78頁目 国王代理と入国許可
時間は明け方近く。途中までは
アネモネはすっかり深夜の戦闘で気分が良くなったのか、ルンルン気分で歩いているが、あの自然破壊を今後はしないように注意しておいた。聞き入れてもらえるかは……このテンションの高さを見ると難しそうである。
「期限は朝までとのことですが、見たところ城門は閉じられていますね? どうされるのですか?」
「あぁ、決まった回数を決まった速さで叩くんだ。元々この門は開かれない。だが、町から不用意に侵入する人が来ないように常に兵士が門の前に二人。そして城門周辺を複数人で巡回している。だから、誰かが気付くはずだ」
「いい加減なのですね」
「まぁ元より戻ってくることがないからな。何も素材を得ることなく戻ってきたら処刑確定だし」
「それはまた
確かに、城門前とはいえここはダンビの森の中、大声で呼ぼうものならたちまちに周りに
私達は少し離れた位置で、そのギンゼルさんが門の横にある扉を叩く様子を視界に
「まさか、おい、ギンゼルが戻ってきたぞ!」
扉は開けられ、中から兵士が驚いた表情で覗き込んできた。ギンゼルさんは指定の素材、リュシオリスの蜜の入った
「これを」
「まさか本当に? いや、分かった。ちゃんと正しい素材か見させてもらう」
それなりの地位の兵士なのだろうか。先程から話している内容が、ちょっと、何だか少し偉そう。まぁ悪い感じはしないし、犯罪者であるギンゼルさん相手でもちゃんと接しているので、悪い人ではないのかもしれない。
彼等からは離れた位置で様子を見守っていたが、自慢の聴力のおかげで話は筒抜けだ。
すると、兵士が入門の許可を出した。この時点でギンゼルさんの罪は帳消しとなった。その時に、彼は後ろにいる私達を指差して事情を説明し始めた。そこで初めて私達の存在に気付いたのか、ギンゼルさんが現れた時以上に酷く驚いた顔をしていた。
「あぁ、そうだ。何でも山脈を越えてエメリナから来たそうだ」
「ウェル山脈を越えたというのか、あの二人だけで」
「そうらしい。どうやらエルフ族らしいから、山脈に暮らすという噂のエルフ族じゃないかと思うんだが」
「うーん、これは少しワシの手に余るな。すまんが、上に確認を取るから少し待っていてくれ。あ、
「分かっている。中に入れてもらえるだけでも大助かりだ」
「じゃあ入ってくれ」
「おう」
話はまとまったのか、ギンゼルさんが笑顔で手招きしてくれた。全部聞こえていたのだが、今言う必要はないだろう。
つまり、エルフ族とほとんど交流のないと予想されるライヒ王国、少なくともここ王都スクジャでは、エルフの外見以外の特徴や特性を知っている人は少ないと思われる。
何はともあれ、町へ入ることを許された私達は扉を
「人がいっぱいいますわ」
「そうだね」
「建物もいっぱいですわ」
「アネモネは町を見るのは初めて?」
魔剣ノトスの頃から意識はあったと言っていたが、
「えぇと、何となく……ですの? うーん、
「大丈夫だよ。ありがとうね」
門にもたれ掛かって親子の会話を楽しむ。ギンゼルさんは疲れ果てたのか、座り込んでうつらうつらとしている。
時折、近くを通る人が私達の姿を見て、視線を
やはりエルフ族は見慣れていないと、初見時は驚かれてしまう存在らしい。私はこの反応にはもう慣れたし、アネモネはそもそも気にすらしていない。
それから
「ギンゼルさんもどうです?」
「あぁ、すまない。ありがとう。って、エルフ族の食事はこうも
「まぁ旅の中の食事ですからね。定住地とかでしたら、ここに野草や趣味で園芸をしている同族から分けてもらった野菜や果物、
「俺ではちょっとその生活は無理だな」
「まぁエルフ族は元々小食ですからね。この程度でも十分です」
「へぇそうなのか」
そうやって雑談をしていると、先程の偉そうな兵士が、何やら馬車と十数名の兵士を引き連れて戻ってきた。何やら面倒くさい流れだなと思うも、
集団は私達の目の前で停止し、ゾロゾロとウマから兵士が下りてくる。そして最後に
周囲を兵士が警戒する中、堂々とした
隣に立つギンゼルさんは、硬直しているのに震えるという器用な
目の前に立った男性は、視線の
「カウラージ・オム・ライヒだ。この町の
予想通りだが、まさか本当に国王が自らやって来るとは。
返しとして、
「まさか国王ご本人が現れますとは。紹介が遅れました。私はフレンシア。こちらは娘のアネモネと申します」
「代理だ。しかしエメリナから来たと聞いていたが、その礼は……確かジストだな? ジスト出身か?」
