第5話

「一緒のベッドで寝れば良かろう?」

 一難去ってまた一難。

 風呂から上がりどう寝るのか尋ねたところこの答えが帰ってきた。

「いや、男女で寝るのはダメだろ」

「知らん。というかさっきは貴様の意見を聞いてやったんだ。次は我の主張が通るべきだろう?」

 わお。なんて男らしいんでしょう。惚れちゃいそうだわ。

 ふざけてる場合じゃない。

 ただでさえ変な気分になっていたのに添い寝とか考えたくもない。

 それこそ変な気起こしたらどうするつもりだ! 俺はまだ健全潔白でいたいんだけど!

「本来であれば力ずくで我を通すのが筋。が、我は今のところ行っていない。それだけでも感謝してほしいものだぞ」

「うぐ……」

 たしかにコイツはやろうと思えばなんでも好きにできはず。だが今のところ理不尽にワガママを押し通そうとはしてないのは事実。

 そのあたりは感謝するべきだろう……なんだけれども。そうじゃないんだって。そういうことじゃないんだって!

 俺は踏み外したくないだけなんだって!

「そ、それでもその手のことはもっとちゃんとだな……」

「はぁ~……。まどろっこしい」

「おわっ!?」

 リリンの影が俺を捕らえそのままベッドに運び仰向けに寝転がす。

 こんちくしょう! さっきは実力行使に出てないって言ったばかりじゃねぇか! とうとう本性を現しやがったか!

「この、なにしやが――」

 言葉が途中で途切れたのはリリンが俺の上に乗ってきたから。

 四つん這いだから体はほとんど触れてはいない。

 その代わり顔が間近にある。髪が触れる。仄かに香る匂いは再三感じたあの匂い。

 やっぱコイツの匂いだったのか。シャンプーの香りと混ざって少し変わっているけど、間違いなくコイツの匂いも感じる。

「……っ」

 意識したら風呂で火照った体がさらに熱くなる。とっさに深く呼吸してなきゃみっともなくハァハァ言って荒くなっていただろう。

「貴様は……」

「んむ……!?」

 リリンの細く真っ白な指が唇に触れる。そのまま左右になぞり、挙げ句下唇をめくって口の中に指をいれてきやがった!

 な、な、な、なんてことしやがる!

 抗議の視線を送るがリリンは構わず話を続ける。

「なにがそんなに気に入らない? 恐らくだが欲情して、それを抑えてるように見えるが。何が悪い? メスがいればオスは孕ませたくなるものだろうに。我をメスとして認識したのは疑問であるが」

 こ、コイツぁ……。

 あぁそうですよ! ムラムラしましたよ! 幼女リリンに!

 認めまいと努力はしたけど無理です!

 つか幼女なのに幼女っぽくないんだよ。

 なんなんだよコイツの色気は!

「先程貴様が風呂に入ってるとき、ネットだったか? で、調べたが。子供とまぐわうのが悪いらしいな? 変わったルールだ」

「ぷはっ! おまっ!? そこまでわかってて……!」

 やっと口から指を出してくれた。

 自分の唾液で光る指がこれまたエロスを感じさせる。

「どんな悪戯も悪事も。罰する者にバレなければ罪とは言わん。んちゅ。れろ」

「なっ!?」

 指についた唾液を舐めとる。わざわざ見せつけて挑発するように。

 本当になにを考えているんだよ。

 からかってるのか。誘ってるのか。表情が冷たいままだから判断できねぇ。

「ちゅぱっ。我は貴様ならばかまわん。貪りたければ喰らえ。我は他者にわざわざ言うことはないし。貴様が黙っていれば罰せられることはない」

「それ、は。そうだろうけど……」

「さぁ。どうする? 孕ませてみるか? ん?」

「……んぐっ」

 今度は鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけてくる。

 鼻息がくすぐったい。

 逃げようと顔を背けようとするが、両手で無理矢理正面を向かされる。

 スベスベしててやらかい指。その片方から少し濡れた感触がする。舐めてたから当然だけど。

 や、ヤバイ。口が震える。心臓が破裂しそうなほど脈打ってる。

 だ、誰にも言わなきゃバレないし、何事もなく過ごせる。

 ただこのとき二人の男女が誰にも知られないところでナニかをしていただけになる。

「わ、わかった」

「決めたか?」

「あぁ……。どうするか決めた」

 俺は今日この夜……男に……!

