第7話
「各自柔軟は終わったな。では走れ。制限時間は……そうだな。初日ということを加味して三十分で良いだろう」
本日の予定を「外に出て体育」の一言で済ませられてグラウンドに集められる我々生徒諸君。
いやいやさすがにわけがわからない。わかるわけあるかこんなもん。
「フム。これは理由を知りたいな。説明を求める」
ナイス。あんなことがあって素直に質問できるのはお前だけだぞリリン。よくやった。
俺以外の連中も感謝の眼差しを向けている。小さくガッツポーズしてるヤツまでいるわ。
「どうやらアンタ以外も疑問を抱いていたようだな。まぁ当然と言えば当然であるし。同時に身の程知らずにも限度があると言いたいな」
超トゲのある言い方にミケ以外は畏縮している。
ミケは学習したのかリリンの様子をうかがいつつも大人しくしている。
まるで借りてきた三毛猫のように。ドヤ。
……続きを聞こう。
「まずお前らは落ちこぼれだ。試験に受かりこの場にいるとしても、だ。魔法師視点で言えばクズ。ゴミ。カス。言い方はなんでも良い。世間では落ちこぼれの巣窟と認識されている召喚魔法という土俵でさえさらに底辺なんだよ。その程度の実力と才能でよくもまぁ魔法師を目指そうと思ったな落ちこぼれ共」
ボロカスなんだけどぉ~。
あ~あ~もう何人か涙目だよ。
ミケは頭部の血管がぶちギレそうなくらい浮き上がってて怖いので落ち着け。
「だがしかし。私は教師だ。であれば、お前らがどれほど使えない人材でも使えるようにしなくてはならない。そしてお前らゴミをどうリサイクルするか考えた」
お? たぶんここからリリンが聞きたかった話題。
罵詈雑言の時は興味がなさそうに目を細めていたが、今はいつもどおりパッチリしてる。
なるほど。こうやって興味の有無を見分けるのか。覚えとこ。
「お前らには圧倒的にマナが足りん。入学できた時点でゼロではないが召喚魔法に手を出しているんだ。マナ制御もクソなんだろう。マナ量、制御共にお粗末で才能も皆無であるなら別のモノを鍛えるしかあるまい」
別のモノ……。そ、それは?
「体力だ」
『脳筋かよふざけんな』
全員が心の内だけで叫んだ。
魔法師が体力鍛えてどうするんだよ。
「不思議なことにだが。命を軽々落とせる戦場というところで生き残るのは力やマナの才能があるヤツだけじゃない。むしろ自身の体力や知力を頼りにしてるヤツのが何倍も生存力が高い」
戦場。
今現在では国家という概念は薄く。簡単に言えば国々が都道府県になってその都道府県を束ねる一つの政府があるという感じだろうか。
いわゆる世界政府。
世界が統一し統治されている世の中。
そんな現状で戦場という言葉が出るのは異常。
異常であるがたった一つ心当たりがある。
別世界との交流と探索。
別世界との新たな発展のためにコンタクトを取る場合がある。
しかし好戦的な種族はいるものでそのまま戦争が起こる場合も多々ある。
むしろほとんどそうなると言って良い。
土足で自分達の世界に知らないヤツが来たらそら怒るだろって話だけどな。
けど今問題はそこではない。この話題を出したことだ。
しかもまるで経験則のように。
経験則。ということはつまり。 この人は戦場を知っている人域魔法師。と、推測できる。
ただ者じゃないと思ってたけど。本物中の本物ってことか? まだ確証は持てないけど。
「知力は学園側が決めてたプログラムをこなしていけばそれなりにつくだろう。が、体力はそうはいかない。そもそもプログラムに組み込まれていないからな。本来ただの魔法師には必要ないものだから当然だが。しかし落ちこぼれのお前らがのしあがるにはこれしかない」
ここでまた全員の心の内は一致する。
のしあがる。そう小咲野先生が言ったからだ。
「この学園では四月の第二週末から実戦演習。主に学生同士の対人戦がある。そこで高成績を残せば進級時上のクラスへのチケットが手に入る。ここでは入試以外マナ量よりも戦闘力が重視されるからだ」
――ドクン。
胸が高鳴った気がした。
上に行ける。落ちこぼれの自分達が。
「最初は黙ってやらせるつもりだったが、仕方ない。聞いてやる。明日からの午後の授業は各担任が好きにやって良いと言われている。私は実戦用のモノしかやらない。同時に強制はしない。サボっても出席扱いにしてやる。選べ。勝つために努力をするか。する気のないヤツは教室で自習をしていろ」
「「「………………」」」
誰一人としてその場を動かない。