「はい。ジストで生まれ育ち、世界を旅するべくエメリナにも訪れました。えぇと、国王代理もジストを訪れたことがおありで?」
「いや、
頭を下げたまま質問に答えていく。
しかし一人称、某なのか。実際のライヒ語にすると別の言語であることは理解しているが、私の耳に入り、変換される言葉はそれなので、そんな感じの堅苦しい一人称なのだろう。
隣をちらりと見ると、アネモネも私と同じように片膝を着く格好をしていた。
アネモネには私達の会話は分からないはずだが、とりあえず私の
しばらく世間話をした後に「さて、本題だが」と国王代理が切り出した。
それを聞き「ゴクリ」と
「そんなに緊張しなくとも良い。先程の会話で、お主が嘘を
「えぇと、彼の命を惜しんだという訳ではありません。それに会ったばかりですし、その罪に関しても異国人の私が口を
「ほう?」
「彼の話を聞くに、森側から扉を開けてもらう為には適切な手段で扉を叩く必要があるとか。私はそういったことを知りませんでしたので、もし私と娘の二人だけでしたら仮に門まで辿り着けたとしても中に入れなかった可能性が高いです。怪しいですからね。いきなり山脈を越えてこのダンビの森でしたか、それを突破して町に入れて下さいと言われて素直に入れる方が、町の国の防衛を
「その為にその男を利用したと?」
「出会ったのは本当に偶然です。しかし、町のことをよく知る彼の協力があれば、町に入れる可能性が高くなることを
「なるほど」
一通り話を聞いた国王代理は、考え込むような仕草をしているように思う。ずっと頭を下げたままでの対話なので、どのような表情をしているのかなどは分からない。チラリと左隣を見ると相変わらず
あの土下座の姿勢、本当に謝罪の意味の姿勢なのかもしれない。
「うーむ、試練を突破すれば無罪とは禁酒禁煙法を施行した際に記載されていたことであったが、そこに外部協力者がいてはならないとは定められていなかった。何せ前例もなければ、誰が町側からではなく山脈側から侵入してくると予想出来ようか」
そこで言葉を句切り「ふぅ」と息を吐いた。
「今回のことは不問とする。ギンゼルと言ったか、お主は規定通りに無罪とする。しかし、また法に
「は、はい! 誠に申し訳ありませんでした! ご
地面すれすれにあった頭をとうとうこすりつけてしまった。自身の命の
「うむ。で、フレンシアと言ったか。お主はまだ何か要求があるのではないか?」
「……え?」
「某の目は誤魔化されんぞ。
「はい。失礼ながら申し上げます。その前に一つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「何か、文字が書かれた物。何でも良いのです。それを貸していただきたいのです」
「何に使う?」
「いえ、ただ、読むだけです。読めれば……ですが」
「ふむ? おい」
「はっ」
「ありがとうございました」
「何かあったのか?」
「はい、確信したとも言えますが……私は言語魔法が使えます。現にギンゼルさんや国王代理とこうして互いの
「
「恐らくは。ジストにいた頃も、話は出来ても文字の読み書きは出来ませんでしたので、きっとそうなのでしょう。元々エルフ族は文字の読み書きが出来ない種族として有名です。確証はありませんが、恐らくそれが関係しているのかと」
ほとんど全てが出任せ、嘘である。しかし仮に転生特典で会話は問題なく行えるのですなどと言って、信じてもらえる方があり得ない。それに、このでっち上げの方がより
「話は分かった。そして、お主の要求もおおよそだが見えてきた。しかし、お主の口から直接聞きたい」
「はい。彼を、そこのギンゼルさんを私達専属の通訳として同行を許可していただきたいのです。少なくともこの国にいる間はですが」
「分かった。その要求を
「はっ!」
「ではな。フレンシア、そしてその子、アネモネだったか。ようこそライヒ王国、そしてその王都スクジャへ。某はお主らの来訪を歓迎するぞ。大いに楽しんでくれたまえ」
そう言って
「疲れましたわ……」
第一声はアネモネだった。それに私も同意し、ギンゼルさんに向き直る。
「ということですから、よろしくお願いしますね?」
「お、おう。よ、よろしく」
こうして、この国にいる間の文字の読み書き専門の通訳を手に入れたのであった。
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