第6話
朝の準備を終えて朝食を食堂で手早く済ませた俺たちは地図に従い教室へ向かう。
焼き魚定食を頼もうとしたが念のためにとサンドイッチに変更。
案の定リリンは同じ物を頼んだので事なきを得た。
下手に和食とかにするとまた食わせろとか言ってくるかもしれないからな。
昨日や今朝のこともあるし、悪ふざけをするタイプじゃないから杞憂立ったかもしれないけども。
だがしかしここで油断して痛い目を見る可能性もなくはないんだ。注意しすぎってことはないだろ。
とにもかくにも。寝起き以外は今のところ順調にトラブルゼロ。
このまま何事もなく一日よ過ぎておくれ。
教室のドアは認証式自動ドア端末が無ければ入れない仕組みか。
セキュリティとして採用してるっぽいな。
端末の認証と指紋登録も行う。これで仮に端末を他人が使っても教室には入れないわけだな。
さらに全てのドアに認証データが連携されるのでいちいち一つ一つ登録しなくても良い。便利な世の中になったもんだわ~。
「お前も指紋認証やっとけよ。お前のことだから無くすドジ踏まなそうだけど一応な。……指紋、あるよな?」
「あるぞ。ほれ」
うっす。真っ白でほとんど見えねぇぞ。
手相とかしてもコイツほとんどシワが見えないから運勢わからねぇんじゃね?
そもそも指紋認証登録できるのか?
心配だったが杞憂だったようで、普通に登録できた。
いや~最近のテクノロジーってスゴいね。
なにはともあれ余裕があるわけじゃないがかといってギリギリじゃない絶妙な時間に教室に入ることができた。
教室内にはパッと見すでに二十人ほどいる。E組は二十四人なのでもうほとんど揃ってるようだ。
各々の反応は多種多様。
話に夢中なヤツ。一瞥だけしてすぐに端末をいじり出すヤツ。俺とリリンを交互に見てヒソヒソと話し出すヤツ。
表だって絡んで来そうなヤツはいないし。新しいクラスならこの反応は妥当だろう。
「クハハ。残念だな? 昨日のように喧嘩を売ってくるのがいたら面白かったのだが」
「……お前それ本気で言ってる?」
「さてな」
いまいちコイツの感情ってわかりづらいから困る。考えてることがわからないのは諦めたけど。
まぁ深く考えても無駄だな。リリンだし。
さて、教室は自由席らしい。机と椅子は横長で席ごとに三つ固定設置型のPCがついていて、それが横三、縦四の計十二セット。
つまり最大三十六人ぶんのPCがある。
PCへは端末で認証することでログインし、主に座学は全てPCで行う。
教材やノートなどは基本的にPC内にあるので俺たちは紙製の教科書や文房具を持ち歩く必要はない。
最近ではこういう形が主流だがらむしろ紙に書く機会のが少ないけどな。資源の節約もあるし。
実習用に着替えとかそれぞれの契約者に必要な物資を持ち歩く必要はあるが、少なくとも俺は着替えと端末以外は持ち物はないので気楽なものだ。
ただ、大きな
「さてどこに座るか……」
リリンのことも考えると最大三人のうち一人ぶん空いた場所を探さないと。
後ろの方はほとんど埋まっているようだし、一番前の真ん中は誰も座ってないからここにするか。
教壇の真ん前で一番教師が近い位置だから敬遠されてるのかね。
俺もあんまり前の席は座りたくないけど、今回ばかりはありがたいな。
正面電子板――通称黒板から見て一番前の真ん中の机の左に座る。リリンは促して先に座らせど真ん中に陣取らせている。
これで右側にどんなヤツが来てもリリンがいるので俺に被害はない。
普通なら良心が痛むところではあるが、リリンだし良いだろ。
存分に俺の盾になってくれたまえ。
若干「え? その子座らすの? 帰したりとかしないの? そもそもなんで連れてきてんの?」的な視線は感じるが気にしない。
だってどうしようもないじゃん。ついてくるんだから。仕方ないんだって。
「フムフム。やはり見るモノ全て我らの世界とは異なるな。面白い」
とか言いつつ。ただキョロキョロと見回すだけでいじるどころか歩き回ったりすらしない。まして俺に聞いたりもしない。その代わり、ひたすら端末で検索をかけてる。
こういうときの王道パターンを無視して自力で効率的に静かにトラブルを起こさずこっちに馴染もうとする姿勢は好ましく思うわ。
……文句があるとすれば。さりげなく体をくっつけるのをやめろ。はしたないぞ。
「いちいちくっつくなよ。離れろ」
「良いではないか。我から触れるだけならば特に問題はあるまい? それだけで罰せられるなぞ調べても出てこなかったぞ。特定の部位を言葉巧みに誘導しいじらせるのは悪いようだがな」
もうコイツ法律調べてるぅ~。優秀かよ。
ありがたいが後半はできれば口にしてほしくなかったな!
