第9話

 入学してから少しばかり時が過ぎ、現在学園生活初の休日の朝。

 俺は今、筋肉痛と戦っています。

「ぅぉ……」

 リリンとの同衾を避けるために買った敷き布団の上でピクピクする。

 普段ならば無理矢理にでも起きるところだが、休日なので脱力感が半端じゃない。

 もうこのまま二度寝したい気分。

「フム。強いなコイツ……。コンボの繋ぎ目を狙うとはなかなかやるな」

 リリンはというと、いつ起きたのやらもらった部屋着を着て、今時珍しい据え置き型のゲーム機で格ゲーをやってる。ワイヤレスコントローラーとかしばらく振りに見るわ。最近じゃFVR《フルバーチャルリアリティ》が多いなかずいぶんとレトロなことで。

「ム。殺られた」

 マジか。ゲームとはいえリリンでも敗北なんてあるんだな。

 借りたゲームでストーリーのない純粋な戦闘のみを楽しむタイプのは即日全難易度クリアするようなヤツで。FVRの格ゲーとか死角からだろうと無傷で完封するくらいの実力があるのに。

「チャット起動。『次は勝つ。また手合わせを頼む』入力」

 どうやら対戦相手にチャットを送ってるようだな。コントローラーにはマイクが組み込まれているので音声認識でチャットが送れる。つかまず文字入力用のキーボードを買ってないので音声認識でしか送れないんだけどな。付け加えるとこの据え置きゲームはリリンがこの前買いました。専用モニターも。

 お陰で部屋が多少狭くはなったが、元々広いし。なによりリリンがゲームに夢中になってるからここ最近は平和そのもの。久茂井先輩リリンをゲームの世界に引き込んでくれて感謝の念が絶えません。

「フム。このくらいにしとくか。……おい。そろそろ食事の時間だぞ。早く起きろ」

 どうやらゲームは終わりらしい。チッ。一生モニターにへばりついていればいいものを。俺はまだ寝たいんだ。ここは狸寝入りを決め込むしかない。ぐーぐー。

「……フム」

「い……っ!?」

 痛っ! や、やめろ。踏むなっ。グリグリするな。いくらお前の体重が軽くても今はダメだって! 本当に痛い! あっ!? ちょ、親指を立てるな! 食い込む食い込む! 小さなあんよの小さな親指が突き刺さる! 当たる面積が少ないぶん貫通力が増してる!

「わ、わかった。起きる。お、起きるから」

「よろしい」

 やっと幼女による踏み踏み地獄から解放される。先輩が食らってたら昇天していただろうがあいにくと俺にはただ痛いだけの拷問。

 拷問故にもう受けたくないのでさっさと起きるか。あ~しんど……。

「あれ?」

 思ったよりもすんなり体を起こせた。さっきまでめちゃめちゃダルかったのに。

 ……まさかとは思うが。

「お前、なんかした?」

「この前ツボというものを知ってな。試しに少しばかり押してみた。調子はどうだ?」

「……良くはなったけど」

 なんでもありか。どこぞの無限にスキルを会得してくチート主人公か己は。

「ならば良い。ほれ着替えろ。行くぞ」

「はいはい」

 まぁ、今のところただ便利なだけだから良いけどさ。



 さて、朝食も済ませたことだしどうするかな。リリンのツボ押しのお陰である程度回復はしたけど、それでも連日の体力作りが響いてるし休んどくか。

 いや、やっぱ落ち着かないし勉強でもしてよう。先生、知力も大事言ってたし。

 そうと決まればまずはPCを起動させなきゃな。机に向かいPCに電源をつける。ログインをして教材とノートを開く。

 俺は魔法師を目指している。魔法とはほとんどが感覚的なモノで、座学はあまり重要視されていない。にも関わらず勉強するのは単純に「重要視されていないものも吸収しなくてはやっていけない」からである。なのでどんな知識も貪欲に吸収しなくてはならない。

 さらに言えば、魔法関連以外も勉強して損はない。例えばサバイバル技術。別世界へ派遣されることもある魔法師であれば必修と言える。他には今だと栄養学なども重要か。……不本意な体作りのために。

 とにもかくにもやることは山ほどある。期末にはテストもあるし、少し早いが今から予習しても損はしないだろ。

「さて、と。始めるかね」

 しばらく机に向かいひたすらに勉強。

 普段からも勉強はしてるので基礎科目はかなり進み、一学期ぶんはもうそろそろ終わりそうだ。今はモチベもあるし全然苦じゃないしいっそ済ませるのも有りかな。

 と、やる気を出したところでメールが届く。学園側からの通知かな?

