第19話

「やっと解放された……。辛い時間だった」

「にしては随分元気だったようだが? ごく一部が特に」

「……うるせぇ黙れ。生理現象だ」

「フム。そういうことにしてやろう」

「チッ」

 ディアンナの邪魔のせいで若干不機嫌になったらしく。ところどころ歯形をつけられちまった。詰まるところやつあたり。本気で噛んでいたら千切られていただろうから加減はしてるんだろうけど。そもそもやるんじゃねぇって話だわ。

「……くんくん」

 腕も舐められていたので少し気になって匂いを嗅いでみる。

 なるほど。たしかにほとんど匂いがしない。したとしても俺じゃなんの匂いか、どんな匂いかわからねぇ。ただなんか癖になりそうな匂いだな。

 ……っておいおい。その思考はマズいだろ。他人に変態とか言えなくなるわ。

 もうさっさと服を着ちまおう。いつまでも裸じゃいられねぇし。

「リリン様。首輪をお持ちしました」

 服を着直してすぐにディアンナが部屋に戻ってくる。手には赤い首輪……いやデザイン的にチョーカーと言ったほうが近いな。が、ある。

「ウム」

 リリンは手に取ると俺に近づきつけようとしてくる。いやいや待て待て。

「お前それをどうするつもりだ?」

「お前につける」

「なんで?」

「この首輪は我の血に浸してある。ま、我のお気に入りの私物だから手を出したら覚悟しておけよ。不死身故に永遠に苦しませてやる。という意味が込められてある」

 めちゃめちゃ怖ぇんだけど。同時につけたらかなり安全になるのもわかったわ。気は進まないけど。

「じゃあ。ん」

「手をどけろ。我がつける」

 首輪を受け取ろうとすると手を軽く払われる。誰がつけても同じだろ。だったら自分でつせますぅ。

「良いから寄越せよ」

「無理を言うな。この首輪は我にしかつけられんし我にしか外せんのだ。そういう魔法が込められている」

「……それ魔法っていうか呪いじゃね」

 しかも現代じゃ呪いなんて最上級の人域魔法だぞ。そんなもんを自分の物っていう名前シール気分で使ってんのかよ。贅沢な。

「……リリン様が手ずからつけてくださると言ってるにも関わらず拒否とは。さらに先ほどからなんと不敬な態度を。あの汚物め」

「……」

 この殺意が決め手となり抵抗をやめました。ま、まぁリリンしかつけられないんじゃしょうがないよね。うん。

 あと安全とわかっていても殺意向けられるのは心臓に悪い。もう俺おとなしくするわ。少なくともこっちにいる間は。



「では参りましょう」

 首輪をつけたところで俺たちは部屋を出て次の目的地へ。

 詳しくは聞かされてないが、知り合いに会いに行くことはわかってるし側を離れるつもりもないから途中の細かいとこは良いだろ。

 それにしても広い。そして暗い。まるで城のような廊下に蝋燭だけで照らされた道。

 先ほどの部屋。リリンの自室らしいが。あそこもかなり広かった。となるとやっぱここって城なのかな? 暗いのは夜だからかはたまた室内だからなのか。

「お」

 少し進むと片側の壁がなくなり外が見えるようになっている。

「す、すげぇな」

 空が黒い。やはり夜らしいな。だけど外のが室内よりも明るい。月よりも大きな星々が照らしているからだ。つか本当にデケェ。どんだけ近くにあるんだ? こんなに近くにあってぶつかったりしないのかな? しかもパッと見そんなのが四つはあるんだが。まぁ、別の世界だし無事みたいだし色々あるんだろう。思考放棄。

 おっと。てか昼前にあっちを出て、今夜だと向こうとの時差があるわけだよな。時差ボケもあるだろうし調節しないと。

「なぁ。今って何時くらい? 向こうとの時差ってどんくらいあるんだ?」

「フム。こちらに時間の概念はない。故に時差は考えるだけ無駄だな」

「いやでも。朝とか夜とかあるわけだろ?」

「ない。この世界は常に夜。寝るも起きるも好きなときにが基本だな。農業とかもないしそもそも時間を計る必要がない」

 おうふ。なにそのスローライフにもってこいの世界。殺伐としてるくせに。

「故にこう面白味にかけるのよな。常に同じ景色。闘争がなければ同じ生活。そしてすでに我に挑む者はおらず。ふぅ……。正直我はもう帰りたい。帰ってゲームしたい。永住したい」