当然だ。
希望を見いだせたのに逃げられるわけがない。少なくとも俺は今まで希望なんてなかった。
だけどここに来ていくつもの可能性が見えはじめて、また一つそれが増えたんだ。
ならばやるしかない。選択肢なんてあるわけがない。
「決めたのならば走れ。死ぬ気でな」
「「「はい!!!」」」
全員が元気よく返事をし、ランニングを開始する。
「はぁ……! はぁ……!」
「おえ……っ。きっつ……」
「うぉぉぉぉぉぉお! 筋肉こそが
ランニング開始からそろそろ三十分。
運動をしない現代っ子たちが声のない悲鳴を上げる中一人元気な筋肉ことミケ。
あの体は伊達じゃなかったか。
俺は、まぁ。魔法以外ではバカにされないようにしてきたからそれなりに運動はできるほう。
あくまでも一般よりかはだから正直キツいっちゃキツい。
どうしよう。さっきまでのやる気がもう失せてきた。
「ハッハッハ! 皆バテバテだね! でも才は余裕ありそうじゃない?」
一人だけ何周か先に走り終えてるミケが話しかけてくる。
なんで俺より多く走ってるのにさらにしゃべる余裕があるんだろうか。
しゃべれる余裕あるならもっと走っとけ。
「……はぁ……はぁ。余裕なんて……ないから。つか……あんまり……。話しかけるな。マジで、キツい……!」
「おっと。それはゴメンよ。じゃあ僕はラストスパートかけてくるから!」
そう言うとミケは転んだかと思うほど脱力し、前傾になる。次の瞬間にはロケットスタートを決めていた。
ラストスパートにもほどがあるわ。ほぼ短距離走の速度じゃねぇかよ。お前もうスポーツ選手目指せよ。五輪に行け五輪に。
ちなみにリリンが何してるかと言うと。
「フム。フムフム。これはなかなか……」
ベンチに座って端末をいじくっている。
あの幼女……。こっちは必死こいて走ってるのにのんびりしやがって。
たしかにお前には必要ないだろうけど。
気分は良くないよな!
「ちく……しょ……っ!」
こうなりゃヤケだ! ミケを見習って俺もラストスパートをかけてやる!
「おや? なんだ才もラストスパートかけるのかい? 競争しようか!」
これは俺が追いついたのではなくミケがさらに一周多く走ってきただけである。
速すぎるわ。そんでお前まだしゃべる余裕あんのかい。
「勝てる、かっ。アホ……!」
って。しゅんとするな。不気味だやめろ。
あぁもう! わかったよやればいいんだろ! やればさ!
「こんの……!」
「ハッハッハ! そうこなくちゃね!」
――ビーッ
終了のブザーが鳴り全員の気が抜ける。
や、やっと終わった。
ミケのせいで息が苦しくて意識が飛びそう。
もちろんミケには勝てなかった。しかもまだ余力がありそうな面してやがるし。どんなスタミナしてんだよ。
「足を止めるな。そのまま三分は歩け」
ミケと俺以外全員絶望的な顔をするがこれは追い討ちじゃない。恐らくクールダウン。
運動慣れしてないから大多数が知らないのも無理ないけどな。
「では次に柔軟。終わったら解散。着替えて昼食を取りに行け。午後はクラブ体験週間なので見学に行くなり自室に戻るなり好きにしろ」
言うだけ言ってその場を去っていく。
せめて最後まではいた方が良いのでは?
こっちはこっちで柔軟しているのかただぐったりしてるのかわからない惨状。
愚痴すらこぼれないほどに未だ呼吸の整ってない連中が大半。
初日。しかも授業短縮期間でこれって、明日から全員揃うことないんじゃないか?
「いやぁ~。最初はとんだミスタークレイジーにぶち当たったと神様に文句を言いたい気分だったけど。毎日運動する時間をくれるなんて良いクレイジーだったね」
着替えを終えて学食に向かってる途中ミケがそんな感想を漏らす。
わかってないと思うがお前だけだぞ嬉しそうなの。
あとアフターからもイカれてるは抜けてないのね。
「ところで。お前スポーツとかしてたわけ? すでにめちゃめちゃ体力あるみたいだが」
体力バカと言わなかっただけ俺は良心的だね。誰か誉めてくれねぇかな?
「故郷で体は動かしてたよ。ベースボール。フットボール。バスケット。ラグビー。グラウンドホッケー。クリケット。ゴルフ。テニス。ダンス。ボクシング。テコンドー。フェンシング。空手。柔道。ムエタイ。カポエイラと色々やったかな。特に楽しかったのはバスケとダンスだね」
「……後半なんかおかしくない?」
ほぼ格闘技しかなかったような気がするぞ? 気のせいじゃないよな?
