1年生 5月 後編

第36話

 才がリリンの世界に行っている頃。マイク・パンサー。賀古治伊鶴。宍戸司多美。和宮内夕美斗。漆羽瀬八千葉は寮の食堂に集まっていた。

「やっぱりダメだ。才から返事が来ない。……おおおおお! 兄弟マイブラザー! まさか退院して早々何かあったんじゃないか!?」

「落ち着きなよ……。帰省してるとか寝てるとかじゃないの? 病み上がりだしそっとしといてあげたら?」

「でもでも……。少し心配ですよね。あの演習試合でかなり出血してましたし」

「マナの暴発だな……。私も経験があるが、あれはかなり辛い……。あそこまで酷い暴発だと想像もつかないほどの激痛だったんじゃないかな?」

「さっちゃんあのとき最後ちょ~う気合入れてたよね。よくやるよ本当」

「……ああああああ! やっぱり心配だ! と、とりあえず部屋を訪ねてみよう! それで寝ていたら良し。いなかったら……。どうしよう! うぉぉぉお! 才! 返事をくれぇ!」

「だから落ち着け。元々ドライなヤツだし。メールのし過ぎでウザったくなって無視とか……」

「…………」

「あ、や、な、泣くなって! じ、冗談! 冗談だから!」

 無言で涙を流し始めるマイクに多美も慌てる。

「あ~あ。なーかした。なーかした。タミーがミケちゃん泣かした~」

「う、うっさい! 私が悪いのはわかってるっての。言い過ぎたよごめんて」

「い、いや。僕もつい……。才はこっちに来て初めての友達だから……」

「お、恐らく病み上がりでゆっくりしてるんだろう。今はそっとしといてあげようじゃないか。元気になったらまた声をかければいい」

「そ、そうですよ。それよりも本題に入りましょう」

「ではでは! 永久の幹事である私めが音頭を取らせていただこう」

「いや、宴会じゃねぇし。普通に話進めて」

「黙るが良いいじめっこ。先生にチクるぞ」

「パンサーに責められるのはまだしもあんたにあーだこーだ言われる筋合いないからね!? あとあの先生の場合チクったあんたが怒られるよ」

「知るか。そんな余計なことを言う暇があるなら走れ。……って感じですかね?」

「意外とモノマネ上手いなやっちゃん。もっと他にない?」

「え、えぇ!? 急にネタ振りされても困るよ……」

「そんなこと言わずに~。ほらほら~」

「コラ。困らせない。脱線させない。本題はよ」

「否。ネタを見るまでは進まん。進まんよ」

「……殴るよ?」

「皆に集まってもらったのは他でもない。我々はE組に残された良心である」

 凄まれた伊鶴は何事もなかったかのように話を始める。

「現在の戦績は――」


 賀古治伊鶴 三戦二勝一敗


 マイク・パンサー 三戦一勝二敗


 宍戸司多美 三戦一勝二敗


 和宮内夕美斗 三戦三敗


 漆羽瀬八千葉 三戦三敗


 天良寺才 三戦二勝一不参加


「と、まぁ割りとE組にしては調子良すぎな結果なわけだけど」

「私はまだ一度も勝っていないけどな……」

「私も……」

「ん~それなんだけどね」

 しゅんとする夕美斗と八千葉だが。伊鶴は冷静に分析をする。

「勝ててるほうがぶっちゃけおかしい。上手く行きすぎてるだけだと思うんだよね。ゆーみんとやっちゃんに関しては単純にアガってるのもあるだろうし」

「「面目ない」」

「あ、今ゆーみんに寄せた?」

「無意識です!」

「……良いから続けなよ」

「タミーは相変わらず冷たい。冷たいよ。そんな太陽とお友達みたいな肌してるくせに」

「これは生まれつきだっての。はよ進めろ」

「はいはい。で、この先我々がもっと好成績を残すならば。休みなんて返上すべきではないかと思ったわけよ」

「というと?」

「フッフッフ。強化合宿。やらないか?」

「合宿! 良い響きだね! やるなら僕は参加するよ」

「さすが話が早ぇよミケちゃん!」

「オフコース!」

「体育会系か己ら。……パンサーは体育会系か」

 ガッシリと腕を組む二人に冷静なツッコミを入れる多美。夕美斗と八千葉はテンポの良いノリについていけず困惑するのみである。

「えっと……。合宿は良いのだが。具体案はあるのか?」

 話の腰を折ってるんじゃないかと心配しつつも質問を投げかける夕美斗。伊鶴はゆっくりマイクと交差させた腕を解き、胸を張ってこう言った。

「ねぇな!」

「まさかのノープラン!?」

 あまりにも驚き過ぎて声を張り上げてしまう八千葉。慌てて口を塞ぎつつ多美のほうを見る。

「いやそんな怖がんなくて良いから……。驚いたなら仕方ないし。そもそも驚かせた伊鶴が悪い」

「ごめんじゃん。まぁ具体案はたしかにないんだけど。やりたいっちゃやりたいじゃん? 休みの間にレベルアップしたいじゃん?」

