第4話
「さてと。なんだかんだもう夜か」
部屋に戻り改めて時間を確認するとすでに十八時半。
遅い時間というわけではないが今日は疲れてるし予定の確認をしたら風呂に入って寝るか。
風呂といっても大浴場ではない。なんと各部屋にユニットバスがついている。
そこまで広いわけではないが、一般家庭ほどの広さはある。もちろんトイレは別。
いや~一人暮らしと思ったらこんなに良い環境はないよね! 小遣いもらえるし!
「う~む……。次はなにを食おうか。迷うな」
……一人暮らしとは言いがたいけどな。この幼女のお陰で。
ってかもうおやつ三袋は食い終わってる。さっき飯食ったろ!
「おい。おやつは朝昼夜の飯の間の繋ぎに食うもんだぞ。飯のあとに食うもんじゃない」
「あむあむ。んっ。夜と朝の間だが?」
そういうことじゃねぇよ。たしかに間だけどさ。
「言い方を変える。朝と昼の間と昼と夜の間で、朝と夜の間はなしだ」
「ん~? なぜだ?」
「そりゃ……寝るからだろ」
「ほう? そういうものか」
「そういうもんだ。それがこっちのやり方だし難しいかもしれないけど慣れろよ」
「フム。しかし我は……。いや、なんでもない。そうだな。貴様の生活に多少なりとも合わせないとな」
初めて口で勝った気がする! 嬉しい!
幼女相手に大人げないと思われたって良い! 嬉しいものは嬉しいんだよ!
「わ、わかってくれてなによりだ」
「なにやら嬉しそうだな。その顔は少し不愉快だ」
「え? お、おうすまんすまん」
イカンイカン。顔がニヤけてたみたいだ。
そしてちゃんと謝るあたり俺って大人だなぁ。
「そうだ。俺今から明日の予定確認するし先に風呂入れよ?」
「風呂?」
「そっちにはないのか?」
「……なくはないが。恐らく勝手が違うだろう? 大概の文化はこちらが進んでる」
「それもそうか」
納得はできる。これは普通に使い方を教えた方が良いだろ。
下手にいじくって熱湯とか浴びて火傷でもされたら気が引けるし。
「じゃあ来いよ。教えてやる」
「というか貴様が我を洗えば良いだろう? 我は風呂を済ませつつ使い方を覚えるし、お前は風呂を済ませつつ教えることができる。実に効率的だぞ」
「ふざけんな。それだけは絶対にやらない」
年頃の男と幼女の混浴でしかも体を洗う?
今体洗う用のスポンジも買ってきてないから素手だぞ!
そうでなくても絵面的に倫理的に道徳的に無理!
俺が捕まっちまうっての!
「何が悪いのだ? 説明しろ」
「ってかお前は気にならねぇのかよ。その裸見られたり……触られたり……」
「フム。特には。……いや、さすがに直に触られると我も堪えるな」
「だ、だろ? 女の子だし当然だよな」
「お前のマナが気持ち良すぎてたぶん喘ぐ」
「一人で入れ。絶対に!」
アウト!!!
ただでさえ幼女を洗う絵面がヤバイのに喘いだら十割増しでヤバイわ!
ここだけは引けねぇ! そのためなら俺は頭を床につけることもいとわない!
「頼むから! 本当に頼むから!」
「お、おう? 凄い気迫だな。わ、わかった。こればかりは我も理解はできんが言う通りにしよう」
「ありがとう……」
これにて俺の社会的死は退かれた。
その代わり男として、人としての何かを失った気がする。
「これはまた便利なものだな。好きな温度で出せるのか」
「限度はあるがな。ここのは音声認識もあるみたいだから設定しとく。あ~でもこっちの言葉じゃないといけないのか」
厳密にはリリンは日本語を発していない。
グリモアを通じて翻訳はされているが対象はあくまで俺と同じ生物。つまり人間のみ。
目に見えているのも俺の脳から読み取ってリリンに理解できるように情報が直接頭に送り込まれるんだったかな?
