第41話

バトルパート


 賀古治伊鶴&ハウラウラン

      VS

    ド・ニーロ



「ちょ!? ち、ちょっと待ったぁ!?」

「それが通じないのが実戦というもので」

 ド・ニーロの体がブレたかと思うと、次の瞬間には伊鶴の目の前まで迫っていた。

「のわぁ!?」

 間一髪反射的にド・ニーロの杖による横薙ぎを避ける。

「ヒャヒャホホ。やるね」

(家の中でも見たけどどんなカラクリ!? 体がブレたら移動するのはわかったけど……。縮地? 残像拳? 瞬間移動? いやいや。そこじゃない。そこは今どうでもいい。問題なのは……)

 伊鶴の予想はほぼ当たっている。ド・ニーロは自分と目に見える程度の範囲の場所ならどこでも距離を短縮する事ができる。あくまで目に見える程度の範囲なので実際に見なくても良い。それが彼の能力。これにより自分よりも高い場所にある椅子の上にも座る事ができたのだ。わかってしまけば実に単純な能力なのだが、次に問題なのは、カラクリがわかったところで伊鶴にはどうしようもないという事。

「わ! や! ふぉお!?」

「ヒャヒャホホ。かわすねぇ」

「よくタミーにシバかれてるけど痛いのは別に好きじゃないんでね!」

 充の授業で多少対人訓練を行っているのでなんとかまだ対応できてる。といってもほとんど伊鶴の天才的な反射神経あってのもの。お世辞にも頭の良い子とは言い難いが、それ以外の才能には恵まれている。しかし、天才と言えども人間の子供の範囲。すぐに限界は訪れる。

「はぁ……! はぁ……!」

「息が上がってきてるね。それに反撃もしない。契約者の力も使わないのかい?」

(そんな余裕ないって絶対わかってて言ってるやつぅ! ハウちゃんの力を使うっていってもこんな至近距離まで詰められてたらこっちに当たる。しかもこの移動法があるから私だけ食らうオチだよね!)

 絵に描いたようなジリ貧。しかしこれもド・ニーロの計算通りの流れ。

(これだけ追い詰められてるのにあの竜の子は動こうとしない。やる気あるように見えたけど、お嬢さんの方へ行ったから萎えちゃったのかな? なら)

「あ、あれ……?」

 ド・ニーロはハウラウランの方へ標的を変更。あくびをしながら顎をかくハウラウランの頭部の下から杖が遅い来る。

「クケ!? クキャア!!!」

「おっと」

 目前まで迫ったところで突然ハウラウランは口から爆炎を吐き散らす。ド・ニーロは咄嗟にかわすが服の端が少しばかり燃えてしまった。

「アチチチ。ふぅ~。ヒャヒャホホ。本当にやるねぇお嬢さん」

「はぁ……はぁ……。そ、それほどでもぉ……あるかな」

 伊鶴はド・ニーロがハウラウランの方へ向かうのを見るやすぐにグリモアを具現化させてマナを注ぎ込んだ。ハウラウランは伊鶴の膨大なマナを注がれると反射的に爆発を起こすクセがあるので、それを利用したのだ。しかも伊鶴は爆発の方向を見切ってあらかじめ射程範囲から外れている。そしてなによりも驚くべきはその咄嗟の判断力だろう。

(まだ子供だというのにこの対応力。しかも呼吸を乱れさせて多少判断力を落とさせていたのに。脆弱な種族なのによくやる。ヒャヒャホホ。もしこの子がマナの扱いと戦闘経験。さらに同調をモノにしその先へ行ったとしたら……。将来が楽しみだ。でもその為にも今は痛い目にあってもらわないとね。ヒャヒャホホ。子供を。しかも巨大な原石をいじめるのは心が痛いよ)

 ド・ニーロは一度ハウラウランからも伊鶴からも距離を取る。理由は視界に二人を入れる為。視界に二人が入った瞬間。ド・ニーロの猛攻は始まった。

「うぞ!?」

 ド・ニーロは連続で能力を使い伊鶴とハウラウランを順不同に襲う。その度に伊鶴はマナを送り、またはかわすのを繰り返す。

(き、キッツぅ……! 一瞬でも集中できなくなったらフルボッコにされる! 唯一の救いはハウちゃんがキッチリおじさんを目で追えてる事くらいかな。お陰でまだ対応し切れてる。でもあのおじさん。最初の一回以外全部ハウちゃんの爆発避けてるんだよなぁ!)

 一段上のギアに上げたド・ニーロを捉えきる事は今の伊鶴には不可能。今はただ体力とマナを消費してしまっているだけ。特に伊鶴はマナを少しずつ制御して使う事ができない為すぐに限界が来てしまう。

「……や、ば」

 なんとか先の一撃は避ける事はできた。しかし目が霞み膝から力が抜けてしまっている。もう次の一撃はかわせない。

「クケ!」

 しかしド・ニーロは追撃をせずハウラウランの方へ向かう。伊鶴の状態をわかっているのに。

(……!? ハウちゃん……!)

 伊鶴は反射的にマナを送り込む。

「クキャア!!!」

「しま……っ!」

 伊鶴はハウラウランの爆発の射線に入ってしまっていた。足に力も入らず爆発に巻き込まれる。

「……っ! ぐっ! いつ……っ! がはっ!」

 飛ばされた体は地面を転がりやがて木にぶつかり勢いは止まる。背中から当たってしまった為肺から空気が吐き出される。

「……っ! ひゅー……っ! ひゅー……っ!」

(い、息が……! で、できな……い! 苦しっ!)

