第38話
薄暗い森の奥にポツリと佇むボロ屋。そこだけを切り取るとまるで絵本のワンシーンのよう。趣があると言えば聞こえは良いが、危険地帯では不安要素でしかない。
「ヒャヒャホホ。どうやら待ちきれずに迎えに来てしまったかな」
家の近くに立っていた外灯がひとりでにピョンピョン跳ねてこちらに向かってくる。生徒一同身構えるが、よく見ると異常に足の長い青紫のフラミンゴのような鳥がランプをくわえてるだけだったので警戒を緩める。
「みっちゃん。この子達はまだあまり?」
「あぁ」
「そっかそっか。じゃあ今は口を酸っぱくするのはやめとこうかな」
含みのある会話をしたかと思うとド・ニーロ充は家の中へ入っていく。
「ひっ!? あ、ちょ、置いてかないで!」
その後すぐに聞こえたよくわからない鳴き声に驚いた伊鶴が後を追う。伊鶴に続き他の面々も急いで部屋に入っていく。
家は外観に比べ中はかなりしっかりした造り。明るめの茶色のフローリングにこれまたランプがチラホラ。椅子などの調度品も磨かれているかのように綺麗だ。ただデザインがどれもこれもグルグルしてて目が痛い。
「君達が来るのは前から決まってたからね。椅子は用意してある。今お茶を入れるから適当に座ってて」
充は返事もせずに……。どころか促される前に既に座っている。まるで勝手知ったる我が家。
「あいあーい」
「あ、はい。ありがとうございます」
「じゃあ。お言葉に甘えて」
「えっとえっと。お、おかまいなく……?」
「それでは失礼して」
一言述べた後、各々空いている椅子に座っていく。
「お待たせ。どうぞどうぞ」
しばらく待つとお茶をお盆に乗せて戻ってきた。一人一人にお茶を渡して行き、行き渡るとド・ニーロも空いている椅子へ向かう。
「よ、よい、よ、いよ、よいしょっと」
「ブッ!?」
「ボフッ!?」
早速お茶を口に含んでいた伊鶴とマイクが吹き出す。ド・ニーロの体と声がブレたかと思うと、次の瞬間には椅子の上に座っていたからだ。多美達は口には含んでいなかったが、それぞれこぼしかけたりして慌てている。
「ド・ニーロの能力だ。慣れろよ」
「あちちち。さ、先に説明してほしかったんですけどそういうの」
気管に入ったのか熱さでのたうち回る伊鶴の代わりに、こぼしかけて手に少しかかった多美が代わりに抗議。しかし充はスルー。
「ヒャヒャホホ。いちいち初めて見たものに驚いちゃいけないよ。驚いてる間に殺されちゃうからね」
「や、やっぱりこの森は物騒なんでしょうか?」
「……」
「ふぇ~……」
おずおずと質問をする八千葉にド・ニーロは満面の笑顔を浮かべる。返事はなかった。
(無言が一番怖いですよぉ~……。せめて物騒なら物騒って聞きたかった……)
「さて、一服したことだし。そろそろ俺は帰る。あとは任せたぞ」
「帰んの!?」
「汚っ!?」
「あぶっ!」
適温になったお茶をダバーっと垂れ流す伊鶴。さすがにわざとらしかったので多美にシバかれる。
「はいよ。準備整えたらあそこに放り込めば良いんだよね?」
「あぁ」
充とド・ニーロは無視して話を終わらせ、充はゲートを開いて立ち去ろうとする。
「あ、ちょ、先生! ご、ご説明は!?」
「ない」
夕美斗の声に一瞬立ち止まるも、すぐにゲートの向こうへ消えていった。
「こ、これって……」
「置いて、いかれましたね……」
「いやいやいやいや。冗談にしても質悪いって!」
「あんのクサれチ○ポふざけんなよ!? 命の危険があるとか煽っといてテメェ帰るかーい!!!」
「あんたそれは下品過ぎ!」
「うるへぇ! 慎みで腹が膨れるか!?」
「それ言うの森でサバイバルとか始まってからじゃない!?」
「と、とりあえず落ち着こう二人とも。まずはミスタード・ニーロ。お話をきかせてもらっても?」
「ヒャヒャホホ。君は意外と冷静だね? 良いよ良いよ。そういう子はよく伸びる。まずは全員座りなさい」
全員の着席を待ち、お茶を一口すすってからド・ニーロは改めて口を開く。
