68頁目 魔剣の擬人化と案件疑惑

「うーん……?」


 あれ? 私はどうしていたのだろう?

 ゆっくりと覚醒かくせいする意識に、先程の戦いの記憶がよみがえってくる。


「はっ」


 思わず飛び起きる。


「はぁ、はぁ、あ、あれ?」


 自身の状態を確認しようと思ったら、辺りが暗闇につつまれていることに気付いた。若干じゃっかんぼんやりとしていた頭が一気にえる。


「え? よ、夜? じゃなくて、私、生きて……あれ? でも岩人形ゴーレムは……?」

「落ち着いて下さいませ。ご安心下さい。アレは、お母様の手によって倒されましたわ」


 混乱の渦の中にいた私に、そっと知らない声が掛けられた。しかし聞き覚えのある声。確か、意識を失う直前に聞いた声のような……というか、お母様?

 声のした方を見ると、私の右側に、ちょこんと座った二歳か三歳くらいの幼女がいた。

 誰? と問う前に、ある光景に目をうばわれた。


「そ、それ……」

「これですか? はい、ご存知の通り、ノトスでございますわ」


 幼女は、本人の身体よりも長いその得物えものを抱きしめていた。にも関わらず、ノトスが彼女を攻撃する様子は感じられない。


「はぁ……ふぅ……」


 呼吸を整え、状況をまとめる。

 まず周囲を見れば、ここは私が……多分昨日、時間経過の感覚が曖昧あいまいなので、昨日ということにしておく。そう、その時に一晩を明かしたくぼみであった。手元には背負い袋リュックサックの他に、狙撃銃ライフルや弓矢も置かれている。荷物は無事のようだ。

 そして、周囲が暗いはずなのに、こうして色々と認識出来ている理由。魔石灯ませきとうあかりがともって、足下あしもとに置かれていた。

 次いで自身の身体の状態を確認する。

 痛みはない。骨折したと思われる場所も、特に何ともなっていないようだ。その他も、疑似ぎじ身体機能向上魔法の三段階目を解放したことで負荷ふかを掛けたはずなのだが、そのあとも見られない。

 夢だった……?


「いいえ、夢ではありませんわよ」


 疑問に答えたのは、やはりこの正体不明の幼女であった。

 見た目は人間族のようだが、耳が若干とがっている。

 エルフ族と人間の中間のような見た目だ。ちなみにハーフエルフだからといって耳の長さが半分になる訳ではなく、長さ自体は普通のエルフと同じである。つまり、見た目で純粋じゅんすいなエルフかハーフかを見分けることは難しい。

 身長からして人間族に当てはめると二歳か三歳くらいなのだが、身体付きが幼子おさなごっぽくなく、一〇歳くらいの子をそのままサイズを縮めたらこんな感じになるのではないかと思われる感じだった。

 髪は地面に着くのではないかと思われるくらいのロングストレート。色は碧色あおいろのような翠色みどりいろのような。そして、丸い瞳の色もそれと同じ……


翡翠色ひすい色……」


 そう翡翠のような色合いである。

 クスクス笑う彼女は「はいですわ」と答えた。子供のような所作しょさであるが、雰囲気ふんいきが普通の子供から逸脱いつだつしているというか、何となく人っぽくないような。


「あなたは誰?」


 ようやくの質問だ。

 長い時間、無視されていた形になるにも関わらず、一切不機嫌な様子を見せることもなく、私の言動を楽しそうに見つめていた。


「わたくしは、ノトスですわ」

「……はい?」


 どういうこと?

 驚き固まる私を見ても子供っぽい笑顔のまま、彼女は抜き身の魔剣まけんノトスをこちらに差し出してきた。

 思わず受け取ったが、手元のノトスからはいつもの意思というものが感じられない。むしろ、目の前の幼女からすっかり馴染なじみとなった風の悪戯いたずらっ子の気配を感じていた。


「本当にノトス?」

「はいですわ!」


 彼女が身に付けている物は、半袖はんそでの白いワンピースのみ。くつも手袋も羽織はおる物もないようだ。


「えぇと、寒くないの?」

「寒さは感じませんわ! むしろ、ずっとポカポカしていますの!」


 元気に答えるその姿は、まさに子供のようであるが、そのちょっと背伸びしたような口調はともかく、身にまとう雰囲気からただ者ではないことはあきらかである。


「精霊ってこと?」

「さぁ? 多分そうなんじゃないですの?」

「多分?」

「わたくしもよく分かりませんの。気付いたらこのような姿になっておりまして、岩人形を倒して倒れてしまったお母様をここまで運んで介抱かいほうしていましたの」

「それは、その、ありがとう」

「はいですわ!」


 明るく元気の良い子である。

 色々気になることが多いが、一先ひとまず解決すべき案件はというと……


「その、お母様って誰?」

「お母様はお母様ですわ。わたくしを生み出して下さった、あなた様以外いらっしゃいませんわ」

「私が?」

「はいですわ! お母様の魔力をずっと受け取り続けて、ようやく実体化することが出来るようになりましたの!」


 答えを一つ得たら、疑問が増えた。しかし、彼女のことを知る為には一つ一つ根気こんき強く解決していくしかない。


「えぇと、つまり? 魔剣ノトスが私の魔力を吸い続けていたことで、精霊? の姿のあなたになったと。そして、あなたはノトスそのもので、相棒と?」

「はいですわ!」

「剣だった頃の記憶はあるの?」

「もちろんですわ。お母様との生活は、その全てが忘れがたき大切な思い出ですわ。ただ、ちょっと退屈していた時は何度もありましたわ」

「あー魔力制御の為に全然使っていなかったからね……」

「ですが、それももう解決したと思って良いですわ」


 その力強い発言に、私は首をかしげるしかない。確かに、薄らとした記憶の中で、気絶する直前まで魔法酔まほうよいなどの症状はあらわれていなかったと思う。そのことを告げると、ただでさえニコニコとした表情が、更に開花したかのようにまぶしい笑顔になっていた。


