第14話

 ……。

 …………。

 ………………眠れない。

 正確な時間はわからないが、深夜を回ってるだろう。

 部屋に戻って宿題になってた体幹トレーニングもやった。風呂にもゆっくり入った。それなのに、眠れない。

 まぶたを閉じるとミケが怪我をする場面が何度もフラッシュバックする。

 もしもあの蔓が首を薙いでいたら? もっと鋭い一撃で肉が削げていたら? 一歩間違えばミケは死んでいただろう。

 自分でも気づかなかったが、俺は現実逃避してたんだ。

 だから自分でも疑問に思うほど落ち着いていた。

 初めての友達が死にかけたという事実が時間の経過でどんどん重くのしかかってくる。

 ハハ……なんだよ。俺思ったよりまともじゃん。それにミケのヤツも俺にとって結構大事な存在になってたみたいだわ。

 認めたらより恐怖が増す。腹の芯から震えてるような不気味な感覚。

 怖い。

「……」

 俺はのそりと起き上がり、深夜だというのにまだゲームをやめないリリンのところへ向かう。

「どうした? 先ほどから様子がおかしいが。腹でも下したか?」

「……そんなんじゃねぇよ。ただちょっと……」

「……はぁんっ」

 リリンを後ろから抱き締める。

 俺から密着することなんてあり得ないのでリリンも驚きと快感から声をあげる。

「い、今のはさすがに我も驚いたぞ。本当にどうした?」

「……」

 ただ黙って抱き締め続ける。

 勢いでやっちまったけど、少しずつ落ち着いていくのがわかる。

 なんか、夜中に悪夢を見たガキみたいだな。怖くて、抱きついて。そう思うと恥ずいけど、それでも離せない。

「……フム」

「っ!?」

 リリンが俺の腕を引っ張り隙間を作ると、器用に振り向いて頭を胸に抱き締める。

 二週間前に嗅いだリリンの香り。あのときはみっともなくうろたえていたが、今はただただ心地の良い香りと感じる。

 ……いや、今もみっともないな。十分に。

「クハハ。まぁどうでもいいか。珍しく貴様から触れてきたのだ。今はただ堪能しよう」

「……悪い」

「かまわん。むしろ我にとっては幸運だ」

 小さい体。ほんのりと鼻腔をくすぐる独特の香り。時々頬や手に触れる細くてサラサラした髪。埋めた顔には服と服越しの……堅い胸かこれ? いや骨か? の感触。

 完全に幼女だな。そして俺は今幼女に抱きつき、抱き締められてる変態男。

 わかってる。明らかにアウトってことは。……わかってはいるんだが、今はただこうしていたい。

「……なぁ」

「ウム?」

 しばらく抱き合ってから口を開く。だが何を言おうかいまいちまとまってない。

「あの……飯のあとの……」

「ウム」

「俺、結構混乱してたみたいでさ」

「ウム」

 ちぐはぐにしか言葉がでない。それでもリリンは次の言葉を促すように相づちをうつ。

「えっと。あのときは気づかなかったけど。今になって俺……怖くなったんだよ。なんか……」

「ウム」

「それで……なにが言いたいかっていうと」

「ウム」

「もし、さ。またミケが危ないときとかあって、俺がまた動けなかったらさ。お前、手貸してやってほしいんだわ。俺が頼める義理がないのはわかってるけどよ……」

 恥ずかしさややっと来た眠気。まだかすかに残った恐怖で詰まった言葉から結局出たのは都合の良い他力本願。我ながら本当に情けないクズ発言。

「……フム。それが言いたいことか」

 リリンは呆れたような声を出す。そらそうだよな。リリンにはなんの特がない。

「……ごめん」

「恐らくその謝罪は我の求めたものではないな」

 謝罪をするが、また呆れたような声。どういうことだ? 自分でやれって言いたいんじゃないのかよ。俺なら言う。

「我はお前の契約者だ。であれば我の力の一部はお前のモノ。好きに使え。お前があの人畜生に力を貸したいと思ったのなら迷う必要はない」

「……そっか」

「そうだ」

 そっか……。

 リリンの言葉に安心したのか、急激にまぶたが重くなる。

 俺は今感じてる心地の良い眠気に身を任せて、意識を眠りの中へ沈めた。



 やってしまった。

 目を覚ますとリリンと同じベッドで抱き合った状態にあった。

 うん。昨日のことは覚えてる。

 悪夢を見て寝ぼけ眼で母親にすがる子供みたいなことしてたね!

 やってる途中も思ってたけど、改めて思い出すと恥ずか死ぬ!

