87頁目 観光と曰く付きの広場

 店を出ると、思ったよりも時間は経っていないのか、それともこれが休日の風景なのか、通りの人の往来おうらいはまばらであった。

 喫茶店の食事はとても美味おいしく、アネモネもあっという間に平らげてしまった。しかし、あの量でも私の胃袋は少々重たい。流石さすがにあれだけマヨネーズやら脂肪分しぼうぶんの多いミルクやらを使った料理を摂取せっしゅすれば、胃もたれするのは仕方のないことである。決して私が歳だからとかそういうことではない。絶対だ。まだ元服げんぷくしてから二〇年とほんの少ししか経っていない。

 私と同じ物、いやそれ以上に高カロリーな物を口にしていた他のお客さん達は平然と、それも結構な量を食していた。どう見ても普通の人間や獣人で、見た目も相応のお爺ちゃんお婆ちゃんだったのだが、あれが普通なのか。


「胃が重い……」

「お母様? 大丈夫ですの?」

「うん、食べ過ぎたわ」

「わたくしはまだ入りますわよ?」

「へ? え? あれ、どこに入っていくの?」

「お腹の中ですわよ?」

「あ、うん」


 深くは問わないことにしよう。うん。

 それにしても、この国の人達があれだけのカロリーをあの量を食べてケロッとしているのは、大体予想が出来る。前世でも似たような国があった。ロシアやカナダ、北欧といった北の方の国々だ。寒さから身を守る為に体内でエネルギーを燃焼させるべく、燃料としてマヨネーズといったカロリーの高い物を好んで摂取するということをテレビか何かで見た覚えがある。

 このライヒ王国も例に漏れず北の方の寒い大地だ。どれだけの国の大きさがあるのかなどは、地図がないので確かめようもないが、この国よりも北には国がなく海があると聞いているので、想像よりも広大なのかもしれない。

 カロリーの高い物と言えば糖分もそうだが、この寒い土地で育つサトウキビはなく、またカブラなどの根菜類から砂糖を抽出ちゅうしゅつする技術も少ないことから、他国からの輸入に頼るしかない。主にベベリー王国からの陸路か、エメリナ王国からの海路もしくは陸路となる。

 その他に糖分となると、ハチミツかリュシオリスに限られる。サトウカエデは寒い地域でも育ち、その樹液はメイプルシロップとして前世では知られていたが、この世界では未発見なのか、それともそもそも存在していないのか、いずれにしても私は見たことも聞いたこともない。ただ、樹液自体は種類にもよるが魔法薬ポーションの素材として活用出来る為、薬師くすしの経験がある人は食料としてではなく、素材であったり、そのものが薬の役割を持ったりすることから採取さいしゅをしていることが多い。そして、それはあまり他の人達に知られていない。何故なぜなら、そういった素材となる樹液を出す木が生えている場所は大概が怪物モンスターなどが住む森である。

 私のように冒険者と薬師を兼任している人もいるにはいるが、大半の薬師はやはり自身の工房を構えて、経営をしていることが多い。となると、そう簡単に怪物がいるであろう森に足を踏み入れる機会もない。そのことから、薬師の間では素材になることは知られていても、わざわざそれを手に入れようとする人はいない。危険だからだ。

 一応、採取依頼を出して冒険者に採ってきてもらうことも出来るが、依頼の申請費と報酬を加味するとあまり積極的に使おうという人はいない。それに、中級までの魔法薬なら大体代替だいたい素材があることから、そちらを使用するケースが多い。

 冒険者兼薬師であれば森を行くことも多いので、旅の途中で採取することも出来るとして数は少ないながらも、それなりに樹液の存在は知られている。


「じゃあ次はどこ行こうか?」

「んーあちらが面白そうですわ」


 今日は町中まちなかを散策、観光する目的で朝から町へ繰り出していることを忘れてはいけない。喫茶店でコーヒーもどきを飲んだだけで一日は終わっていない。むしろこれからである。

 私は娘に手を引かれ、彼女の興味のおもむくままに町を歩き通した。

 しかし、本当に広い町である。人口も流石王都だけあってかなりいる。と言っても、前世の日本の主要都市どころか地方都市にも満たないだろうが。こちらの世界では、一つの町に一〇〇〇〇〇人前後もいれば十分大都市として認識されている。

 ジストの王都であるレガリヴェリアで大体それくらいか、あるいはもう少し上程度だ。まぁジストの場合は、北西のシトン、南部のガルチャといった地方都市に人口が分散している上に、大小様々な部族、集落が点在していることから国そのものの総人口はおおよそ三〇〇〇〇〇から下手したら四〇〇〇〇〇人以上はいるのではないかと思われる。

 前世の感覚で言えば、一国で四〇〇〇〇〇人は少ないと思うし、実際に国土から見たらその人口の少なさは顕著けんちょだと思う。国の広さを算出するとなると、ちょっとどころでなく非常に難しいと思う。まぁ国は知っているはずだ。何故ならどの国にも必ず観測系、測量系の魔法を持った人がつかえている為である。

 町は他の都市と同じように、周囲を丈夫な城壁で囲まれている城塞都市であるが、特に南部のダンビの森に接する部分に関しての防御はとても強力で、他の城壁と比べると、その高さはおおよそ一.五倍。幅もそれに合わせて二倍近くに拡張されている。

 城壁の幅に関しては、入国の際に何となく目測だが見当を付けていた。これでも弓矢や狙撃銃ライフルを扱う狙撃手だ。本物の測量士のような超広範囲の測量は無理であるが、ある程度の距離までで目の届く範囲であれば多少のズレはあっても、概ね正しい長さを算出出来る。

 ただしこれは私の長年の経験による勘に頼るところが大きく、正確に何ナンファルト、何ナニファルトと計算出来る訳ではない。私は元々数学が苦手だ。三角関数なんて忘れたよ。三角測量? 何それ?