「一緒のベッドで寝るからどいてくれ……」

「我の体はいらんのか?」

「いら……ない」

「そうか」

 ならなかった。

 踏みとどまった。

 危なかったがギリギリ理性が勝った。

 答えを聞いたリリンは一度体を離し、改めて俺の隣に座る。

 そして寝たまんまの俺を見下ろす。

「少し意外だ」

「……なにが?」

「貴様は我を欲望のまま喰らうと思っていた」

「なんで? 俺そんなチョロそうに見えたかよ」

「貴様がというより。人畜生にまともな理性があるとは思わなかった。だから意外だ」

「さいですか。まぁ、お前んところとは違うってことだろ。ってか人間っているのかよ。俺たちみたいな感じの。見た目だけならお前も人間っぽいけどさ」

 人間離れした容姿ではあるけどな。人型だけど綺麗過ぎて。

「いるぞ。姿形はほぼほぼ貴様らと変わらん。ただ貴様らの方が知性を感じる」

「そりゃどうも」

 誉められてるんだろうけど誉められてる気がしない。

 たぶんそれは「自分の方が優れている」という前提で話してるからだな。

 実際リリンのが優れてるんだろうさ。あらゆる面で。

「そうムスッとした顔をするな。貴様だけで言えばいずれは我を……」

「お前と、なに?」

「いや、無粋だな。それに不確かだ。将来の楽しみにしておこう」

「は? スゲェ気になるんだけど。最後まで聞かせろよ。寝れなくなるだろ」

「クハハ。先程と違って威勢が良いな。なに。単純なことよ」

 一度言葉を区切って枕に頭を乗せる。

 おい。枕一個しかねぇんだぞ。お前の匂いが染み付く前に頭どかせ。別の意味で寝れなくなる。

「貴様はな。我を殺せるほどに強くなれる。それほどまでに潜在しているマナは強大なんだよ」

「……冗談はよせよ」

 人よりマナの密度が濃い。だから世界を壊せるほどの力を持ったリリンとの縁もあったんだろうとは推測できる。

 むしろそうでないとコイツとの接点とか得られた気がしない。

 でもだからといって。コイツより強くだって?

 まだ力の一旦……すら見ていない。

 コイツもコイツ自身もまだ謎だらけだ。

 だけどバカな俺だっていい加減感じてきてるさ。

 コイツは俺たちただの人間に対処できるほどちっぽけじゃないことくらい。

 そんなとんでもない化物を俺が超えるって?

 戯れ言としか思えねぇっての。あ~あくだらねぇこと聞いたわ。

 くだらないこと聞いたせいですっかり力が抜けた。これなら隣に女がいても寝れそうですよー。

「寝る。電気消すぞ」

「あぁ。問題ない」

 電気を消して毛布を被る。

 リリンのヤツが身を寄せてきた気がするが、疲れていたのか意識はすんなりと眠りに落ちていく。



「すー……すー……」

 目を覚ますと目の前にあったのは美少女……。もとい、幼女の寝顔。

 不覚にもドキッとしてしまった。って今さらか。

 今さらだし昨夜渋々ながら俺も認めて添い寝ってたわけだけど。

 寝起きでこれはやっぱ心臓に悪い。

 改善策を練らねば。

「うむぅ~……」

「……」

 ……くそぅ。リリン。超絶可愛い。これは認めざるを得ない。

 起きてる時は纏ってる雰囲気もあって綺麗とか人間離れした美しさとかでもちっこいみたいな印象しか持てなかった。

 さらには頭は良いが子供みたいに好奇心旺盛ではしゃいでるのもあってどんなに綺麗でも性的興奮に抵抗を覚えた。

 だけど今感じてるのはそんなんじゃない。

 ただ、愛でたい。

 この無垢な寝顔はただただ眺めていたいし愛でたい。

 あ~やっぱまつ毛長い。昨日の夕食の時も見たけど、改めて化粧とかしてないのにしてるような? そんな顔の作りだよなぁ。だからこそ精巧な人形みたいに見えるんだけど。

 肌も一切傷やデキモノはない。見ただけでわかる滑らかさ。いっそ触れてみたい。

 寝てるし……少しくらい良い……よな?

