第10話

「次はどうする?」

「帰ろう」

「却下だ」

 店を出てすぐこのやり取りである。

 俺が帰ろうと言ったのはもちろん精神的に疲れたから。

 だってさ? 店にいる人のほとんどが俺たちを見てたんだぜ?

 周りからしたら白金髪プラチナブロンドの美幼女が年の離れた冴えない日本人の少年に甘えるように膝枕されてたわけで。

 そら目立つよ。どんな関係だあの二人はってなもんよ。兄妹に見えるわけもないし!

 あとはリリンがどんなに美人で異界の生物でもコイツは人型だからパッと見外国人にしか見えないのも原因の一つ。

 ……いや、どんな格好しようが全裸になろうが人間にしか見えないけどさ。

 とにかく! コイツの行動一つ一つがもう注目集めるんだよ! そして一緒に行動してる俺も目立つんだよ! 察して!

「お? 甘い匂いがするな。行ってみるぞ」

「ちょ、待てって! 勝手にうろちょろすんなよ!」

 ほらまた色んな人から注目集めるぅ。幼女を男が追いかけてるんだもんね。そりゃ見るよね。気持ちはわかるよ。もうヤダ帰りたい。

「ちょっと君。なにしてるの?」

「え?」

 走るリリンを追いかけてる最中。肩を捕まれ振り替えると、そこにいたのはポリスメン。スゴく嫌な予感しかしないね?

「今、女の子追いかけてたよね? 話聞かせてもらっていいかな?」

「あ、えっと、あの」

 緊張しすぎて言葉がでない。それを見てなにを勘違いしたのか表情が険しくなる。

「うん。わかった。落ち着いた場所で話そうね?」

「いや、ちょっと待って!」

「なにをしている?」

 テンパって少し大きな声を出してしまった。直後いつの間にやら戻ってきていたリリンが少し眉間にシワを寄せてこちらを見ている。

 戻ってきてくれたのは嬉しいけど。怖い顔しないで? このあとの展開に不安しか感じないからさ?

「貴様。そいつになにをしている?」

「……あ、えっと。お嬢ちゃん。お父さんやお母さんは一緒じゃないのかな? この人に追いかけられてたようだけどなにかされた?」

 俺加害者前提で話してませんか? そういうの良くないと思います。

 あとなによりソレ。リリンの質問に答えてないんでとっても危ないです。

 ほら! どんどん不機嫌そうな顔になってる!

 足元の影も揺らめき始めた。ヤバイね!

 こ、これは咎められるの覚悟で止めるしかないぞ!

「り、リリンやめろ! 前に話したアレだから! ソレやったらまずいんだって!」

 あああああああ! テンパり過ぎて言葉が出なかったぁ! 頼む! この抽象的過ぎる文面から察してくれ!

「………………あぁ」

 どうやらなにかを察してくれたらしい。さすがリリン! 聡明な幼女! 大好き!

「ねぇ、おじちゃん。おにいちゃんになにしてるの?」

「……………………」

 ん~~~~~~~??????

 今何が起きまして??????

 誰がなにをおしゃべりになりまして?

「おにいちゃんいじめてるの? やめてよ……。おにいちゃんにひどいことしないで。…………ふぇ、ひっく」

 お、お前かぁ!? リリンお前かぁ!

 その可愛い声どっから出てんの!?

「ぐすっ。おにいちゃんをはなしてよぉ~……。リリンからおにいちゃんとらないで~……」

 うるうると目を潤ませ、舌足らずな口調。

 演技とわかってるのに本当に泣いてるかと錯覚するほど……ウメェ。

 なんなのお前? なんでそんなに芸達者なの? おえ。普段のお前とのギャップに酔ってきた。さっきの鶏さん口からコケコッコーしちゃいそう。

 警官はというと、リリンの様子にたじたじだ。

「ご、ごめんね! 保護者だったんだね! なんだそうならそう言ってくれよ」

「は、はぁ……」

 問答無用で連れてこうとしたの貴方なんだけど? 仕事なのはわかるけどね?

