77頁目 赤いユリと蔓鞭植

 何度目かの休憩をはさむ間に、すっかり夜となっていた。

 休憩のたびアネモネ魔剣ノトスには、土魔法で周囲の様子を探ってもらう作業を行ってもらい、その都度つど、私が魔剣まけんに魔力を補充することで消耗しょうもうおさえる。

 剣と精霊との間には、別に有線で繋がっている訳でもないのにも関わらず、どういう理屈か魔力の行き来が出来ているようだ。一体どういう仕組みなのか疑問に思う。

 日が沈み始め、暗くなってきた時点で、犯罪者のギンゼルさんが光魔法で光球を生み出してくれたことで、ぼんやりとだが周囲の様子が視認出来、活動することが出来ている。

 任意の場所に光球を出せて光量も調整出来るので、ギンゼルさんのような職人にとっては暗い場所での作業で非常に重宝する魔法だろう。音魔法に関しては、集中する為に周囲の余分な音を遮断しゃだんするのにしか使っていないとか。勿体もったいない。


「そろそろね。アネモネ、お願いね」

「はいですわ」


 声量をおさえてヒソヒソ声で話す。

 アネモネは魔剣ノトスの精霊だ。そしてノトスとは前世のギリシア神話に登場する南風の神様の名前。その神の名に恥じない能力ちからを彼女は持っている。今回は風を少しだけあやつってリュシオリスの匂いを探るのに使う。


「おぉ、風魔法も使えるのか」

「むしろ、この子は風の方が得意ですね。私も風を使うのですが、残念ながら足下にもおよびません。本当に天才です」

「すごいな」

「自慢の娘ですから」


 ここで、私が使える魔法を風と言語の二つにしぼることにした。少なくとも彼の前では、回復も雷も使えないことになる。別に制約がある訳ではないが、後々に面倒になることを考えれば、黙っていたい。


「こっちですわ」

「そのようね。ギンゼルさん、匂い分かりますか?」

「あぁ何か甘い匂いだな。これがそうか?」

「はい。蔓鞭植セフィラントタラスにも気を付けなければいけませんが、夜ですので夜猛鳥カヤラナンスにも気を配る必要があります。特に、リュシオリスの咲く範囲は夜猛鳥の縄張りであることが多いので、十分警戒して下さい」

「あ、あぁ、分かった……」


 アネモネが先行して、その後を私とギンゼルさんが付いていく形だ。基本三角形のような陣形だが、幅がせまい場所は私が後方に付くことで索敵さくてきに穴が出来ないように配慮はいりょする。

 しばらく進むと、目的の花を発見する。


「薄い赤色ですね。ジストでは白色でしたが、近縁種きんえんしゅでしょうか。名前も同じようですし。あ、見て下さい。蜜が垂れていますね? アレをびんに詰めます。ただし、花やくきには触れず、垂れる蜜を直接瓶で受け止めて下さい。花などを傷付けると、たちまちに腐って刺激臭を放つので、面倒なことになります」

「わ、分かった」


 緊張した面持おももちで瓶を取り出した彼は、震える手を押さえ付けながら慎重に蜜を採取していく。慣れないと難しいからね。しかも彼は冒険者ではなく鍛冶師かじしなので、このような経験はまずないだろう。

 瓶一本分の蜜を採取出来たところで、すみやかにこの場所を離れることにする。


「出来るだけ急ぎましょう。ここは夜猛鳥の縄張りですが、その他にも蜜の匂いに誘われて様々な野生生物が寄ってきます。それらと遭遇そうぐうする前に、ここから離れるべきです」

「あ、あぁ」

「アネモネ」

「道案内はお任せですの」

「お願いね」


 来た道を戻ろうとした時に、アネモネの足が止まった。


「アネモネ?」


 疑問を口にするが、私は既に警戒態勢に入っていた。何か来る。


「残念ですが、怪物モンスターのようです」

「なっ……」


 すぐにしげみをかき分けて、一体の怪物が姿を現した。


狼鳥竜ヴィオニトニクスですか」

「おいおい本当かよ」

「お母様、四体ですわ」

「意外と少ないわね。まぁ蔓鞭植のいる森だからね。食べられたか元々少数で活動しているか。周囲の様子に気を付けて、迎撃げいげきよ」

「はいですわ」


 その瞬間、アネモネから魔力があふれ、突風が巻き起こる。周囲の様子に気を付けてと言ったのに、本当に戦闘狂バトルマニアなんだから……元の素材が翡翠鳥カワセミだから仕方ないのかな。

