91頁目 兄弟パーティと双侍鬼

「おい! 気を付けろよ!」

「大丈夫ですよ! 疾風怒濤しっぷうどとう!」


 全身に風をまとわせて、一気に加速して敵怪物モンスターへ向けて飛び込む。


「よっし!」


 ……久々の怪物討伐である。

 四月七日。暑季に入って一週間と一日。ようやく晴れて私の討伐とうばつ依頼受注禁止令が解禁された。

 ギルド側のミスとはいえ、鉄大鬼オーガ種の中でも脅威きょういとなる歴戦れきせん個体を単独で討伐してしまったことで、半分謹慎きんしんみたいな形でフラフラして二ヶ月。ようやくの討伐解禁ということで、私は早速目に付いた依頼を手に取った。と言っても文字はまだほとんど読めないのは変わらず、大まかにだが鉄大鬼討伐とだけ分かったのでとりあえず受注したのだ。

 そして、二ヶ月前の事件というかやらかしから、討伐依頼受注には必ずパーティで行うこと。ソロで活動している人は臨時でパーティを組んで受注することと決まったので、私は人が集まるまでいつもの受付の兎型獣人の男性と世間話をしていた。

 木札きふだを出した時に一瞬ギョッとしたような表情を浮かべ、すぐに溜め息をいた。何々? そのまたかみたいな顔は何ですか? 私すごく気になるのですが、私何かやらかしましたか?

 理由はすぐに分かった。銀ランク三人銅ランク一人の四人構成のパーティが一緒に依頼を受けてくれることになって詳細を聞いてみたのだが、これが何と数少ない歴戦個体の討伐依頼であった。ということはあの戦鐸鬼せんたくき、もしくはその他の鬼の討伐。受付さんが呆れたのかあきらめたのかのような顔をしたのはこういうことか。

 把握はあくはしたが取り下げはしない。せっかく受注したのだから最後までまっとうする。

 四人のパーティは、銀に一人女性、後は男性で、全員が同じ種類の犬型獣人だった。獣人族は本当に多種多様おり、獣人のみの集落があったとしても、そのほとんどはバラバラの種類であったりする。この理由としては長い年月の混血によって、隔世遺伝かくせいいでんが行われているからだと言われている。それで何故なぜバラバラの種類になるのかは不明とされている。学者によっては血の濃さによって決まるのではと言われている。

 ともかく、同じ犬型といってもその種類は様々。その中でも同じ犬種の獣人のみのパーティとは珍しいと思ったのだ。聞けば四人は兄弟だとかで、上からアジャン、ドゥヴ、リータゥ、チィットゥだそうだ。ちなみにリータゥが女性。

 背丈せたけや体格に多少の違いは見られるが、やはり顔立ちは似ており、血縁関係であることが分かる。

 依頼内容は、コルヒの農園よりも更に北部にある集落付近にて、歴戦と思われる双侍鬼そうじきらしき姿が発見されたとのことから。被害はまだなし。ということで、急いで馬車で向かうこととなった。

 アネモネは最初から魔剣ノトスの中に待機しており、久々の戦闘にウキウキしたような雰囲気ふんいきというか風を感じている。


「アージの武器は片刃剣かたばけんだ」

「ぼ、ぼくは片手おの

「あたしは両手剣」

「チットは薙刀なぎなた


 それぞれ武器の紹介をしたのだが、何だこの極端な前衛寄りな武器構成は……

 それと、片刃剣とは日本刀のようなゆるやかなカーブを描いた細い身の剣である。もうほぼ刀であるが、刀ではなく剣らしい。


「えぇと、私は弓矢と片手剣ね」


 今回狙撃銃ライフルはギンゼルさんの家に置いてきた。本格的な整備点検は久々なので、時間を掛ける為にと摩耗まもうした部品の取り替えを行うべく部屋に置いてあるのだ。摩耗する程使った覚えはないが、やはり長いこと所持していると使わなくても所々にガタが来るらしく、この機会にオーバーホールすることとなったのだ。必要な部品は別途ギンゼルさんが制作中なので、弾以外の仕事も増えました。流石さすが可哀想かわいそうなので、割引してもらうとはいえ少し色を付けて支払いをしたいと考えている。

 移動には馬車の足でも一刻半三時間程掛かったことで、時刻はすでに昼。集落に到着したと同時に皆で昼食をりつつ(私は水のみ)情報収集を行った。

 ハッキリとした姿は確認出来なかったようだが、姿形からして明らかに鉄大鬼種のようだ。肌は黒っぽい。戦鐸鬼が褐色肌かっしょくはだであることからすると、個体によって肌の色も違ってくるのかもしれない。武器の違いだけではないのか。

