第37話
「それでわざわざ来たのか。ご苦労な事だな」
この学園の職員室は他と異なる。それぞれの教員に備品庫付きのオフィスのような部屋が与えられている。午前の授業は元から決められていることに加え、午後の授業は各担任に一任されているからだ。緊急時の連絡や報告は端末で十分行えるし、この方が合理的なのである。
「で、何故賀古治は宍戸司に抱えられている?」
未だに伊鶴は多美に抱えられている。先程と違い、ぐったりと力の抜けた状態で。
「えっと。道中芋を喉に詰まらせまして……」
「なんだ死んだのか? 死体を俺の部屋に持ってくるんじゃない。臭くなるだろ」
「いや生きてるッス」
「じゃあいつまでも運ばせてないで自分で立て」
「ぶべっ」
ケロッとした様子で返事をしたので乱暴に落とされる。だが伊鶴は何事もなかったかのようにピョンっと跳ね起きた。
「てか先生。いつも一人称私じゃなかった? 今俺って言ってたよね?」
「今は自由時間だからな。勤務時間外まで堅苦しくいられるか」
「普段堅苦しい……か?」
頭を傾げる伊鶴。伊鶴以外は露骨には態度に出さないが全員心の中では首を捻っている。
「で、お前らの言う強化合宿か? 結論から言えばやろうと思えばできる。……命の保証はないが」
「よし! じゃあ! 無理ってことで!」
「待て待て」
「のうっ!」
命の保証はないと言われた瞬間踵を返すが、さらなる返す刀で頭を無理矢理向き直させる。よって首と腰と足首を同時に捻ってしまう伊鶴。さすがに痛かったのか横になりピクピクしてる。
「命の保証はない……とはどういう事だろうか?」
いつもこういう時に先頭を切る伊鶴に代わり夕美斗が代わりに質問をする。充は紅茶を一口飲んでから答えた。
「そのままの意味だ。俺が今用意できる環境では死ぬ可能性がある」
「具体的にはどういう場所なんだいミスター? 今のこの国にそこまで危険な場所ってないと思うんだけど」
「こっちの世界じゃないからな」
「異界って事ですか……?」
「そうなる……よね」
「すご。先生そんなコネあんの?」
「偶然知り合ったヤツの住む世界というだけだ。コネと言う程大層でもない。それでどうするんだ? 時期尚早ではあるが。元々お前らに用意していた
(((命の危険があるようなモンをいずれはやらせようとしてたのか……)))
全員の心の声が一致した。そしてしばらくの沈黙も一致した。命の危険があると言われたら考え込むのも無理はない。
「……ちなみにですが、それは希望者が一人でも行ってもらえますか?」
「和宮内さん?」
口火を切ったのは夕美斗。彼女は未だに結果を残せていない故の焦りがある。だから最初に決意を固める事ができたのだ。
「魔法師になれば命の危険が生まれるのは必然。召喚魔法に至っては契約だって危険行為だ。それでも私は魔法師になることを選んだんだ。だから私は強くなれる方法があるなら是非ともやりたいと思っている」
「そうか。別に人数に制限はない。希望するなら連れてってやる」
「……! ありがとうございます!」
「……レディファーストなんて言葉はあるけど。まさかこういう場合に先を譲ってしまうとはね。ミスター。僕も希望する」
「あ、えっと。私も、お願いします」
続いてマイクと八千葉も覚悟を決める。マイクは男のプライドが。八千葉は夕美斗の言葉に感銘を受けて。残るは多美と伊鶴のみ。
「うぅ~……なんで皆そんなやる気なのぉ~……」
「……一応言い出しっぺはあんただからね?」
「私は皆と遊びたかっただけなんだよぉ~……」
「ここで本音を漏らすんじゃないの。ったく……。先生。私も希望します」
「唐突に置いてかれた!?」
「いや私も別に生半可な覚悟で召喚魔法に手出してないし。参加するつもりだったよ。あんたが先に口挟んじゃったからツッコんじゃったけどさ」
「しょうなんかぁ~……。んー……! あーもう! 私だけ不参加とか嫌! ハブられたくない! へいへい先生様よぉ! その地獄の切符オラにもおくれよぉ!」
多美と伊鶴も参加を希望する。伊鶴は流された感があるが、半端はしない。やる時はやる子である。どんなことでも始まってしまえばやり遂げるだろう。
「つまりこの場の全員が死ぬ覚悟ができているわけだな」
……命が残っていればだが。
(皆に釣られて決めちゃったけど。すでに後悔してるゼ。まだ死にたくねぇなぁ!)
