62頁目 酒場のバイトと落ち込み冒険者

 ラスパズ村に到着した。そして数週間前と同じように酒場へ行って、ドワーフ族の店主のガルンドさんへまた給仕のバイトをするので部屋を貸して欲しいと頼み、了承を得た。

 服装はエルフ族の民族衣装。私のは白やだいだい、黄色などが使われた明るい色合いで、母からゆずり受けた腰を超える程度の長さのある自慢じまんの金髪に、これもまた父の遺伝であるみどり色の瞳にえると思う。

 鉄火竜てっかりゅうのジャケットや革製の手袋、防塵ぼうじんセットにリュックや武器といった荷物はあらかじめ部屋に置いてあるので、今の私の格好かかなり身軽だ。

 お客からはご指名で引っ切りなしに注文が入るが、ここそういうお店じゃないので丁重ていちょうにお断りしている。

 まぁおしゃくくらいなら良いけど。売り上げに貢献こうけん出来るし。

 そうやって接客をしていると、ふと奥の席で一人、沈んだ面持ちで酒をあおっている男性の姿があった。人間族の見たところ二〇代から三〇代程度。恐らく冒険者。防具の質は良く、ジストの鍛冶師かじし意匠いしょうが所々見受けられるので、ジスト出身の人かな。遠征だろうか。しかし一人でっていうのが気になる。


「どうかされましたか?」

「んあ?」


 男性のテーブルには何本ものからのグラスが置かれており、随分ずいぶんと長い時間ここで飲まれていたと思われる。


大分だいぶ飲まれていますが、何かありましたか?」


 面倒事めんどうごとに巻き込まれたくないのであまり人と関わらないようにしているのだが、どうにも気になってしまって声を掛けてしまった。

 男性冒険者は、量こそ飲んでいるがそこまで酔っていないのか、しっかりとした目でこちらを見つめ返してきた。すると、すぐに驚きの表情となって赤かった顔色がスーッと引いていくのが分かった。


「あ、あんた、フレンシアさんか?」

「はい。はい?」


 名前を呼ばれて咄嗟とっさに返事してしまったが、どこかで会ったことがあっただろうか。

 その姿を上から下へまじまじと見る。

 髪は灰色。癖毛くせげなのか、短髪の毛先は好き勝手な方向へねている。目の色は鳶色とびいろかな? 茶色っぽい瞳だ。目付きもするどさがありトンビを彷彿ほうふつとさせる。しかし、その敵をにらみ付けられるだろう目も、今は力なく細められている。いや、私を見たことでそれが驚きで見開かれているか。

 会った記憶はない。多分。思い出せないので直接聞くことにする。


「あの、どこかでお会いしたことありましたか?」


 周りの喧噪けんそうも気にせず、目の前にいる男性の話へ耳をかたむける。


「あ、いえ、俺の方が一方的に知っているというだけで……あ、俺の名前はマイザー・エテローゼ、です。ジスト出身の冒険者の、特に雷魔法を使う冒険者にとっては、あんたは、『迅雷じんらい』は憧れの存在なんです」


 他国に来てまでその二つ名で呼ばれる時があるとは。

 しかし、雷魔法の使い手か。

 この第二の冒険者生活にいては、偶々たまたま相性の悪い怪物モンスターを相手にしていたから分かりづらいが、本来雷魔法は大火力で応用もくとして攻撃魔法の中でも炎魔法と人気を二分する魔法だったりする。


「マイザーさんは雷魔法を使うのですね?」

「雷と炎です」

「超攻撃的な魔法構成ですね」


 人気の攻撃魔法の二つとも持っているとは、中々珍しい。攻撃のかなめとしてパーティでも重宝ちょうほうされるだろう。


「ところで、他のパーティの方は? 姿が見えないようですけど」

「うっ……」


 何か地雷を踏んでしまっただろうか。


「そ、その、お恥ずかしい話ですが、えぇと、今日、追い出されてしまいまして……」

「……え?」


 思わず動きが止まってしまう。

 追い出された? 追放? 何故なぜ

 疑問は出るが、ここはとりあえず、ありきたりだがなぐさめの言葉をおくる。


「えぇと、それは、災難でしたね。そのもし良ければお話聞きますよ? 相談に乗れるかもしれませんし」


 彼の隣の椅子に座ってグラスに水をそそぐ。とりあえずこれ以上の深酒ふかざけは駄目だ。嫌なことを忘れる為に飲むのは悪くないが、結局一時的なもので解決した訳ではない。

 まずは一個一個整理して、ゆっくり時間を取って話を聞くことにする。もしかしたら、現在の状況を好転させる案が出るかもしれない。

 実際に言葉をわしてみて、彼がそんな悪そうな人には見えない。ということは性格や素行そこうの悪さからの追放とは考えにくい。隠している可能性もあるが、酔っている状態の人間は内面が表に出やすい。とりあえずマイザーさんからは嫌な雰囲気ふんいきを感じなかったので、違うと判断した。


「えぇと、その、俺が弱いんで見放されてしまったというか……」

「え?」


 弱い?