「それはそうだが、誤解されたりもあるからくっつくな。あと言葉も気を付けろ。後半のヤツ」
特定の部位とか気を遣った感あるけど深読みする人には十分アウトだからな? マジで話題にあげるのもやめて?
「ウム? わからなかったということか? 女児にち○こを触れたらダメ。という意味だっのだが。ち○こで合ってたよなそこの部位」
「うぉぉぉおい……っ!」
アウトー!!!
合ってるけど言っちゃダメぇ!
にわかにざわつく教室内。
幼女の口から出てはいけない言葉が出たのだから当然の現象だろう。
「ちょ、今……」「あの子契約者よね?」「あんな小さな子に下品なこと言わせるなんて」「なにも知らないのを良いことに」「幼女の淫語……ハァハァ」
ああああああああ。
なんか早速誤解されてるぅ~。
これはイカンイカンぞ!
「い、いやちが……っ!」
待て待て待て落ち着け。
こういうときに下手な弁明はしても意味ない。どうせ信じない。
ならばもっと生産的に動こうではないか。
現況への注意という。
「それ、二度と言うなよ?」
「それ? それとはち――んぶっ」
咄嗟に左手で頬がつぶされ口がつき出されるように掴む。
お陰で二度目の暴挙は食い止められた。
「それを、二度と、公衆の面前で、言うな。良いな?」
「うぶ。わばっだ」
「よし」
手を話してやると捕まれた部分を揉みほぐしている。
たぶん痛かったわけじゃなく。マナ的なアレだろうな。まだよくわかってないけど。
「まさかそこまで必死になるほどのこととは思わなんだな」
「こっちじゃ言葉だけでもダメなことがたくさんあるんだよ」
「ウム。もう少し詳しく調べておくとする」
反省してくれたようでなにより。
これでこの先はきっと大丈夫……と、信じたい。
でも今日のところは……。
「突然顔を掴んでなにしようとしてたのかな?」「キスしたくなったけど思い止まった的な?」「幼女……ぷにぷにほっぺ……うっ」
諦めよう。色々と。
というかさっきから一部ロリコンがいないか? 気のせい?
「グッモーニン! まだセーフだよな?」
時間ギリギリになって元気な挨拶と共に最後のクラスメイトが入ってきた。
真っ黒の肌に高い身長。筋肉も相当なのか制服がパツパツしてる。
正直インパクトだけならリリンとドッコイ。いや、リリン以上かも? リリンが入ってきたときよりざわついてるし。
にしても昨日は金髪で今日は黒人。きっとまだまだ外人はいるんだろうな召喚魔法を学べる唯一の学園恐るべし。実に国際的。
「おや? まさに日本人的な発音だったんだが聞き取れなかったか?」
いや挨拶されたのは全員わかってるよ。未だに英語苦手な日本人多いけどバカにしすぎだ。
お前の見た目のインパクトにまだ驚いてるんだよ。
「クハハ! 黒い肌とは我とは真逆だな!」
「お、おい!」
差別があったのは大昔の話だが気にしてる人もいるんだからな!?
そもそも肉体の特徴をわざわざ指摘するなよマナーがなってねぇな!
「oh」
ほら黒人さんポカンって顔してるじゃん!
俺お詫びに殴らせろとか言われないよね? まだ死にたくないよ? バイオレンスな人じゃないと信じたいですよ?
