第22話
「……っ! おいっ。王の血族様だ……! 早く頭を下げろ……!」
「ここ数年はいらっしゃらなかったのになんで今日に限って……」
「隣のは……人か? 赤の首輪がかけられている! 扱いには気を付けろっ。一歩間違えばこの町ごと消されるぞ!」
……うん。リリンが町に足を踏み入れた瞬間ものすごーーーく慌ただしくなりました。やっぱこっちの世界じゃ絶対的な力関係があるようだ。
「畜生共。営みを止めるな。へりくだる暇があるなら働くが良い。用があればその時改めて声をかける。まったく。まとめ役を決めてあるのになんだこの体たらくは」
リリンの一声でひれ伏していた人々は元の役割に戻っていく。誰も彼もが白い肌に細い体をしている。肌はともかく痩せすぎじゃないか? 食い物事情とかどうなってんだろ。
「なぁ。こっちの世界ってあっちと比べて貧しいわけ?」
「ウム。そうだな。あちらと比べれば戦闘力以外は壊滅的に劣る。が、前に来たときはもう少しマシな体をしていたんだがな。全体的に痩せている。問題でも起きたか?」
リリンの目から見ても様子がおかしいらしいな。ここはリリンの所有物らしいからなんとなくトラブルが起きるとは思えないけど。放置気味とも言ってたしなんともだな。
「まぁいい。どうせ案内はするつもりだったしな。ついでに様子を見ていこう。構わんな?」
「うん。まぁ。好きにしたら良いわ」
どうせ待ってる間暇だし。お前についていったら良いだろ。といっても観光できる場所なんてあんのか? パッと見全員ただうろちょろしてる風にしか見えないんだが。
「さて、まずはそうだな……。お前の目でちゃんと確かめさせた方が良いだろうな」
「なにを?」
「人畜生の扱い」
拷問場。連れてこられた場所で真っ先に頭をよぎった言葉だ。なぜなら。
「んんっ! んんんんんんんっ! ぷはっ! ち、ちが、わたしじゃ……んん……っ!」
一人の少女は泥水に何度も顔を押しつけられ。
「いっ! がはっ! も、ゆるじで。ごろじで」
別の少女が背中を鞭で叩かれ。腹部を殴られている。
「うぷっ。……ぉぇ。……ぼはっ! ひゅー……ひゅー……。けぽ……」
さらに一人の少年は口から気味の悪い色の吐瀉物を噴き出していて、呼吸がおかしくなってる。
それでもまだマシなほう。まるで牛舎のように広い場所でひたすら拷問が行われている。奥の方では血飛沫と悲鳴が止まらない。
「お、おいリリン……なんだよここ……」
「家畜場……のはずだったのだがな。フム……」
「家畜場って……。それにはずってなん……うぷっ!?」
あ、あまりの光景に吐き気が……。え、えずきが止まらない……!
