第16話

バトルパート


   天良寺才&リリン

      VS

ジュリアナ・フローラ&アグニ



 ジュリアナの喚びだしに応えるように空間が歪み始める。

 やがて歪みは黒い渦となり別世界へと繋がった。


 ――ズズズズズズズ……


 通称ゲートと呼ばれる渦から身を引きずりなら現れたのは巨大な植物の塊。

 枝、蔓、葉、花、茎、実、種、あらゆる植物をかき集め無理矢理固めたようなモノ。

 歪という言葉がよく似合うジュリアナの契約者。名をアグニ。

 この世界では基本的にS、A、B、C、D、Eの六段階で格付けされている。

 その中でアグニはSクラス。最高峰の存在である。

 リリン曰くこの世界での評価基準は間違っているが、それでもA組とSクラスのペア。弱くないわけがない。

 如何にリリンが測定不能星を滅ぼすWE――ワールドエンドと格付けされていようと、才のマナでしか戦えない以上完全な格上。

(だが、ソレが良い……!)

 本来リリンは戦闘狂である。

 元の世界ではもうほとんどリリンに敵うものどころか戦いを挑む者もいなくなった。

 なぜなら一度戦いになればたとえ不死身でも殺される。

 いや、なまじ不死身な方がより深い地獄の底に沈むことになるだろう。

 何度も得体の知れない影に引きちぎられ、潰され、突き破られ、捻折られ、それでも死ねない。

 痛覚が残っていればあるのはただの無限の苦痛。

 リリンが戦いと認識している間決してソレは終わらない。

 故に、だ。縛られた今ならばどうだろう?

 力が制限されている今ならば?

 リリンは楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで。興奮が抑えられなくなってきている。

 彼女にとって新たな世界はたしかに楽しい場所。

 美味なる食事。面白い遊戯。個性的な人間。なによりも唯一自分に快楽を与えられるほど高密度のマナを保有する才という存在。

 十二分に刺激的だ。

 刺激的ではあるが、それとこれとは別。

 慣れ親しんだ過去唯一だった闘争遊びを目の前にチラつかされているのだ。

 これで興奮しないわけがない。

 さらには自分の目でアグニを見て確信に至っている。

 今の自分では決して勝てる存在ではないということを。

 感じるのは絶望? 否。断じて否である。

 闘争による苦戦はあったが敗北を経験したことがない。予期したことすらない。

 つまりそれは新しい刺激である。敗北を予期するという新たな刺激である。

 その新しい感覚にリリンは酔いしれる。

(良い……。いつだって新しいモノは良い……。どんなにつまらないモノも最初だけは甘美だ……)

 戦いたい。闘いたい。争いたい。

 もうソレしか彼女の頭の中にはない。

 ジュリアナと才はすでに安全エリアに入っている。アグニの全貌もすでに見えている。

 準備は整った。

 あとは、開始の合図を待つのみ。

(早く早く早く早く! もう我慢できない!)

『戦闘……開始!』

 合図を聞いた瞬間アグニの蔓がリリンに襲いかかる。

 亜音速に達する速度。過去止めたモノとは違う様子見なしの獲物を破壊するための一撃。

「クハ!」

 が、影を伸ばしあっさり払い除けた。

「速いな! 重いな! 良いぞ! ……だが足りんな。物足りん。ほれ、遠慮するな。もっともっと殺しに来てみろ」

「……アグニ」

 リリンの挑発に応えるようにアグニの猛攻が始まった。

 身を解き無数の蔓をリリンに向かって縦横無尽に叩きつける。

 一撃一撃が自動車程度であれば木端微塵に粉砕するほど重い。

 それでもリリンの影の前には無力。

 亜音速の蔓はそれ以上の速度で舞う影に防がれる。

「……!? どうして!!?」

(なぜアグニの猛攻をあっさり防ぐことができるの!? あの影はいったいどんな能力……。わ、わからないっ)

 ジュリアナからすれば当然の疑問。

 アグニの自動車を軽々粉砕する長く重く鋭い蔓が亜音速で襲い来るのにも関わらず、その場に腕を組ながら余裕の笑みを浮かべ防ぎ続けているのだ。

 亜音速の時点で並みの生物では反応すらできない。が、それ以上に影の防御力が解せないのである。

 リリンの能力。それは影を自由自在に操るものではない。

 彼女の能力は超高圧縮した、高密度であり、膨大な量のマナを操っているだけ。ただ、それだけである。

 影に酷似しているのは空間に影響を与えているほど強大なエネルギーであるため。空間が歪み光が反射しないだけである。

 また、リリンは体のどこからでもこの影を出せる。マナなのだから。

 そして空間が歪んでいるのだからどんなに重い一撃だろうと無関係。

 さらにリリンはマナを感知できる。よって影の物体に触れたときの微妙なブレを感じることで触れたモノの情報を得ることができる。アグニの攻撃を重いと表現したのはこのためだ。