 このとき、なぜ知り合いからの連絡が真っ先に出ないかというと。俺に連絡を寄越す知り合いがミケくらいだからである。

 最近はうるさすぎてミケだけ通知音ミュートにしてるから気づくわけもない。他に知ってるのはリリンとかだが、アイツはまたゲームに夢中だし。同じ部屋にいるから用があれば普通に話しかけるだろうしな。

 ってなわけで。消去法によりメールの相手は学園という結論に至るわけだ。

『久茂井さんからメールが届いています』

 違った。そうだあの人にも教えてたわ。サイズ合わせた服送ってくれるとかで。それも全部受け取ってるから頭から抜けてた。リリンには頻繁にメールしてるらしいが?俺にはあまり用事はないはずだし。なんだろ?

『拝啓天良寺様。本日はお日柄もよく――』

『前置きとか全部抜いて送り直してもらえません? 読むのめんどくさいです』

 全部読みきる前に返信する。だってメールなのにパッと見五百行くらいあったぞ。いらんことすんなよ暇人かアンタは。

『学園生活初の休日楽しんでる? 今日は疲れてると思うのでゆったりしてると思います。なので明日の予定について提案をしようと思いメールしました』

 返信後二秒で送り返された。恐らくあらかじめこの流れを見越して文面は用意してたんだろうな。本当にいらんことしやがって。

『リリンちゃんはこちらの世界についてまだまだ知らないことがたくさんあると思います。なので外出などしてはいかがでしょう?』

 たしかにリリンはまだ馴染みきれて……。

「クハハ! あむっ。ほれははっひも……んくっ。見たぞ! 二度同じ手を食うか! パリパリッ」

 ないわけでもないか。ピンク色のフード付きのトレーナーにショートパンツをはいてゲームにいそしむ姿は休日を謳歌するインドアなガキにしか見えない。ご丁寧に影でクリスピードーナツとコンソメ味のポテチを交互に食ってまぁお行儀の悪いこと。

『リリンちゃんのお口は油でテラテラ光ってると思います。ペロペロしてキレイキレイしたい今日この頃』

 エスパーかよ。未来視でもできんのかアンタ。

『我が野望はさておき。急にデートといっても経験のない天良寺くんではエスコートは無理難題と思うのです』

 ほっとけ。俺の恋愛遍歴なんて知らないだろ。……そら彼女なんていたことないけど。

『ってわけで適当に考えました』

 そこは適当なんだ? リリンが関わってるのに妥協とは珍しい。

『適当なのは理由があります。リリンちゃんはまだこちらのことを知りきれていないので、あえて細かいプランは不要と考えました。あくまで傾向程度で良いかなって』

 なるほど?(よくわかってない)

『天良寺くんも実家はここらへんじゃなかったはずだし。それも加味して駅前をブラブラとかどうかな? あの辺りはお店も多いので暇潰しには最適なのです』

 あ~。つまり下手に細かくスケジュール組むよりもリリンの好奇心に任せて散歩してこいってことね。やっとわかったわ。

 だけど外出か。考えてなかった。

 必要な物は注文すれば届くし、すぐに必要ってことなら売店に行けば大概あるし。牛乳切れてるコンビニ行くかみたいな感覚で。

 ん~。どうするか。リリンの社会勉強がてら行ってみるか? 俺のリフレッシュも兼ねて。まだ一週間なのにリフレッシュってなんだよって感じだが。

 なんにしてもリリンに確認は取らないとだな。案外ゲームのが良いとか言うかも。

「なぁ。明日学園の外に遊び行かね?」

「行く」

 即答でした。明日の予定決定。外出申請しとかなきゃ。あ、その前に一応久茂井先輩にお礼のメール送っとくか。

『明日駅前に行ってみます。お気遣いありがとうございます』

「さて外出申請はどこでするんだったかな……っと」

 もう返信が来た。早いな本当。内容はなにかなっと。

『できればリリンちゃんのオフショットとかあぁあとお店の画像添付したからそこで扱ってるブランド試着した写真とか送ってくれると嬉しいです。絶対ランジェリーのお店には行ってくださ――』

 さーて外出申請出さなきゃなぁ!?

