67頁目 岩人形と覚醒

 雪山で遭難そうなんしたある朝、遭遇そうぐうしたのは一〇ファルトを超えるだろう巨大な岩人形ゴーレムと思われる物体だった。


「生き物なのかな?」


 魔剣まけんノトスを抜いて、いつでもすぐに動けるように相手の動きを注視する。


狙撃銃ライフルくのかな?」


 岩のかたまりなので、弓矢は効果ないだろう。狙撃銃ならノトスの加護も付与ふよされる為に貫通に期待出来るが、この距離からかまえて撃つまでの動作を相手が許してくれるのかどうか。

 お互いににらみ合っていたが(相手に目があるのかは分からないが)、最初に動き始めたのはゴーレムからだった。ゆっくりと緩慢かんまんな動作で右腕を挙げて……高速で右腕を撃ち出してきた。


「嘘ぉ!」


 すぐさま右に前転しながら回避する。

 ロケットパンチとかマジか! ゴーレムといい、浪漫ロマンの塊過ぎるでしょ。

 感動と驚愕きょうがくあきれがじった感情で「どうすりゃ良いのよ」とこぼす。


「行くよ!」


 その掛け声にこたえるように、右手の剣からは風がブワッと巻き上がり、周囲の雪を吹き飛ばす。朝日に照らされて輝く新雪は、ダイヤモンドダストのようにキラキラしている。こんな状況でなければながめていたかったが、今はそんな余裕よゆうはない。

 地面をり出し一気に距離を詰め、相手のふところへと飛び込んだ。右腕は……って!


「っ!」


 咄嗟とっさに反応して、後方へ回避する。

 今さっき、ロケットパンチで撃ち出したはずの右腕を振り上げる姿がそこにあった。回避した直後に、右腕を叩き付けて地面をえぐった。それによって、また雪が宙に舞い、煙幕のように視界が一瞬白くなる。

 視界が晴れたのはすぐ、ゴーレムの足下あしもとを見ると、崩された石や岩が転がっている。


自己修復じこしゅうふくも出来ると、厄介やっかい過ぎるでしょ」


 これでは狙撃銃も弾の無駄にしかならない。ロケットパンチの後の再生力を見るに、その速さは異常だ。というか動作の一つ一つこそ遅いものの、反応自体が遅い訳でなく、むしろ私の行動に瞬時に対応する程度の反応速度を持っている。


「反応だけでなく、予測も出来ていないと今のは対応出来ないはずだけどね」


 相当面倒くさい相手だ。


雷紐らいちゅう!」


 無詠唱むえいしょうで雷のひもを生み出し、それをむちのように振って左脚に巻き付ける。


引張ひっぱれ-!」


 綱引きの要領で紐を引き、相手の転倒をはかる。確かに相手は重いし、私自身の腕力もそんなにない。だが、やっていることは魔力制御なので、私のパワーは関係ない。

 相手はバランスを崩して、激しく尻餅しりもちを着いた。


雷槍らいそう!」


 今度は雷のやりを生み出して投擲とうてきする。狙うは、頭部。

 命中した槍は、そのまま頭部と思われる部分をくだきながらつらぬいた。


「どう!」


 様子をうかがいながらも、次の魔法を撃てるように準備をする。

 頭部が破壊されたゴーレムは、痛みを感じていないのか、破損はそん部に興味がないのか、何事なにごともなかったかのように立ち上がった。その際に、周囲から岩が浮き上がって、壊れた箇所かしょくされていく。


「頭部は効果なし」


 こういう無機物むきぶつ怪物モンスター……で良いのだろうか? とりあえずこういう存在には核があり、それを破壊することで無力化するのが定石じょうせきだ。

 物体種ぶったいしゅに属している怪物が粘性体スリーンムくらいしか知らないので、参考資料が少なすぎる。ただ空想の世界ファンタジーの定番という点で考察すれば、ゴーレムには核があるのが基本っぽいので、どこかに核というかエンジンというか、とりあえず制御装置のようなものが身体のどこかにあるはず。

 よくあるのは頭脳となる頭部か、心臓となる胸部。たまに背中にあったり、下手へたしたら胸部きょうぶき出し状態のものがあったりというのがいるにはいるが、今回の相手は外部へ露出しているタイプではなさそうだ。


「となると、やっぱり心臓か」


 再び雷の槍を生み出して、それを投げる。しかし、それは前に出された左腕によって止められてしまった。正確には左腕は砕けたが、胸部に届く前に槍が消えてしまったのだ。

 そして安定の再生力。これがあるから自損も気にせず平然と最適解さいてきかいみちびき出せるのか。まるで機械だ。


「だったら、全部壊してしまえば良い」


 脳筋的発想。


放雷・散ほうらい・さん!」


 相手の周囲に雷を放って、その熱で雪を溶かすと同時に電気分解を起こして水と酸素に分離させる。そこにすかさず火の付いていないマッチを投げ入れ、雷で着火させる。

 瞬間、ゴーレムの周りが爆発し、爆煙で姿が見えなくなる。しかし、そこに私はノトスを握って一気に飛び込んだ。

 あの防御力と再生力だ。すぐにかたを付けないとと思って飛び込んだ矢先、何かに衝突し大きく後ろへ吹き飛ばされた。


「かはっ」


 背中から叩き付けられ、その衝撃で体内の空気が一気に口から出た。

 ふらつく身体を押さえながら立ち上がる。

 エルフの民族衣装に鉄火竜ジャンドラナのジャケットと防御面は優秀とはいえ、衝撃まで全て吸収してくれる訳ではない。よって、今の地面への衝突での表面上の傷はほぼないにひとしいが、中は分からない。もしかしたらどこか骨折している可能性もある。

