第51話

「ミケちゃん。うぇ~い」

「ハハハ。イエーイ」

 戻ってきた伊鶴とミケがハイタッチをする。伊鶴が小さくてミケが低い位置に手をやってるからハイいと言われると疑問を抱くところだが。

「さすがマイク君だな。C組相手に圧勝だったじゃないか」

「おめでとうございます。合宿の成果ですね」

「相性が良かったんだよ。相手も油断してたしね」

「謙遜しなくて良いよ。相手は一応格上だったんだからさ。……さ~て次は私だ」

 多美は端末を振りながらこちらに見せて準備に入るよう連絡が来たことを示す。そういえば俺はミケ以外の契約者を見たことがないな。それだけは楽しみ。

「じゃ、行ってくるわ」



『一年D組百々鐘也三智どどがねやみち。一年E組宍戸司多美。これより実戦演習を始めます。準備ができ次第始めてください』



バトルパート


  宍戸司多美&クテラ

      VS

 百々鐘也三智&サーヂェス



 両者アナウンスが入ると即座にグリモアを具現化。契約者を喚び出す。

「グラゥ……」

 低い唸り声を上げながらゆったりと現れたのは多美の契約者クテラ。大型の雪豹を彷彿とさせる美しい姿に氷で作った鎧も相まってまるで幻想の獣。その姿だけで大概の人間なら萎縮してしまうだろうが、也三智は違った。

「シャー……ッ! なんだよぉ。ま~たこんなところに喚びやがってぇ。俺様ァはよ、食えねぇヤツは興味ないってのによぉ~。たまにゃ食い応えのある餌用意しやがれよぉ~裸猿」

 也三智が喚び出したのは体長30mはあろうかという超大型のしゃべるコブラ。口からヨダレと赤紫の液体を垂れ流していて不気味さと凶悪な顔をさらに際立たせている。

「おぉ? なんだよなんだよ気が利くなぁ。今回はちゃんと食えそうな猫がいるじゃんかよぉ。良いよな? これ食って良いよなぁ?」

「別に意図した相手じゃないんだけど……。良いんじゃないかな? 契約者を殺しても罰則はないらしいし。なんなら安全エリアを出た生徒にも命の保証はないしね」

「じゃあ食うわ! めっちゃ食うわ! こっちにやぁ最近餌がいなくてよぉ。久々のデカイ餌たらふく食うわ」

「……」

「あ、ごめんなさい。サーヂェスが君の契約者を餌とか言っちゃって。もしかして怒った? それともサーヂェスが怖くて放心しちゃったかな?」

 はしゃぐサーヂェスを黙って見つめる多美とクテラ。もちろんだがこの二名。怖じ気づいていたわけじゃない。

「はぁ……。別に怒っちゃいないよ。野生じゃ自分より小さな動物は大概餌だもんね。こっちでもデカイ蛇がハイエナ食ったり豹食ったりって事例がないわけじゃないし。……ただ、デケェだけで捕食者面しないでよ。言っとくけどうちの子はデカイ蛇が大好物なんだよねぇ!」

「ガルァアアアア!」

(※意訳 違うから!)

 クテラは自分よりも何倍も大きなサーヂェスに果敢にも突っ込んでいく。

「シャハハハハハハ! 大口叩く裸猿もいたもんだなぁ!? 猫も釣られて一丁前に吠えてやがるよぉ! 良いぜぇ良いぜぇ。活きの良い餌は大好物だ!」

 サーヂェスはヨダレと赤紫の液体――毒液をバラ撒きながら尾を振るう。クテラは尾をかわすがかわした先に毒液を飛ばされている。クテラは臭いで危険を察知しているので毒液を全て凍らすことで無力化していく。

「シャハ。器用な猫だ」

「グルゥ」

「あんたもずいぶん小賢しいってさ。プフッ。デカイ図体の蛇公のクセにだって」

「グルルゥ……」

 そんなこと言ってないという呆れた声を出すクテラ。百も承知。多美はただ短気そうな相手だったので挑発してみただけ。

「言うねぇ言うねぇ! 俺様ァ相手にそこまでイキるヤツぁ希だぜ? そういうヤツは大体旨いんだよなぁ~」

 挑発するも逆上するどころか歓喜した。体も大きく活きの良いクテラに食欲をさらに増していく。垂れ流していたヨダレと毒液の量も増えた。

(へぇ~。意外と良い性格してる。挑発は無駄だね。少しでも動きが単調になってくれたら良かったけど。ま、それならそれで真っ直ぐ行くだけ)