「これからは誤解されるような行動は取らないようにしてくれよ? それじゃ私は巡回に戻らなくては」

 いやだから勘違いしたのアンタ……。

「おにいちゃ~ん……」

「おわっと!?」

 リリンが小走りで近づいてきてそのままぴょんと跳ね、抱きつかれる。

「なるほどな。これが前に言ってた通報うんぬんだな。ウム。厄介なのが理解できた」

 そして耳元でいつもの口調で囁いてくる。

 ……この妙な安心感はなんだろう。

「はっはっは。兄……妹? 仲良くね」

 警官が立ち去りやっと緊張が解ける。

 あ~怖かったぁ~。

「アレも楽観視していた。これからはできるだけ近くにいよう。はしゃぐのも大概にしないといけないな」

「……反省してくれて嬉しいよ。ってかどこで覚えたんだよさっきのやつ」

 おにいちゃんがまだ耳に残ってて違和感が……。先輩とかは大喜びし過ぎて失禁しそうってレベルの可愛さだったけれども。

「この前チラッとアニメでな。腹違いで見た目の異なる年の離れた兄と妹が出掛けてるエピソードを思い出した。先ほどのように阿呆畜生が勘違いをして兄を連れ去ろうとしてたのを妹が泣きながら止めていた」

 まさにぴったりのシチュだったんだな。それで妹キャラの方に成りきったと。

 ……いやいや成りきりすぎだろ。お前の演技の上手さのが驚愕だわ。

 っていうかアニメまで見てるの? たった一週間でかぶれすぎだわ。

「とりあえず、もう降りてくれね?」

「クハハ。そうだな」

 お? やけに素直に離れてくれた。いつもなら俺と触れ合う機会があればもう少し粘るのに。さっきみたく。

「不幸の中に幸福有り。数日振りに貴様とこれほど接触できた。二度もな。それなりに満足したので今日のところはこれで許してやる。またド阿呆がわいても困るしな」

 なるほど。早速反省を活かしてくれたわけね。おにいちゃんは嬉しいよ。

「さぁ、行くぞ。まだ時間はあるだろう?」

「そらあるけど……」

 さっき昼済ませたばっかだし。夕方までに帰れば問題はない。門限の問題はない。俺の精神的HPは限界を迎え大問題というだけ。

 例え抗議しても聞かないだろうから俺に拒否権なんてないし早々に諦めるんだけどさ。

「では今しばらく楽しもうではないか。案ずるな。次は我も注意するのだ。なにも起こるまいよ。起きてもなんとかしてやる」

 わお。男前。おにいちゃん惚れそうだわ。

 そこまで気を遣えるのにどうしてお家に帰してくれないのかしら?

 我欲優先なんだろ知ってる。えぇ、えぇ、わかっていますよ。お前が満足するまで最後までお付き合いしますよ。

 ただしもう精神的に結構キテるし一つだけ良いだろうか?

 俺は考えるのをやめる。



 あれ? おかしいな? 休日って二日間あると思ってたけど。今から数分後には学校ですよ?

 なぜだか昨日の昼から記憶がない……。いくら考えるのをやめるといってもそう簡単にできることなのだろうか……。

 お巡りさんのご厄介になりそうになったのが思ったよりもショックだったのかもしれないな……。

 次の機会があったときを考えて対処法を久茂井先輩に相談しに行こうかな。

 あ、そういや先輩になんかしらの写真撮ってこいとか言われて……うっ、頭が。

 頭痛がしたのできっと良くないことだキッパリ忘れよう。先輩関連だし大したことじゃないだろたぶん。

 いんや~それにしても今日は授業が楽しみで仕方がないな~。休日なんて来なければ良いのにってくらいですわ~。

 なぜかって? そりゃ変に注目されたり幼女に振り回されたりお巡りさんに絡まれたりしないからね! 言われたことだけやる学校大好き!

 ……このとき俺は大事なこともすっぽり忘れていました。今日から午後のクラブ体験週間が終わり、午後の授業が始まることを。



 うちの学校は午前に前後半の二時限。午後一時限の計三時限構成。

 最初の一時限目は一般教育。簡単に言えば数学とか社会科とかそんなごく普通の授業がある。しいて他の学校と違うのは一日一教科でみっちりやることくらいかな?