「あ、あの。悪い。コイツ俺の契約者でまだ色々知らないことも多いんだ……。許してやってくれないか?」
とりあえず最初に謝罪はしなくては。少しでも穏便に……穏便に……。
「ん? あぁあぁすまない! 別に怒ってないさ。少しそこのキュートなレディに見とれてしまってね。将来はどれほど美しくなるだろうと思いを馳せてただけさ」
お、おう……。スゴいキザな言い回し。まるで英国紳士のような台詞。
だけど見た目ゴリゴリなのでやや混乱。
「それに肌の色が真逆なのも事実。けなしている様子もないしね。そうだろ?」
「あぁ。肌の黒い人畜生は初めて見たのでな。興味深いと思っててただけだ」
「チクショー? は、よくわからないけど。レディとお近づきになれたことを考えたら儲けものだね」
「そ、そうか?」
「それに君とも話せた。誰も返事してくれなくて寂しかったんだよ。って思ったら機会をくれたこの肌と彼女に感謝だね」
どうやらとっても気の良いヤツっぽい。
俺も疎外感を感じてたところなので仲間意識が芽生えそう。
「ここにいるってことはクラスメイトだろう? 僕はマイク。マイク・パンサー。気軽にミケって呼んでくれ」
そう言って右手を差し出す。なんか握手を求めるのはいかにもアメリカン。
勝手なイメージだけど。
「俺は天良寺才。才で良い。ってかミケ? なんで?」
「自分のあだ名を考えたときに何が良いかなって色々調べたらローマ字読みでMikeはミケだろう? それで意味があるか調べたら三毛猫って出たんだよ! 三毛猫めちゃめちゃキュートだからあだ名はミケにしようってに決めたんだ!」
「お、おおう。そうかぁ~」
見た目とのギャップがスゴいけどな。
「俺は良いと思うよ」
「だろう!? わかってくれるなんて君は良いヤツだね! こちらに来て初めての友人が君でよかったよ」
俺は良いと思うよ――お前の好きにすれば。って意味だったんだけど。キラキラした目で言われると罪悪感が。
なのでこの握手をしている手がブンブン振られ恐ろしいパワーで締めつけられてるのを我慢することで勝手に贖罪ともらう。痛い。
新生活初の友人……どころか人生初めての友人が黒人という珍しい状態になりつつも時間は流れるもの。
ホームルームの時間になり教室に担任が入室。
そして、今日一番のざわめきが起こった。
「担任の
今初めて自己紹介をされたが、新一年生皆この人知ってる。
昨日俺が絡まれていたところを人域魔法を施したペンで無理矢理力ずくで止めた人だ!
嘘だろ。こんな頭のネジが飛んでそうな人が担任なのですかい?
「質問は一切受け付けない。私以外の紹介もいらない。私はすでにお前らのプロフィールに目を通している。貴様ら同士のは各々勝手に自由時間にでもやっておけ」
「あ、あの……」
「黙れ。質問は受け付けないと言ったのが聞こえなかったのか? わかっててやっているなら私に喧嘩を売ってると認識して良いのか?」
「ひっ。す、すみません……。なんでもないです……」
挙手した女子生徒を冷たく突き放す。
有無を言わさないその態度に他の連中はなにも言えない。
一人を除いて。
「ヘイミスター。レディにそんな言い方はないんじゃないか? 紳士としてあるまじき態度だぜ? マナーを勉強し直した方が良いんじゃないか?」
立ち上がり抗議したのはマイクことミケ。
お、お前ハート強ぇな。
新入生だからあの説明会にいただろうに。
あの魔法を見てなんで突っかかれるの?
「俺は紳士じゃない。それに私は最初に質問は受け付けないと言っている。無視するのはのマナーとしてどうなんだろうなジェントルマン?」
「最初に質問させないと言うのが問題だと僕は思うけどね!」
おいおいおいおい。ヒートアップしてきたぞ。ミケ、お前死んだな。
短い間だったが良い友人だったよ。
「……ふぅ」
溜め息を一つつき胸ポケットに手を伸ばす小咲野先生。ちょ、さすがに教室内でそれはダメなんじゃ!?
ミケの席リリンの隣だから下手したら巻き添えなんですが!?
「なんだ脅しか? あいにくと僕には――わぷっ!?」
途中でミケの言葉が途切れたのは小咲野先生がペンを投げたからではない。
リリンが影でミケの口から下を縛り上げたからだ。
「話が進まん。黙れ。座れ」
目や眉間、こめかみに力を入れてるところを見ると抵抗してるみたいだが、リリンの影の前にはあのガタイでも無力らしく。無理矢理座らされた。
「次邪魔したヤツは口を開いた瞬間黙らせる。ほれ、続けるが良い」
なぜリリンがこんなことをしたのかはわからない。
だが教室内で一つのことが共通認識となった。
小咲野先生とリリン。怖い。
リリンは見た目からなめられてただろうがミケをあっさり無力化したことで侮るヤツはいなくなっただろう。
一年E組内ヒエラルキー。トップの二人は初日で確定。
「では、本日の予定の詳細を説明する」
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