 そして目撃のあった北部へ向けて移動を開始する。

 ただゾロゾロと歩くのではなく、いつかのタルタ荒野でカトラさんのパーティと組んだ時のように陣形を組んでいる。今回は弓矢による遠距離支援が出来る私が中央、先頭を長男のアジャンさん。後方に次男のドゥヴさん。右翼に長女のリータゥさんで左翼に三男のチィットゥさんという形だ。

 私は勿論もちろんだが、他の四人も犬型獣人ということで聴覚による索敵さくてきは得意で、更に匂いもぎ分けられるとかでこういった少ない情報からの追跡には非常にピッタリな組み合わせだと思う。武器編成さえかたよっていなければだが……

 捜索そうさく開始して半刻と少し。ついにターゲットを捕捉ほそくした。

 この周辺は湿地帯しっちたいらしく、あちこちに水溜まりや草木が広がっており北国ならではの暑季らしさが見て取れる。しかし、水が多いということはそれだけ足場が悪く、機動力が落ちるということ。十分警戒しなければならない。

 ここより更に北上すると、凍原とうげん寒地荒原かんちこうげんと呼ばれる、所謂いわゆるツンドラ地帯があるらしい。丁度今くらいの季節から、地表の氷が溶けて水溜まりを作り、あらわとなった地面には様々な色のこけが生えると聞く。緑だけでなく、赤や黄色、更には青色もあるとのこと。今回は討伐依頼なので、鬼退治が優先だが、また別の機会があれば是非ぜひとも訪れてみたいものである。


「周りが木々におおわれているから、確定は出来ないけれど、多分、標的ターゲットよ」


 長女のリータゥさん

 現在、相手には動きはなく、どうやら武器の手入れをしているらしい。そんな知性があるのか。


「作戦を説明する」


 長男のアジャンが切り出して、簡潔に言葉がつむがれていく。それにうなずいた私達は、それぞれ配置に就いた。

 距離はまだ十分にあるので、相手には気付かれていない模様。ここからジリジリと距離を詰めていき、私の矢の射程範囲に入った所で停止。矢を放った瞬間に一気に駆け出すというものだ。

 それぞれの距離が離れているので、言葉ではなく手信号ハンドサインによる意思疎通いしそつうはかる。

 事前の打ち合わせにいて、簡単な手信号の確認を行った。国境を越えて活動することが多い冒険者の為に、大体の国はいきなり組んでもスムーズに情報共有が出来るようにそういったサインは統一化されているが、一部の国や地域では方言みたいに独特なサインがある場合もある。その擦り合わせの為の打ち合わせである。

 足場が悪いので慎重しんちょうに。音を立てずにゆっくりと。しかし相手に気付かれないように迅速じんそくに。

 あいだの木々が邪魔で正確な距離はつかめないので普段よりも一〇ファルト余分に接近した所で停止の合図を出す。

 それぞれ緊張しないようにゆっくりと息を吐く。緊張してしまうと、その張り詰めた空気が相手に伝わり気付かれることもある。奇襲を仕掛けるならより自然、空気と一体となることが重要なのだ。

 私は、ゆっくりと腰部ようぶ下の矢筒やづつから矢を一本取り出して弓につがえる。

 矢の先端に風をまとわせ……発射した。

 その瞬間、放たれた矢に続いて四人が同時に走り出した。その音に気付いたのかようやくこちらを向いた鬼だったが、既に矢は目の前。風魔法によって加速していたこともありかわす間もなく右肩に突き刺さる。風で貫通力かんつうりょくを上げていたとはいえ、矢尻が刺さった程度にとどまったことに、相手のムキムキ筋肉の硬さ具合に歯噛はがみする。と同時に私も駆け出す。

 敵の様子をうかがうと、痛みは確かにあったのか咆哮ほうこうを上げてひるんだようだ。そしてその一瞬のすきいて鬼の左右から接近していたリータゥさんとドゥヴさんが短縮した魔法詠唱えいしょうを完成させる。


「「氷結晶・針ひょうけっしょう・はり!」」


 周囲は湿原地帯。水は豊富にある。そこに氷魔法によって巨大なトゲをいくつも生み出すことで相手への追撃と動きの制限を行う。そこに抜刀の構えで接近するアジャンさんとクルクルと薙刀を振り回して勢いを付けるチィットゥさんが更に斬り掛かった。