「クテラ!」

「グルァァァア!」

 多美の合図で流し込まれたマナを使いクテラは床に氷を張っていく。サーヂェスの真下まで広がり床とくっつけてしまう。

「つめた!? なんだこりゃあ!? ものすげぇつめてぇな!? 妙なもん出しやがって!」

「ただの氷だ。お前の筋力ならちょっと動けば剥がれるだろ。気にするな」

 少し体を動かすとバリバリと氷が剥がれていく。今の多美とクテラではまだサーヂェスのような大型の相手を拘束することはできない。

「お? なんだよただすげぇ冷たいだけかこれ。ちょっと動きゃ取れるし叩きゃ壊れるじゃねぇか」

 バシバシと尻尾を振り氷を壊して遊んでいる。拘束することが目的ならば策を嘲笑われている今、頭に血が上っていてもおかしくはないが。残念ながら多美の目的はそこにはない。

(バーカ。今のであんたらの攻略法は掴んだっての。ま、三割くらいは賭けだけどさ)

「クテラ! 次!」

 多美は再びマナを流し込む。今度は氷の鎧をさらに広げていき、側面に刃を作るクテラ。真っ直ぐ通った刀身からクテラの氷による創造の精度の高さがわかる。

「行け!」

「ガラァア!」

 クテラは再びサーヂェスに突っ込んでいく。

「シャーーーーッ!」

 サーヂェスも毒液で迎え撃つ。しかし鎧にすら触れられずに凍らされ床に落ちるだけ。たまたま当たっても鎧に守られており決定打には至らず。

「チッ! めんどくせぇ!」

 今度は尾を叩きつけにいく。この体格差ならばまともに食らえばひとたまりもない。が、クテラは捻りを加えながら跳びつつかわしていく。捻りを加えているのは氷の刃でサーヂェスの体を斬りつける為だ。幾度もクテラの刃を食らい堅い鱗も所々傷つけられ、ほんの少しだけだが出血もするようになった。

「よし! 次!」

 多美はさらにクテラにマナを流し込む。クテラは刃を解き、鎧を軽量化。走り回って氷のつぶてを傷口目掛けて撃ち始める。礫は傷を抉りさらに出血量を増やす。

「んぎぃ!? いってぇなぁクソ!」

 痛みによりさすがのサーヂェスも頭に血が上るかと思ったが、とぐろを巻き動き続ける事で傷口を常に移動させて狙いをつけさせない。体を丸めているので傷口を内側にやればまだ傷ついていない鱗での防御も可能にしている。口調からは想像がつかないが、戦闘において中々に冷静で的確な行動をしている。

(僕が指示しなくてもサーヂェスはマナを送るだけで勝手に戦う。しかもD組の僕の契約者とは思えない戦闘力。D組って言われたときは絶望したけど、世の中わからないものだね)

「クテラ!」

「ガウ!」

 再び床に氷を張る。一瞬とはいえサーヂェスの動きが止まり、その隙にクテラはさっきよりも大きな刃を作りサーヂェスの体に大きな傷を刻み込む。

「クッ……シャアッ!」

 サーヂェスは毒液を吐きクテラに距離を取らせる。多美がマナを送るとクテラは遠距離から礫で攻撃を仕掛ける。

(……わからないといえば。どうしてあの雪豹はあんなにスムーズに動ける? 知能は少なくともサーヂェスよりは高くないはず。声帯が発達してなくても鳴き声からグリモアが意思を汲み取って翻訳するからだ。でもそれができてないってことはつまりまだ幼いか知能の低い生物。なのにサーヂェスを手玉に取っている。なぜだ……)

(お? あの男子クテラに疑問を持ち始めたかな? でもクテラに目を向けてるだけじゃカラクリはわからないよ)

「ほらほら! どんどん行くよクテラ!」

「ガルァアアアア! グラウ!」

 クテラの怒濤の攻めによりサーヂェスの動きが鈍くなっていく。しかしそれは傷だけが理由ではない。

(か、体が……どんどん動かなくなってぇ……。それにめちゃめちゃ眠いぞぉ……。あ。やっちまったのかこれ?)