「はいですわ! お母様は気絶されてしまったので、詳しく覚えていらっしゃらないようですが、確かに許容量きょようりょうはるかに超える魔力を一気に放出しても、無事でしたわよ」

「うん、それは一応思い出してきた……かな? でも、気絶していたんだよね?」

「疲労はもちろんですが、身体のあちこちをいためていましたので、そちらに魔力を集中して回復する為に眠りに着いたのだと思いますわ」

「なるほど」


 見た目に反して返される言葉はどれも、少なくとも私を納得させるだけの材料を持ち合わせていたことを考えるに、意外と理論的な子なのだろう。見た目に反して。


「というか何でその姿なの?」

「分かりませんわ。ですが、推測は出来ますわ」

「私の魔力?」

「はいですわ!」


 よくよく見れば私の幼少期に似ていなくもないかもしれない。残念ながら私が幼かった頃は、鏡なんて物はなく、水に反射した姿で確認した程度なので、あまり詳しく覚えていないのだ。それに、髪の質感はそっくりだろうが色は全く違う。目の色も私が翠色みどりいろに対して彼女は翡翠色をしている。近い色ではあるが、見る角度や明るさによって色の違いがハッキリと分かるだろう。そして雰囲気。これも大きく違うだろうと思われる。というか、私生まれてこの方、いや前世でもこのような言葉遣ことばづかいはしていなかったと思う。

 覚えていないから断言は出来ないが、もししていたとしたら前世の私は痛すぎることになってしまう。

 まだ理解が追い付いていない部分がいくつもあるが、とりあえず彼女はノトス本人……本剣? で、それが私の魔力によって実体化して精霊? のような存在になったと。しかし、その格好は何とかならないだろうか。

 私も人のこと言えないが、雪山でワンピース一枚。それも裸足はだしと必要最低限どころか何一つない状態だ。本人が大丈夫と言っても、外から見ると私が虐待ぎゃくたいしているように見えなくもないので、早急に用意しなければならない。

 以前の幼女誘拐ゆうかい疑惑に続いて幼女雪山で虐待疑惑とか、どちらも無実ではあるのだが、とんでもなく危ない人になってしまう。それは是非ぜひともけなければ。

 とりあえず私は上に着ていた鉄火竜ジャンドラナのジャケット脱いで、ノトスに渡す。


「その服装はちょっとどうかと思うから、とりあえずこれ羽織っておいてね。あなたには大きいから動きづらいだろうけど我慢してね」

「わたくし寒くありませんわよ?」

「見た目の問題。他人から見たら私、あなたをいじめているようにしか見えないから」

「そういうものなのですか?」

「そういうものなの。靴の予備はないから、また後で動物を狩るなりして用意するわ。皮の加工から始めないといけないから時間掛かるけど、まだしばらくここで遭難そうなんするつもりだから良いよね?」

「もちろんですわ。わたくしはお母様の剣。お母様がしたいことでしたらわたくしの身体、どのようなことにもお使い下さいませ!」

「うん、そういうことは他の人がいる前では言わないようにね」

「?」


 無自覚爆弾発言ロリとか、時間が分からない時限爆弾をかかえているようなあやうさだ。というか、ロリというよりペド? 益々ますます危ないではないか。

 しかし爆弾ならば捨てれば良いのだが、私はこの子を捨てることは出来ない。相棒であり、剣の頃のこの子と死ぬまで一緒にいるちかいを立ててしまっている。これを反故ほごにする訳にいかない。

 それに、彼女は私を母と呼んだ。ならば、親としての責任をまっとうしようではないか。


「……母というより姉では駄目かな?」


 これまでの関係をかんがみるに、親と子の繋がりというより、姉と妹の関係の方が近い気がする。そのことを考慮しての提案だったのだが……


「え? お母様はお母様ですわよ?」

「あ、はい」


 アッサリと断られてしまった。


「それじゃあ、ノトス、これからもよろしくね」

「はいですわ! お母様のことは、この身の全てを使ってお守りいたしますわ!」


 まるで騎士のような娘を得た。

 それからは、夜がけるまで、これまでの出来事を話し合った。剣の頃から感情を読み取ることは出来ていたが、こうして言葉をわすことが出来るというのは、とても楽しいものである。

 しかし、彼女が興味を示すのは決まって戦いの話。武器なのだから仕方ないのかもしれないが、その容姿ようしから「血が花びらのように舞い上がって綺麗キレイでしたわ」何て発言が飛び出してきた時は、どうしようかと思った。

 これから、時間を掛けてジックリとその辺りも直していこうと思う。

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