69頁目 宙に浮く幼女と岩人形の核

 雪山で遭難そうなんし、強力な岩人形ゴーレムと戦って気絶。その日の夜に目を覚ますと魔剣ノトスが幼女姿の精霊せいれいとなって目の前にあらわれた。うん、全く状況が分からない。

 夜が明け、私達二人はくぼみを出る。すると、目の前には昨日の戦闘の痕跡こんせきが色濃く残されていた。


「これ、私が?」

「はいですわ! お母様の魔力とわたくしの魔力が融合ゆうごうして一つとなりましたの!」

「そう、すごいわね」


 昨日は戦闘直後に気を失ってしまい、目が覚めたのが夜であったので気付かなかったが、戦闘を行った区域は辺り一面荒れ果て、積もった雪は吹き飛ばされたか溶かされたかで、地面がき出しとなっている。その地面にはゴツゴツとした岩や石がゴロゴロと転がっているが、そのどれもが、大小様々さまざまな無数の切り傷がきざまれていた。

 現在魔剣まけんノトスは、いつも通り銀楼竜ぎんろうりゅうさやに収められて左腰に掛けられているのは変わらないが、幼女ノトスは変わらず私の周りをウロウロとして、戦闘の痕跡を興味深そうに見つめていた。

 しかも、歩いてはおらず、浮かんでいた。


「何で飛べるの?」

「分かりませんわ!」


 自信満々に答えられた。

 まぁ、精霊だからとか、風をあやつる剣だからとか、色々仮説は立てられるが、どれも立証することは難しいと思う。ただでさえも魔剣の数その物が希少だというのに、更に持ち主の魔力を得たことで擬人化とか、伝承でも聞いたことがない。

 を進め、昨日倒したであろう岩人形の残骸ざんがいの前に立つ。

 周囲が岩だらけな上、これまでにない程にバラバラなので、どこからどこまでがあの物体の身体の部分なのか判別が難しいが、これから探すのは核となっていたと思われる部分。こういう存在には必ずあるはずだと、これまでの冒険者生活で得た直感にしたがい、核となる部分を探す。


「どんな色、形、大きさをしているのか分からないから、思ったよりも時間掛かりそうね。それに、普通の石と同じような素材を核として使われていたとしたら、絶望的だし」

「一応、わたくしも魔力探知で捜索そうさく出来ますので、お手伝いしますわ! ですが、これだけ魔力痕跡が散らばっていますと、やはりこちらもすぐに見つけられるかは分かりませんわ」


 やはり一筋縄ひとすじなわという訳にはいかないか。

 そうやって二人して一つ一つの石を、ひっくり返しては鑑定かんていをするをただひたすら繰り返す。

 黙々もくもくと作業をするのも退屈なので、せっかく話し相手が出来たのだから声を掛ける。これも今後一緒に行動するにいて、必要なことだ。


「ねぇノトス」

「はいお母様!」

「あなた、名前どうする?」

「? わたくしはノトスですわよ?」

「そうなんだけどね、これから一緒にいるということは、当然人のいる場所にもおとずれるということだから。そうなると、あなたのめい、この場合、真名まなかな? それを呼ばれることは危険だと思うの」

「わたくし自衛くらい出来ますわよ」

「強いの?」

「もちろんですわ! 何て言ったって、お母様の剣ですわよ!」

「それじゃあ、後で軽く訓練してみようか」

「はいですわ!」


 幼女と戦闘訓練をすることになったが、一応元々剣なので大丈夫だろう。


「話を戻すけど、強いからと下手へたに知らない人から真名を呼ばれるのは危険だと思うのよ。あなたの存在は貴重。もしかしたらこの世界で唯一かもしれない。そんな存在を、珍しく思わない人がいないはずがない。それを少しでも回避する為に、偽名ぎめいを名乗ってもらいたいのだけれど……良いかな?」

「……」


 ノトスは作業の手を止めて、考えている。私も彼女の答えを聞くことを優先して、しっかり向き合う。


「今すぐ決める必要はないわ。でも、心の片隅かたすみにでもとどめておいてね」

「いいえ、その提案、お受けいたしますわ」

「良いの?」

「はいですわ! わたくしの今の名は、作られた時にすでにあったもの。その由来などは分かりませんが、お母様にとって大事な名前というのであれば、断る理由はありませんわ。それに、お母様直々に名前を付けて下さるって、本当の親子のようではありませんか!」

「じゃあ、考えてみるね」

「よろしくお願いしますわ!」


 それから私達は再び作業に戻り、石をひたすらひっくり返していた。しかし脳内では、彼女ノトスの名前をどうしようかとグルグルと考えをめぐらせている。

 実は一つ、パッと思い付いた名前があった。しかし、それだと何も考えていないように思えたので、何か他に案がないかと考えていたのだ。だが、結局は最初の案に戻ってしまう。彼女をあらわすのに、これ以上の名前はないだろう。