 風がうずを巻いて立ちのぼり、それによって巻き上げられた砂粒や土がアネモネの魔力に反応して形作られていく。彼女の周囲には、狼鳥竜と同じ数だけの土の剣が四本浮いていた。


「なっ……」


 驚きで言葉が出ないギンゼルさんを放っておいて、私は弓矢を構える。先程からエルフ族特有の長い耳にキンキンと超音波のような高音域の音が響いていた。非常に聞き取りづらいが、間違いない。夜猛鳥である。恐らく縄張りに侵入してきた狼鳥竜を追い払いに来たのだろう。

 音を頼りに、暗闇へと矢を放つ。風を切る音がしたと思ったら、何かが刺さる音がした。命中だ。しかし、姿が見えないので、どこに当たったのかまでは確認出来ない。

 一方で、アネモネは狼鳥竜四体とぶつかり合っていた。すでに一体に傷をわせていることに驚きだが、四体の巧みな連携に思うように急所が狙えず、文句を言っている。自由に戦わせればすぐに終わるのだろうが、生憎あいにくと今はギンゼルさんの護衛任務みたいなものだ。彼を守りながらの戦いなのでその場から離れられず、もどかしい様子である。


「お母様」

「駄目よ」

「えー」

「えーじゃないわ。目的を履き違えないで」

「ぶー分かりましたわ」


 ほおふくらませながらも、ちゃんと素直に聞いてくれる。良い子である。

 一応、ギンゼルさんもただ守られている訳ではなく、光魔法でいくつか光球を生み出して周囲に展開することで、昼間程の明るさは望めなくとも、戦闘を行うには十分な光量を得ることが出来ている。

 私達の方に、私達とは違う風が飛んできた。夜猛鳥の風魔法だ。直接傷を付けるような効果はないが、その風によって私が放つ矢の軌道きどうを変えられたり、威力いりょくを弱められたりしてしまっている。

 ならばと、抜剣ばっけんし魔剣ノトスを構える。精神は完全に精霊であるアネモネに移っているはずなのだが、どうやら久々の出番に嬉しい感情があるようで、アネモネの風が剣から吹かれている。


陣風じんぷう


 呪文は無詠唱むえいしょう。最後の魔法名だけ告げるのみ。そもそも風魔法使いではない私だ。なので、一々詠唱をとなえる意味はなく、全ては私の思いをむノトスの裁量さいりょうである。

 剣をフェンシングの突きのように前へ押し出し、その勢いにせてするどい風を放った。感触からして直撃はしなかったものの、相手の体勢を崩すことには成功したようだ。あかりをけているのに、姿がほとんど闇に溶け込んでいて見えないというのは厳しい。

 姿はぼんやりとしか認識出来ず、羽音もしないので、超音波のような高音の鳴き声を頼りに位置の予測を立てる他ない。雷魔法の応用で索敵用である電流網センサーを用いれば正確な場所を把握はあく出来るだろうが、今は雷魔法を封印している。別に使ってもバレないと思うが、何かの拍子ひょうし露見ろけんすることもあり得るので、あくまで負けない戦いを繰り広げることに集中する。

 アネモネの方は、二体目に傷を負わせることに成功したようだが、それでもまだまだ四体ともピンピンしているようで、引っ切りなしにアネモネに襲い掛かっている。四体全ての攻撃を、その場からほとんど動かずに全て対処し、自身は傷一つ付いていないので本当にすごいと思う。

 時折、狼鳥竜がギンゼルさんや私を襲う素振そぶりを見せても、ぐさまに土の壁を形成するなどして妨害してくれているので、こちらは夜猛鳥に集中することが出来ている。

 と、ここで、アネモネが何かひらいたのか「そうですわ!」と元気良くうないていた。


「どうしたの、アネモネ?」

「お母様、もういっそのこと、アレを使いますわ」

「アレ?」


 何のことだろうか。

 疑問が解消さぬまま、彼女は行動を起こしていた。


「そいやーですわ!」


 空中で振り回される剣にはじき飛ばされた個体は、空中で体勢を立て直して、少し離れた位置に着地した。その瞬間。


「「は?」」


 思わず私とギンゼルさんは声を出してしまった。何と地面に降り立ったはずの狼鳥竜の姿が消えたのだ。そしてそれからすごく嫌な予感がする。周囲の木々や地面をっている植物のつるのようなものが動き出し、私達の周りを囲ってしまった。


