第42話

「は、ハウちゃ……んんったぁっ!!?」

 意識の戻った伊鶴はハウラウランを呼びながら飛び起き、その勢いで傷口が刺激され痛みに悶える。皮膚に火傷を負っているのだ。下手に動いて患部が引っ張られたら痛いに決まっている。

「クキュウ……」

「は、ハウちゃん。良かった。そこにいたんだ」

 傍らで心配そうな鳴き声をあげるハウラウランの頭を撫でる伊鶴。ハウラウランは安心したように大人しく受け入れた。

「ほ、ほわぁ……っ!」

(は、初めてこんなに甘えたハウちゃんを見た! 可愛い~……。伊鶴。感! 激! です!)

 ひとしきり撫でた後、改めて周りを確認する。見知らぬ部屋のベッドの上で包帯を巻かれた自分。ハウラウランもどうやら手当てを受けた後らしい。現状確認の為にさらに伊鶴は寝起きの頭で何があったかを思い返してみる。

(えっと。たしかおじさんに襲われて……。それから爆発食らっちゃって。その後ハウちゃんいじめられてカッとなってマナぶちこんで……って)

「あ、お、おじさんはどうなって……」

「おや? 起きたようだね」

「だぁ!? 幽霊!? ゾンビ!? アンデッド!? ハウちゃん今一度爆破だ! 発破! 発破!」

「クケェ……」

「その呆れ顔はなんだいハウちゃん! 可愛いね!?」

「ヒャヒャホホ。思ったよりも元気そうだね」

 ド・ニーロはベッドの横の椅子に座り伊鶴にサンドイッチを渡す。

「あれから五時間は寝てるからね。もうお昼過ぎてるよ。まずはお食べ」

「え? あ、うん……」

 伊鶴は渡されたサンドイッチに口をつける。口の中は無事なようで噛むのは問題ないのだが、背中を打った時内臓にも衝撃がいっていたらしく食欲があまりわかない。それでもなんとか一つ食べる。

「むぐむぐ……。ごくっ。……ふぅ。おじさん。無事だったんだ」

 冷静になった伊鶴は改めてド・ニーロの無事を認識する。ハウラウランを痛めつけられてカッとなったが、さすがに命を奪っていたら罪悪感で精神がやられていたはずなので、無事は素直に気持ちを安心させる。

「無事って程でもないけどね。もろに受けてしまったし」

(見えるところに傷とか見えないんだけど。それは無事って言うんじゃないかな?)

 二つ目のサンドイッチを無理矢理口に運びながらジト目を向ける。ド・ニーロは伊鶴の気持ちを知ってか知らずか無事の理由を話し始めた。

「たしかにワシはまともに爆発を至近距離で受けたよ。ただ、マナでちょっとした壁を作って致命傷は避けたってだけ。それでも左腕はこの通り」

「……っ!」

 隠れていた左腕を晒す。皮膚は黒焦げてしまい、所々剥がれて肉が見えている。肉も一部焼けてしまっていて、嫌な臭いが鼻をつく。平然とした表情と声色なのが不思議なくらい。伊鶴達であれば痛みで発狂するか、またはショック死しているだろう。ただでさて全身の皮膚の一部が焼けるだけで人間は死ねるのだから。

「うぷっ!?」

 伊鶴は食べた物を戻しそうになるが、必死に堪える。

(わ、私がやったことなんだ! ここで吐くなんて失礼過ぎるでしょ!? 自分のやったことなんだから受け止めろ! 責任を持て! 吐くな。吐くな! そんでちゃんと謝るんだ!)