どっちにしろ音声での認識は無理のはず。
「問題ない。覚えた」
「そうか? じゃあ一人で入れるな」
手動での操作は教えたしさすがの物覚えの良さもあってすぐに適応したみたいだな。よしよし良いぞ。
「あぁ、だがその前に服を脱がしてくれ」
「断る」
お前さっきのやりとり覚えてんだろ。
「服くらいは良いだろう?」
「……ダメだ。断る。一人でやれ。または帰れ。そうだよ一旦帰れ!」
よく考えたらわざわざこっちで飯食ったり風呂入ったりする必要ないじゃん! なんでいんのお前!?
「断る。我はしばらくこちらにいることにしたからな。ほれ、早く脱がせ」
「……百歩譲って、こっちにいるのは理解した。でも服は自分で脱げ」
「なにを頑なになっている」
「だぁー! もう! こっちじゃ男女で互いに裸は見ちゃいけないの! そういうもんなんだよ! 特にお前みたいなのはダメなの!」
言わせんなこんなこと!
幼女への猥褻行為は厳しい罰が待ってるんです!
「フム? 未だ納得しかねるが。雄と雌が裸にならねばまぐわうこともできまい? 子が作れなきゃ不便だろ。隙間からするのか?」
「こん、の……。とにかくダメなものはダメ。さっきは納得してくれただろうが!」
なんてこと口走りやがるこのマセガキ。
「そう言われると弱いのだか……。フム? どうした? 顔が赤いが……。あぁ! あれか! 照れというやつか! 異性に対して特に照れるのが人畜生だったな!」
「もうそれでいいから!」
「わかったわかった。そう騒ぐな。一人での着替えは不慣れだが。まぁなんとかなるだろう。だが困ったらさすがに手伝えよ」
「本当に困ったときだけだからな?」
「二言はない」
風呂場にリリンを置いてリビングに戻る。
やっと落ち着ける……。
今日はぐっすり眠れそうだわ。
「あ、タオル……」
しまった。タオル渡すの忘れてた。
あいつのことだからタオルがないと「拭くものがない」とか言って裸でうろちょろするに決まってる。
だがしかしここで焦って入浴中にタオルだけこそっと置いてくるなんて真似はしない。
ヤツのことだ気配に気づいて「なんだ。やはり一緒に入るか?」と真っ裸で隠す素振りもなく堂々と言うに違いない。
ならばどうするか。
ここは素直に行こうじゃないか。
そう。素直に。普通に。
忘れたから置いとくぞと声をかけるだけでいい。
アイツも決して悪いヤツじゃない。
納得できたのならその通りにしてくれる。
ならば下手なことはしないほうが吉と見た。
さぁ、やるぞ。タオルを置いてくるだけの簡単なミッションだ!
試験。合否の発表。入寮が同じ日に行われるこの学校では色んなものが予め支給される。でないとその日すぐに困ることになるし。
そして支給品にはバスタオルも含まれている。予備も含めてか四枚もあるし二人ぶんと考えたら十分だろう。
つまり買いに行ってタイムロスという心配はない。
よし、シャワーの音が聞こえる。じゃあまず声をかけて、と。
「リリン。まだ入ってるよな? タオルを渡しそびれてたから置いとくぞ」
「ウム? わかった。適当な場所に置いといてくれ」
「洗濯機の上のカゴに入れとくから」
「ウム」
タオルを置いたらすかさずエスケープ。
よっしゃおらぁ! ミッションパーフェクトにコンプリート!
これで安心して予定を確認できる!
さて明日の予定はメールされてるはずだから確認してみるか。
午前授業のみで午後は部活動見学と体験。
もう授業があるのか。それに部活動?
これだけの待遇だから部活してる暇あるなら勉強しろーってタイプかと思ってたけど意外だな。
学生のモチベ維持のためにとかなのかな?
それとも客寄せ的な。
いやでも世界中から集めるし合否があるってことは落ちたヤツもいるわけで。
ってなるとただ甘いだけなのかな?
「ん~。わからん」
ベッドに寝転がると思ったよりもふかふかしていた。そこそこのお値段の感じがする。
本当色んなところに金かけてるなこの学校。運営大丈夫か? 元取れてるのか?