 ちなみにだが、この能力の詳細はまだ才も知らない。

(リリンのヤツやっぱスゲェな……。わかってたけど。それよりも……)

 才が疑問に思うのはなぜアグニがリリンを正確に攻撃できているか、だ。

 植物なのにまるで目があるかのようにリリンを狙っている。

 爬虫類などにある赤外線感知器官のようなものがあるのかと推測するが、その答えはジュリアナが答えてくれた。

「不思議ですか? アグニが彼女の位置を正確にわかる理由が。簡単なことですよ。私とアグニが同調しているからです」

 同調とは召喚魔法にとって最大級の極意。

 契約することで繋がったパスを利用し互いの存在を曖昧にして少しだけ混ぜる。それにより五感や思考などを共有するものだ。

 アグニは巨大な体を少しだけ浮かせてジュリアナの視界が塞がれないようにしている。つまり常にジュリアナの視線の先にはリリンがいることになる。

 視覚情報があるのだから正確な位置が掴めるのは必然であったのだ。 

 同時に、ジュリアナがアグニに侵食をされているカラクリもわかったことになる。

 契約だけならば実は然程侵食を受けることはない。

 高位の存在ならば可能だが、それでも時間はかかるだろう。

 が、ジュリアナの場合は未熟ながら才能があった。あってしまった。極めた者がたどり着ける領域に齢十五で至るほどの。

 そして非凡さ故に彼女は侵された。

 アグニという強大な存在との同調による深い繋がり、存在を一時的にでも、かすかにでも、同化させるという危険行為が彼女の存在を蝕んだ。

 相手に理性があり、力を求める欲が無ければ問題はなかっただろう。

 アグニは違う。

 あの生物は生物の本能に忠実。

 生物は進化を求める。より強くなり生存能力を高めようとする。

 ジュリアナのマナ。植物にはない動物特有の器官。どちらもアグニにとって価値があるモノだ。

 仮に存在の同化による別生物への変異はならずとも、傀儡にするだけでもあの目が手に入る。十分魅力的。

 そのアグニの純粋な本能もまた、ジュリアナを侵食していった要因だろう。

「フム。なるほど。カラクリはわかった。わかったが……。やれやれどうしたものか」

(正直蔓を叩き落とすのに力を使いすぎて反撃ができん。苦戦は構わんが防ぐだけというのはさすがにつまらんのだが)

 アグニはさらに身を解き蔓の量を増やす。

「ム」

 リリンは影の範囲をやや狭くし手数を増やすことで対応するが、その度に蔓の量が増える。

 リリンの本来の射程範囲は星一つを埋め尽くせるが、制限のある今は数メートルが良いところ。

 制限付きでも規格外の破壊力や汎用性のある能力ではあるが、唯一射程範囲だけが現在の弱点。

(……攻撃数を増やせば増やすほどどんどんあの黒い影は狭まっていく。やはりあの能力にはかなりの制限がある)

 弱点に気づいたのはジュリアナであった。

 この観察力と聡明さも彼女の才能である。

(このまま押しきる……!)

「アグニ!」

 ジュリアナはグリモアを手に持たない。グリモアもまた魂と同化するモノだから本来はは具現化を必要としない。

 あくまでマナを送り込むイメージの補助として本の形を取るのだ。

 つまりグリモアの存在をきちんと認識している彼女は手に持たずとも支障はない。これもまた極めた者にしかたどり着けない境地。


 ――ググググググ……ガパァ……


 ジュリアナからマナを受け取ったアグニは体を再構築。顔のようなモノを型どった。

 この行為に意味はない。ただの誇示だ。

 しかし、本能のみで動いていた生物に誇示をするという意思が生まれた。これはジュリアナとの繋がりがさらに深まった証拠。

「……っ!?」

 ますます増えた蔓にとうとう影が追いつかなくなった。

 肩や腹部のドレスが破けてリリンの肌が露になっていく。

 肉体に傷は負わないが、それでもこれは異常な出来事。少なくとも才にとっては。

「リリン!?」

 心配の声を上げるが、リリンは戦いに没頭し才の声を無視する。

「クハハ! 思った通り今の我では厳しいようだな! であれば我も手を考えなくてはなぁ」

「な、なにを……?」

 ジュリアナはリリンの取った行動に混乱し、攻撃を中断して眉をひそめて思案する。

(どうして……どうして彼女は……)

「フム? どうした? なぜやめる? 無防備だぞ? ほれほれ」

(どうして影をしまったの?)

