第43話

「昨日の今日でなんと出鱈目な……」

「本当あいつはどうしてこう……」

 翌日の昼近く。今日も今日とて訓練に励んでいた。そんな中、呆れた声を出したのはニスニルと多美。理由は伊鶴とハウラウランにあった。

「ハウちゃん。良い子良い子。その調子だよ」

 膨大なマナを余す事なくハウラウランに送り、ハウラウランはそれをそのまま伊鶴に送り返す。今朝始めたばかりの時は昨日と同じく爆発を起こしていたのだが、もうコツを掴んだのか数時間に渡り全力全開フルマックスのマナで循環を行っている。

「昨日の姿は見る影もないね……。パッと見大人しくしてるだけだけど循環をやってるんでしょ? いやまぁ。ハウラウランが大人しくしてるだけでも見違えるけど」

「フン! あんたも早くできるようになりな」

「無茶言うね」

「できなきゃ話にならないんだよ!」

「わ、わかった。わかってるから落ち着いて」

「フン。余所見は終わり。続けるよ」

「うん」

「私達も続きをしましょうか」

「あぁ。そうだな」

「せ、セッコ。私たちも……痛い!」

「はぁ……。負けてらんないし私らもやろっか」

「ギャウ」

 伊鶴達の変わりように驚いた面々だが、同時に触発もされた。各々昼を回っても気付かず集中して訓練に励み続けた。



 昼食を挟み、再び訓練を始める。午前同様に各々精を出す。ただ一人。伊鶴を除いて。伊鶴はたった数時間の循環の中で、一つの発見をしていて、そちらの方で試行錯誤をしていた。

(時折感じたまるで自分を見ているような感覚。ううん。確実に自分を見ていた。向き合っていたハウちゃんを通じて)

 五感の共有。伊鶴は既にごくごく短時間ではあるが、同調までに至っていた。圧倒的この才能はジュリアナ・フローラをも凌駕する。しかしこの天才。それだけでは飽きたらない。

(深く深く繋がると、五感が共有される。見ている物も臭いも音も二つあって、それぞれ違ってて。それでさらに深めると頭の中まで共有されるのかな。なんか、自分が時々溶けて何かと混ざったみたいなそんな――)

「お嬢さん」

「だぁ!? ビックリしたぁ! お、おじさん?」

 伊鶴が同調の先へ行こうとした時。ド・ニーロが声をかける。同時に集中を乱された伊鶴達の同調も解けた。

「なに? 今結構良いところで……」

「その先はいっちゃいけないよ」

「……?」

「その先はまだ早い。特にお嬢さんはマナの制御がまったくできていないから危ないね」

「で、でも……」

「気になるんだよね? そのくらいはわかるよ。でもね? その先にいくと君達二人とも……別の生き物になっちゃうよ?」

「……っ」

 伊鶴の背筋に冷たいモノが走る。なんとなく。言っていることがわかってしまったからだ。自分が曖昧になって何かが、ハウラウランが混ざってくるような感覚。改めて想像したら伊鶴は怖くなってしまった。

「わ、わかったよ。もう、しないから」

「まぁ、マナの扱いを覚えて自我を保つ訓練もいずれやるだろうから。そしたらまた挑戦してみるといい。その時になればきっと君達は……ヒャヒャホホ」

「ん? ん!? え、なに!? 私たちどうなんの!?」

「さてね。ワシも伝え聞いただけだし。自分でなったことがないからわからんよ」

「いやいやいやいやいやいやいや。だったら最初から意味深な台詞言わないで!?」

「じゃ、ワシ他の子らの様子見るから」

「う、おーい! モヤッとさせたまま放置しないでぇ!」

(まったく。この短時間でアレの入り口に立つとは。どれ程の才能があるんだろうね)

「ヒャヒャホホ。楽しみ楽しみ」



 三日目ともなるとそれぞれある程度コツが掴めてきた。伊鶴と八千葉は言わずもがな、多美と夕美斗も最初に比べたら大分マナのロスも少なく循環を行え始めている。それでも伊鶴達と比べるとまだまだだが。しかし一人、初日から全然成長していない者がいた。

「フン! 全然進歩しないねボウズ! もうやめるか? ん!? やめるか!!?」

 そう。マイクである。真面目に取り組みそうな彼は五人の中で今一番遅れている。ジゼルはイラつき過ぎてマイクに火の粉を飛ばし始めた。

「あっつ! じ、ジゼル。ヒステリー起こすのは良いけど、さすがに燃やすのはどうかと思うよ!?」

「フン! うるさい!」

 ただコツが掴めていないとかならばジゼルも怒らなかっただろう。しかし、進歩しないのには理由があった。

「薄々感じていたけどあんた。集中して試みちゃいるが、いまいち乗り気じゃないだろ!?」

「そ、それは……」

「フン。図星か。マナの扱いなんてのは本来ならば幼い頃から大人になるまでに積み重ねて覚えるもんさね。だけどこの循環ってやつはあたしゃとの繋がりを利用して普通ならわからない他人のマナの感覚を多少なり感じれる。何倍もの速度で感覚を覚えられるはずなんだよ。だけどあんたにはやる気がない。それじゃ何年やっても無駄だよ」