「たあっ!」

「せいやあっ!」


 しかし、そこは流石歴戦個体。氷魔法による刺突しとつを物ともせずに素早く体勢を立て直して両手に持つ二本の刃物でもって二人の攻撃を受け止める。いや、受け止めるだけでなく、打点を微妙にズラしてチィットゥさんを蹴り上げようとする。そこにすかさずリータゥさんが両手剣に氷魔法で氷をまとわせてガードに入った。氷は難なくくだかれ、二人は蹴り飛ばされるが、剣で受け止めたこと。氷をまとわせたことで衝撃緩和しょうげきかんわに繋がり、数ファルト飛ばされただけで問題なく受け身を取っていた。

 だが、双侍鬼はそれを気にする間もなく受け止めていたもう片方のアジャンさんに狙いを定め、空いた左の刃物で切り裂いた。今度は、ドゥヴさんは位置的に間に合わないし、受け身も取れない。しかし私が間に合った。

 ノトスを抜いた私は一気に加速して左の刃物を受け止めて、軌道を変えてはじいた。

 そこでバランスが崩れた隙を突いて、体勢を立て直すべくアジャンさんは距離を置いた。そこを追撃されないようにとドゥヴさんが氷魔法でつぶてをいくつも生み出して機関銃のように発射して牽制けんせいする。


「ありがとう!」

「気にしないで下さい」


 そう答えて私はノトスを地面に突き刺して再び弓矢を構えて、放った。ドゥヴさんに気を取られていた双侍鬼だったが、こちらの動きを察していたのかすぐに身体をねじって矢を躱す。と同時に、その勢いで一気に接近してきた。

 身長一〇ファルトともなると、当然その脚も長い。それによって一歩の距離が長く、瞬発力しゅんぱつりょくのある双侍鬼がその肉体を駆使して接近戦を行えば、まるで風魔法を使用したかのように加速する。


「くっ」

「おい!」

「大丈夫ですよ!」


 しかし、弓矢の距離であったことで、その一瞬の距離でも一瞬の時間があるだけに、そのほんの僅かな時間でノトスを抜いて受け止め、そこから受け流すことに成功していた。

 だが、鬼はその勢いを止めるどころか更に一歩前に進み出て、私とアジャンさんの間を駆け抜ける。


「しまった!」


 狙いはリータゥさんとチィットゥさんか!

 あせって振り返ったが、このことを予測していたのか、彼女は事前に氷魔法の詠唱を済ませていた。


「氷結晶・そう!」


 両手剣を突き出すと同時に、地面から一本の人一人分の太さの長い槍が突き出された。それが命中することはなかったが、直進を防ぎ、ルート変更を余儀よぎなくさせた。

 そのほんの小さな遠回り、そのほんの一拍の時間。その小さな空白が生まれたことで私は追い付くことが出来て背後から急襲する。


旋風せんぷう!」


 それを鬱陶うっとうしそうに左の刃物を振り回して受け止める。

 当たり前だが、空中では踏ん張りなど利かないので、振り抜かれた勢いで私は距離を開けることになる。だが、相手をするのは私だけではない。今度はドゥヴさんが接近。リータゥさんが生み出した氷の槍に触れて、爆発させたことで再び礫の嵐が襲い掛かる。それに、ノトスは受け止められてしまったが、風魔法までは防げていない。その二つの魔法によって、鬼は更に傷口が増えた。

 いずれの攻撃もダメージは体表に細かい傷が出来る程度でほとんどないに等しいが、ちまちまとした攻撃の応酬に、苛立いらだちが隠せない様子で何度も咆哮を上げている。

 脚が止まった瞬間を狙って、今度はアジャンさんとチィットゥさんが武器に炎をまとわせていた。


「「炎舞えんぶ!」」


 正面と背後と二方向からの同時攻撃。しかし、それもまた再び二本のやいばで受け止められてしまう。

 膠着こうちゃく状態だ。互いに決め手に欠けている。とはいえ、この状況は明らかにこちら側に不利だ。何故なら、相手は怒りで呼吸を荒くしてはいるが、まだまだ体力が有り余っているかのように余裕のあるようにも見える。一方で、こちらは一人銅ランクであるチィットゥさんは、この僅かな邂逅かいこうで既に体力をけずり取られているようだ。まだ魔力も体力も問題なさそうだが、この戦いが更に続けば、先に動けなくなってしまうのは彼だろう。そうなると、この連携にもほころびが生まれる。


風刃ふうじん!」


 風の刃を飛ばしつつ考える。突破口は……いや、突破口はある。ノトスの、アネモネの力を引き出せば可能だ。そして、せっかく私だけでなく他にも仲間がいるのだ。となれば、タルタ荒野のように連携魔法と行こうではないか。

 私の意思を汲み取ったのか、ワクワクといった感じの風で私のほおでるアネモネであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界諸国漫遊記 木入香 @ki-rika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