 そ~っとそ~っと。柔らかそうな頬にてを伸ばす。

 ピタッ。

「ぅゎ……」

 思わず声が漏れた。

 すんごいスベスベしてる。肌に吸いつくことはないがかといって潤いを感じないわけではない。

 なんていうか。ものすごい上等な布を隔てて感じる瑞々しい柔らかさがある。

 説明が下手で申し訳ないんだが、これは説明するのがチープってくらいに素晴らしい手触り。

 こんな肌したヤツから流れというかなんというか、夜のお誘いをされたのか……。

 残念という後悔もありつつ。なにより安堵している自分がいる。

 この手触りにあの独特の妙な色気。絶対ヤってたら溺れてた。

 一夜の過ちで済まないと確信できる。

 だがしかし。それはそれこれはこれ。

 もう少しこのスベスベほっぺを堪能したい。

 さわさわさわさわさわさわさわさわ。

 ……ぷにっ。

「……んぁ……はぁ……。おい」

 びっくぅぅぅぅう!

 頬をつまんだ瞬間色気の含んだ息づかいと共にリリンの目が開く。

 お、起こしてしまった。どうしよう。

「昨日はあんなにも拒絶したのに。今朝はずいぶんと積極的だな?」

「い、いや。その~……つい。すまん」

「フム。ずいぶんヤル気なようだし。してもかまわんぞ?」

 どういうことかと尋ねようと思ったが、不要だった。

 なぜならリリンの目線の先に答えはあったのだから。

 そう。俺の下半身の一部。

「ばっ! これは生理現象だ! 朝はこうなるもんなんだよ! なりたくてなってるわけじゃねぇって!」

「そうか? まぁいい。我も糾弾してるわけではない。ただお前のマナは濃すぎる故に急に強くされたら驚いて声が出手しまうのは覚えておけよ? 撫でるまでならば声を出すまでではないが」

「あ、あぁ。悪い。気をつける」

 そういやマナを敏感に感じ取るんだった。そして俺のマナは密度があるから特にってことだよな。

 迂闊だった……。今度からは下手に触らないようにしよう。

 ん? 撫でる……?

「お前いつから起きてたの?」

「最初からだが?」

「最初とは」

「貴様が起きる前からだが」

「こ……っ!」

 この幼女やってくれたな!

 ずっと起きてたのかよぉ!!!