 もう一度全身を見る。防具に隠れている部分は分からないものの、腕などを見るにしっかりときたえられていることから魔法だけに頼らない戦いも出来るのだろうと想像出来る。


「弱いとはどういうことでしょうか。見たところ身体付きも問題なく、動きからもどこか負傷もしくは障害を持っているようにも見えないです。魔法も雷に炎であれば、十分な戦力になりるはずではないのですか?」

「その、魔法が、どうにも駄目みたいでして……長いこと一緒にやってきたのですが、出会った頃から成長がないと言われて……えぇと、その……」

「うーん? えーと、つまり? 最初の頃は雷も炎も出せることでパーティでは重宝されていたけども、何年一緒にやっていても成長が見込めないから追い出されたと?」

「うっ、ま、まぁそんなところです」


 私が率直そっちょくに思ったことは、強い魔法持っている人でも追放されるんだ。ということであった。

 潜在せんざい能力に気付かずに、弱いと決め付けて切り捨てるのは聞いたことがあるが、まさか冒険者で人気魔法投票したら一位、二位を争うくらいには人気のある攻撃魔法を二つも持っていて追い出されることがあるのか。


「あの頃は、ちやほやされて嬉しかったんです」


 あ、天狗てんぐになって努力をおこたったのか。調子に乗って強くなることをめてしまった。その割には筋肉や骨格はしっかりしているから、身体を動かす努力は続けていたと。

 まぁ魔法の練習は地味だし最初の頃は呪文を覚えるのも面倒だし、イメージしながら長々と詠唱えいしょうするのも難しいからね。

 覇王竜はおうりゅう討伐とうばつの際に組んだカトラさんは単純な魔法しか出来ない代わりに無詠唱が出来ていた。しかし、ニャギーヤさんやエスピルネさんはまだ新米卒業したばかりだったこともあり、詠唱には足をめ目をつむる必要があった。イメージと魔法を一致させないといけないからだ。

 私は鬼教官だったし、何より反骨精神はんこつせいしんのある子達だったから、特にコールラなんかは新米だというのに並行処理が出来るようになっていた。それに、コールラ程スムーズではなかったものの、セプンやエメルトも簡単な呪文なら平行出来るようになった。チャロンは接近戦の練習ばかりさせていたから、魔法の練習はあまりさせていない。


「これからどうするのですか?」


 聞くに、この村へ来る前に白雷獣びゃくらいじゅう遭遇そうぐうしたらしく、戦闘に発展。しかし白雷獣は雷魔法を吸収して強化してしまう怪物だ。にも関わらず、魔法を使って敵に塩を送ることになったことで、苦戦。あやうく怪我だけならともかく命に関わるものだった為に、とうとうリーダーの堪忍袋かんにんぶくろが切れ、追放へといたったのだとか。

 見慣れない怪物と戦闘になったのなら、まずは観察が重要だ。またパーティ内に情報を持つ人がいたら共有することも必要。敵の特性を理解した上で適切に対処する。初期対応としては遠回りだが、結果として最善となるのだから、連携するのであればちゃんと考えて動かないと駄目である。

 ゲームならゴメンで済むけど、現実だからね。たった一つの小さな失敗ミスで命を落とすなんて当たり前の世界だから、それは怒るだろうしパーティをこれ以上危険にさらす訳にはいかないと責任を押し付けたそのリーダーの判断も、良くないかもしれないけど悪いとも言い切れないと思う。


「まだ決めてないです」


 私は勝手に人が集まって、勝手に付いてこられなくなって、勝手に脱落する感じだったから、私自身が追放をしたりされたりは経験がない。もしかしたらあったのかもしれないけど、当時はただひたすらブラック企業のように次から次へと依頼をこなすことに夢中になっていたから、気にしていなかった。

