第50話
バトルパート
マイク・パンサー&ジゼル
VS
小杉佳一&ラスプ
ゲートが開き炎を纏って現れたのはジゼル。活力に溢れた姿に伊鶴たちはマイクの善戦を確信する。
「今日の二人調子良さそうだね~。相手はC組だから心配してたけど。これなら良い感じになるんじゃない?」
「油断はできないけどね。ま、今のあいつなら心配しなくても良いっしょ」
「むしろ相手が可哀想かもしれませんね。私たちちょっとズルしてるようなものですし」
「な~に言ってんの。そらここまで鍛えられたんだから担任運に恵まれたって言えるかもだよ? でもさ? あれを子供にやらせるのがまずどうかと思うんだ? プロの実地訓練じゃねぇんだから。それを乗り越えてきたんだから私たちが頑張った結果。ズルでもなんでもなし! そもそもE組なんだからハンデ寄越せって感じだね!」
(お前らいったい何してきたんだよ本当……。ここまで意味深なこと聞きまくると逆に気になるわ。つか俺も後でやらされるんじゃないだろうな? 嫌だよ? プロの実地訓練とか言われてるようなことされたくねぇよ?)
「そこまで言わなくても良いと思うが……。とりあえず彼なら問題ないだろう。勝ち負けはわからないが、余程相性が悪くない限り負けはしないだろ」
「なんだ鹿かよ。しかもこっちとほとんど変わらない見た目とか。ま、E組だしそんな普通の契約者としか縁がなくて当然だわな」
マイクの相手の佳一はあからさまに見下している。彼も才の噂を知っているが、あれは才だけがE組に混じった異物であると思っている。
(E組のヤツとは前にもやったことあるけど、例のヤツ以外大したことなかったからな。今度のヤツも大したことあるわけねぇよ)
「……」
(た、たとえゴツい黒人留学生でもな。これは魔法の戦い。ガタイは関係ない……関係ない……)
「お、俺の契約者を見せてやるよ。姿からしてお前との格の違いを教えてやるから」
佳一はマナを集中しゲートを開き契約者を喚び出す。現れたのは空飛ぶネズミ。しかし体が透けている。揺らめいている。まるで幽霊のようで到底生物に見えない。
「驚いたかよ。俺の契約者ラスプ。俺はC組だがこいつの能力はA組の契約者にだって引けを取らないと思うぜ。そんな鹿なんてたやすくぶっ倒して――」
「ん~。ジゼル。僕って他人の意見をあまり否定したくないほうなんだけどさ」
マイクは相手の言葉が耳に入らなくなったようにジゼルに話しかけ始める。
「フン。んなこと知るかい」
「でもね。たまにだけど気に入らない人ってやっぱいるわけ」
いっそジゼルの言葉も耳に入ってないかのよう……。
「知るかい!」
それも仕方ないのかもしれない。なぜなら彼は自分のことよりも他者。特に自分が大事にしている者を馬鹿にされることを嫌うタイプなのだから。
「でさ、彼はちょっと嫌いかも。だって僕だけじゃなくジゼルを馬鹿にしたからね。だから大人気ないかもだけど。ちょっと今回は本気で倒しにかかりたいかな」
「……フン。まぁ、それには……あたしゃも同感だね!」
この時のマイク。少し、怒っている。
「……っ! や、やれラスプ!」
「チチチ……ッ!」
マイクの怒気に当てられ佳一は焦りラスプに命じて突進させる。佳一と異なりラスプは冷静で垂れ流しにされているマナを使って能力を使う。
ラスプの能力。一つはマナにより自分の体に力を発生させ、ベクトルを操作することにより飛行すること。スゴいことのように思えるが、ネズミの軽い体だからこそできる芸当だ。そして問題の二つ目の能力。
「んなにっ!? 姿を消したよあの気色の悪いネズミ!」
それは視覚阻害。自分の周りの光を屈折させる能力。これのせいでラスプの姿は歪んでいたのだ。そして能力をフルに使うことで身を隠すことを可能にしている。