 わからない。わからないが。ジュリアナを蝕むアグニの生物に必要な要素である他者を圧する暴力性が彼女の中で膨れ上がった。

「強固な防御を捨てたってことはつまり――」


 ――死にたいってことなのね?


「そんなわけあるか。戯け畜生」

 再び始まった猛攻をリリンは全て手刀で切って落とした。

「……そんな、うそ」

「ここからは戦闘法スタイルを変える。それだけだ雌畜生」

(フム。久方ぶりの素手だが、肉体強度が変わってないぶんこちらのがやりやすい)

 リリンはその場でブンブンと軽く素振りをし、ぴょんぴょんと跳ねて自分の体の動きを確かめる。

 満足がいったのか改めてジュリアナとアグニに向き直った。

「さて、これならば多少余裕ができる。防ぐばかりでも飽きてきたのでな。今度は我から行こう」

 リリンはほんの少しだけ力をいれて踏み込んだ。にも関わらず人間の目では負えぬ速度で距離を縮める。

 ジュリアナは慌ててリリンを目で追うが視界の外へ外へと逃げていく。

(は、速すぎる……! 追いきれない!? 眼球を動かすより速く別の位置に移動し続けるなんて本当に可能なの……?)

(まったく。本来であればこんな方法は好みでないのだがな)

 彼女は絶対的な力を持つが故に真正面からの戦いを好む。だが今はその力がない。ないからこそ順応していく。工夫していく。

 ジュリアナが目であるならば目に入らなければ良い。

 単純なことだが、肉体能力のみでそれができるのは希だろう。

 やはりリリンという存在は規格外なのだ。

(ウム。案の定攻めが緩くなった。であれば仕掛けよう)

 緩くなったとはいえ攻撃が完全になくなったわけではないが、立ち止まって影のみで対処していたときより蔓は少ない。

 リリンは両手の手刀ではたき切り、間に合わないぶんだけ影で防いでいく。

 左右に逃げながら接近しているため最初の踏み込みからはなかなか距離は縮まらなかったが、とうとうリリンはアグニの顔らしきものまで近づく。

「クハハ! やっと近づけたぞ。まずはその面を潰させてもらおうか。形を真似ているだけで顔ではないと思うがな――ん?」

 拳を振りかぶった瞬間。アグニは口の部分を開きまるで水風船のような薄膜を張った柔らかい物体を吐き出す。

(……毒か? それとも目眩まし? どちらにしろ我には効かな――)

「っ!?」

 薄膜が破れ中から液体が飛び出す。リリンは左手で振り払おうとするが触れた部分が一瞬で溶けた。

 皮膚は爛れ、筋肉も形を留めていない。部分的にだが骨も出てしまっている。

(これは……酸か? しかも我の肉を溶かすほど強い。いったいどんな仕組みをした植物だこいつ…………おっと)

「しまった」

 肉体への思わぬダメージで多少驚いてしまい生まれた一瞬の隙をつかれ蔓で横薙ぎに弾かれ吹っ飛ばされた。小さな体が壁にぶつかり溶かされた腕から血肉が飛び散る。

 それによるダメージはないが、問題は別にある。

(フム。腕はしばらくすれば戻るだろうが、どうしたものかなあの酸。影で防げるがあくまで防ぐのみ。攻めに転じることができんし、肉体が適応しようにも時間が足りない)

 アグニの巨大な体にダメージを与える場合リリンの影では攻撃範囲、規模が足りない。本体に打撃を与えるしか今のリリンには手段がない。

「やれやれこれは……」

(業腹だが勝てる算段がつかん)

「レロ……プッ」

 頬にも酸が当たっていたため穴が空いてしまっている。そこから舌を出し酸のついた部分を舐めとって吐き出しながら立ち上がる。舌もやや溶けたが表面だけなので特に支障はない。