 ……メールは見なかったことにしよ。



 学園の敷地から徒歩二十分。端末にはナビもついてるのですんなり駅前までつけたな。

「フムフム! なんともまぁ不思議な景色だな! あれが車だな? クハハ! 我が走った方が速そうだな! おかしな形の建物もあるなどうなっている? ウム? あれは食い物の店か!? 美味そうな匂いがするな! よし! 行くぞ!」

 はしゃぎすぎ。まるっきり子供じゃねぇか。ほら、周りが微笑ましく見てるじゃんか恥ずかしい。

 ……まぁその微笑ましい顔はすぐに固まるんだけどな。

 今日のリリンの服は先輩に指示されたお出掛け用の物。特別ハデとか豪華とかいうわけじゃないんだが、オフショルダーにミニスカートと露出が少し多い。ポニテも相まってリリンの真っ白で美しい肌が周りから視線を集め釘付けにしてる。

 さらに髪や顔まで見てしまったら大概の人間はそうそう目を離せんわな。

 学園ではもう少し落ち着いた感じだった。ドレスを着ていたことで人形という印象が強かっただと勝手に思ってる。召喚魔法に携わっていればインパクトのある見た目の生物とかも目にする機会があるだろうし、新入生も俺含めそのあたり弁えてる。あとは単純に露出の差だな。部屋以外じゃほとんど肌を出していなかったから言うほど注目はされていなかった。

 だが、今は違う。美しいルックスでの快活な姿。無垢な笑顔。それらがより人を惹きつける魅力を振り撒いている。チープな言い方だが今のアイツは天使の可愛さと美しさを体現している。

 よし! 次からは露出が少な目のを着せよう! 注目され過ぎだもん! 俺コイツと歩きたくない! もう帰りてぇ!

「ほら! 行くぞ!」

「……はぁ。待てって。一人で先に行くな」

 ……まぁ、せっかくここまで来たし。今日のところは諦めるけどさ。その普段とは違う愛らしい表情に免じて、な。



「いらっしゃ……いま……せ……」

 お前、時を止めたのか?

 そう言いたくなるほど見事に店内の動きが止まった。

 俺たちが入店したのはファミレス。少し早いが昼食をとることにしたのだ。

 なぜファミレスなのかというと、歩き回って注目集めるの嫌だから「ここなら学園の食堂みたく色んなの一気に頼めるぞ」と言って釣った。思惑通り見事に引っ掛かってくれたリリンちゃん愛してる。

「……ハッ。も、申し訳ありません。お席にご案内致します」

 正気に戻ったようでやっと仕事に戻るウェイターさん。

 一般人なのにものの数秒で意識を取り戻すとはやりますねぇ。

「こちらのタブレットから注文できますので。その他ご用があれば端にあるアイコンを押していただければ即座にスタッフが参ります。では、ごゆっくりどうぞ」

 正気に戻ってからは流れるように仕事をこなして立ち去る。プロだ。

「フムフム。ほうほう。たしかに色々あるな。それにあっちにはない物もかなり……迷うな」

 俺がウェイターさんに感心していてもリリンはもうメニューしか見てない。お前が他人に感心示すことあんまりないのは知ってるから別に良いけどさ。

 リリンにばかり選ばせてないで俺もなにか頼も。さすがに昼だしガッツリしたの食いたいけど。かといって帰りも歩くし……迷う。

 とりあえず、まずはメニュー一通り見てから考えるか。

「おい。決まったか?」

「まだだ」

「じゃあ先決めて良い? メニューかして」

「フム。そのが合理的か。かまわんぞ」

「ん。サンキュ」

 タブレットを受け取りざっとメニューを見回していく。

 ん~。チキンステーキとかでいっかな? ガッツリしつつも重すぎないし。

「お前はそれにするのか?」

 リリンが身を寄せてタブレットを覗いてくる。ちなみにコイツは最初から対面じゃなく隣にいます。理由は言わずもがな。

「あぁ。あとは適当にドリンクも頼むけど」

「フムフム……。お? 我も今決めた。それ返せ」

「ほらよ」

 タブレットを返してやると手早く注文を済ます。ついでに俺のもやってくれたようだ。

「で、なに頼んだんだ?」

「お子様ランチ」

「ブッ!」

 吹いた。

 いやお前……。似合うけどさ。

 ……本当に良いのか? それで?