「それはまぁ……たしかに?」

「ってわけで。皆に集まってもらったのは他でもない。……案はないか?」

「他力本願か」

「フッ」

 無駄に良い顔をする伊鶴に腹が立ち。首絞チョークめを極める。本当に入ったので即座にタップ。呼吸を整える。

「……や、やっぱりタミー。あんたぁいじめっこだよ。とんでもねぇサディストだぜ」

「少なくともあんた以外にこういうことしたことはないよ」

「ヤダ。私、愛されてる?」

「殺したいくらいに、ね」

「ごめんなさい。私そういう歪んだ愛はお断りです。私のことは諦めてください」

「私だって別に本気で言ってねぇよ。土下座すんな。マジに見えるっしょ!」

「タミーの歪んだ性癖はさておき」

「おい」

「合宿について案はないかね?」

「スルーすな」

「まぁ落ち着けよタミー。ポテト食うか?」

「フライドポテトならともかくなんでポテトサラダ丸ごと差し出してくんの? てかなんであんたはポテトサラダ食べてんの……」

「え? 小腹が空いて」

「三十分前に朝食食べたばかりじゃん……」

「婆さん。お昼はまだかいの?」

「……」

「ごめんなさい」

 無言で拳を握り立ち上がったのを見て即土下座。今回はおふざけなしのガチ土下座。それを見て多美は溜め息を一つついて座り直す。

「で、実際どうしようか」

「演習場を借りるとしてもいつも予約でいっぱいのはずですし。グラウンドも似たようなものですよね」

「考えることは皆同じだろう。帰省せずに学園に残るのなら上のクラスほど積極的に自主連に励むはずだ」

「一部クラブも力入れてるしね」

「う~……。じゃあどうしたら良いのさぁ~……。合宿ぅ~……。おやつの分け合い~……。夜は恋愛話ガールズトークに花を咲かせたい~……」

「……あんたもしかしてただ遊びたいだけ?」

「そんなことないよ! レベルアップ一分。遊び九割九分だよ!」

「それほぼ遊びじゃん」

「なぜバレた!?」

「いやいやいやいや。自分で答え言ってんじゃん」

「あはは……。でも実際どうしますか? このままだと合宿のお話はお流れですけど」

「……提案なのだが」

「お? ゆーみん何か妙案が?」

「小咲野先生に相談してみてはどうか?」

「却下!」

「何故!?」

 伊鶴。即答。伊鶴は右手を広げ中指を自分の眉間につけ、左手を右肘に添える。そして気取った口調で却下した理由を語り始めた。

「良いかいゆーみん。あの先生に真正面から強化合宿したいですどうしたら良いですかと質問をしたとしよう? 返ってくる答えは大きく二通り考えられる」

「そ、それは?」

「一つ。知るか。こっちはまだ良い。自分は関わらない勝手にしてろということだからだ」

「まぁ、そうね」

「ふんふん」

 ジト目で肯定する多美。コクコクと頷く八千葉をチラリと見て、伊鶴は続ける。

「問題は二つ目。よしわかった。俺がスケジュールを組んでやる。と、答えられたときだ」

 ゴクリと伊鶴を除くその場の全員が唾を飲む。想像してしまったのだ。彼らは想像してしまったのだ。小咲野充という男に一週間の休みを丸々訓練に当てられた場合どうなるかを。

「わかったか? 諸君。一番避けなくてはならないのはあのド鬼畜先公に我々の時間を与えないことなんだよ。与えたら最後。我々に命はない」

「いやそこまでじゃないけどね? 辛いことになるのはたしかだけどさ」

「実際問題として。強化という目的ならば理に適っているしな」

「意外と有りなんじゃないかと」

「むしろ早くミスターのところに行こう。彼の都合もあるだろうから確認を取らなくちゃいけないよ」

「あ、あっれぇ~??? 皆なんで乗り気なのぉ~? 私は嫌だよ! 絶対行かへんよ!」

「言い出しっぺはあんたでしょ。ほら行くよ」

「い、嫌だ! 行かへん! うち、絶対行かへんから! い~や~!!! 離して! 先生の特別メニューが下ったらうち生きていける自信あらへんよぉ~!」

「先生今どこにいますかね?」

「職員室じゃないか? 他に心当たりもないし」

「まずは訪ねてみよう。いなかったらダメ元で他の先生たちに聞けば良いし」

 嫌がる伊鶴を取っ捕まえる多美とその様子を空気のごとく無視する面々。伊鶴に関しては多美に任せるのが暗黙の了解。

「せ、せめてポテトを! ポテトサラダを! 最後の晩餐に芋をくれ!」

「ん」

「ぐぼぼっ」

 多美に無理矢理口に詰め込まれやっと静かになる伊鶴。そのまま抱えられ充のところへ連行されていく。

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