 こんないい加減だから、まれに目測を誤って二度、三度程ズレることがある。だが、ほぼ当たっているので問題ないはずである。ちなみに二発目は修正しているので必中だ。あくまで当たるというだけで、有効部位を貫けるかで言ったら別の話である。


「それにしても、何であんな森のすぐ横に町を作ったのかな?」

「駄目なんですの?」

「駄目ということではないけど、基本的に主要都市というのはそこまで発展させる為に、交通の便や物流の確保などをしないと、人も物も集まらなくて大きい町にならないの」

「エメリナはそうでしたわね」

「覚えているの?」

「勿論ですわ。海の横にあった大きな町ですわ」

「そうね」

「そしてジストのことも覚えていますわ」

「ジストの王都は少し特殊ね。西側すぐには危険なタルタ荒野が広がっているし、物流もそこまで良い訳ではない。西のシトン、隣国のベベリーからの物はどうしても荒野を越えてこないといけないし、北にはウェル山脈があるから論外。そうなると東と南しかなくなるけど……南の街道はしっかり整備されてはいるからガルチャまでは大丈夫。ただ、更にその南のソル帝国とはあまり国交がなくて、言わば冷戦状態。にらみ合いよ」


 ルックカはカヨレハギユ山脈から仕入れた膨大ぼうだいな鉱石を取り扱っている。そこからの物資を含めて、国の各地から細々とでも集まる鉱石のたぐいは、ジストにとっては生命線である。

 今では親密な仲であるエメリナであるが、ジスト王国建国当初は仲が悪く、国の防衛ラインをくべく今の位置に王都を造ったとされている。もう一〇〇〇年以上も昔の話だ。それからしばらく、数百年の間は大小様々なぶつかり合いがあり、戦乱の世が続いた。

 ただ、あまりにも長すぎる戦争であったことから、互いに疲弊したことで停戦。以来、今度は互いに協力して復興、発展していこうと握手をしたのが、私が生まれるよりもはるか昔。それから現在いまいたるまで友好国を保っている。


「国というのは難しいのですわね」

「そうね。国に属するという感覚のない亜人である私達からすれば、いささか難しい話よね」


 一生を里の仲に引きこもって過ごすというのであれば、国というものを知らなくても問題ないだろうが、私のように外へ出ることを決めた以上は、多かれ少なかれ国と関わらなければ生きていけない。自由に行動する為に、国という巨大な組織に縛られる。

 矛盾だろうか。それとも一貫性があるだろうか。どう捉えるかは人それぞれである。しかし、前世を知っている私からすれば国に属するということ、会社に属するということに違和感はない。好きかどうかで言えば別の話だが……だが、他の亜人からすれば、あまり関わりを持たない種族など特に国という概念がいねんは理解が出来ないだろうと思う。

 エルフ族などそれのさいたる例だ。変化のない、ひたすら長い寿命をただ過ごす種族と言ってしまえばそれまでだが、欲が少なく外とあまり関わることもない。人間側から積極的に関わろうとしなければ、いつまでもずっと引きこもったままほろびまで真っ直ぐ突き進んでいたのではないだろうか。


「難しい話は置いといて、今は観光を楽しみましょう?」

「そうですわね。わたくし、あれ見てみたいですわ」

「どれ?」

「あれですわ」


 カラフルな建物が乱立する向こう側に、何もない。ただ平らな石を敷き詰めただけの巨大な広場があった。


「広場? 何か特別な場所なのかしら?」

「ですが、何だかワクワクしますわ」

「そうなの?」


 私には分からない感覚だ。手記をまとめる度をしている私が、この広場を見た時の真っ先に脳裏に浮かんだことと言えば、この広場の歴史と出来上がった経緯などのこの土地の記憶である。しかし、娘はただ見て面白いと言う。歴史関係なく面白いと言える物が、ここにあるのだろうか。私は首を傾げるが、アネモネは両手を広げて「わーい」と走り出してしまった。


「周りの人達に迷惑にならないようにね?」

「分かっていますわよー!」


 実に楽しそうにクルクル走り回っていた。

 私はそれを横目に、近くを通り掛かった人にこの広場について話を聞いた。


「あぁ、ここね。今は使われていないけども、一〇〇年程前までは、ここは処刑場があった場所なんだよ。ほら、あの中央にある塔、あれは当時ここで処刑された人達の魂が収められているとされる慰霊碑いれいひだよ。まぁ今ではただの子供達の遊び場のような場所だがね」


 そうやってアネモネと一緒に遊ぶ子供達を見つめる。

 私も同じように彼女達を見ながら考える。あの子、もしかしてここで多くの人が命を落としたということに興奮してる? そうでないことを祈るしかない。もしそうであれば、戦闘狂バトルマニアではなくただの精神異常者サイコパスである。

 何とも言えない気持ちで、私は彼女達が走り回る様子を眺めるのであった。

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