「顔が赤いぞ。今度はどうした?」

 昨日とは逆の体勢。つまりはリリンが俺の胸に顔を埋めてる。

 上目使いで除き込むんじゃねぇ。可愛い面しやがってクソが。

「まぁ大したことなさそうだし別に気にする必要もないか……すぅ~……」

 モゾモゾと改めて顔を胸に埋めて深く呼吸を取り始めた。

 こいつは恐らく特に気にしてないようだし、からかったりするような素振りがないからそこは良いけど。密着してんじゃねぇよ。

「うおっ? ふがっ」

 まずは頭を掴み距離を少し空けたあとにベッドから蹴り落とす。

 えぇえぇ、お察しの通り照れ隠しとやつあたりですよ。ただの幼女への暴行にしか見えないけどな。だが二度とやらないと誓おう。

 ……昨日のような行為は、な。



「やぁ、才。お見舞いに来てくれたのかい? おや? レディも一緒とは珍しいね」

「まぁな」

「少し用事があってな。そのついでだ」

 放課後。俺たちは学園内にある医療施設に入院したミケのお見舞いに来ている。

 ちなみにリリンの用事というのは久茂井先輩が新しく服を作ってるらしく、その試着のために被服部に行ってきたらしい。リリン本人は先輩が用意した高級フルーツタルトが目当てだったらしいけど。見事な餌付け。

「調子はどうだよ」

「ん~。しばらくは安静かな。傷はほとんど塞がったけど、人工細胞が馴染むには時間がかかるからね。はぁ~……体が鈍らないか心配だよ」

 いくら医学が進歩しようと、魔法があろうとも、すぐに傷が治るわけじゃない。傷口を人工細胞で塞ぐことはできるが、ミケがいつものように動けばすぐに壊れちまうだろう。よって完全に体に馴染み、同化する時間が必要ってわけだな。

「それにしても僕もまだまだダメダメだね。かっこよく助けに入れたと思ってもこんな様だし。治ったらもっとハードなトレーニングを始めないと」

「もう病み上がりのこと考えてんのかよ……。いつも結構酷使されてんだから無理すんなって」

「……あっはっは! 才が心配してくれるなんてね! たまには怪我も良いかも」

「茶化すなよ」

「ごめんごめん。でも心配されて嬉しいのは本当だよ。才はなんか冷めてるところがあるからさ」

「まぁな。否定はしねぇよ。つってもお前のことだし心配の必要はなかったようだけど」

「信頼してるってことかい? それはまた嬉しいね」

「だから茶化すなよ」

 まったくこいつは……。だけど結構元気そうだし良かったよ。昨日あんなことするくらいには安否が気になってたからな。

 そういえば一つ気になることがあったし、聞いてみるか。

「お前たしか学園長に憧れてるとかなんとか言ってたよな。あれっていつもの口説き?」

「いつも口説いてるみたいな言い方は酷くないかい!? 女性を誉めるのは嗜みだしいつも本気で言ってるからね! ……だけど、あの人への言葉はいつもと違うけどね」

「ほう?」

「才も知ってると思うけど。羽刃霧紅緒といえば今から七年前、至上最年少の魔帝エンペラーの称号を至上初召喚魔法で勝ち取った天才魔法師! 僕は彼女の魔帝認定試験戦を生で見たことがあるんだけど。当時は今よりも召喚魔法の扱いが酷かったし、罵声なんて当たり前だった。それなのに! 彼女は世間的な逆境をはねのけ! さらに圧倒的な力で対戦者を制した!」

「お、おう。わかったから落ち着け」

 子供みたいにはしゃぐな。テンション上げるな。傷口が開くぞ。あとここ学園内病院。騒ぐんじゃねぇ。

 でも、そうか。こんなムチャクチャな学園立ち上げるくらいだからスゲェ人とは思ってたけど、まさか最強の魔法師である魔帝を冠する人だったのか。しかもたしか今二十四で七年前だから……十七才で魔帝入りか。知らんかった。

「かっっっっっっっこよかったぁ~! あのときから僕にとっての英雄ヒーローは彼女だけさ! だから魔帝になった数年後に学園を設立したと聞いて興奮したよ。いつか絶対入るんだってね!」

「そうかそうか。夢が叶ってよかったな」

「そしてついに……ついに彼女が昨日目の前に現れた! この学校って入学式とかそういうのなかったろ? 入ってすぐ授業。クラブ勧誘もなしで勝手に見学に行け。彼女は彼女で学園長だから忙しくしてるだろうから滅多に僕たちの前に現れない。だからすんごい嬉しい……んだけど」

 急にしゅんとなるミケ。とうとう傷口が開いたか? 言わんこっちゃない。

 と、思ったんだがどうやら違うようだ。

「やっと会えたのに! あんな無様な姿さらして! しかも意識朦朧としてたからこう夢の中の出来事みたいだったし! 聞けば抱えてもらったとか! 気を失ってて全然覚えてないよ! そ、そうだ! 僕なんか学園長と話してたかな? 失礼なこととか言ってない? 才なんか知らないか!?」

 ずいっと顔を寄せてくるが、ただ怖いだけなのでやめてほしい。俺だってお前のあの様が印象的すぎて他のことなんて覚えてねぇよ。……つっても納得してくれないよなぁこの感じだと。なんか適当ぶっこいとくか。