 リリンはさらに影で腕の酸を肉ごと削ぎ取った。たちまち傷口は塞がっていくが、治ったところで先がない。

「……スゴい回復力ですね。さらに身体能力。対応力。戦闘面で言えばなるほど、並みの一年生では相手にならないでしょう。そしてきっと貴女はマナに依存して戦っていない。学園の最初のクラス分けは生徒のマナによって決められる。だからE組がB組に勝利するという珍事が起こったのですね。つまり貴女という存在が特別で、とびきり強い。彼にはもったいない方ですね。残念です。もしももっと良い契約者パートナーならば、マナが使える貴女ならば。傷を負うこともなかったでしょう。まして敗北することなんてなかった」

「……っ」

(……そうだ。あいつに制限さえなければ素手で戦うこともなく影で制していたはずだ。俺が……俺が役立たずだから今あいつは……。恐らく生涯初の敗北の前に立たされている)

「クハッ。くだらんな」

「リリン……?」

「我はこと戦闘、闘争において敗北を知らん。故に我は傲っていた。だから傷を負った。だから我は貴様らごときに苦戦を強いられている」

(このままいけば肉を全て溶かされ、体を動かせなくなり、生殺与奪をくれてやることになるだろうがな。それを敗北というのなら我はたしかに敗北目前だろうよ。…………ド畜生め。腹をくくるか)

 気丈に振る舞っていてもリリンは受け入れ始めている。

 敗北を、受け入れ始めている。

「クハハハハハ! さぁ傷は全て塞がった。まだ我は戦えるぞ? かかってこい。この肉体砕け散る時まで我は敗けぬよ」

(安心しろ雌畜生。言い訳なんぞしてやらん。あいつ……才が未だ至らぬから敗けたとは言わん。なぜならば戦いにおいて正しいことは常に一つである――)


 ――どんな形であれ勝利し生存することだ


「油断して寝首をかかれるなよ? そんな興の醒める結末は望まん。きっちり殺しに来い雌畜生」

「……っ! わ、わかりました。たとえ貴女が動けなくなろうともう手を緩めません。殺します」

 一瞬気圧されたがジュリアナは敬意を持ってリリンに向き直る。

 だが彼女の抱いた些細な殺意が、さらに侵食を強めてしまった。

「ぅぁ」

(頭がくらくらする……。急になに? いいえ今は体調不良なんて気にしていられない。あんなに強い存在を殺せるのだからこんなところでは止まれない……! 殺して……コロ……シテ……ソレカラ……ワタシ……ハ……ドウスルノダロウ?)


 ――クラッテ、サラニツヨクナルノミ


「ム?」

 ジュリアナとマグニの存在とさらに融け合う。ジュリアナの存在と融け合うことで学園の制限が、枷が外れ始めた

(六……いや七割方混ざったか? ますます勝ち目がなくなったな。まぁ元々、今の我では勝てぬことはわかっていたことだが)

 アグニの蔓が再度襲いかかる。しかも、表面にリリンを溶かしたあの酸が纏われている。

(あの強度の酸に耐性があるのか。作り出しているのだから必然だが。面倒な)

 リリンは影で覆うことで両腕を守るが叩き切った際に飛び散る酸で少しずつ身を溶かされる。

 このままではまた防戦一方。一度壁から中央付近まで移動する。

 壁際ならば前方からしか攻撃が来ないが、リリンにとって背後からだろうが知覚できる。むしろ腕が振るえぬほど押される方が問題だったための移動であった。

(とはいえこれは……)

 四方八方から酸を帯びた蔓が無数に襲い来る。

(チッ。もうこれは足掻けぬほどどうしようもないか。認めよう。我はここで敗北する)

(負ける……? あいつが? 規格外のあいつが? 学園長だって恐れた。試験の日だって教師を一瞬で無力化した。力だけじゃない。知らない世界のはずなのにあらゆる事柄に馴染んだ。ぞんざいに扱っててもわからされた。リリンは俺にはもったいないくらいスゴいヤツだって。だから。だから……! 俺のせいで! 俺なんかのせいで!)

「お前が負けるなんて許されるか!」

 才はグリモアを出しマナを込め始める。

(俺が足を引っ張って負けるなんて俺が許さねぇ! 落ちこぼれの俺にだってプライドくらいある! せめて足手まといになりたくないっつー小さなプライドくらいある!)

