88頁目 コルヒの農園とお手伝い
ライヒ王国に入国してから一ヶ月と少し経った。三月も
あれから私は、
一番の理由として挙げられるのが、最初の歴戦戦鐸鬼の単独討伐という
冒険者は命を落とすこともある危険な職業だ。しかし、その命を繋ぎ止める最初の大事な要素は正確な情報だ。その情報の
そして、それに合わせて、銀ランク以上の高ランク冒険者も
アネモネはこの国の言語が話せないので、他に共通リトシ語
とりあえず、私のような
冒険者はロマンがあるが、それは命あってこそ。だから少しでも安全で確実に稼げる依頼を求める為、仮に金ランク冒険者だったとしても不確定要素がみられるようなら金ランク依頼は見送られることがある。そうなると、金ランク保持者が少ない現状、どうしても金ランク依頼は余ってしまうことになるのだ。しかし、今回のことでライバル心を刺激されたのか、そういった
私が討伐依頼を受けられない、二つ目の理由と言って良いのがこれだ。皆が一様に討伐依頼を受注するので、そもそも私が受けられる依頼がない。これに限る。
ということで、余っている採取や調査などの依頼をこなすことが増えたということだ。
そして現在、私とアネモネは依頼によって町の北部、歩きで
農場と言っても、見渡す限り木、木、木。木ということは野菜ではなく、果物農家かとも思うが実は違う。ここは、以前王都スクジャの喫茶店で飲んだコーヒーもどきの原材料である。
詳しい話を聞くと、普通のコーヒーは確かに存在しているらしいが、やはり南の方の熱帯、亜熱帯地方で
海上輸送は時間が掛かるし、陸路も一度に運べる量に限界がある。空路なんて当然ある訳もなく、そもそもどこから運ぶのかということになる。海路も陸路もいずれも怪物との
しかし、嗜好品がなければ心の健康は保てない。水と食料さえあれば生きてはいけるが、楽しみがなければ人として死んでしまう。テレビゲームもインターネットもなく、気軽に大勢の人で簡単に楽しめる物。音楽や芸術などもあるが、やはり食であると考える。
一部のマニアックが栽培し、飲んでいた
私は前世に飲んでいた記憶があるのと、栽培地の知識も本当に触り程度であるがあったことで違和感を持つことが出来た。よって、そういった前情報がなければ私も普通にこういう飲み物だと疑いなく飲んでいたと思う。
ちなみに、本来のコーヒーの豆は、アカネ科コーヒーノキ属に属している木から
そこで、私とアネモネが何をしているかと言うと……
「お母様、いっぱい採れましたわ」
「私も
「負けませんわよー!」
「いや、競争じゃないし」
雑草を抜きに来ていた。
ここに
現場に到着すると、ここのところの安定した気候の影響で、草が伸び放題となっており、対処が追い付いていないのだとか。確かにこの広さを少人数で管理するとなると大変であることは想像に
多少の雑草は、すぐにコルヒの木に影響を
「お母様は何をしているんですの?」
「ん~? 草の調査よ」
「?」
「あ、気にしないで。草むしりしようか」
「はいですわ!」
そう言って駆け出して、元気に次から次へと草を根から抜いていく。
私も同じように草を除去しつつも、時折見慣れない草を見つけては薬草事典と見比べつつ、一致しなくてもサンプルとして数本を小さな
普段使っている
時々、草を指で
そうやって一々調査をするなどして手が止まる為、どうしてもアネモネのペースに付いていけない。結果、すっかり遠くまで行ってしまい、ただでさえ小さい身体が余計に小さく見える。
「お母様―! 遅いですわよー!」
「ごめんごめん」
「いやぁ元気な子ですなー」
そう言ったのは、私の隣でコルヒの木のメンテナンスをしている農家のお
「そうですね。自慢の娘です」
「うむ、本当に良い子じゃな。言葉は分からないが、あんたさんのことが本当に好きと見える。良い母親なのじゃな? というか、母親に見えんがの。
「ふふっありがとうございます。エルフ族は歳を取るのが非常に遅いので、私これでも成人しているんですよ。生きた年数だけでも皆さんよりも上ですし」
「とてもそうには見えんがの」
「熟女じゃないですよ?」
「何も言っとらんがの」
そんな冗談を
太陽が真上に来た頃、昼休憩に入る。農家の人達は昼食と言っても付近に飲食店などがある訳でもないので基本お弁当であるが、コーヒーは従業員特権ということで飲み放題らしい。
私にはお弁当はないものの、アネモネ用には一応出発する前にサンドイッチとジュースを買っておいたので、食べる様子をコーヒー片手に眺める。
「あんたさんは食べないのかい?」
「私達エルフ族は、基本的に朝だけ食べたら一日の食事は終わりなんです」
「なんと」
「ただ、この子は食べることが好きみたいですので、お昼も食べていますが。私の場合は、必要最低限の量を摂取出来れば、後は魔力が補助してくれるので食べる必要がありません。というか、体質で胃が受け付けないので食べられない。が正しいですかね」
「何ともまぁ……」
「不便に思ったことはありませんが、好きな時に好きなだけ食べられるということが出来ないということだけは、少しだけ残念ですかね?」
「まぁそうじゃな。ワシらも好きな物は多く食べたいからな。まぁ歳だからそんなに食べられないが」
「私も最初の頃はこの体質に疑問は持っていませんでした。便利でしたし、そういうものだと納得もしていました。ただ、冒険者を長く
「そうでもないぞ。最初から完璧な親などいない。そもそも完璧な存在など世界のどこにも存在しないとワシはそう思っておる。後悔と成長を続けていくのがワシらヒトじゃ」
「なるほど、勉強になります」
「ほっほ。歳はあんたさんの方が上かもしれんがの。親としての経験はワシの方が上じゃな」
そうやって農家のお爺さん達と話していると、隣で「ぷはーっ!
「アネモネ? 食べ終わった時はどう言うんだっけ?」
「あ、頂きました! ですわ!」
「うん、よろしい」
別に娘にまでカラマ神教を強要するつもりはないが、自然と共に生きるエルフ族として、自身の
別に私がいつもやっている「今日もお恵みをありがとうございます。この糧をこの身、この心に
前世では、子供の頃は手を合わせて「頂きます」「ごちそうさま」と言う習慣はあったと思う。しかし社会に出て、仕事に追われるようになると、いつの間にか言葉はなくなり、次第に気持ちもなくなっていったように感じる。
記憶はほとんどない。ないのだが、何となくそんな想像をしてしまう。ただお腹を満たすだけ。栄養を摂るだけ。そんな
「食べ物というのはいくらでもある訳じゃないの。土があって空気があって水があって。日差しがあって暗闇があって。暑さがあって寒さがあって。沢山の自然の中で成り立っている恵みなのだから、大事に食べようね」
「分かりましたわ!」
自然の存在そのものである彼女には伝わるだろう。笑顔で答えた娘の頭をそっと優しく
「これも美味しいですわ!」
いつの間にかコルヒジャムという物を舐めていた。
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