 一通り話したマイザーさんは、私の質問に項垂うなだれてテーブルにす。

 今のままでは、仮に別のパーティに入ったところで同じことの繰り返しになるかもしれない。この追放が尾を引いていれば多少は改善されるだろうが、脳筋はそう簡単には治らない。私がそうだ。

 ちなみに私は脳筋でもゴリ押せるように、色々と戦うすべを身に付けている。多すぎる手札は迷いに繋がるが、選択肢せんたくしが多いということはそれだけ柔軟じゅうなんに対応出来る幅があるとも言える。自分に合った選択肢を用意することが出来れば、問題ない。

 私の脳筋ゴリ押しで一番だと思う戦法は、雷魔法で身体強化して継続ダメージを受けつつも、それを継続回復魔法で無理矢理回復し続けて相殺そうさいさせるという、魔力の多さを武器にした機動戦だ。

 我ながらアホだとは思うが、これが最も簡単で楽なのだ。身体的には楽ではないが、敵の攻撃さえ食らわなければ機動力で翻弄ほんろうしつつ、大火力をぶつけることが出来るので短期決戦に向いている。

 それが出来ずに腕を切り落とされたのは、今のところこの魔剣ノトスの素材となった翡翠鳥ひすいちょうとの戦闘くらいである。


「先に言っておきますが、私、今は同行者を必要としていませんので、付いていくという手段はナシです。一応寒くなる前に行きたい場所があるので、足並みがそろわないのであれば置いていくしかありません」

「あ、はい」

「何ですか?」


 何か彼の返事に引っ掛かりがあったので聞き返す。


「その、ちょっとは期待していました。一緒に行けば鍛えてもらえると。ただ、言う前に断られてしまって……それに、言動が噂通りでしたし」


 噂とは、一〇年前までのレガリヴェリアでの活動の件だろうなと見当を付ける。


「まだ冒険者を続けたいですか?」

「え?」


 断られると予想していたが、実際にその通りになって自分自身に苦笑しているようだ。そこに未練のようなものを感じた。

 続けるにせよ、引退するにせよ。真っ当な道を進むなら良いが、これで盗賊とうぞくにでもなろうものなら、ここで見捨てた私としては後味が悪い。なので、少しだけ助言をすることにする。ただし、彼に冒険者を続ける覚悟があるかどうかが重要だ。


「はい、続けたいです」


 私の質問の意図いとをちゃんと読み取ったのかは分からないが、少なくともここで終わりたくないという真っ直ぐな瞳が私をつらぬく。

 小さく溜め息をき、彼の意思をみ取る。


「分かりました。一週間時間をもらえますか? 私としてはすぐにてもちたいところでしたが気が変わりました。一週間で何かが向上することはありませんが、少なくとも基礎を教えることは出来ると思います。これでも人生の先輩ですからね」


 そこで言葉を句切って、しっかりとマイザーさんの目を見つめて続きを口にする。


「私は鬼教官として評判でしてね。新米冒険者を三ヶ月で卒業まで導きました。もし、覚悟がありましたら指導を受けてみませんか?」

「え、良いのですか?」

「やりたくないのでしたら良いのですよ? 私は早く旅に出たいですからね」

「い、いえ! やります! よろしくお願いします!」

「それでは明日朝から早速、村の外で訓練にします。ただし、ひたすら地味で退屈ですよ? 覚悟していて下さい」


 そう言って席を立つ。

 まだバイト中なのだ。まぁ落ち込んでいる人を立ち直らせるのも同業者としての使命ということで、許してもらおう。

 それから接客を再開した私だが、先程の会話を聞いていた他冒険者からも「俺も参加したい」「私も」「一対一でお願いします!」等々の声を掛けられた。最初は一つ一つ断りを入れていたが、それが酒場全体にまで広がると収拾が付かなくなった。

 面倒になった私は、全員まとめて電撃によって昏倒こんとうさせた。

 スタンガンだから大丈夫。命には別状ない。

 一応、店主には当たらないように調整したが、それ以外の店内のお客への問答無用もんどうむようの無差別攻撃なので、当然マイザーさんも気絶していた。

 ガルンドさんは苦い顔をしていたが「まぁ全員冒険者だし大丈夫だろ」と言って、店の外へ行き、閉店の看板を出した。

 掃除も程々に、机や床で寝ている彼等を放って私はてられた部屋へ戻った。

 明日は魔法の訓練でもしようかな。

 そう思いながら、手記を書いていくのであった。

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