「と、とりあえずヤられそうなヤツ自分を盾にして守ったのかっこよかったぞー。もしもそこ見てたら良い生徒が来てくれたとか思うんじゃないかなー!」

「そ、そうかな……? だと良いんだけど……」

「ただ、病院ではしゃいで騒ぐヤツをどう思うんだろうなぁ~。実は俺前に話したことあっt――」

「No way! そんなことあるわけないだろ!? え、うそ!? マジで!!?」

 肩を掴まれてガンガン頭が揺さぶられる。せーかーいーがーまーわーるーよー。

 おえっ。気持ち悪い。ちょ、誰か助けて。

「学園の施設とはいえ病院ですよ。騒がないほうがよろしいのでは?」

「え? あ、そうだね。ごめんなさい」

 や、やっと解放された……。助かった。

 それで? 病室に入ってきたのは……ミケに怪我を負わせた金髪女か。絡んだり絡まれたりトラブルを愛し愛された女のようだけど、今だけは謀らずもミケを止めてくれたようで感謝するよ。

「こちらお見舞いとお詫びの品です。これで贖罪になるとは思いませんが」

「いやいや。貴女のような美しいレディが来てくれただけでも僕はとても嬉しいよ」

 ヒステリックな女かと思ったけどずいぶんと丁寧だな。ミケもいつもの調子を取り戻したようでなにより。そのまま大人しくしててくれ自称紳士。

「レディ。不躾だけど少しお話を聞かせてもらっても?」

「えぇ……。私には貴方の要望に答える義務があると思いますので」

「ハハ。そんなにかしこまらなくても良いけど。僕としては話してくれるみたいだからラッキーかな?」

「……えっと。俺たちは出ていった方がいいか?」

「僕はいてくれて構わないよ」

「私も問題ありません」

「そ、そうか」

 なんか金髪女が重たい空気を出しているのでできれば帰れと言ってほしかった。

 あ、普通に俺はこれでって言えばよかった……。俺のアホ。

「まずは自己紹介を。僕はマイク・パンサー。E組だよ」

「私はジュリアナ・フローラ。A組です」

 俺はしなくて良いよな。いるだけだし。

 にしても

「ではミズフローラ。貴女はなぜあんなことを?」

 い、いきなり核心つくねぇ~。最初に不躾とは言っていたけど。

 結構デリケートな問題だから口をつぐむかと思ったが、間を置かずに金髪女――ジュリアナはしゃべりだした。

「気に入らなかった。それだけです」

 簡潔。それだけであんな暴挙ですか。退学になるのを覚悟するくらい気に入らなかったのか?

「どうして気に入らなかったんだい?」

「あの方たちは授業をサボっていました。しかもそこに罪悪感は感じていなかった。私は努力を怠る人が大嫌いなので」

「なるほど。でも次からはもう少し我慢した方が良いね。貴女はとても才能があるのだから。退学になってしまったらもったいない」

 A組だもんな。召喚速度も技術も半端じゃないし。卒業後は召喚魔法師としてならば確実にエリートコースだろうな。

「……どうでしょうね。正直この学園は期待外れでした。だって……E組である貴方がB組勝つようなことが起きるのですから」

「え、俺?」

 いきなりキッと睨み付けられた。なんで?

「初の実戦形式での演習試合。努力する時間なんてほとんどなかったはずなのに格下である貴方が圧倒した。つまりそれは学園の評価が間違っていたことになるのではないでしょうか?」

 お、おう……? まぁそうなるの……か? いまいちピンとこないけど。

「もしくは八百長か……ですね」

「……レディ。それ以上僕の友人を侮辱することは許さない。たとえどんなに見目麗しい女性であってもね」

 口説くかかばうかどっちかにしろよ。

 でもこの女の気持ちはわかる。リリンが反則的な強さしてるからズルしてる気分だもん。八百長では誓ってないけど。

「……申し訳ないけど。自分の言葉を撤回するつもりはないのです。それに、真実はすぐにわかること。私、演習の相手に彼を指名しましたから」

「は?」

 演習の指名? たしかにそんなシステムあった気はするけど。ま、マジかよ。それが本当ならB組の次はA組とやんの? ふざけ倒してるわ。

「もしも彼が勝てば学園の評価が間違っていた。そして彼が負ければ試合内容次第ですが、十中八九八百長だった。それだけのことです。であれば、週末に結果はでます。もうよろしいですね?」

「……うん。一応貴女の考えは聞けたからね」

 ジュリアナはもう用は済んだと言わんばかりに立ち上がると病室から去っていく。

「才。大変なことになったねぇ~」

「他人事だな」

「他人事だもの」

「そりゃそうだけど」

 なんかもっと気の利いたこと言えよ。こちとら難儀な女に目つけられて胃が痛くなってきてんだぞ。

「フム……」

 ふと横を見ると、リリンがなにか考え事をしているっぽい。いつもよりも気持ち難しい顔をしてる。

「どうしたよ」

「いや、なに。少し気になったことがあってな……。フム……」

 え、なに? お前がもったいつけるとすんごい嫌な予感しかないんだけど?

 嫌な予感しかしないけど、聞くしかないよな。だって知らずにそのときが来る方が危ないもんよ。

「お前が気になることってなんだよ」

「ウム。これは推測の域を出ることはないが、恐らくあの人畜生――」


 ――混ざっている

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