第8話

「聞き忘れてたけど。結局どこのクラブを見に行くんだい?」

 昼食を終えた移動中。ミケは改めて質問してくる。そういや答えてなかったな。

 あんまり言いたくはないんだが……。

「……被服部だよ。理由は聞くな」

「縫い物が好きなのかい?」

「ちげぇよ。だから聞くなって」

「ごめんごめん。じゃあ僕はそろそろ行くよ。また明日ね」

「あぁ。また明日な」

 軽い挨拶を済ませてお互い目的地に向かう。

 ミケはミケの目的。さらなる肉体改造のために。

 俺は俺で崇高な目的のために。

 いやまぁ、崇高は大袈裟だけど。

 俺の目的それは……。

「……」

「ウム? なんだ?」

「別に」

 チラリとリリンを見る。そう、俺の目的とはコイツに関わることである。

 崇高と言えば大袈裟だがこれは最重要事項でもあるんだ。

 被服部に行けばもしかしたら解決するかもしれない。

 なので恥を忍んで訪ねるしかないのだ。

 訪ねるしかないのだ……。



「失礼しま~す……」

 被服部がある部活棟に足を運び、今入室。

 だが全員何かしらの作業をしてるらしく返事がない。

 よく見ると被服部のイメージ通り女子しかいないな。

 それに全員鬼気迫る勢いで作業してる。でも俺にも目的があるんだ。もう一度声をかけよう。

「すみませ~ん……」

「ん? おわっ!? お、男!? 新入生!? ご、ごめんなさい気づかなくて!」

 先輩の一人が気づいてくれた。良かった。

 このまま気づかれないかぶちギレられたらどうしようかと思ったわ。

「ささ! こちらにど……う……ぞ……………………ブハッ!」

「うお!? 大丈夫ッスか!?」

 突如鼻血を吹き出す先輩。何事!?

「み、皆の衆! 作業を止めて集合!」

「部長? なんですか今忙し……カフッ!」

 今度は吐血!? なして!?

「メディーーーック! 救護班早くしろ! 部長と副部長含め大多数の部員が瀕死だ! かく言う私も決壊寸前です! 助けて!」

「すまない……。救護班も重症だ……。被服部はもう助からないかもしれない」

「あ、諦めるな……! 今一度目に焼きつけるのだ! そして耐性を上げ……ぶるぁッ! ぐぼあっ!!?」

「ぶ、部長ぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」

 ……なんじゃこれ。

 一体何が起きてるんだ?

「なぁおい。黙ってついてきたは良いが、そろそろ目的を教えてくれても良いんじゃないか? 我、他にも気になるところがあってな。そっちにも行きたいし手早く用を済ませてほしいのだが」

「いや、そんなこと言われて……も……ん?」

「………………お口動いた~」

 リリンが口を開いた瞬間さらに様子がおかしく……。

「美幼女のお口動いたぁ~……! 声可愛い~……! 尊い~……尊いよぉ~」

 今度は涙を流し始める一同。

 もしかしてこの人たちの奇行の引き金って……。リリン……なのか?