「まったく。やはり我の体が欲しかったのではないか。したいならすれば良いだろうに。なにを頑なに我慢しているのだか」

「……正直たしかに俺は、そのだな。お前とそういうことしたいと思った。思ったけど」

「フム?」

 ここは俺の思ってることをそのまま言った方が良い気がする。

 話せばわかるヤツだし。正直に言えばバカにしたりせず真面目に考えてくれるだろう。

 たぶん。

「俺も年頃だしたぶん一度女に手出したら勉強とか手につかなくなると思ったんだよ」

 せっかく魔法師への第一歩を踏み出せたのに女に溺れて赤点とか洒落にならねぇ。

 まして幼女相手にとか。

 別の世界の生物だからどこまでの刑罰かわからないが、少なくとも世間体は悪すぎるだろ。

「俺は、自分のことはそれなりにわかってるつもりだ。器用に気持ちが切り替えられるほどデキは良くないと思うんだよ」

 器用だったらそもそも魔法の世界から退いてた。潔く。スパッと。

 でも諦めきれなかったからここにいる。

 みっともなくすがりついてる。

「だからだな。俺は一つのことに。魔法のことに集中したいんだよ。そういうわけだからあんま挑発しないでくれ」

「フムフム。なるほどな。たしかにタガの外れた雄はソレしかしなくなっていたな。お前がそうなるのはさすがに我も困るな。納得した。善処しよう」

「そ、そうか! わかってくれてなにより」

 やっぱり話せばわかるヤツだった。

 僕、とっても嬉しいよ。

「ところでどれが貴様の言う挑発だったんだ? いまいち思い当たらないんだが」

「……はい?」

 思い当たらないってお前……。

 裸になったり身を寄せたり。指を口に入れて唾液舐めとったり色々してたじゃねぇか。

 ……まさかとは思うがコイツ。

「貴様を意図的に興奮させて煽った覚えがない。我からしたら勝手に欲情されたという感じでな」

「え~……」

 嘘だろ……。つまりアレもコレもただの自然体で? 抱かれても良いっていうのも本音を言ってただけなわけですかい?

 そ、それはそれはまた……。

「故になにを気を付けたら良いかわからん」

 前途が多難過ぎないか?

 これが異文化交流の厳しさ……なのか?

 微妙に違う気がする。

「とりあえず今後は俺がやめてくれと言ったらやめてくれ」

「ウム。つまり貴様のやめてくれは発情するからやめてくれという意味だな?」

「……間違ってはないけど。その言い方語弊があるからやめろ」

「もう発情したのか?」

「ちげぇよ! お前の言い回し色々と危ない時があんだよ! もし外で誰かに聞かれたら場合によっちゃ通報ものだわ!」

「通報?」

「通報ってわからねぇ!? 通報されたら大人の方々に俺、捕まっちゃうの。拘束されちゃうの。そんでしばらく行動制限されちまうの。退学になって俺の人生おしまいになるの。おーけー?」

「そこまでか……。ウム。それは我も望むところではない。力ずくでその捕まえに来る連中を殺すのは有りか?」

「そんなことしたら本気で取り返しつかねぇからマジでやめろよ?」

「となるとこれは想定以上に我も気にしなくてはならぬな……。だが仕方あるまい。善処ではなくそれなりに努力はしよう」

「本当に頼むぞ……。仮に誤解だとしても通報されるだけでもかなり印象悪いんだからな……」

 お巡りさんのご厄介にならないように今度時間見つけてなにがダメか教えよう。

 いや、コイツのことだから勝手に調べて即座に対応しそう感ある。

 思ったよりも深刻じゃないのかもしれない。

 ってそうだ時間!

「やっべ! そろそろ準備しないと遅刻しちまう! お前も早く起きろ! 服は昨日洗濯機に入れといたし乾燥も終わってるからさっさと着てこ……い……ブハッ!」

「ん? どうした?」

「ど、どうしたっておまっ! それ!」

 毛布をひっぺがし露になったリリンの全貌にて大事件。

 なんとシャツがめくれて下半身が丸出しになっていた。

 そうです。丸出しです。

 パンツじゃなく下半身が!

 丸出しで丸見えです!

「パンツはどうしたパンツは!?」

「下着か? 貴様シャツしか渡さなかっただろう」

 たしかにそうだけどさ!

 あークソ!

 そうだよコイツ全裸でも顔色一つ変えないくらい羞恥心が欠如してるんだったよ!

 だからってノーパンで俺の隣で一晩過ごしたのかよふざけんな!

「パンツも一緒に突っ込んでたはずだからはいてこい! 今すぐに!」

「わかったわかった。そう騒ぐな。裸はダメなんだろう? それは覚えた」

 やはりと言うべきか、顔色一つ変えずに体を起こして洗濯機の置いてある洗面所へ。

 もちろん起き上がる際隠す素振りなんてしませんでしたよ。ええ。

 覚えたんならせめて隠そうとはしてくれ。

 恥じらいが無ければエロくないとエロい人は言ったそうですが。

 良いですか?

 異性の裸の時点でエロいもんはエロい。

 特に今回は下半身ピンポイントで目に入ってしまいました。

 思春期にコレはキツい試練ですよ……。

 ちなみになかったというかなんというかその……つるつるだったというか……。

 これ以上は察していただきたい。

「はぁ……。俺も着替えるか……」

 朝からドッと疲れた。

 期待もあった学園生活。

 今は不安で胸がいっぱいです。

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