 てか理由が気になるわ。

「な、なんでお子様ランチなんだ?」

「あちらではなかったのでな。一番珍しいものを頼んだ。量は少ないようだから前菜だがな」

「他にもなにか頼んでるのか?」

「ウム。まんぷくグリルセットとゴージャスタワーという物。それからドリンクにエスプレッソ」

 カロリー大爆発。

 まんぷくグリルセットってたしか計ニキロあったぞ? ゴージャスタワーって一キロのパフェだろ? 最後にエスプレッソってなんで締めがアダルティなんだよ。

 お子様ランチ。たしかに前菜だわ。色んな意味で。

「お、お待たせしました~」

 しばらく待つと運ばれてきましたよ大量のカロリーが。

 ウェイターさんの目からその細身でそんなに食うのかよという訴えが伝わってくるよ。

 ごめんなさい。俺じゃないです。

「鶏以外は我のだ。間違えるなよ?」

 ギョッとするウェイターさん。気持ちはわかります。今度は無茶な注文を子供にさせるなよって目を向けてきてますね。知らないです。勝手に注文してたんです。

 俺も最初は心配だったが、よくよく考えたらコイツ……。

「ではいただこう」



「ウム。堪能した」

「もぐもぐ」

 優雅に食後のエスプレッソを楽しむ横で鶏を咀嚼する僕。

 違うんです。俺が遅いんじゃない。

 リリンのヤツ。三分とかそこらで平らげやがったんだよ。

 口に入れる量がまず500gのステーキの半分を無理矢理突っ込んでたし。パフェに至ってはまるで飲み物のごとき速度だった。

 え? お子様ランチ?

 あっはっは!

 もちろん。各おかず一口でした。

 部屋にいるとき気づいたらなんか食ってんなぁって思ってたけど。やっぱ大食漢だったのなお前。しかもあの量食って涼しい顔してやがりますよ。まだまだ余裕ってか? どんな胃袋してんだ……。

「フム? まだ食い終わらんのか?」

「お前が早すぎんの。つか普段昼飯とかそんなに食ってねぇじゃん。なに? 我慢でもしてんの? ダイエット?」

「そんなわけあるか。我が食事制限が必要に見えるか? 食堂は毎日行くだろう? であれば焦らず貴様と同じ物を同じペースでと思っただけだ。ここへはいつ来られるかもわからんのでな。少し欲張っただけだぞ」

 なるほど。つまり普段も食おうと思えばやっぱ食えるわけか。俺に合わせるってのはわからないけど。コイツなりに考えはあるわけね。

「一応聞くけど本気出したらどのくらい食えんの?」

「フム。それを答えるのは難しいな」

「なんで」

「食おうと思えばいくらでも食えるからな。我には満腹感も空腹感もないからな」

 物理的に胃袋に入らないんじゃね? とも思ったけど。あんだけ食ってもまったく腹出てないんだよね。うへ~。おもしれぇ体してんなぁ。どこに入ったんだよ。

「さて、暇になったな……。ん? ほうほう」

 エスプレッソも飲み終え俺待ちになったため手持ち無沙汰になったようだが。なにかを見つけてこれまたなにかを思いついたような顔になる。……変なことするなよ。

「クハハ。食休み食休み」

「あ、おいっ」

 突然横になったかと思うと膝に頭を乗せてきた。いわゆる膝枕状態。

「なにしてんだ。どけよ」

「あんっ」

 ビクッ。

 小さい体が一瞬硬直し口から艶っぽい声が漏れる。わ、忘れてた。コイツ俺に触れられるとこうなるんだった!

「おいおい良いのか? 貴様が強く触れたら声が漏れてしまうぞ?」

 イヤらしい笑みを浮かべてこちらを見上げてくる。

 クソ。悔しいが可愛い。だが今の俺にとってはただの悪魔。さっきの天使の笑みよカムバック!

「案ずるな。食い終わればどいてやる。いつまでもここにいるわけにもイカンしな」

 それを聞いて急いでチキンを頬張る。

 できればゆっくり食事を楽しみたかった……。

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