76頁目 ダンビの森と規制の経緯
「全く、
「ごめんね。つい夢中になっちゃって」
「いくらお母様でも許しませんわ」
「ごめんね。木の実一個あげるから」
「二個……ですわ」
「分かったわ。二個ね。はい」
「ん、許しますわ」
先程のライヒ王国の罪人ギンゼルさんと話し込んでいたことで、すっかりほったらかしにされていた
相変わらず
「親が美人だと子供も美人なんだな」
そんなやり取りを見ていたギンゼルさんの
「それじゃあ行こうか。アネモネも靴ないけどしっかり歩いてね?」
「大丈夫ですわ! むしろ、このままの方が歩きやすいですわ!」
「それはちょっとね……
「はーいですわ」
「お待たせしました。それでは行きましょうか」
「あーその子、靴は良いのか?」
「
「そうか。いや、大丈夫なら良いが」
お酒を飲んで暴れた犯罪者。しかし、アルコールが抜けているだろう今の彼は気遣いの出来る良い大人だと思った。まぁ普段は善人なのに、お酒を飲むと人が変わるなんて例は前世でもいくらでもあったし、それで連日連夜事件として報道された時もあったと思う。
「一応確認ですが、案内はお願い出来ますか?」
「いや、俺も初めて入るから分からん。リュシオリスの蜜が夜に咲く花から
予想は出来ていたので驚きはない。冒険者でもリュシオリスの採取を引き受ける冒険者は少ない。夜の森はライヒやジストに限らず、危険であることに変わりはないのだから。
ハチミツだって主にミツバチの巣から
「分かりました」
私は周囲を軽く見渡し、ギンゼルさんが来た方角を確認し、視覚だけでなく音や匂いで周りの様子を
大体当たりは付けられたが、確証はない。それにここは慣れたルキユの森でもキダチの森でもない。全く見知らぬ土地の森なので、私の常識が通じるとも限らない。
「アネモネ?」
それだけで察したのか、彼女も
「お母様の予測は正しいと思いますわ」
「ありがとう」
そしてギンゼルさんに顔を向け、手を繋いでいない左手で進行方向を指差した。
「恐らくこちらにあるはずです」
「分かるのか?」
「エルフの勘というものです。生まれてから百数年、ずっと森で過ごしてきましたから、ある程度の経験による法則から導き出しただけです」
「え、そんなに歳……」
「熟女ではありませんよ」
「いや、言ってねぇし」
周囲を警戒しながら移動を開始する。
ただ、ずっと黙ってというの
「この森に生息している怪物についてですが、何か知っていますか?」
「それなら有名だ。
「は?」
思わず足を止めてしまう。
「蔓鞭植って、荒野や砂漠などの暑く荒れた地域で生息していることが多いのですが、この寒い地域の、しかも森の中にいるのですか?」
「そうなのか? 俺達は生まれた時からこの森には恐ろしい植物の怪物がいるから入ってはいけないと教えられてきたから、他の国のことは知らないな」
マジか……普通に堂々と歩いていた。一応
「知らなかったとはいえ、少々警戒が甘かったようですね。最初にその情報を得るべきでした」
「いや、何かすまん」
「大丈夫ですよ。まだ襲われていませんし、これからも襲われるつもりもありません」
私の索敵能力は半径五〇ファルトと
「はい。わたくしにお任せ下さいですわ」
彼女がいる。
自信満々の我が娘は、繋いでいた手を離して地面に手を置く。すると魔力が流れるのを感じる。元々私の魔力だったからか私は知覚出来ているが、ギンゼルさんからすれば何が何だか分からない様子。
アネモネは首から
本来ならそこまでの術者になるには相当長い年月の修行が必要なのだが、元々自然、風を
案の定、目を閉じて集中していた彼女はゆっくりと目を開けて、見えない何かを見つめるように森の奥をぼんやりと眺める。
「分かりましたわ」
「距離はどのくらい?」
「分かりませんわ」
「え?」
どういうこと?
「距離というのは、普段お母様が使っている”ふぁると”とか言うものですわよね? わたくし、数字が分からないので、その、ふぁると? というのも分かりませんわ」
「そ、そっか」
そういえば、彼女には数字も単位も教えていなかった。どうしようかと思っていたら、土を
「大丈夫ですわよ。地形は分かりましたので、近くに来たら教えますわ」
「分かったわ。ギンゼルさん、大体の位置は把握しましたので進みましょうか」
「その子、何者なんだ?」
「私の娘ですよ。ただ、私よりも魔力があって、魔法の扱いも私よりも
「うへぇ……」
軽く引かれたが、気にしない。
それから半刻程、アネモネの案内の元で
全員が全員死亡か行方不明となった訳ではなく、中には無事に突破して無罪を勝ち取った例もあるらしい。
もしかしたら突破出来るかもしれないと、希望を持たせることで、後々に絶望を与える。何とも
一応、簡単な装備は支給してくれるらしいが、大体が
私やアネモネのように周囲を探る手段があれば、もしかしたら脱走も可能なのかもしれない。
「ところで、ギンゼルさんの魔法は何ですか?」
「ん? あぁ、まだ言ってなかったな。光魔法と音魔法だ。と言っても、ほとんど使いこなせない。というか使いこなす場面がなかったからな」
「職人さんですか? それも、
「驚いたな。分かるのか?」
「はい。筋肉の付き方と歩き方からの大体の予想ですが」
「歩き方?」
「はい。長時間同じ姿勢で座っての作業。しかも力が必要ですから、自然と踏ん張るのに
「はぁ、すごいもんだな。それもエルフの能力か?」
首を振って否定する。
「いいえ、これは長年色々な所で、色々な人と接してきた経験ですよ」
その返答に、彼は「ほぅ、やはりすごいもんだな」と感心した様子であった。
しかし、だとしたら本当に勿体ない。見た目は中年の人間族の男性。鍛冶師はドワーフ族が半数を
真面目な人がちょっとしたことで人生を棒に振るう。何と勿体ないことか。
私自身、お酒は飲めるものの、
まぁ変に
というか、絡み酒以外は全部犯罪だから。絶対に許されないから。特に最後のは人を人として見ていない最低な行為だからね。同じ女としては許せない。そんなに溜まっているのであれば、魚人島に行くと良い。無料であれやこれ、色々楽しめると思う。
なお、絡み酒も言動によってはセクハラなどになるので注意。むしろ絡んできた時点でセクハラになることもあるかもしれない。この世界にはセクハラという
だが、今回の件は妻子の目の前で国王が殺されたのだ。王国である以上、王の最終決定には首を縦に振るしかない世界。禁酒法が出来るのは仕方のないことかもしれない。
禁煙法も……まぁ、依存すると自身の身体を
ちなみに、この世界の
前世での国や地域によっては、煙草の煙で
まぁ今回の密造酒のように、薬物関連は規制しても裏で取引されていることが多いので、表に出てこないだけで実際は……何てこともあるだろう。
インターネットもテレビもない世界だ。辺境の村や集落でならバレることはないだろうから、ヒッソリとやっているかもしれない。兵士の巡回とか? 真面目な兵士でなければ
「規制してもあなたのような例がありますが、かといって認めても事件になる。難しいですね」
「いや、反省している……本当に……もし、無事にこの森を抜け出して、それで無罪になれたら、ちゃんと断酒する」
「いや、法律で規制されているのですから、そもそも普通に生活していたらお酒に出会わないと思うのですが」
「そ、そうだったな」
大丈夫だろうかと思うが、結局は
夜になるまで、残り数刻。
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