「……! ジゼル! 跳べ!」
「っ! フン!」
マイクの声に反応し、ジゼルは高く跳び上がる。鹿というだけあって軽く7mはいっている。しかし、跳んだだけで周りはその意図を理解できていないだろう。なぜならラスプの姿は見えていなのだから。だが……。
(う、嘘だろ!? い、今ラスプは足に食らいつこうとしたのにかわされた!? 姿は見えてないはずなのになんで……。まさかあいつ……)
そう。マイクにはわかっているのだ。ラスプの位置が。
(まったく。まさかこっちの合宿の成果が出るとはね……)
「はぁ……はぁ……。や、やっと広いところに出た……」
「つ、疲れた。本当に疲れた……。おっと……。広いけどなんか足場悪いね。皆気を付けて」
「私は大丈夫だ。八千葉さん。手を」
「あ、ありがとう。夕美斗さん。……わわっ」
「おっと」
「二人とも? 大丈夫かい?」
「あぁ、問題ない」
「私も大丈夫です。ごめんなさい。夕美斗さん」
「気にしなくて良い」
「おーい。ボウズ共。こっちまでくれば足場は安定してる。さっさと来な」
「あぁ! 今行くよ」
「さ、私達も行こう」
「はい」
合宿四日目。洞窟に入って数時間。時間にしてもう夜になった頃。中々広い場所に出ず、一行は狭く足場の悪い道を進み、やっとのこと休憩できそうな広い場所に出れた。ちなみにハウラウランとニスニルとクテラは体が大きいので一度戻っていて、夜目の効くジゼルが先行している。セッコは頑なに八千葉の頭にへばりついて動かないので放置されてる。
「だは~……やっと……やっと休める……。み、水。早く水作ろう。じゃないと干からびる」
比喩ではない。数時間の間にとっくに全員の水は切れている。洞窟内はそこまで気温は高くないが低くもない。しかし慣れない場所の移動は普段使わない筋肉にも負荷をかけるので体力は削られてしまうのだ。
「ふぅ……そうだね。水作ろう。あと汗も拭きたいわ……。今は体温上がってるけど時間経ったら絶対冷えるよこれ」
「じゃあ水を作ったら僕は少し先の道を見てくるよ。用が終わったら適当に呼んで」
「了解。悪いね。気を遣わせて」
「とか言いつつ覗くんじゃないだろうねぇ~ミケちゃん。この伊鶴ちゃんのナイスバディの誘惑に勝てるかなぁ~?」
「たしかにとても魅力的な
「お、おう……。ナイスバディを否定されなくてちょっとどう反応していいかわからないよ。教えてくれタミー」
「マイクはこういうヤツなんだから絶対紳士的な返しするじゃん……。つか反応に困るなら言うな……」
「とりあえず早く始めないか? 八千葉さんがもう限界だ」
「……枯れます。いえ、私はもう。枯れました」
ぐったりし始めていた八千葉を見てすぐさま作業に入る面々。地図を読めるのは八千葉だけなので全力で回復させなくては全員の命が危なくなるのだ。
クテラとニスニルを喚び、水を作り水分補給と水筒への補充を済ませると、マイクは八千葉に教えられた少し先の細い道を進んでいく。
(狭いけど足場は悪くないな。今のところ他の生き物も出てきていないし……。いや、まだ安心はできない。この細い道を抜けるとたしかまた大きく広がったエリアがあったはず。そこだけでも確認しないとね)
「ボウズ! 来るんじゃない! すぐに引き返しな!」
先行していたジゼルが大声でマイクに忠告する。しかし時すでに遅し。マイクは細い道を抜けてしまい、その場所を見てしまった。
「お、おいおい。嘘だろ……」
松明の僅かな光に反射する無数の光。
「フン! なにやってんだいボウズ! 早く逃げな! あたしゃが食い止められるうちに!」
それが行けなかった。偶然にも落盤が起こり細い道が塞がれてしまったのだ。
(う、運が悪すぎる……!)