心の中で涙を流す伊鶴。だが言ってしまった以上引き返すことはできない。そうでなくとも一人だけ抜けるとか冷めたことなぞ自分自身が許せなかった。
「では今から向かう。今着ている服以外は全て置いていけ」
「早速ですかいな!?」
「向こうに必要な物は揃ってる。余計な物を持っていくとむしろ邪魔になるぞ」
全員端末など手持ちの物を出してソファーやテーブルに置く。それを確認した充はゲートを開いた。
「あ、待ってミスター!」
「どうした? 怖じ気づいたか?」
「そんなわけないだろう? そうじゃなくて才にも声かけなくちゃ。さっきメールしたんだけど連絡が取れなくてアレだけど」
「あ~あいつか。あいつはしばらく連絡のつかんところに出掛けたらしい。先程学園側に申請があったらしいぞ」
「そ、そうだったのか。それなら一言言ってくれたって良かったのに」
「急遽だったんだろう。済んだことは気にしても仕方ない」
「だね。僕らだけ強化合宿なんて抜け駆けしてる気分で。悪い気もするけど。出掛けてるなら仕方ない」
「……抜け駆け、か。むしろあいつのがしているような気もするが」
「?」
「いや、なんでもない。お前らはこれから自分の事だけに集中しろ」
意味深な言葉を残す充だが、これから死ぬ程過酷な訓練が待っているのだ。余計な事は考えられないのは確かである。
「では行くぞ」
充に連れられて五人はゲートをくぐる。初めての異界に緊張を。強化合宿で行われる訓練に不安を。そして、終えた後の成長したであろう未来の自分に期待を持ちながら。
ゲートの先は薄暗い不気味な森の中。じめじめした空気と時折聞こえる聞き覚えのない生き物の鳴き声がより不気味さを冗長させている。
「こ、こえぇ~……。なんじゃいここ」
「お気持ちお察しします……。私も今すごくすご~く怖いです……」
「さ、さすがにこれはハードル高いね……」
「いや、いやいや。こ、これくらいで丁度良いんだ。うん。そう思おう」
「ミスター。なんか始まる前から不穏だけど大丈夫なの?」
女子勢が森の雰囲気に気圧されている中。マイクは充に現状確認をする。
「雰囲気だけだ。まだ近くに危険な生物はいない」
「まだってなに!? やっぱなんか危ないのいるの!?」
「始めから死ぬかもとは言ってあったはずだが?」
「そうですた!」
――チリンチリーン……
「うわぁ!? な、なに!? 敵襲!? 敵襲!?」
「静かにしてよ……! あんたが騒ぐからなんか来ちゃったかもでしょ……!?」
「すまん……!」
「とりあえず警戒しよう。グリモアを出して召喚の準備を……」
「ヒャヒャホホ。お嬢さん。それじゃあ遅い遅い。この森でそれじゃあ五十回は命落としてますよ?」
「……うひゃあ!?」
甲高い悲鳴をあげる夕美斗。警戒していたのに突然後ろから声をかけられれば無理もない。
「ド・ニーロ。来たか。遅かったな」
「みっちゃんや。突然来るから驚いたよ。……これでもかなり急いだんだがね。もうワシも年かな?」
フードの上から頭をポリポリかく小人。
ド・ニーロと呼ばれたこの男。身長は100㎝もなく、手にはランタンと鈴をつけた杖を持っている。先程の音もこの鈴のモノである。
「そちらが前から言ってた子供達かい? まだここは早いと思うんだが?」
「一度死にたいらしくてな。連れてきた」
「言ってねぇよ!?」
「ヒャヒャホホ。元気なお嬢さんだ。だけど騒ぐのは良くない。良くないね。殺されちゃうね。確かにこれは一度死んどいた方が良いかもね。殺される前に」
「あはは~。冗談は吉田君だよ?」
「吉田君? どの子だい?」
「あ、ごめんなさい。私も知らないです」
「ヒャヒャホホ。そっかそっか。それが冗談ね。うん。面白いよ?」
(き、気遣いが胸に痛い!)
異界での文化の違いに精神的ダメージを負う伊鶴。たくましい彼女の事だ。たとえ受け入れられなくともこのキャラは貫かれるだろう。
「さてさて。さてさて。立ち話もなんだしね。家に行こうか」
「あぁ。頼む」
ド・ニーロの案内の元。森の奥へと進む。不気味な森に響く鈴の音が、彼らの心をざわつかせる。
(それにしても。なんで鈴なんてつけてるんだろう?
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