 ジゼルはマイクに背を向けゲートを開く。

「やる気のないヤツに付き合ってやる程あたしゃもお人好しじゃないんでね。フン!」

「あ、ま、待って!」

 ジゼルは振り返らずそのまま帰ってしまった。一人残されたマイクは呆然とする。

「……あ~。パンサー」

 気まずそうに多美が近づいてくる。どうやらたまたま一部始終を見ていたらしい。他は各々集中して循環の訓練を続けている。

「ハハハ。恥ずかしいところを見られちゃったね」

「別に恥ずかしくはないと思うけどさ。なんか珍しいじゃん。真面目なあんたがこういうのに乗りきれないって」

「……ん~。まぁ、ね」

「理由でもあんの? あ、言いたくないなら聞かないけどさ」

 一瞬考える素振りを見せたが、マイクは思い切って多美に話を聞いてもらう事にした。誰かに話す事で何か変わるかもしれないという期待を込めて。

「僕は学園長……刃羽霧紅緒に憧れて召喚魔法師を目指したんだ」

「前にそんなこと言ってた気がするね」

「得意じゃないけど人域魔法も使えるんだよね僕。だから少しはマナの感覚ってわかるんだ。ジゼルは勘違いしてるみたいだけどね」

「……あれ? じゃあなんで循環が上手くいかないわけ? マナの感覚がわかればできるものでしょ?」

「単純に噛み合わなかったってことだと思うよ。二人で息を合わせないとだからね。ジゼルはやる気だったけど僕は心のどこかで躊躇ってた部分あるから」

「何を躊躇ってたのさ。今以上にマナの扱い良くなるかもなのに」

「循環を行うことでマナの扱いを覚えれば、人域魔法も使えるようになって自分も戦力になるから、他の人たちよりも有利になれるってやつね。うん。それはわかってるんだけどさ」

「それなら……なんで?」

「僕はさ。召喚魔法師を目指してるから」

 多美はやっとマイクが言わんとしている事を理解した。

(あ~。こいつは人域魔法を使わない純粋な召喚魔法師にこだわってんのね)

 最初にただ召喚魔法の為にと言われていればここまでマイクの心には引っ掛からなかっただろう。しかし強い憧れが生むこだわりがある真面目な彼には、人域魔法の可能性というワード自体が禁句タブーだったのだ。

(不器用なヤツだなぁ~……。そんなの気にしなきゃ良いのに)

「ねぇパンサー。結局魔法ってさ。道具と変わらないわけじゃん? 使えるのと使うのは違うじゃん?」

「……」

「この循環の訓練はさ。人域魔法を使えるようになる可能性があるわけだけど。あ、あんたは使えるけど私らのほうね。私ら使えないから。んでさ。仮に私らがそれで使えるようになっても使うかどうかはまた別な話なわけよ。選べるわけよ」

「そう、だね」

「それになによりさ。召喚魔法の訓練だからねこれ? あんたの好きな召喚魔法の。マナを上手く契約者に送って力をスムーズに引き出す為の訓練だろうし、あと連携を上げる為かな。そう考えたらもったいなくない? ちょっと気に入らないことあってもさ。あんたの一番大事な部分はブレてないと思うよ。これ」

 多美は言いたい事をひとしきり言うと、踵を返す。

「んじゃ、そういうことで。私は訓練に戻るから。あとはもう一度自分で考えてみなよ。あ、それとも大事なあんたのパートナーとのが良いかな?」

「グルゥ」

「よしよし。よく大人しく待ってられたね。偉いねぇ」

「ゴロゴロ……」

 ずっと傍で静かにしていたクテラの頭を撫でながら多美はその場を離れていく。マイクはその場でしばらく多美の言葉を反芻する。

(そう……だよね。これは召喚魔法の訓練。たとえ人域魔法をミスターから教わったとしても、使わなきゃ良いだけ。ハハ。そんな単純なことなのにね。僕はなんでこんなにナーバスになってたんだろ)

 まだ吹っ切れたわけではない。E組ってことは召喚魔法師としての才能もない確率のが高い。学園を卒業した後、召喚魔法師として職につけない可能性のが大きい。もし演習試合などで、どんな形でも実戦での実力が認められればその手のスカウトがくる可能性が出てくる。人域魔法を併用したとしても、だ。しかしそれは彼の美学に反する。となれば召喚魔法師としての実力を上げなくてはならない。つまりマイクは他の人域魔法を使うことに躊躇いがない四人よりももっと召喚魔法を磨かなくてはならないのだ。

(こうなったら一秒も無駄にできないよね。訓練に戻らなきゃ……。って、まずジゼルに謝らないとだよね。……許してくれるかな?)

 この後マイクは結局残りの時間全てをジゼルの謝罪に当てる事となった。

(ま、最初からやる気だったのに僕が水を指してしまったからね。自業自得だね)

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