 お前はお前でアクティブな性格なのにインドアまっしぐらだな。つか朝昼晩と寝ずにゲームやってるやつが夜しかないから面白味がないとか言ってんな。廃人め。

「だが、場合によっては通わなくてはならん。あいつとお前次第ではあるがな。となると今のうちにいくつか準備しておくか」

「準備?」

「フム。お前が殺されにくくされるためのだな」

「死ぬとか殺される前提なのがもうふざけてると思うんだがな」

「仕方あるまい。それが常識。それが摂理。お前自身が強くならねば一人でおちおち食事もできんだろうな」

「俺は赤ん坊か何かか?」

「あながち間違ってはないな。では我が母親か? 乳でも吸うか?」

「ママちょっとビンタしてい~い? グーで」

 あんま調子乗ってんなよこの幼女ババア。最近からかうことを覚えやがって。色々質悪くなってんぞ。

「……」

 おっと。また睨まれてしまった。

 話を聞くにこのディアンナという女性。こちらの人間でリリンよりか俺たち寄りの生物のはず。なのにあの身体能力なわけだ。あんまり機嫌を損ねるとリリンがいないところを狙って殺されかねない。これは会話も控えたほうが良いかな……。リリンと会話してたら絶対雑に扱ったり色々言っちゃうし。殺意ぐんぐん上がっていくこと間違いなしだもんな。

「クハハ! わざわざ許可など取る必要もあるいよ。普段から蹴飛ばしているじゃないか」

「…………」

 バカ! 敵対心ヘイト上げんな! 俺が殺される確率上がっちゃうだろ! 予防するんじゃないのかよ! これじゃ真逆でしょ! このおバカ!

 ほら! 振り返った横顔がもう怖いよ! 血走った目が睨んでくるよ助けてママ!

「あら? お姉様ではないですかぁ~♪」

 殺意を向けられてる最中。突如現れたのは白金髪をクルクル巻いた女性。身長は俺より少し低いくらいだから170㎝近く……。いやよく見たら厚底の靴を履いてるからもう少し低いか。リリンと同じくフリルの少ないゴスロリみたいな服を着ている。そしてお姉様発言。これ、まさかとは思うけど。

「フム。リリアンか。王城にいるとは珍しいな。いつも自分の庭に引きこもってる貴様が」

 やっぱりお前の妹なのか! いやたしかに似てるけどもだよ。サイズ的に違和感しかないわ。つか部屋に引きこもってゲームしてるお前がよく妹に引きこもりとか言えるな。

「お姉様がここのところ姿を消したとお聞きしまして様子を見に来たんです。でなければあの趣味の悪いゲス兄供が入り浸るこんなところに用なんてありません。でも、会えて良かったです。はぁ~……。あの兄供がいなければお姉様の住むこの城に定住いたしますのに」

「クハハ。相も変わらず弱いクセに嫌悪するのだけは一人前だな。まぁ兄供あいつらが趣味が悪いのは同意するがな」

「でしょう!? 何が楽しくて毎日のように人畜生を交わらせているんだか。それも雌一匹に雄五匹とか。雌が多いのはマシでしたが雄はダメ。臭くて臭くて臭くて臭くて臭くて鼻が曲がって気が狂うかと思いました。しかもその様をさも素晴らしいモノかのように下の弟妹たちに見せるんですもの。本当に気色の悪いったら。……ってお姉様! 相も変わらず弱いは酷いです! 私とて日々成長しているんですよ!? お姉様には遠く及ばないまでもこの前兄の一人はバラバラにしましたし! 誉めてください!」

 実の兄をバラバラにしたことを誇っていやがる……。俺たちの世界じゃ異常者だがこっちじゃ普通なんだよ……な? このギャップに早く慣れないと死ぬ前に精神病みそう。

「本当に奇特なヤツだな。誉めろなんてねだるのもそこまで誰かに懐くのも我らが血族の中では貴様くらいだ。まぁだからこそ面白いし、兄弟姉妹けいていしまいの中では気に入っているんだがな」

「えへへ。お姉様に気に入られてるなんて光栄です。それと訂正させていただきますが我らが血族でお姉様を愛していない者はいません。だってお姉様はこんなにも愛らしく美しくなによりもお強いのですから。父様でさえ一度はお姉様を孕ませようとしていたくらいですし。クハハ! まぁそのあとお姉様に木端微塵にされて豆粒になるまで圧縮されていたんですけど。アレでも死なないのは我々の生命力の高さを象徴していましたよね。今思えばあの時が父様のピークでした。あの時からまったく子供を作らなくなって残念残念」