 いや原因はこの際置いておこう。

 落ち着いてもらわないと話もできん。

「と、とりあえず。血、拭いてもらって良いですかね?」

 まずは……そこからだよな。



「いや~。取り乱しちゃってごめんねぇ。アハハ、アハハハ~」

「もう大丈夫ですか?」

「うんうん! やっと耐性ついたか! まさかこんな美幼女をリアルに見れるとは思わなくて。つい出血を……おっとまた」

 ……女子が目の前でティッシュを鼻に躊躇なく突っ込む姿はちょっとシュール。

「それで、新入生くん。まずは自己紹介をさせてもらうね。私は被服部部長三年E組久茂井佐子くもいさこ。よろしく」

「あ、どうも。一年E組天良寺才ッス。こっちは俺の契約者のリリン」

「……」

 端末をいじっていて反応がない。いっそ屍になってしまえ。そんなに暇かこの野郎。

 さすがに一瞥すらしないのは失礼過ぎるので謝罪はしておこう。

「すみません……。挨拶もなしで……」

「ううん。いいのいいの。そっかぁ~リリンちゃんっていうんだぁ~……。グヘヘ。可愛いねぇ~……美人さんだねぇ~……」

 目が怖い。作業に戻ったはずの人たちもリリンの名前を言った瞬間から目が釘付けになってるし。

「それに天良寺……ね。名門の子なんだ?」

 ……実家うちを知ってるのか。

 有名ではないがたしかに名門。調べればすぐにわかることだから大したことじゃないけど。

「……名門の出ですけど俺は落ちこぼれッスよ。E組のドベですし」

「ごめんなさい。別に他意はなかったんだけど。天良寺くんにとっては触れてほしくないところだったかな?」

「いえ別に。慣れてますんで」

 実際バカにされるのも慣れている。ガキの頃からだし。

 まだその気がないだけマシですよ先輩。

「そう言ってくれるとありがたい。さて! 話を戻そう! 今日はクラブ体験週間初日なわけだし。見学とは思うんだけど?」

「あ、はい。そうです。って、すみません。見学というかなんというか……」

「……何か言いづらいこと?」

「えぇまぁ。相談があると言いますか……」

「相談? 良いよ良いよ! これでも先輩だし。同じE組のよしみだもの。ドンと任せたまえ後輩!」

「部長! その前に良いですか!」

「ん? なんだね副部長」

 突如副部長と呼ばれた人が立ち上がり近づいてくる。

 その顔は何か覚悟を決めた戦士の様相だ。

 久茂井先輩も何か察したのか顔が真剣になる。

「……副部長。まさかお前」

「えぇ、死ぬ覚悟はできてます」

 え、死ぬの? 物騒。

「そうか……。ならば止めまい」

 え、止めないの? 薄情では?

 つかなんの覚悟だよ。

「思う存分。やってきなさい」

「ハッ!」

 ビシッと敬礼をすると副部長さんは椅子に座っているリリンの前へ片膝をつく。

 何をするつもりだ?

「お嬢さん。今どんなパンツはいてるの?」

 ………………ん~~~~~~?

 ちょっと待って頭が追いつかない。

 え、散々シリアスな空気だして、ソレ?

 パンツなの???

 ってかなんでパンツ?????

 頭の中にハテナがいっぱいなんだけどぉ?

「ウム? 白だ」

 そしてお前も答えるんかい。

 さっきまでガン無視してたクセに!

「コフッ! 美幼女に白パンツとはなかなかわかってるね少年」

 俺がコイツの下着決めてるような言い方はやめれ。

「じゃ、じゃあ。パンツとお嬢さんの肌……どっちが白い?」

 本当何を聞いてんのこの人?

 そんなこと聞いてどうすんの?

 頭大丈夫?

 大丈夫じゃないね。

「我の肌……いや。昨日こちらで洗ってからやたら白くなってたからどうだったかな……」

 そう言うとリリンは立ち上がり、スカートをめくって確認し始める。

 とっさに目を逸らしたから俺の目には入らなかったが、副部長さんと久茂井先輩の目には入ってしまった。

 つまり、だ。

「くっは! ゲブホッ! 境目がほとんどわからないだと!? はいてるのに一瞬はいてない用にも見えたほどのお互い甲乙つけがたい白! 」

「副部長よくやった! 私はもう思い残すことはない! ケフッ!」

 こうなるよね。わかってた。

 つか実況しないでもらえません?

 想像しちゃうでしょうが!

 つーかそれよりもだよ。

「リリンお前……。スカートを外でめくるのはやめろ」

「ウム? これもいけないのか。わかった。今後控えよう」

「反省する幼女。尊い。しゅき」

「しゅんってしたのを期待したけど大人っぽくクールに返すのも……イイネ」

 あんたらなんでもありか。

 他の人たちも自分も見たかったとか言ってるし。薄々は気づいていたんだが……。ここには変態しかいないのか?

「おっと。脱線させてしまってごめんね天良寺くん。君は我が被服部に相談があって来たんだったね」

「……はい、そうです」

 ……この状況で俺の目的言いたくないんだけど。

「実は、ですね……」

 今後のためにも必要なことなんだ。

「相談っていうのは……」

 俺、覚悟決めます。

「リリンのパンツの替えになりそうなもの。ありませんか?」

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 長い沈黙のあと部長と副部長はガシッと俺の肩を掴んでこう言いました。

「「同士よ。よくぞ来てくれた」」

 アンタらと一緒しないでください。死にたくなります。



「ってわけで。コイツ帰ろうとしないし、女性モノ下着を俺が買いに行くのも……抵抗あるし。替えがないと平気でコイツノーパンで過ごすし。どこか相談できるところないかと思って来たんス」

「なるほどね」

 なんとか二人を落ち着かせて弁明。

 どうやら納得は――。

「それで天良寺くんはどんなパンツが好き? ロリが大人っぽいランジェリーつけてたら興奮しない? あ、若いからやっぱり清純のほう? いや若いならなおさらわかりやすくエロいのが良い?」

 されなかったらしい。悲しいことに。

 なんでこういつもいつもまともに会話できないヤツとばかり関わるんだろうか。

 諦めが肝心という神様の思し召し? それともなにかの試練でしょうか?

「と、とりあえずですね。コイツがはけるパンツってあるんですかね?」

「……天良寺くん。君は何をバカなことをいってるんだい?」

「そうですよね。そんな都合よくコイツサイズのなんて」

 コイツ小学生低学年サイズだしあるわけ。

「あるに決まっているだろう?」

 あるんだ!? なんで!!?