「ノトス、決めたわ」

「喜んで名乗らせていただきますわ!」

「早っ、えぇと、まだ何も言っていないのだけど?」

「お母様がしっかりと考えていたことは、わたくしにも伝わっていますわ。それで悩んで決められたのでしたら、わたくしに拒否きょひするという考えはございませんわ」

「そ、そう……それじゃあ改めて、あなたには『アネモネ』の名をさずけるわ」

「はいですわ! 喜んでお受け致しますわ!」


 ノトスの名前の由来は前世の物語、ギリシア神話に登場する晩夏ばんかに吹く南風をつかさどる神様である。

 南風の他にも、北、西、東それぞれの方角にそれぞれ神様がおり、それらを総称してアネモイと呼ばれていた。そして、それが語源となっている花の名前としてアネモネがある。

 もちろんこの世界にもアネモネの花はあるが、ギリシア神話がない以上、語源は不明である。

 当然、花言葉もこの世界にはないので、この名前に付けられた想いは誰も知ることはないと思う。

 花言葉は「無邪気むじゃき」「可能性」「清純無垢せいじゅんむく」。そして、これは全くの偶然ぐうぜんであろうが、彼女が着ている白のワンピースからも勝手ながら連想させてもらった。白のアネモネの花言葉は「真実」「真心」「期待」。またアネモネには毒があり、触れる者を傷付けるという点でも似ていると言えよう。

 ようはおみくじのようなものだ。後付けでもこじつけでも、共通点を見つけてあげればそこに意味が出る。

 ちなみに、アネモネは晩春ばんしゅんの季語であるので、晩夏の風であるノトスとはズレてしまうがご愛嬌あいきょう


「それじゃあ、これからはアネモネと呼ぶからよろしくね。二人の時とかならまたノトスと呼ぶけど、しばらくは名前に慣れる必要があるからアネモネで行くわね?」

「はいですわ!」


 こうして、娘の名前が決まった。

 それからも作業は続き、そろそろ時間帯としては昼を回るだろうと思われた矢先に事態は動いた。


「お母様、これではありませんか?」


 ノトスアネモネが持ってきたのは、幼女が両手で十分持てる程度の大きさの小石であった。


「これは気付かないわね」


 その石は、真っ二つに割れているようで、実際の大きさはもう少し大きいのだろうと思われる。

 色は藍色あいいろ紺色こんいろか、どちらにせよ青系統だろう。

 宝石の、例えば蒼玉サファイアの原石から美しい宝石をけずり出す際に、色の付いた部分と透明な部分の丁度良いバランスを見極めて加工すると聞いたことがある。あおの部分だけを取り出すと、光を通さないのでほとんど黒色のような色となってしまい、逆に透明な部分を多く切り取ると、色の薄い石となってしまう。その比率のバランスを調整し、正確に加工するのが職人の目利めききと腕の見せ所である。

 つまり、今手の中にある石は、そんな感じの蒼玉から色の濃い部分だけを取り出したかのような暗い色であるので、曖昧あいまいな表現となってしまった。


「これが核なのだとしたら、多分魔石の部類。魔石であるなら魔力をそそげば、また稼働かどうするはず……岩人形、復活しないよね?」

「恐らく大丈夫かと思われますわ。岩や石は完全に本体と分離、更に心臓部もこうして割れてしまっていますので、制御機能は失われていると見て良いはずですわ」

「分かった。一応、念の為に警戒をお願い」

「はいですわ!」


 そう声を掛けてから目を閉じ、集中して静かに魔力を送り込む。

 危険性なども考慮しながらなので、本当に少しずつ、ちょっとでも違和感いわかんがあれば中止出来る程度にとどめて作業する。普通ならそういった実験はしないに限るだろうが、これが核となった魔石かどうかを確かめる必要があり、また他に手段が思い付かなかったのでこうすることとなった。

 結果で言えば、これは魔石であった。


「……ん」


 魔石を持った手がじんわりと温かくなるのを感じてそっと目を開けると、先程まで光を通さない暗い石だったものが、内側から光を放って蒼色に静かに輝いている。太陽のようなまぶしさではない。どちらかと言えば、月のような柔らかい光である。


「違う」


 月でもない。でも月に近い……そう、夜の海の波間に時々チラチラと反射する月の光のような、そんな小さな輝き。


綺麗キレイですわ」

「そうだね」


 アネモネの感嘆に同意する。

 そのまま魔力を注入することを継続しながら、周囲の様子を探る。


「特に石とかが動く気配もないわね?」

「そうですわね……お母様? わたくしにもそれ貸して下さいませんか? わたくしもやってみたいですわ」

「うん、良いよ。気を付けてね」

「はいですわ!」


 そういって、彼女の小さな手に載せると、嬉々ききとして小躍こおどりし出す。

 可愛い。

 ただ、私以外に人がいないので問題ないのだが、あまり宙に浮いたままはしゃぐとワンピースのすそめくれて白い下着があらわになっているので、彼女に合わせた短パンか何かを用意する必要があるだろう。

 というか、ちゃんと下、いててくれて良かった。というのが第一の感想である。これで下がスッポンポンだと、どうしようかと思った。

 そんなことを考えていたからか、アネモネから注意がれてしまったことで咄嗟とっさに反応出来なかった。


「お母様! すごいですわ! 見て下さいな!」

「え? あ、うん、どうした……の?」


 宙に浮く幼女が、砂塵さじんを巻き上げてそこから剣や盾を形成して遊んでいた。

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