 あ、今の笑い方スゴいリリンに似てた。やっぱ姉妹なんだなぁ。あまりに似すぎてて父親に犯されかけて報復してそれでも生きてたなんてビックリ仰天ミステリーなんて聞こえてませんよー。笑い方似てる似てるー。

「はぁ~……久しぶりにお姉様のお顔を目に焼き付け、お声を耳に刻み込んだらつい興奮してしまいました。叶うならお姉様に孕まされたい」

 後半脈絡のない願望じゃないかそれ。なんかリリンもそうだけど見た目スゲェ美人なのに発言が残念過ぎるというかなんというか……。

「と、こ、ろ、で。お姉様。ソレは新しい玩具ですか? 赤い首輪ということはお気に入りということなんでしょうけど」

 こ、こっちに目を向けてきた。お、俺アンタの前じゃまだしゃべってないぞ。おとなしくしてますよー。敵じゃないです。くぅ~ん。

「先ほどから目が気に入りませんの。まるで私を侮蔑しているような目が。そもそも私人畜生に目を向けられるのも嫌いなのは知っていますよねお姉様。あぁ気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……! ねぇお姉様? ソレの目だけで良いんです。壊して良いですか?」

 ゾクッとさえしなかった。害意を、殺意を向けられたはずなのに。自然過ぎて。

 さっきのディアンナの殺意がどれだけ生易しいものだったのか今になってわかる。

 人間とリリンの身内じゃ色々基準が違いすぎる。

「あぁ構わんぞ。だが――」

 ちょ!? なに許可して……!

「お姉様ぁ~。大好き♪ 犯されたいくらい愛してます」

 リリアンの背中の方からナニかが妙な音を立てて姿を見せる。

 あれは……蠍の尻尾? のようなもの。それもめちゃめちゃデカイ。それが背中から生えてる。

 お、おいおいまさかそれで。

「あ、大きさ間違えちゃいました。でもいっか♪ 人畜生ですものね」

 良い笑顔を浮かべ、リリアンは尻尾を突き出してくる。声を出す間もなく尖った先が俺の眼球に迫ってきて……。あ、これ死んだ。

「話は最後まで聞けよ」

 思わず塞いだ目を開けるとリリンがリリアンを拘束していた。なんかもうテンプレだな影で縛り上げるの。いやまぁ助かったし文句はねぇけど。

「お、お姉様……?」

「だが、そのときは我を敵に回す覚悟をしろ。そう続けようとしたんだがなぁ」

「ひ……っ!?」

 続きの言葉を聞いた瞬間恐怖の表情を浮かべる。ど、どうしたんだ急に。怒ったリリンってそんなに怖いのか?

「話を聞かずに襲ったということは貴様は我を怒らせたいのか? ん? どうなんだ?」

「あ、あの、私は、ただ……」

「答えろよ」

「くぁあぁぁああぁあっ!?」

 リリンの影が尻尾の先から根元付近まで蜂の巣のように突き刺していく。痛がっているということはあの尻尾は体の一部のようだ。

「聞いているじゃないか。なぁ? 貴様は我を怒らせたいのか?」

「ち、違います。私はただ人畜生が目障りだから壊そうと思って……」

「首輪がついてるじゃないか。この首輪の意味はわかるんだよなぁ?」

「も、もちろんです。お姉様のお気に入りの証。勝手に触れただけでもお姉様の逆鱗に触れるのは存じておりま――あぁああぁぁあっ!」

 今度は影を収縮させ尻尾を押し潰した。

「話を途中までしか聞かない。わかっててやった。まったく阿呆にも程がある。いやなるほど。そういうことか。貴様そんなにも木になりたかったんだな。そうならそうと言えば良かろうに」

「あ、あ、あ………………。ああああああああああああ!!! そ、それだけは! どうかお姉様それだけはお許しください! お願いします! お願いしますお姉様! アレだけは嫌です! アレだけはどうか!」

 泣きながら懇願している女性を見るのは心が痛むな……。美人だと特に。いったいさっきから何を恐れて……って、そっか。リリンが怖いんだ。こっちの常識で行動するリリンがもう恐怖そのものなのか。

 木とかアレとかはよくわからないが。不死身でも痛みはあるから拷問かなにかなんだろう。リリンのことだ。やるとなったら絶対手加減しないからおっかないんだな。うん。

「フム。喧しいな。とりあえずは潰そうか」

「い、嫌……。お許しくださいお姉さ……っ!」

 影を全身に伸ばしメキメキと少しずつ圧縮していってる……。お、おいおい。いくらなんでもやり過ぎじゃないか? そら俺殺されかけたし正直俺の知らないところだったらどうなろうと知ったこっちゃないけど。目の前で人が潰れるとこなんて見たくないって。グロテスク過ぎるわ。