「フン! モタモタするからだよ! くそっ! どうすんだいこの状況!?」
「ご、ごめん!」
(だけど、ボウズが落盤に巻き込まれなくて良かった。幸運だった。もし引き返していたらボウズは確実に死んでいた。本当に幸運だった。が、それでもこれ時間の問題じゃないかい?)
気の強いジゼルも今は虚勢を張っているようにしか見えない。ジゼルは本能的に相対している蝙蝠の大群が肉食の性質があることを見抜いている。つまり、自分達は文字通り獲物というわけになる。
「あーもう! やるしかないよボウズ! わかってると思うがあたしゃだけのマナじゃそう長時間戦えないし広範囲高威力の炎も出せない! かといってこの数で温存なんてできやしない! となれば根性根性ひたすら根性で焼き殺していくしかないよ! 腹ぁくくれやボウズゥ!!!」
「お、おう! マナは随時補充していくから思いっきりやってくれジゼル!」
ジゼルの喝により覚悟を決めたマイク。グリモアを具現化させてマナを送り込んでいく。
「かかってこいやぁ空飛ぶ肉食子豚共! 焼き肉にしてやるからさぁ! あたしゃ草しか食わないけどね!」
ジゼルの渾身の威嚇を合図に蝙蝠達は一斉に襲いかかる。ジゼルは今まで隠していた炎を円形に展開。不用意に近づいた蝙蝠数十匹を焼き払った。
(よし! 炎への耐性は低い。半分の火力でも殺せるのは大きいね。でもこれパッと見数万匹はいる……。確実にマナが持たないよ……)
「ーーーッ!」
(って、弱音なんて口にするどころか考えてる余裕すらないね!)
再び襲い来る蝙蝠の大群。その都度ジゼルは焼き払い、そして異臭が広がっていく。
「あー! 臭い! 酷い臭いだねまったく!」
異臭が鼻をつき集中力を乱してくる。しかし気にしている間に蝙蝠は襲いかかり焼き払われ、異臭はさらに強まっていく。
「うぷっ!」
あまりの臭いのキツさにマイクも吐き気を催す。しかし未だ命の危機は去っていない。集中力を切らすことは許されない。
(じ、ジゼルが頑張ってるのに僕だけが参るわけにはいかないよね……)
(……最悪だ。まだ数千匹程度しか処理できてないのにボウズの精神力が疲弊しすぎてる。しかも)
「グチッ。クチャクチャ」
(焼き殺した同族を食ってやがるよこいつら。厄介だね)
死体の処理は助かるが襲う者と共食いする者とで分かれるとその分気配も分散してしまう。いくら夜目が効くといってもこの状況で気が散らされるのは辛い。
(ただでさえ臭いのせいで集中できないってのに……!)
「ゲホッ! ゲホゲホッ!」
「……っ!? ボウズ!」
臭いにむせてしまったマイクに気を取られた瞬間。仲間を食い終えた蝙蝠が数匹襲ってくる。
「くっ!」
なんとか炎が間に合い焼き殺したが、マイクの方にも数匹向かっていた。
「しま……っ!?」
「はぁ……はぁ……。っ! ジゼル!」
「ぐぅぅぅぅぅぅう……! ふ、フン! だ、大丈夫だよ! ボウズはマナを流すことだけに集中しな!」
「だ、大丈夫って……」
(食い千切られた部分を焼いて無理矢理塞いでおいて無事なわけないじゃないか……!)
マイクをかばい、ジゼルが負傷した場所は首、腹、背中、左前足。いずれも致命傷にはならない浅い傷だったのだが、出血が酷く瞬時に止血を優先させたのだ。
(こいつら的確に血管を狙ってきたね。一応異界から来てるんだ。初めて見る生物のはずだが。勘の良いヤツらだよ)
野生においても傷を庇うことはあろう。休むことはあろう。しかし、襲われているという状況でそれを行うのは愚策。必要なのは切り捨てる事。生き残る事。ジゼルは痛みを抑える事を捨てて痛くとも動ける方を選択した。それが最も生存率が高いから。マイクをかばったのもマナが切れた時点で二人とも死ぬから。ジゼルにとっては当然の事。だが、マイクにとっては違う。
(クソ! クソ! クソ! 僕をかばったせいでジゼルが怪我をしてしまった! あんなにも痛々しい姿になってしまった……!)