つーかやり過ぎ。とんでも超人か貴様。
それにそれだけ格闘技やってて好きなのはメジャーなバスケとダンスて。
だけどそのガタイの理由はわかったよ。
「フムフム。拳のみで戦うのか。面白いな。足は機動力と体重移動に専念しているのか。互いにある程度条件付けしての戦闘。クハ。いずれしてみたいものだ」
こっちはこっちでまーた勝手に調べていらっしゃる。
楽だけど変なことまで覚えてこないようにしてほしいな。
できれば格闘技にハマッて俺を技の実験台とかいう発想だけはしてくれるなよ。
「そういえばクラブ体験だとか見学とか言ってたよねミスター」
「ミスターって先生のこと?」
「そうそう。変な性格だしあの態度は気に入らないけど。スーツ似合ってるしなんかミスターって感じがするんだよね。メガネとかかけても良いかもね。黙っていればジェントルメン」
「さいですか」
お前の好きにして良いと思うよ。仮にそれで目をつけられても俺には関係ないし。
ミケ。お前は自由に生きろ。三毛猫のミケに恥じないようにな。
「で、クラブうんぬんがなんだって」
「おっと。話がズレるところだった。午後からクラブ見学に行くだろ? 才はどこにするのかなと思ってさ」
「ん~……。実は一つ考えてる場所はある。正直行きたくはないんだけどな。疲れてるし。帰って寝たい」
「だらしないなぁ。もっと食べて動いて体おっきくしないとダメだよ。僕のようにね!」
「オカンか。それともオトンか。……まぁ先々考えたらそういう風にはなるんだろうけど。さすがにお前のようには……」
無理だろ~。身長だけでも15㎝は差があるもん。成長期つってももうそんな伸びないって。
まぁ特別なりたいとも思わないけど。
「つか、お前はどうすんの? どっか目星つけてるわけ?」
「もちろん。やっぱり体動かすのが好きだからね。一通りスポーツ系回って面白そうなところに入るつもり」
「……これからの午後の授業全部体力作りさせられそうなのにまだ運動すんの?」
「あのくらいなんてことないさ! それにもっともっと動いた方が体も鍛えられるだろ? 僕は負けず嫌いでね。勝ち上がりたいからたくさんトレーニングがしたい」
スゴい向上心。さすがに召喚魔法師を目指すだけある。
才能がないのに魔法にすがる者たち。
それが今の召喚魔法師。ないし志望者。
俺だって。これからは上を目指すつもりだ。……ミケとは別のやり方が良いけど。そうも行かなさそうだよなぁあの先生の指導だと。
「……ちなみにだけど才。僕は君にも負けるつもりはないよ。いや、君たちかな?」
「は?」
「なんたってそこの
「……なんか、ごめん」
「謝ることはないさ。ただ、いずれ才とは実戦演習で相手するかもだろ? そのときは勝ちにいくってことさ」
いつも通り笑顔だが、瞳の奥は真剣さを物語っている。
勝負事……か。自信はないなぁ……。
でも。そうだな。
「ハッキリ言って今は実戦演習とか考えてらんねぇ。まずは戦えるくらい強くなってからだろ。そのための訓練っぽいし」
「それもそうだね。じゃあこの話はおしまいにしよう。さて! ランチは何にしようか? ビーフオアポーク?」
「切り替え早ぇな。つか肉の二択かよ……。俺重いものはちょっと今キツいんだけど」
疲れすぎて食欲がわかない。食べた方が良いのはわかるんだが……。
「無理してでも食べなきゃダメだぞ。それともあ~んしてあげようか? あ、才には彼女がいたね気が利かなくてごめんね」
「いらねぇし彼女じゃねぇし」
「フムフム……。ウム? 呼んだか?」
「なんでもねぇよ!」
お前が話に加わるとややこしくなるから静かに格闘技の動画でも見てなさい!
「才が君にあ~んってしてほしいんだってさ!」
「黙れ肉団子! 余計なことを言うな!」
「なんだ。貴様もしてほしかったのか? 先日は貴様が我に手ずから食わせたものな」
「ヒュ~♪ やるぅ~」
「くっそ……。余計なことを……」
ミケのニタニタ顔がどんどんイヤらしくなる。ムカつくし気持ち悪い。
あんまり調子乗ってるとぶん殴るぞ。
返り討ちに合うのは目に見えてるけどよ!
「アレはリリンが箸使えないとか言うから」
「でもしたんだろ? あ~んって」
「……したけど」
「まぁアレは貴様の唾液を摂取する口実だったのだがな。美味かったぞ」
「ブッ!」
「Wow!」
お前なんてこと言うの? なんでそういうこと言っちゃうの?
ってか唾液摂取したかったってなんでやねん。そういう性癖なのかお前? 変態さん?
「なんだいなんだい? やっぱりもうそんなに進んだ仲なのかい? やるねぇやるねぇこのこの~」
テメェ……マジで調子乗んなよ?
「本当お前ら誤解されるようなことこんなところで言わないでもらえる? 幼女に手を出すロリコン野郎とかいうレッテル貼られたら最悪俺死んでやるからな?」
「ごめんごめん。ジョークが過ぎたよ。からかうのはやめるから、怖い顔をしないで? 許してくれよ
誰がブラザーだ。お前のような黒い兄弟を持った覚えはありません。
「クハハ。そう易々殺させてたまるか。貴様がいなかったらまた暇になる。殺してでも止めてくれるわ」
超自分勝手~。超矛盾~。
別に優しい言葉とかお前に期待しないけどもっとこう……。
「はぁ……。もういいわ。さっさと行こ」
最近よく思うんだけど、諦めってスゴく大事だね。
少なくともこの二人に関しては早々に諦める方が吉とたった今学びました。まる。
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