「おいおい。吐くなよ」
「うっ。おえ……。む、無茶言うな……~~~~~っ」
すんでのところでなんとか堪えるが、それでも決壊まで間近。こんなもん見せられたら誰だって気持ち悪くなるって。
「フム。まぁ今目にしてるものは我の庭では特殊ではあるが、別の庭ではこんなものだぞ」
う、嘘だろ? こんなのが日常? ……あのリリンが俺に離れるなって言った理由がわかってきた。こんな玩具以下の扱いが基本なら俺みたいなのは即壊される。
「やれやれ、貴様も大分参ってるようだしさっさと済ませるか。恐らくここが元凶だろうしな。……人畜生共! この家畜場の管理者はどこだ! 町のことも含め言を聞かせるが良い!」
リリンの声を聞いた恰幅の良い男たちは手を止め、慌てた様子で平伏した。お陰でうめき声しか耳に入らなくなったが、鼻をつく血生臭い臭いは治まらない。
「へっ……へっ……へっ……へっ!」
少しすると一際恰幅の良い男が急いで駆け寄ってくる。腹の脂肪が服で圧迫されて今にもはち切れそうだ。男は近くまで寄ると頭を地につけ、そのまま顔を上げずに口を開く。
「こ、これはこれはリリン様! ここに来るのは実に珍しいですな。な、なにかご用件でも?」
「フム。ここは家畜場と思ったのだが。やってることが兄共の真似事のように見えてな。それに前より庭の畜生共が痩せている。あれではまともな営みもできまいよ」
「一つ一つ答えさせていただきます。ここは紛れもなく家畜場でございます。今は私の秘蔵の肉が消えてまして、盗人を割り出し且つ躾を行っている最中です。町のことは特に問題はありませんな。痩せてるのは無能ばかりでして。無能の食い扶持なぞ考えるのも馬鹿らしいということで」
「……フム。そうか。ところで、貴様臭うぞ。心当たりはあるか?」
「はい。つい先程まで雌の家畜に種付けしていました。ここにいる子供もリリン様からこの庭を預かってから私たちが仕込んだ者ばかりでして。ですが雌が無能なせいでまったく使えんガキしかおりませんで」
「……無能は貴様だろう」
「はぁ?」
思わず顔を上げ間抜けな声を出す男。そしてその顔を不機嫌そうに見るリリン。
「まったく。失敗だな。家畜場で畜生を育てているから他よりマシだろうと任せていたのだが。やれやれ……。さてさてどうしたものかな」
「お、おいリリン……。俺もう……」
「ん? もうしばらく我慢できないか? ほれ、抱き締めても良いのだぞ?」
「……」
「あ……っ」
背に腹は変えられず。気を紛らすためにリリンの背中に抱きつき顔を頭に埋める。普段なら変な気分になるだけだが、今はむしろ他の気持ちが混ざってくれたほうが助かる。
「ほ、本当にするとは思わなんだが。ウム。ラッキーというやつだな。心地良い。ん。……では、とりあえず無能を処分するとするかな。あん。おい。顔を首もとで動かすな」
「しょ、処分……って私をですか? なぜですか? 畜生の躾方が悪いのでございましょうか!? ですが無能はこうでもしないと言うことを聞かないんですよ!?」
「んはぁ……。ん? 貴様何を言っているんだ? 畜生はお前もだろう。その時点で大して変わらん。故に我にとって価値はない」
「そ、そんな! 選んだのはリリン様でございます! リリン様が選んだのだから……」
「だから言っただろうが……失敗だと。何を聞いているんだこの無能。そもそも貴様何故そんなに我に無断で声をかける? 顔を上げている? ……ほら、無能だ。我以外の血族なら即肉塊にされていたろうな。クハハ」
「そ、それは……」
「そういえば我に何故貴様を処分するのかと尋ねたな? 良いだろう今の我は機嫌が良くなったのでな答えてやる――なんか癪に障ったから気まぐれだ」
最後の一言だけ声色が違った。顔をリリンの頭から離して見てみると影でさっきの男を縛り上げて……いや、鼻以外を影で染め上げた。鼻の穴がピクピク動くだけで体は一切動かず。声も出せていない。
「おい。そこの泥顔のガキ畜生。種付けされていた雌のところに案内しろ」
「……は、はい。こちらでございます」
フラフラしながら少女は立ち上がり、ヨタヨタした足取りで奥へ進んでいく。
「ほれ、行くぞ。歩けるか? 抱っこでもしてやろうか? ん?」
「うるせぇ。歩くくらいできる」
体の芯から震えるくらい辛いが、さっきよりかはマシになっている。俺はリリンから離れ、少女の後に続く。
「……なぁ、あれってお前が命令とかしてやらせてたんじゃないんだよな?」
道中。あの躾と称されていた拷問について聞く。少し、気になっていたことがあったからだ。
「ウム。畜生には基本的に無関心だからな。我」
「無関心なのに癪に障ったのかよ」
「我もよくわからんが、気にしても仕方ないぞ。詰まる所ただの気まぐれだからな。こっちでは強い者の気まぐれで事が動く。畜生の扱いも見れたし、常識を知るのに丁度良いと言えば丁度良かったな。少々お前には刺激が強かったかもしれんが、最初にそれなりのものを見ておいた方が後々に対処しやすいだろうよ。血族によっては自主的にさらに壊すからな。あとあいつのやってることもお前からしたら大概だしな」
いやいや。刺激強すぎるだろ。これ以上なにかあったらマジで吐くからな。我慢できてるほうがどうかしてるんだから。ってか思い出させんな。思い出したからまた吐き気が……おえ。
「クハハ。そんな今にも倒れそうな顔をするな。安心しろ。我のここでの気まぐれはあと一つしかない」
まだなんかやるつもりなのか? いや、さっきの光景はリリンが原因じゃないわけだし。身構えなくても良い……よな?