まぁ、仮に厳しくても俺が卒業するまで持ってくれたら良いや。
在学中は良い思いをさせてもらおう。
「すー……はー……」
枕に顔を埋めて匂いを嗅いでみる。
ほんのりとフローラルな香りが……待てよ? さっきリリンのヤツがベッドでゴロゴロして……。
「ふんっ!」
慌てて顔を離す。今さら遅いかもしれないけども。それでもとりあえず顔は離す。
い、いやさっきから気にしすぎなのかもしれないな。相手は幼女だし。うん。落ち着け俺よ。
「あっつ」
なぜだかわからないが顔が熱くなってきたので体を起こし端末からエアコンを操作し冷房をかける。すぐに涼しい風が吹いてくる。
ふぅ。気持ちが良い。
そういや結構時間も経つしそろそろ。
「おい。終わったぞ」
風呂から上がるかなと思ったらちょうど……。
「な!? ちょっ! おま! その格好!!? 服はどうした!?」
声がした方へ向くと全裸の幼女が!
俺に気を遣ってかちゃんとバスタオルで前は隠しているのだが、ほんのり髪は水気を含んでいる細い髪が肌に張りついて妙な色気がある。隠しているぶんもしかしたら堂々と見せつけられるよりエロいのかもしれない。
「タオルはあったが着替えがなかったのでな。仕方なくこのまま来たわけだ」
「い、いや、ほら、脱いだ服とか」
「わざわざ脱いだものを着直すのもおかしな話だろう? それに床につくのであればアレはかさばる」
リリンの着ていた服はフリルの少ないゴスロリのドレスといった印象がある。
フリルが少ないとはいえたしかに寝るには向かないだろうけども。けどもだよ。
あークソ。引いた熱がぶり返す。顔が熱い心臓うるさい。
せっかく冷房かけたのにおかしいなぁ!
と、とにかくなにか着させよう。まずはそれからだ。
なんかなかったかな……。替えのワイシャツで良いかこの際。
「ほら。これでも着てろ」
「ウム? わかった」
シャツを渡し背を向ける。服と体がこすれる音だけが部屋に静かに響く。
「フムフム。こんな感じか?」
「着たか?」
「あぁ。もう肌は隠れているし問題ない」
「そ、そう……かふっ!?」
噛んだ。
無理もない。
見てから気づいた。
これ、裸ワイシャツです。
リリンのサイズが小学生低学年程度だからぶかぶかで隠れてる面積も広い。
だが首から上!
首から上がなんていうか……大人っぽい。
表情とか顔の作りとか。上手く説明できないけどサイズ以外色っぽいんだよなぁなんか! どうなってんだ!?
「おいおい。まさかまだ文句があるわけじゃないだろうな? いい加減貴様に合わせるのも面倒だぞ」
「あ、いや。すまん。もういい。それで」
すでにリリンはいくらか譲歩してくれてる。これ以上は単なる俺のわがままになる。と、思う。
これ以上を望んで下手に怒らせて暴れられた方が遥かにめんどくさいことになるだろうし、ここが妥当なところだろう。
「フム。では次はお前が風呂に入る番だな」
「そうだな! さっさと入ってくるわ!」
逃げるように適当に着替えとタオルを持って風呂場へ向かう。
まさか幼女にこんなにドキドキするとは思わなかった。
いや、これは何かの間違いだ。俺は決してロリコンではないのだから。
そう! きっと疲れのせいだ!
風呂に入って一眠りしたら明日からは自然に、普通に、過ごせるに違いない。
無理矢理言い聞かせるようにして服を脱ぎ洗濯機へリリンのドレスごと突っ込み浴室に入ってシャワーを浴びる。
パンツらしきものも見えたが深く考えてはいけない。
体を洗い、湯船に浸かる。
浴室に充満する枕から香ったものと似た匂いがしているがこれも深く考えない。
そうだ。明日のことを考えよう。
明日から新しい学園生活。楽しみだな!
「ぶくぶくぶくぶくぶくぶく」
匂いを嗅がないように鼻まで湯に浸かり息を吐く。
苦しくなったら大きく息を吸わなきゃいけないから逆効果なんじゃないだろうかこれ。
「ぷはぁ! すー……っ!」
顔を出し息を吸うと、案の定またあの枕の匂いが鼻腔をくすぐる。
……枕で思い出したけど。ベッド一つしかないんだが。アイツどこで寝るの?
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