「……はぁ。お、おじさん……。ごめん。私……。取り返しのつかないこと……。そんなんじゃもう左腕は……」

 なんとか嘔吐せず謝罪をする伊鶴。いつもとは違って真剣な顔をしている。浮かべた涙が零れないように下唇を少し噛みながら。そんな伊鶴に優しい声でド・ニーロは応える。

「ヒャヒャホホ。大丈夫大丈夫。おじさん丈夫だからね。大怪我ではあるけど治るから。それより食事中に見せるものじゃなかったか。そっちの常識はある程度わかってるつもりだけど馴染んでないから気が回らなくてね。ごめんよ」

 ド・ニーロは怪我した腕をしまう。伊鶴も違う世界の人間だから治癒能力も高いのだろうと納得した。

「それよりもお嬢さん。契約者との仲は良くなったようだね」

 ハウラウランは伊鶴が眠ってる間も、目を覚ましてからも離れようとしない。今はサンドイッチが欲しくて涎を垂らしているが、決して食欲だけで近くにいるわけではない。いるわけではないのだ。

「ま、まぁ。なんか一気になつかれちゃった。かな? えへへ。ハウちゃん。食べる? どうぞ」

「キャウ!」

 伊鶴からサンドイッチを貰うと嬉しそうに食べ始める。つい数時間前まで眼中になかったのにすごい変わりようだ。

「ヒャヒャホホ。幼いからこそちょっとしたキッカケで大きく変わったね。なによりなにより」

(ちょっとしたってほど生易しくなかったぞぉ~? いやまぁハウちゃんなついてくれて嬉しいんだけどさぁ~……)

「さて、ワシは戻るよ。他の子達の様子も見ないとだしね。お嬢さんは今日はゆっくりするといい。何かあれば……そうだね。適当に外に爆発でも起こして。家は焼いちゃダメだよ?」

 釈然としない顔で見つめる伊鶴を余所にド・ニーロは部屋から出ていく。

 部屋には伊鶴とハウラウラン。そして手元に数切れのサンドイッチが残り、沈黙が訪れた。

「……ハウちゃん。食べる?」

「クケ!」

 伊鶴は残ったサンドイッチを全部ハウラウランに渡し、横になる。ハウラウランの食事の音をBGMに、キャラに似合わず自分を見つめ直してみる。

(……私がハウちゃんに好き勝手させてたから、いざって時もハウちゃんが勝手にして危険な目に合うこともある。今回それが痛いほどわかった。というか今も痛い。私自身もマナの扱い全然だし。そもそも私が無事じゃないとハウちゃんが危なくなる。そのためにもハウちゃんに守ってもらわないといけない。色々反省しなくちゃだなぁ。でもま、良い機会だから頑張らないとだよね。異界にて修行修行)

 伊鶴は寝たままハウラウランに手を伸ばす。

「クキュ?」

 その手に気づいたハウラウランは早々にサンドイッチを飲み込み、自ら頭をすり寄せる。ハウラウランも伊鶴という存在の大切さは先の戦いでよく実感している。二人はやっと、本当の意味でお互いの重要性を理解し始めたのだ。

「ハウちゃ~ん……明日から~……頑張ろうねぇ~……」

「クケ!」

 食後という事と、疲労が重なり伊鶴は眠ってしまう。元気よく返事をしたハウラウランだが、釣られて眠ってしまった。



 その日の夜。薄暗い森はさらに暗くなってしまったので循環の訓練はお開き。ニスニル、ジゼル、セッコは元の世界に戻り、残りの一行は家の中へ戻っていた。

「あ~……疲れた……」

「やっぱりマナの扱いは難しいね……」

 多美とマイクは家の中へ入るなり椅子に座る。多美に至ってはテーブルに突っ伏す始末。

「二人ともお疲れみたいだね」

「仕方ないさ。私達はそもそもマナの扱いが下手で人域ではなく召喚へ手を出した者が多いからな」

「……てかなんで二人はピンピンしてるわけ?」

「さ、さぁ? な、なんでなんでしょう?」

「私の場合はニスニルがマナのロスをカバーしてくれてたからだと思うが、漆羽瀬さんは違うのか?」

「う、う~ん……? 自分でもいまいちよくわからなくて……。参考にならなくてごめんなさい」

「いや別に気にしなくて良いから! 私もちょっと気になっただけだしさ」

「このお嬢さんは自分でスムーズな循環を行っていたんだよ」

 階段からド・ニーロが降りてくる。ちょくちょく二階で眠っている伊鶴の様子を見に行っている為だ。ド・ニーロは一階の奥にある台所に引っ込み、何かしらの作業をしながら多美の疑問に答える。