「お嬢さんはこれでもう動けないね。でも安心してね。お嬢さんにはもう手を出さないから」

「……?」

「こっからはこの子とワシの一対一ね。もう戦いとか試合とか言えるようなモノにならないけど」

「クケ! クケケケケ!」

「この様子。やっぱりわかっていないんだね。赤ん坊だし仕方ないけど。憐れなものだね。もう戦う為の武器はなくなってしまったのに」

「クキャ!?」

 伊鶴が倒れた途端にド・ニーロの攻撃が当たり始める。目で追えていても伊鶴が爆破のタイミングを合わせていたから今までは食らわなかったのだ。しかし、理由はそれだけではない。

「クキャア! ……ア?」

 爆発を起こそうとするが何も起こらない。当然だ。何故ならハウラウランだけのマナではまともに爆発を起こせないのだから。もちろん一発や二発ならハウラウランだけでも可能。しかし基本的に伊鶴のマナに依存してしまっている。召喚時の爆発も召喚に過剰なマナを使った余りで起こしている。その時に自分のマナも上乗せしてしまっているので大規模な爆発になっているのだ。つまり伊鶴の戦闘不能は同時にハウラウランの爆発を制限する事に他ならない。これが武器を失ったという意味である。

「クキャ! キャウン!」

「さっきまでの威勢はどうしたんだい? まだ戦いの最中だよ」

 ド・ニーロの杖がハウラウランの顎を跳ね上げ、足を払い、腹部に降り下ろされる。堅い鱗で守られていてもまだハウラウランは生まれて間もない赤ん坊。ド・ニーロの打撃を防ぎきることは不可能。

「ぁぐっ。ハウ、ちゃん……!」

 伊鶴は体を起こそうとするが、意に反して言う事を聞かない。それはそうだろう。肌を焼かれた痛みと木への激突での肉体ダメージ。短時間とはいえ、いつも以上に実戦に近い緊張感に晒された為の精神力の磨耗と肉体的疲労。さらにマナの枯渇。ただの子供には過剰過ぎるダメージなのだ。動けるはずもない。

「クキャ! ギャウ!」

「や、やめ……」

(ちくしょ~……。やめての一言さえ口にできない……。ハウちゃん……ハウちゃん……!)

 たった一ヶ月の付き合いで。しかも言う事なんて全然聞かないハウラウラン。でも伊鶴にとっては大事な友人であり家族であり契約者。そのハウラウランがいたぶられているのに何もできない悔しさに涙を流す。

「二人とも理解できてきたかな? これがツケってやつね。お嬢さんはこの子を甘やかし過ぎた。だからさっきお嬢さんだけ神経すり減らして先にダウンする事になっちゃったんだよね。で、この子は」

「クキャン! グキュウ!」

「お嬢さんを蔑ろにし過ぎたね。お嬢さんがいなきゃ何にもできないのに。甘やかされてる事すらもわかっていなかったろうね。ねぇ? 意思は伝わるよね? わかった? お嬢さんに爆発当てちゃったから今殴られちゃってるの。お嬢さんがいたからさっきまで当たらなかったの。守られてたの」

「クキュウ……」

 ハウラウランもやっと理解し始めた。今までの事を思い出し、意識を向ければそこにある伊鶴との繋がりと少しだけ流れてくる微量なマナ。目を向ければ自分の爆発によって傷ついた伊鶴が涙を流しながら心配そうにこちらを見つめてくる。齢一ヶ月にして、ハウラウランは後悔と罪悪感を学んだ。

「実戦だったら二人とも死んでるからね。召喚魔法師なら特に異界と勝手に繋がって急に危険地帯に放り込まれるとかあるらしいし。その時に子供だとかなんだとか言い訳通じないからね。まだ続けるからその間もたっぷり後悔してね」

 ド・ニーロはハウラウランへの攻撃を止めない。どんどんボロボロになっていく姿に伊鶴は怒りが込み上げてくる。

(私たちの為ってことはわかるよ。わかるけど。そこまでハウちゃんいじめなくたって良いじゃん! 私が厳しくしてこなかった分ってのもわかってるけど! 私が悪いってのもわかるけど!)

「それ、とこ、れとは……! 話、が、別だよ、ねぇ……っ!?」

「クキュ……!?」

「おや?」

 伊鶴確かにマナを枯渇している。しかし、たった一回分。残していたのだ。ほとんど意図していたわけではない。爆発を食らった時にスイッチをオフにし、たまたま一回分残っていたのだ。そしてその一回をハウラウランの射線にド・ニーロが入った瞬間流し込んだ。

「やっちゃ、え……! ハウちゃぁぁぁぁあん!」

(あ、声出た)

 絶叫を残し伊鶴の意識は完全になくなった。ひかし、残ったのはそれだけじゃない。

「クキュウ……キャアアアアア!!!」

「まずっ」

 送り込まれたマナを至近距離で解き放つ。

(本当に、末恐ろしい子達だ)

 ハウラウランの渾身の爆撃。ド・ニーロの姿は爆炎に包まれていった。

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