マイクは後悔していた。異臭に悶えていた事にではない。
(僕があれを最初から使っていれば。こんなのことにならなかったかもしれないのに……!)
マイクは一つ得意な人域魔法がある。しかし、常日頃から使うのを躊躇っている。生粋の召喚魔法師になりたいから。そう強く願っていたから。だが、その人域魔法を使っていたら。或いは事態はもっと好転していたかもしれない。
(……僕の大事な
マイクは覚悟を決めた。
(簡単なことだった。選ぶだけだったんだ。僕のこだわりなんて。プライドなんて。ジゼルの命に比べたら軽いにもほどがある……!)
「ぼ、ボウズ……?」
マイクはジゼルにマナを流し込む。循環のイメージで。ジゼルもそれを察して合わせにいく。繋がりは深まっていき、一つの感覚が共有された。同調をしたのだ。
「……っ!? こ、これ……」
ジゼルにマイクの認識しているものが共有されたのだ。そのエリア内全ての情報が。マイクの人域魔法。それは一定範囲を探知する事。目が見えていなくても形さえあるならマイクから隠れる事は不可能。
「……ジゼル。長くは持たないと思う。だから早く決めてしまおう」
(ボウズ……。よくわからないけど吹っ切れたようだね。命の危険ってのはやっぱ雄を成長させちまうのかねぇ)
少し的外れだが、ジゼルは心の中で微笑む。そして探知された生物全てを標的にする。
「ボウズ! 次で全部殺るよ! ありったけのマナ寄越しな!」
「あぁ……!」
人域魔法を発動させつつマナをジゼルに送るのは相当の負荷。しかし、覚悟を決めた男を止めるなんてできはしない。
(才……。君もあの時傷ついた彼女を見てこんな感じの気持ち抱いてたのかな……?)
「いっそ絶滅しちまいな。クソ害獣共」
無数の小さな炎の玉が同時に発生し、数万の命を消し去る。バタバタと蝙蝠の死体が落ちていった。同時にマイクもマナを使い果たし倒れてしまう。
「フン。さすがに神経使うねこりゃ」
ジゼルは蝙蝠一体一体に絶命させられる最小限の炎で包み焼き殺したのだが、それには理由がある。マイクから流し込まれたマナを使えば広範囲に炎の波を発生させまとめて焼き払う事も可能だったが、少しでもエネルギーを抑える事でマイクへマナを還元させたかったのだ。そうすれば多少なりとも回復は早まるから。
「にしても。よくやったよボウズ」
数万という数の敵を前に臆す事なくまた同調と人域魔法を両立させたマイク。彼はとてつもなく本番に強いタイプであった。
「さて、ボウズに悪い空気吸わせちゃいけないね」
ジゼルは痛む体を無理矢理動かし死体をできるだけマイクから離していく。二人が救出されたのはここから一時間の事だった。
「クソ! ラスプなにやってんだ! E組なんかに苦戦しやがって! 役立たず!」
「大事な
「あたしゃ平気であんたを罵倒するけどね」
「そ、それはそれこれはこれだよ。と、とりあえずあまり弄ぶのも可哀想かな。もう終わりにしようか」
「あたしゃもう少し感覚を馴染ませたかったけど。あんたがそうしたいなら良いよ。ボウズ」
「頼むよ。ジゼル」
ジゼルは真後ろから迫るラスプに後ろ蹴りを放つ。
「チチチッ!?」
「どっから来ても丸見えなんだよ。悪いね」
吹っ飛ばされたラスプはマナの制御を失い、勢いを殺す事ができない。制御を失ってしまえば狙いを合わすのは容易。ジゼルは小さな炎の玉で追撃をしラスプは戦闘不能になってしまった。
「そん、な。なんでE組なんかに……」
「先入観で見下すからじゃないかな? ま、たとえ油断してなくても負けるつもりはなかったけどね」
『そこまで。契約者の戦闘不能を確認したので演習を終わります。勝者は一年E組マイク・パンサー』
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