「そこのお嬢さん。八千葉といったかな? 君は随分器用にマナを扱っていたよ」

「え? え? で、でも私……」

 八千葉以外もさらなる疑問が湧いてくる。マナの扱いが得意でない者がそれでも魔法に関わりたくて召喚魔法師を目指すからだ。マナの扱いが上手ければ八千葉はここにはいないはず。

「恐らく君は出す方の感覚が鈍いんだね。受ける方の感覚が良いんだ」

 ド・ニーロの予想はこうだ。八千葉はマナを出す際。どれくらい出してるかがわからない。が、循環ではマナを流し、また流れてくる。流れてきた分正確に把握し、そのまま流し返す事は可能なようで、ロスがなかったのだと。

「つまり。循環を続けていればそのうち出す方のコツも掴めると思うよ」

「そ、そうですか……。そっか……そっかぁ~……へへ」

 控えめにだが、確かに喜んでいる八千葉。夕美斗と同じく、未だに結果を残せていない彼女にとっては光明だろう。午後の授業の対人戦想定の訓練でも運動の苦手な彼女は何もできていないから、喜びも一際大きなモノだろう。

「ささ。皆椅子に座って。食事にしよう」

「お? 夕食かい!? ランチは美味しいサンドイッチを頂いたけど、夕食はどんなものか楽しみ――」

 マイクの言葉が途切れる。何故なら出てきたモノはビュッフェ形式のレストランなどにありそうなローストビーフのごとく巨大な肉の塊。いや、それは良い。香ばしい薫りが食欲をそそるし美味しそうではある。ただ。ただである。なんか、表面がおかしい。断面の色もおかしい。

「ミスタード・ニーロ。なんか外側の部分が鱗っぽいけど?」

「火を通さないと剥げなくてね」

「お肉の断面に白い筋の他に緑色の筋も見えるのですが?」

「固いけど噛みきれないなら取っちゃって良いよ」

「肉自体もちょっと紫色っぽいのだが?」

「毒抜きはしてるから平気平気」

「……これ、なんの肉?」

「君達の世界の言葉で表すと……そうだね。毒吐大蛇ヴェノムアナコンダ?」

(((蛇じゃねぇか!)))

「この前大物が獲れてね。まだ余ってるんだよ。栄養満点だよ。それに美味しいから」

 と、言われてもはいそうですかと簡単に口にできたら苦労しない。全員が冷や汗を垂らしながら躊躇していると、ド・ニーロがさらに追い詰めてくる。

「三秒以内に一口目いかなかったら今日は外で寝てもらおうかな。もちろん契約者のところに逃げ込むのはなしね。喚ぶのもダメだよ」

(((本格的に逃げ場がねぇ……!)))

 もう覚悟を決めるしかない。全員が目配せをしあい、そしてマイクの掛け声と共に口へ運ぶ。

「せ、せーの……! ガブッ!」

「はむ!」

「あむ……!」

「神様ぁ~……。はぐっ!」

 八千葉だけ神頼みを挟んだが、全員三秒以内に口に入れることはできた。これで野宿は回避。

「じゃ、ごゆっくりね。ワシは後でいただくから」

 ド・ニーロはまた台所に行き他の作業へ。そして残った勇者達は沈黙し咀嚼を続ける。全員が一口目を飲み込み、二口目に入る。

「「「……………………」」」

 ひたすら沈黙し肉を口へ運ぶ。ただただ静かな食事を続ける。やがて肉を全て平らげた。

「「「……ごちそうさまでした」」」

 各々茶をすすったり口を拭ったりして食後の余韻を味わう。最後に彼らは口にはしなかったが肉の感想を頭の中で漏らす。

(((意外と美味かった……)))

 さすがに受け入れきれない。受け入れきれないが、異界で美味しい食事にありつけただけでも良しとする。良しとするしかないのである。

 ……最後にボソッと。多美が呟いた。

「調理前を見せられなくて良かった」

 それが、唯一の救いだった。

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