから立て直し再びマナを送っていたのだ。だから急激に肉体能力は上がり伊鶴とハウラウランの虚をつくことができた。

 しかし、しかしだ。これで完全に勝機はなくなってしまった。

「クキャアアアアアアア!!!!!」

「あ」


 ――…………ドゴォォォォォォオン!!!


 爆音。爆発。爆炎。がジョーダンを包み込んだ。伊鶴は咄嗟に手のひらをグリモアにつけていたのだ。ゼロ距離まで迫っていた状態での最大威力の爆発。いくら巧みな動きができていても回避は不可。

「………………」

 ギリギリ息はあるようだが戦闘続行などできるわけもない。夏々藻は安全エリアから出てジョーダンを背負い、医務室へ向かう。

(私がもっと早く立ち直っていたら……。いいえ。それでもきっと勝てなかった。あの人達は完全に私達よりも上を行っていた。気づけていればジョーダンをこんな目に合わせなくて済んだのに!)

 内心で後悔をする夏々藻だが、どうしようもない。彼女にはマナを知覚する事ができないのだから、力量差などわかるはずもないのだ。

『契約者の戦闘不能と、唐柿夏々藻の退場を確認しました。勝者賀古治伊鶴』

「……ふぅ。ビックリして全力爆破ぶちかましただけなんだけどな……。でも結果良ければ万事オーケーってことで!」

「クケ!」

 マナの制御はまだまだだが、それでも十分その場にいる全員に実力を示した伊鶴。才同様彼女も注目されていく事だろう。彼女に限らず。かもしれないが。

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