「ぅ……ぉ……」

 指先に血が溜まり真っ赤に染まり始める。指だけじゃない。目まで充血し始めた。

(ヤバ……意識が……)

「んぁ……。十分だ」

 才の意識が飛び始めた瞬間。リリンは影を出現させ全ての蔓を拘束した。追加される蔓も襲い来る度に全て拘束する。

 アグニは突然の出来事に動揺しグラついた。

「おいおい植物風情が一丁前に狼狽えるなよ。なまじ動物と混ざるからそうなる。ほれ、隙が生まれているぞ?」

 影が蔓を伝い本体へ向かおうとする。だがアグニは直ぐ様蔓を自ら切り落とした。

(阿呆め。まだ今の影の射程範囲外だというのに。まったく脆いな)

 戸惑い。恐れ。焦り。その他感情とは時に人に力を与えることがあるだろう。臆病なことだって言い方を変えれば危機関知能力が高いことを意味する。

 が、それが過剰にあるならばただの欠点。

 ジュリアナと混ざることで感情という劇薬を手にしたが故に、たった一度の完全な防御からの反撃に大きく動揺してしまった。

 こうなればもう揺さぶり続けるだけでガタガタに崩せる範囲。

 さらにリリンは未だ足りぬとはいえ、アグニの攻撃を影のみで防ぐほどに力を引き出せている。あとは接近して影で圧殺するだけでいい。

「雌畜生。悪いな。どうやら我は敗けてやることができんらしい」

「……」

「もう思考が曖昧になる程度には混ざったか。無意識のヤツとの戦いは萎えるのだが。まぁ、そこの鬱陶しく狼狽えてる植物で我慢するか」

 リリンはゆっくりと歩みを進め始める。

 一歩進む度に蔓が襲い来るが最早意に介さない。

 ただ止めて影を伸ばすだけで勝手に自切していくのだから。気にするまでもない。

(粗末だな。やはり萎える。敗北よりかはマシだから別にもう良いが。クハハ。我は自分で思うより負けず嫌いだったようだな。年甲斐もなく安堵している)

「もうこの戦いの先が視えたな。終わるか」

 リリンの殺気に反応したアグニが最後の足掻きに出る。

 蔓を全て展開し恐ろしい速度で演習場内に木々が生まれ床には苔が生え始めた。

 さらに咲いた花は花粉を飛ばし始める。

 花粉には生物を即時腐敗させるほどの劇毒が含まれている。花粉によりリリンの体も少しずつ腐り始めた。

『ちょ! ジュリアナ・フローラ! すぐに契約者を止めてください! 天良寺才はただちに避難を! 演習試合は中止です!』

「……」

 アナウンスに警告されるが、もうジュリアナに意識はない。どころか仮に意識があってもアグニを止められるほどの力は彼女にないだろう。

「クハッ! 良い悪あがきじゃないか! 他に奥の手があるなら今のうちにやっておけ! でなければ我に接近を許してしまうぞ! 滅ぼすぞ!」

「……必要ねぇ」

 射程範囲に踏み込むためにリリンが足に力を入れた瞬間。才の制止がかかる。

(こんなもんじゃない。こんなもんじゃないんだ。あいつはもっとスゲェんだ。足りねぇ。足りてねぇ。もっと。もっと込めろ。まだちょっと手足が痺れてるだけじゃねぇか。目眩がしてるだけじゃねぇか。だったらまだいけるじゃねぇかよ……! 暴発にビビんな! 後のことは考えるな! 俺のせいであいつは傷を負ったんだ! 俺のせいで窮地に立たされたんだ! 試合だからとかそういうのは関係ねぇ。足を引っ張った償いなるとしたらさらに引き出してやることだ。やれる……やれる……やるっ。強いあいつが言ってくれた。俺はいつか強くなるって。俺のマナはスゴいって。掛け値なしの肯定をしてくれたあいつに報いるために、俺の今できるありったけを込める!)

「受け取れよ。リリン。お前俺のこれ、好物だろ……?」

 マナを込めすぎてしまい才の目から、鼻から、手から、足から血が噴き出す。

 才の意識も、もう曖昧だ。膝から崩れ落ちうつ伏せ倒れてしまう。

(へへっ。柄にもなく熱くなっちまった。まぁ、声に出してなかったし良いか……。出してなかったよな? ちょっと心配になってきた……)

「……ぅ……あぁ。はぁ……。んっ。んんんんんん……っ! 悦い……ぞ。はぁ……はぁ……。たまらない……。も、もう十分だ。十分過ぎ……る。だから、もうお前は休んでい……ろ……」

 膨大とは言えぬ量だが、リリンを絶頂に誘うほどに濃い密度のマナが流れ込む。

 足元から影が広がり演習場をアグニ以上の速度で埋め尽くした。

(あ、ヤバッ。なんも見えなく……)

「あとは――」

 おぼろ気だった才の意識は最後の一言を聞く前に完全に閉じた。


 ――勝っておく

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