「雌畜生共。貴様らはこの男を恨んでいるか?」
異臭を放つ檻と巨大なベッドがある部屋に着いた途端リリンが放った言葉がこれだ。
複数の女性が服も着ず。傷だらけの体で放置されていたんだ。そりゃ恨んでるに決まって……。
「い、いえ。恨むなんて滅相もありません……」
「私たちの飼い主でございますから……」
「貴様もかガキ畜生」
「は、はい。躾は怖いですが主に従うのが私たち畜生の勤めなので」
驚いた。全員がこんな目に合わされてもさも当然かのように受け入れた表情をしている。文化の違いはあるだろうけどここまで違う価値観を見せられるとどうしようもない気持ちになる。同時に心底思っちまった。たとえ落ちこぼれと罵られようとも生まれた場所があの世界で良かったって。
「フム。あながちこれが言っていたのは出鱈目というわけでもなさそうだな。なるほど無能だ。いや、無能が躾たから無能なのか」
リリンは男の拘束を口と手足だけにし、床に大の字になるよう固定した。この光景嫌な予感しかしないんだが。
「その畜生を殺せ。今すぐにだ」
「え? え? ですが……」
「勘違いしてくれるな。畜生が畜生を飼うなんてことはない。貴様らの所有者は我だ。さぁどうした? 命をくれてやっているんだがなぁ?」
うねる影とリリンの顔を見た彼女らは慌ててその場にあった拷問……いや仕置きや躾用の道具を手に取り始める。
そしてフラつきながらも力無く。だが必死に先の男に振り下ろし始めた。
「……っ! …………っ! ~っ!」
口を塞がれてる男は悲鳴を上げられない。そして疲弊してるからかそれとも厚い脂肪のせいか刃物は体には刺さらない。鈍器は頭を砕けない。だから彼女らは何度も何度も凶器を振り下ろし続ける。
その行為に抵抗はない。罪悪感もない。意思がない。あるのは上位者への本能的な従属のみ。
目の前で人が殺されてるが、さっきのよりはまだ見ていられる。
さっき行われていた拷問にはそれぞれに意思のようなものがあった。楽しいという感情に動かされた自主的な行為。今は違う。ただ作業的に殺されている。
ほとんどやってることは同じだ。でも意思があるのとないのとでここまで嫌悪感に差が出るものなんだな。それでも内臓とか見えるのは抵抗があるけど。
「こういうところがつまらんのよな」
「え?」
「格付けをしてしまえば畜生なぞこんなものよ。つい数分前まで主だったヤツもさらなる強者が現れたら手のひらを返す。意思がないを故につまらん。あの殺されてる畜生でさえ多少快楽に支配されていた部分もあるが、所詮我が血族の真似事をしていたにすぎん。自分が強いから強き者を真似ようとな」
リリンは少し近寄ってその場にしゃがみ、頬杖をついて男の顔を見下ろす。
「意思の有無という観点からすれば貴様はそこの雌共よりマシだったよ。だが残念だったな。我の気まぐれで殺されて。どうだ? 我を恨むか?」
口から影を離すが男は瞬きもせずに沈黙している。命はとうに尽きていたようだ。
そしてしばらくの間。その場には死んだことに気づかない女たちが死体をいたぶる音だけが響き続けていた。
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