 二時限目は魔法関連の授業。召喚魔法の専門高等学園なのだからあるのは当然。内容も一時限のと大差はない。魔法に関わることをみっちり勉強していくだけ。

 ……問題は三時限目。これは各クラスの担任が自由にカリキュラムを組み授業をする。

 いつもは午前の二時限目の時間を半分にして後半この自由授業をやっていたのだが、今日から丸々一時限当てられるわけだ。

 つまりどうなっているかと言うと。

「し、死ぬ……! 休み明けにこれは死ねる……っ!」

「ひ、昼飯が……口から出そう……! 欲張って食い過ぎなきゃ良かった……おぷっ」

「いつつ……。脇腹がぁ……」

「ひぃ! ひぃ! 辛い! ただ辛い!」

 我がE組全員瀕死でございます。

 先週のメニューはストレッチ。ランニング。クールダウンのためのウォーキング。ストレッチだった。

 それを踏まえての今日のメニュー。いつも通りストレッチから入ったのは良いのだが。今回から腕時計型のペースメーカーを装着させてのランニングに変わった。

 先週は全員モチベがそれなりにあったのでサボるとか流すといった考えはなく指定された時間必死に走っていた。つまり自分の中で一番のハイペースということになる。

 小咲野先生はそこからさらなる限界の配分をペースメーカーに入力し、俺たちはその通りに走らされている。

 少しでもペースが遅れたと感知されるとブザーが鳴り、周りの集中を乱してしまう。よって全員気を緩めることを許されない。

 ある意味思考の必要性がないためその辺りは楽っちゃ楽。……かと思っていた時期が僕にもありました。

 よく考えてほしい。単純に息苦しさと筋肉痛の足が悲鳴を上げそれと向き合い続けるんだぜ? さらに時間が経つに連れて適当なことを考えて気を逸らしていたのが酸素の枯渇によりそれすらままならなくなり。ただ苦痛と向き合う時間が続く。

 決められた時間。限界のペース通りに走るというのがこんなにも辛いとは。軽い拷問のようだと俺たちは今実感している。

 それはあのミケですら例外じゃない。

 アイツだけは回復力も凄まじくいつも余裕たっぷりにランニングをしていた。ので、先生は特別メニューを用意していたのだ。

 特別メニューと言っても俺たちと一緒にランニングしていることには変わりない。ただ、なんか全身黒タイツを着せられている。

 首から下までのはずだが、アイツも黒いので頭の先から足まで真っ黒になってるわ。

 と、これがただの黒タイツなら単なる嫌がらせ。そんなわけはなかった。

 いつも笑顔で走ってたミケのヤツが必死の形相に大量の汗をかいて走っている。動きもかなり固い。

 恐らくあのタイツ。質量と弾力性。そして保温性に富んでいる。

 質量に関しては受けとる時にミケが驚いた顔をしていたから推測だけどな。

 どれほど負荷があるのかは本人しかわからないが、あの様子からして相当キツそうだ。

 

 ――ビーッ


 これは誰かのペースが遅れたのではなく終了のほうのブザー。や、やっと終わった。

 全員が安堵の表情を見せ、ゆっくりペースを落としウォーキングを始める。

「お、終わった~……。し、しんどい」

「これ、毎日やるの、かな……? 私、やってけ……る。自信ない……かも」

「……クソ。なんで魔法師目指してんのにこんなことしなくちゃいけねぇんだよ!」

 あまりのキツさに弱気になるヤツもいれば文句を垂れるヤツもいる。

 仕方ないだろ。俺たちには魔法の才能ねぇんだし。だから別のことで補おうとしてるんだろが。辛いのもこの先不安になるのもわかるけどな。俺も今朝のモチベが嘘のようだわ。早く休み来て。

「ほう? しゃべれるなんて思ったよりも余裕がありそうじゃないか。これはペースを調整し直した方が良いか?」

 その言葉を聞いた瞬間全員が黙り呼吸を整えるのに集中しだす。

 冗談じゃない。これ以上キツくされてたまるかという意思表示である。

 それでもボソボソ文句を言うヤツはいるようで、小咲野先生は今度は静かに目を凝らしてそいつらをカウントしていってる。

 先生! 僕は一言もしゃべってないんで許してはもらえないでしょうか!?

「呼吸は整ったな? では次のメニューだ」

 ……これに比べたら先週のは準備運動と思っていたけど。どうやらこのランニングも準備運動だったようです。

 え、なにやらされるんでしょうか? 俺たちの体力はもうゼロですよ?

 結局この日は肘、手、爪先のみを地面につけて背筋を伸ばし体勢を維持するプランクなどの体幹トレーニングをしこたまやらされました。お陰で足や肺だけじゃなく身体中の滅多に使わない筋肉までズタボロです。

 ちなみにリリンは午前は授業を聞いているが、昼食後部屋に戻りゲームをしています。

 良いご身分だなクソッタレ。

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