 大概の生物は寒さに弱い。体温が下がれば動きが鈍くなっていく。特に蛇は自分で熱を作れない個体がほとんど。で、あるならば。熱を奪っていけば戦力は低下していく。特にクテラは氷を操る。相性は最悪だ。

(つってもこっちと同じ性質だからいけたけどね。仮に冷えても平気とか耐性とかあったらもっとキツかったかも)

 クテラは動きの鈍ったサーヂェスに追撃を重ねていく。ただし遠距離からの礫でのみ。

(ここまで追い込みながらなぜ近づかないんだ……? どうして慎重に遠くから攻撃を……。ま、まさか? いやそんなはず……)

 也三智の頭に浮かんだモノ。それは突拍子もないもの。

(まさか彼女たちは同調を行って思考を同期させているのか!? 思考までともなるとどれだけ深い同調をしているんだ!?)

(あ、なんか気づいた顔してる。でもたぶんそれ違うよ。どうせ同調してるとか思ってんでしょ? 残念だけど私には短時間でそこまで行けるだけの才能はなかった。合宿でわかったんだよねぇ。一番才能ないのは自分だってさ。私以外の連中は正直天才って思っちゃった。私はよくて秀才止まりかなぁ。ま、だからって遊んでたわけじゃないんだよねぇ)



 異変を察知したニスニルの助言のもとマイクの捜索に走った一行。落盤があることに気づきセッコの能力で岩を除去。マイクは無事に救出された。この事から少しの単独行動も慎もうと決め、翌日。一行は洞窟を抜け出す事ができた。

「そ! と! だぁ! 外に出ても若干暗いけど外だぁ! 我々は自由だぁ!」

「テンション上がるのはわかるけど落ち着け。まだゴールは先でしょ」

 そう。洞窟を抜ける事が終わりじゃない。この後森を進み指定された場所まで向かわなくてはならない。

「でもあと一日でつける距離ですね。洞窟での難所もマイクさんのお陰で抜けられましたし」

「ハハハ……。運悪くだけどね……」

「本当だぜ。ミケちゃんのせいで私とハウちゃんの活躍の場を奪われてしまった。ミケちゃんはもう緊急時以外戦っちゃダメね」

「そんなぁ~! ……と、言いたいところだけどそうさせてもらうよ。ジゼルを休ませてあげたいし」

「うむうむ。ってかこうしよう。こっからも現地の方々と遭遇する可能性は高い。ってか絶対こっからのがエンカウントしてくよね絶対」

「だろうな。洞窟での危険な生物はマイク君の倒した蝙蝠の大群だけだった。それ以外は今のところただ歩いているだけ。それだと流石に解せない」

「ここからが本番……ですよね……。うぅ~……」

「私たちのレベルアップを考えたらやっぱ実戦は重要だからね。危ないとわかってても経験値積まないと。だからここからは交代で一人ずつ……ってか二人ずつか。順番にやろ」

「え、えぇ!? い、いやさすがにそれは……」

「……私は伊鶴さんの案に賛成だな。まだ何も成果を得られてない身としては実戦はありがたいんだ」

「い、一理ありますけど……」

「僕は休ませてもらうから意見は控えるね。ミス多美はどうだい?」

「ん~……。私も賛成かな。でもあんま無茶はしないようにね。危険と判断したら全員手助けに入るのが条件」

「もちもちもっちもち。私も別に死ぬまで助けを求めず助けに入らず戦い抜く的なストイックさはないって」

 と、いうわけでここから先はマイクを除く面子で交代で戦っていくことになった。



 戦闘を重ねていくと、やはり伊鶴が抜きん出た戦闘力を誇っていた。ハウラウランの動きをよく見てタイミングを合わせてマナを送り込み爆発を起こし倒していく。しかし他の面々はいまいちまともに戦えない。多美もその一人であった。

(うぅ~……。自分に才能ないのはわかってたけど……。あそこまで見事な戦いを見せられたらさすがに凹む……)

 多美は伊鶴の戦いに密かな憧れを抱き始めた。契約者のほしいタイミングでマナを送り込みサポートするやり方に。

(ただニスニルの壁がないと周りに被害が及ぶけど)

 タイミングは良いのだが量の調節が未だにできない伊鶴。彼女の課題はマナを必要な分だけ送る制御力である。

(でもあいつならすぐに克服しちゃいそうだなぁ~……。なんだかんだ才能の塊だし……。それよりも自分のことだよ……。どうしたらちゃんとやれるんだろ? 循環もできはするけどそれだけだし。これ以上クテラに負担かけるのも……)

「おーいタミー。次タミーの番だぞぉ」

「え? あ、ごめんごめん」

(私の番か。いつの間に。いけないいけない。ボーッとし過ぎた)