 回復したいが、この状態では詠唱が出来ない。魔法薬ポーションが入っている背負い袋リュックサックは戦闘が始まる前に下ろしており、若干じゃっかん距離がある。


「ちっ」


 思わず舌打ちするが、考えにふけっている時間はない。すぐに痛む身体を無理矢理動かして、煙の向こうにたたずんでいるであろうゴーレムと対峙する。

 ノトスから心配するような気配を感じるが、今は反応してあげることは出来ない。


「はぁ、はぁ……」


 回復魔法は使えないが、エルフ族特有の膨大ぼうだいな魔力を一気に循環じゅんかんさせることで、非常にゆっくりとだが少しずつ回復が行われていく。

 しかし、全快ぜんかいまで待ってくれないのだろう。相手は右腕を地面に叩き付けた……と次の瞬間。


「っ!」


 左からの衝撃で再び吹き飛ばされた。


「何がっ!」


 すると、地面から岩のこぶしが突き出ていた。


「土魔法!」


 あるいは岩魔法、石魔法だろうか。しかし今の状況でそんなことどうでも良い。相手は魔法も使える。遠距離攻撃が先程のロケットパンチだけでないということが分かったが、どう対処すべきか。

 今度はしっかりと受け身を取って、相手の位置を確認したところ、今度は左腕を振り下ろそうとしていた。


「くっ!」


 無言・・疑似ぎじ身体機能向上魔法を発動させて、素早くその場から退避、前進する。直後背後で地面が爆発したかのような爆音が聞こえたが無視だ。ただでさえも怪我によって、そちらに魔力を回したいのにそんな悠長ゆうちょうなこと言えなくなった。

 すぐにでもアレを倒さないとと、あせりはあるものの思考はいたって冷静だ。


継続回復けいぞくかいふく!」


 無詠唱・・・継続回復リジェネを発動し、疑似身体機能向上でのデメリットを埋める。しかしそれで骨折などが治る訳ではなく、かつ怪我を押しての行動なので、徐々に損傷が増えていくことになる。


「ノトス!」


 その声に反応して、風を吹かす。ノトス自身の魔力で風を生み出し、それを起爆剤きばくざいとして更に加速する。

 相手が土魔法を発動するひまがない位置まで一息に接近し、剣を振るう。一合目は左腕によってはじかれるが、二合目はすぐに角度を変えて振り上げることで、左腕を切り落とすことに成功。

 その一瞬に気のゆるみがあったのだろう。

 切り落とされた部位は制御出来ないと、無意識に思い込んでいた。

 瞬間、背後で切り落とされた左腕が爆発し、大小様々な石が背中にぶつかり前へと飛ばされる。その先にいるのは右腕を構えたゴーレム。


「まだ」


 諦めない!


縛雷ばくらい!」


 瞬間、雷の鎖を出して自身と地面を結び付けた。鎖に引っ張られたことによって、私は強制的に地面へと落とされるが、その直後に真上を大岩の右腕が通過するのをはだで感じて鳥肌が立った。

 しかし、先程の左腕爆発のことがあるので、一瞬で鎖を解除。身体機能向上の精度を上げて更に身体に鞭を入れる。

 予想通り、私が右腕の真下にいると分かった相手は、左腕と同じように右腕を破裂させるもその場には私の姿は既になく、ノトスを手に更に相手へと接近していた。


「大丈夫! ちゃんとやるから!」


 唐突とうとつなその言葉に疑問をはさむ者はここにいない。しかしそれに反応し、理解を示したのは相棒の魔剣であった。

 私から魔力が引き抜かれる感覚がするが気にしない。

 制御すると決めたあの日から、ずっと魔力を渡してきた。この程度で倒れはしない!


「うっ」


 苦痛で顔がゆがむが、今はそれに気を取られる訳にはいかない。痛みがリミッターだとするならば、それをはずす。


「身体強化!」


 三段階目の身体強化の引き上げを行い、完全に継続回復の保護下から離れた身体は、節々を引き裂きながらも形をたもっている。

 いくよ。

 声には出さなかったが、その意思を汲み取ってくれたのか、ノトスが、相棒が頷いてくれたように感じた。それにみが零れる。


疾風迅雷しっぷうじんらい……」


 全てを、破壊する荒ぶる南風。その力を……


嵐気流らんきりゅう!」


 解放する。

 瞬間、今までに感じたことのない暴風が周囲を巻き込み。暴れ回る。触れた物全てを切り裂き、晩夏ばんかの熱風があらゆる物を破壊する。

 私がいるのは台風の目。そこは不思議なくらいに静かで、周囲の物が吹き飛ばされていくのをぼんやりとした感覚で眺めていた。

 痛みは感じない。それどころか、あらゆる感覚が言うことを聞かない感じだろうか。そして、そのまま脱力した私は前へと倒れ込む。

 吐き気は感じない。頭痛もしないし、視界が回るような不愉快な感覚もない。不思議だ。何も感じないはずなのに、それを感じないことを理解していることを感じている。


「あっ……」


 何を言おうとしていたのか、私自身でも分からない。ただ、すごく眠かった。ゴーレムがどうなったのか、まだ生きているのならすぐに動かなければなど考えがめぐるも身体はピクリとも動かない。意識が段々と暗闇へ落ちていくのを感じていたところ。


「大丈夫ですわ。アレは倒されました。今はゆっくり休んで下さいな」


 そんなおさなげな声が聞こえた気がした。

 直後、私は意識を手放した。

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