「そうだね。何から話そうか。まずはみっちゃんとの出会い……と、行きたいところだけど。そんな時間ないからね。確か約七日だろ? 足りない足りない。余計な雑談挟む隙もない。というわけで君達がここでやることだけを話そう。君達にはここで人域魔法の基礎を覚えてもらう。それに当たって――」
「待った!」
話を止めたのはやはり伊鶴。マイクも今の言葉には疑問があったが、伊鶴のこの積極性にはいつもおしゃべりなマイクもたじろいで前に出にくい。
「私たちその人域魔法が使えなくて召喚魔法に手を出したわけで。使えるなら苦労しないなぁなんて」
「……あぁ、そっか。向こうでそういうことになってるんだっけね。オガちゃんまだ直してないんだ。いや、見限ったとか何とか言ってたからそもそも直す気ないんだったかな?」
「え~っと……。おじさん?」
「おっと。ごめんごめん。ちょっとね。うん。とりあえず君達人域魔法使えるから。すぐとは言わないけど。覚えてもらわなきゃ話にならないし」
「わ、私達も使える……んですか?」
「うん。まぁ。裏技的な感じで」
(((理解が追いつかない……)))
またも全員の心の声一致。この場の一人を除き、人域魔法を諦めて召喚魔法師の道を選んだのだ。それが急に使えると言われたら混乱せざるを得ない。
「そもそも人域魔法と召喚魔法の違いって世界への干渉度……ってこれは言っちゃいけないんだったかな? まぁいっか。とりあえずあんまり差はないんだよ。マナ使ってすごいことするってくくりで。だからね。人域魔法と召喚魔法は一緒に鍛えられるんだよね。というか一緒にやった方がよっぽど強くなれるよ。だって人域魔法でマナの制御覚えて召喚魔法で他者の力使えるんだからね。そらどちらかよりも両方のが良いよね」
「な、なるほど……?」
「まぁ。そりゃ一つより二つのが……ね。戦術も広がるし」
「えっとえっと。もしかしてですけど。そういうの見越して体力作り……とか?」
「……人域魔法師は自分の肉体で戦うからね。身体能力上げたりして。ミスターはそのベースを鍛えさせてたわけか」
「どちらにせよ。諦めていたモノが手に入るならこれ程嬉しい事はない……!」
「な、なるほど……!」
なるほどなるほどとちょくちょく言っているが、伊鶴はいまいちよくわかっていない。だが?その他の面子は大体は理解できたようだ。
「話止められるの嫌だったから先に粗方前置きさせてもらったけど。もう質問やめてね? 時間かかるから」
「あ、うぃっす。さーせんもう黙ります」
「うん。えっと何の話だったかな……。あぁあぁそうそう。それで君達にはまずこの後契約者喚んでもらってね。マナを相互に送り合う循環っていうのをやって、感覚を掴む訓練してもらうから。ラビリンスが弱いとなると、本当は肉体を少しでも作り変えた方が手っ取り早いんだけど。オガちゃんなしだと危険だから無理かな。そういうわけで、外出ようか」
「そ、外ですか……。契約者を喚ぶとなると室内では手狭なのはわかるんですけど……」
「ん? あ~外は危険なんじゃないかってことかな? 家の中より危ないね。でもまだ危なくはないよ。ワシいるし」
『まだ』。というワードに引っ掛かったが、今は安全ということで納得する。
ド・ニーロはお茶を飲み干すとドアの方へ向かい、ドアノブに手をかけたところで振り向く。
「あ、循環は比較的安全だけど。気を抜いちゃダメだよ。意思が弱かったりするとそれだけで存在持ってかれることもあるから」
背筋がゾッとするような事を言い残し先に外へ。
(い、いけないいけない。覚悟はとっくに決めているんだ。念押しされたくらいで怖じ気づいちゃいけない)
夕美斗がまず気持ちを立て直し、ド・ニーロの後に続いて外へ。マイク。伊鶴。多美。八千葉もすぐに後を追う。
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