「な、なぁ。もうその辺にして先を急がないか? それだけいじめたらさすがにもう襲ってこないだろうし」

「それがそうでもないのだ。この阿呆は我が血族一馬鹿なのでな。何度か似たようなことをやらかしてる。そうさな。百と数十年こんなことを繰り返してるよ」

 おうふ。それは擁護できねぇおバカさんだ。だったらリリンが少し手酷く躾? をするのもわからんでもない。かといってグロテスクなシーンとか見たくない。これは下手な遠回りはやめたほうがいいな。

「あぁもういいや。わかった。とりあえずやめろ。離してやれ。グロいのはあんま見たくないんだよ。襲ってきたらお前がまた止めれば良いだろ。それか俺の知らないところでやってくれ」

「フム。お前の正直で利己的で繕わなくなった時は好きだぞ。できれば早々に理性も捨ててくれると更に我は楽しめそうなのだがなぁ」

「ふざけたこと言ってないで早く離せ。そんで行くぞ。寄り道してたらそのぶん帰りが遅くなってゲームが遠ざかるぞ~」

「おおう! 確かに。今お前良いことを言ったぞ。良かったなリリアン。急ぎの用があるのでな。今回はこれで仕舞いにしてやる」

「……はぁ……はぁ。ありがとうございます」

 影から解放されたリリアンはその場にへたり込んでしまっている。まぁぺしゃんこに潰されかけたんだしな。しかも手始めにそれだから怖いに決まってるわな。

「では行くか……っと。その前に――リリアン」

「は、はい! なんでしょうかお姉様」

「血族を呼んでおけ。全員だ」

「え、えっと。なにか重要なことでもあるのですか?」

「貴様が今殺そうとして偉い目にあったろう? だから先に注意しておこうと思ってな」

「い、いえ少し目を潰そうとしただけで……」

「……ん?」

「な、なんでもございません」

「……貴様のような阿呆が他にいないとも限らんのでな。先に釘を刺しておこうと思っただけだ。呼びに行かないなら行かないでも構わん。構わんが。もしこいつに何かあれば血族皆磔にしてやる。一人でもやらかせば全員だ」

「か、かしこまりました! お姉様が出掛けている間に済ませておきます」

「ウム。では改めて行くぞお前たち」

「あ、あぁ」

 急いで先を行くリリンを追う。振り返るとまだリリアンはへたり込んだままだけど良いのかな? 頼みごとしてたみたいだが。

「気にする必要はないぞ。どうせこれから行く場所も時間がかかるしな。抜けた腰が直るのを差し引いても十分に時間はあるだろうよ」

 俺の様子を察してかこっちを見ずに知りたいことの答えを言いやがった。エスパーか己は。

 まぁでも。全部計算した上でなら文句ないよ。



(やってしまった。久々にお姉様のお顔を拝見して興奮し過ぎてしまった。あああああああ。まだ怖い。怖い怖い。だって仕方ない。アレは不死身だからこそ。死ねないからこその地獄。私たち最大の極刑。死を願っても願っても叶えられない永遠の苦痛。一度も受けたことはないけれどされるところを見るのもされたところを見るのも恐ろしい。今回は助かったけど。次は絶対あの畜生には触れないようにしないと。うっかり殺したら私が死にたくなる思いをしてしまう。最低でもお姉様に嫌われる。どちらも避けなくちゃ)

 リリアンは立ち上がり、自身の能力により背中から翼を生やす。そして外へ飛び出し血族たちの元へリリンによる招集の旨を伝えるために。

(それにしてもあの畜生。お前って呼ばれてた。私だって貴様なのに……。お姉様ともフランクに話してたし。お姉様ったらどれだけあの畜生を気に入ってるのかしら? あ~妬ましい。殺しいたい。でもダメ。殺したら取り返しがつかなくなる。とりあえず今はお姉様のお願いを果たさなくては。……ちゃんとできたら誉めていただけるかしら? フヘ)

 誉められたところを妄想して不気味な笑みを浮かべる。

 リリンの血族の中でも最も頭が悪く。力も下から数えた方が早い彼女。なによりも異なるのは愛情が欠落した血族たちにおいて、唯一リリンという存在に恋しているところであった。

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