「リリンさんの身長は128㎝。体は特別太くも細くもない。むしろ抜群のバランスを保ったそれは超精巧に作られたアンティーク調のドールを思わせるほどだが実際はその比じゃないくらい美しいプロポーション。付け加えて絶妙な大きさの目。真っ白な肌。細い白金の髪は触れずともわかるほどに流れる川のようにサラりとしていて。できればペロペロしたい。せめてハスハス」

 最後の方は聞かなかったことにしよう。

 それが平和への道。

「てかなんでサイズとかわかるんですか? 身長に至っては断言してるし」

「心に紳士へんたいを宿した我々にとっては造作もないのだよ後輩」

 さいですか。わからないけどわかりました。わかりたくないけど。

 というかリリンやっぱ130㎝もないのか。本当ちっこいな。

「とにかくあるってことで良いですかね?」

「あ、うん。ある。ちょっと待っててね」

 冷ややかな視線に我を取り戻した久茂井先輩はいくつもあるタンスの一つから大量の下着と部屋着。それから普段着っぽいのからドレスまで持ってきた。

「とりあえずはこんなものかな? 細かいサイズの調整とかはするから下着と部屋着くらいしか今は渡せないけどね」

「い、いえいえ。十分ありがたいです。でも良いんですか?」

 ざっと見積もって毎日着回したとしても二十日はかからないと一周しないんじゃないかという服の量。

 こちらとしてはありがたい限りだけど。

「うん。作ったは良いけどここにいる子達じゃどうせ誰も着れないし。むしろ私たちが作った服をリリンちゃんに来てほしい////」

 最後のが本音だよね絶対。

 それともう一つ気になることがあるんだけれど。

「なんで着れない服がこんなにあるんですかね? 下着まで」

 小学生サイズの物がこんなにあるのがまず異常。なんで作った。

「い、いや~。こんな美幼女、美少女がいないかなって妄想してたら色々作りすぎちゃって? それで理想の女の子が着るって体で作ったから処分することもできずにいたんだけど。そこに君たちが来てくれてこれはもう譲るしかないなって」

 つまり廃棄物を押し付けるわけですね。

 まぁ助かるから良いけども。

「じゃあありがたくいただきますね」

「どうぞどうぞ。あ、そうだ。実は私からも頼みがあるんだけど良いかな?」

「……話を聞くだけなら」

 久茂井先輩根は悪い人じゃないと思うけど。変態なので警戒してしまう。

 もらった下着を着たリリンの画像撮って送れとか言わないよな?

「うちに入部しない? 形だけでいいから」

「はい?」

 予想外の内容。

 なぜに入部なのだろうか。

 申し訳ないけど特に服作りに興味とかないんだが。

「リリンちゃんの服……作りたいの。一から……。あとたまに来てくれたら目の保養にもなるし。ずっと眺めていたい」

 なるほど。俺じゃなくてリリンが目当てなわけね。素直に納得だわ。

「天良寺くんが入部してくれたらリリンちゃんとのエンカウント率上がるだろうし、ね? お願い? 他に困ったことがあったら相談に乗るから」

「ま、まぁ他に入りたいところもないし。形だけなら良いですけど」

「本当!? おっしゃあ!」

 形だけだと俺はほとんどここに来ないしそしたらリリンもあまり来ないのでは。とは言うまい。幸せそうな人間に水を指すほど無粋じゃないんで。

 あ~、でも。

「俺は良いんですけど……」

 リリンに目配せをする。

 リリンはチラリとこちらを見てから部長に向き直る。

「正直我は興味ない」

「……しゃ○いしそう」

 アンタ女だろうが。てか下品にも程がある。限度を知れ。さすがにドン引きだわ。

「が、我の関与することでもない。貴様がそれで良いなら問題はあるまいよ」

「でもお前さっき気になるところあるとかなんとか言ってなかったか?」

「ウム。格闘技関連と特にゲーム研究会というところだな。我のところでは遊戯が乏しくて気になっていただけだ」

「え、リリンちゃんゲー研に興味あったの? なんだ。だったら大丈夫!」

「フム? どういうことだ」

「ゲー研よりも私たちのがゲーム強いし詳しいんだよね!」

 何度思っただろうかなんでだよ。

「ゲームは紳士の嗜みだというのにゲー研はお子様のようにただプレイしているだけ。極めた我々の足元にも及ばない雑兵よ」

 おい被服部。他人の土俵で貶して差し上げるな。この場にいなくても可哀想だぞ。

「フムフム」

 リリンはリリンで興味深そうに腕を組ながら身を少し前に乗り出し始めるし。

「このあと服のサイズ調整して部屋に送るから。そのときにいくつかゲームも送っとくね」

「ウム。頼んだ。退屈な場所かと思ったが、掘り出し物もあったものだ。貴様中々気に入ったぞ」

「…………っ!!!」

 リリンに上機嫌な顔と賛辞を向けられ久茂井先輩は灰となった。

「「「ぶちょぉぉぉぉ!!!」」」

 残された部員たちによる久茂井先輩の救命活動が行われたのは言うまでもない。

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