「嘘ぉ!」


 思わず叫んでしまった私は悪くない。

 こんなにも近くにひそんでいただなんて、うっかり蔓を踏まなくて良かったと思うと同時に、この状況どうするのよと思ってしまう。

 元気にうごめく蔓に動揺どうようしたのか、残り三体の狼鳥竜の動きがにぶくなっている。私が対峙たいじしている夜猛鳥も、先程まで風の飛ばし合いを行っていたのだが、今は相手から風が飛んでくる様子もない。むしろ巻き込まれたくないとその場を離れるようだ。

 私は息を吐いて、右手に魔剣をにぎったまま周囲を見渡す。どうするのよ。これ。

 そう思っている間に、動きの鈍った三体を相手に果敢かかんにも小さい身体で突撃をカマした我が娘アネモネは、すれ違いと同時に一体を切り伏せ、残り二体も蔓鞭植の蔓攻撃とアネモネの攻撃にさらされて次第しだいに逃げ場を失い、最後には一体が蔓に巻き取られて植物のえさに、もう一体はアネモネが首を切り飛ばして終了となった。

 いや、終了ではなかった。


「どうするのよ。これ?」


 先程思ったことを、今度は口にする。

 周囲に展開された蔓鞭植の迷路。しかも壁に触れた途端とたんにゲームオーバーという鬼畜きちく使用。壁だけでなく地面にも蔓が伸びているので、下手へたに動けない。

 かといって、あせりはあまりない。私とアネモネ、二人の魔法や武器をフルに使えば難なく突破出来るだろう。私が異端いたんであるという称号を同時に得ることになるが。


「それで、アネモネ? 何か手段があるの?」

「ありませんわ」

「ないの?」

「んーないこともないですわ」

「ハッキリしないわね」

「捕まらなければ良いのですわよね?」

「まぁ、そうね」

「それでしたら、捕まえる蔓を全部切り落としちゃえば良いのですわ」

「それが出来るのかどうかは聞かないわ。出来るから言っているのだろうし。だけどね、あまり周りの自然を壊して欲しくないかなぁって……」

「無理ですわ♪」

「えー……」

「お母様言っていたじゃありませんか。わたくしの名前はどこかの国の神話に登場する破壊の風の神の名前ですわって」

「まぁ、うん」

「その名に恥じぬ素晴らしい働きをしてみせますわ!」

「あぁ、はい。もう好きにして……」


 もう娘の暴走を止めることは出来そうにない。

 周囲が蔓で囲まれて逃げ道はないにも関わらず、親子二人でなごやかに会話をしている様子を見てギンゼルさんが慌てた表情で詰め寄ってきた。


「どうするんだよ。このままじゃあ死んじまう! どうやって逃げるんだよ!」

「さぁ?」

「さぁって……」

「私の娘が何かを思い付いたようですので、とりあえずお任せすることにします」

「そんな無責任な」

「まぁ周囲を、この綺麗キレイな自然の景色諸共もろとも破壊してしまうようですので、呆れてしまいますが。今度はそこのところもちゃんと教育しないといけませんね。聞いてくれるかは分かりませんが」

「はぁ?」


 私達が会話をしている間にアネモネの準備が整ったようだ。彼女から「頭を下げて下さいな」と言われたので、ギンゼルさんの頭を抑えて地面に押し付けて、私も姿勢を低くする。すると突然竜巻が発生した。

 ものすごい轟音ごうおんを立てて天高くまで巻き上げられた風によって、周りの状態をうかがうことは出来ない。

 ここは丁度、竜巻の中心部であるが、風の影響はほとんどなくおだやかな、まるで台風の目の中にいるような感覚であった。

 風がんだのは平常時の私の心拍数で三〇回程経った頃。前世時間にするとわずか一分半といったところか。

 夜中である為に詳しい状況は分からないが、どうやら結構広い範囲を荒れ地の更地の空き地に整地してしまったようだ。草木は勿論、蔓鞭植も細かく切りきざまれて、原型が残っていない。

 私は、やはりかと呆れて溜め息をくが、隣でいつの間にか立っていたギンゼルさんは、周りの変わり果てた姿にただ呆然と立ち尽くすのであった。

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