 現れたのは大型の蛇。鱗の色合いがなんか見覚えがある。

「……あれってまさかとは思いますけど」

「……八千葉さん。頼むから言わないでくれ」

「タミー! 今日の夕食は頼んだぞ!」

「いや無理だから! つか毒があるんでしょこれ!?」

「……毒抜きが必要らしいね」

「お願いだから連想させるような事を言わないでくれぇ~……」

 つい最近変わり果てた姿のモノを見た気がするが、皆ハッキリとは口にしない。……伊鶴だけは自重していないが。

「シャー」

「と、とりあえず向こうはやる気満々だし。行くよクテラ!」

「グルァ!」

 ……。

(だ、ダメだった。またダメだった……。また皆に手伝ってもらってしまった)

 蛇にやられそうなところをハウラウランの爆発で助けられた多美。何度も助けてもらってばかりで心が折れかけている。

(……仕方ない。もう仕方ない。私だけグルグル考えてても答え出ないし。ちっちゃなプライドは捨ててもう聞こう)

 多美は今のところ一番成長している伊鶴に意見を求めようと声をかける。アホの子と天才が同居している伊鶴の天才の方が顔を出せば良い案がもらえるかもと踏んだのだ。

「ねぇ、伊鶴」

「ん~? なんだいタミー。お礼は体で良いんだぜ?」

(ぐっ。このふざけた口を今すぐ黙らせたいけど。今は我慢)

 相変わらずの伊鶴に反射的に手が出そうになるが堪える。これから頼み込む相手にそれはいけないと必死で自分の手を自分で抑え込む。

「た、助けてくれてありがとう。でも体は遠慮してほしいなぁ~?」

「お、おおう? タミー手が出てる時よりも今のが二千倍怖いんだけど。我慢は毒だよ? どうぞぶって? 今我慢されて後で酷い目に合う方が嫌だよ私」

 天才の勘が危険を察知。しかし多美は伊鶴の言葉には乗らない。

「と、とりあえずそれは置いといてさ。聞きたい事あるんだけど」

「ん? 何でも答えようじゃないか親友。何が聞きたい? スリーサイズ? それとも性感体?」

「(#^ω^)」

「ごめんなさい。お願いだから拳を握りしめてさらにその拳を必死で握って抑えるのをやめて」

「……はぁ。ちょっとアドバイスがほしいの。私の戦闘見てなんか意見ない?」

「そう言われてもねぇ~……」

「じゃああんたはどんな感じでハウにマナ送ってるの? タイミングとかさ」

「ハウちゃんはマナ送るとそのまま爆発に変えて吐き出しちゃうクセがあるんだよね。だから相手の方向いたらその時にババーンと流し込んでるだけ」

「へ、へぇ~……」

(全然参考にならない……。そもそも相手の契約者の両方の動き把握してないとできないじゃんそんなの……。私じゃ絶対無理だわ……)

「あ、ねぇタミー。テラちゃんは別にマナ送ってもそのまま出したりしないよね?」

「え? あ、うん。クテラは送られたマナを溜め込んだりもできるよ。マナの量とかも感覚的に把握してるらしい」

「あ、じゃあさ。こんなのはどう?」



(本当あの場ですぐ思いつくあたり天才だわやっぱ)

 伊鶴が提案した方法。それはマナを送り込む量で作戦を伝えるというもの。多美は下手ではあるが大雑把にはマナを送り込む量を調節できる。クテラはその量によって使う技や作戦を把握し実行する。伊鶴曰く「テラちゃんまだ子供だから単純なことしかできないけどさ頭のタミーがブレーンなら強いんでね?」とのこと。

(本当。あんたのお陰で私も皆に置いていかれることは今んところ免れたわ。ありがとね親友。つってもまだ四段階しかマナ調節できないんだけどね。ま、あとは磨くだけだしボチボチやっていけば良いよね。今はまず……)

「クテラ!」

「グァオオオオ!!!」

 一際大きな咆哮を上げクテラは吹雪を発生させる。サーヂェスは出血も相まって熱を奪われ静かに眠りについた。

「そのままにしといたら凍死するよ。さっさと帰してあげな」

「……そうさせてもらうよ」

『契約者の帰還により戦闘放棄と見なします。勝者宍戸司多美』

「付け焼き刃だけど。なかなか良いねこれ。あんたも良くできました。良い子だねクテラ」

「ゴロゴロ……」

 甘えるクテラを優しく抱き締める。

「ただやっぱまず雪と氷を落とすクセはつけようか」

「グルゥ……」

 まだまだ子供のクテラ。うっかり多美をびしょびしょにしてしまう。だがしかし子供という事はのびしろのある証拠。多美とクテラもまた将来が楽しみである。

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