56頁目 牢獄と王立図書館
エメリナ王国の王都、リギアに到着した私は、
「ここかな?」
そして、目の前にはその宿があるという建物が建っている。
建物そのものは三階建てと周りの建物と同じくらいだが、壁が妙に分厚い。おそらく三〇から四〇ナンファルト、つまり三〇、四〇センチメートルくらいはあるだろう。防音仕様なのだろうか? 扉も何やら
窓の外を見ると大通りから少し奥まった場所にある建物の二階の一室なので、あまり景色が良いとは言えない。
「あれ?」
窓枠が広げられている
これらの
「
前世でも古い
これはいわゆるリノベーションというものではないのだろうか。すごい。何だか今時の女子の
まぁ女子の心はあるかも……少なくとも私よりは女子力があるかもしれないと思うと、前世含めて一〇〇年と数十年を女として生きてきたはずなのに、すごく負けている気がする。
気を取り直して。こういった雰囲気、良いと思う。うん、好みだ。思わず写真に撮ってみたくなるが、
「でも、こんな
疑問に思った私は、ギルドや本屋、海に行くのを後回しにして町の中を散策することに決めた。特に重点的に見るのは宿屋の裏手、そこから
「この路地裏のそれっぽい雰囲気も良いね」
歩きながら建物や通りを見渡していると、見れば見るほどカルカソンヌのようだ。ただ、あちらは小高い丘というか山の上に築き上げられた
「なるほど」
外観では特に気になる点はないのだが、通りの
あくまで仮説であるが、古来はここに城壁があったのだろう。収容所、牢獄は本来なら町の
「都市拡張工事の際に、今の宿屋の位置にあった収容所を
それで
もっと昔の人が購入して手を入れたのだろう。もちろん宿屋として経営していたとは限らない。普通に家として住んでいたのかもしれないし、商会として
一応、
まぁ、この世界では銀行はなく、その役割を
となると、次に行く場所が決まった。
「本屋……いや、図書館ね」
歴史書だ。この町、あるいは国の歴史を
本などのかさばる物は出来るだけ持ち歩きたくない。本音ではリアカーを引いてでも本は持っておきたいくらいなのだが、旅で
「収納魔法とかあると便利なのになー」
ないもの
当初は買う方向で考えていた。しかし一度購入に踏み切ると、今度は歴史書だとか、次は地学書だとか際限なく買う未来が見えるので自制している。
「私の知らない怪物がまだまだいるようだし、まずこのエメリナ周辺の怪物を洗い出して、頭に入れなきゃ」
最悪、名前と見た目、大きささえ分かれば良いし、その三点だけでも覚えられれば後は何とでもなる。一度読むだけでは覚えられないだろうから、
「勉強……かぁ」
前世の私がどうだったかは分からないが、この性格だ。きっと勉強は嫌いでないにしても少なくとも苦手ではあっただろう。それがこの世界に生を受けてからは、他にやることがなさ過ぎて
そして今は、趣味として様々なことを記録に残そうと旅に出て、旅先でもこうして勉強しようという意欲が
「聞いた話だと……あ、あった。ここね」
「どこかで見たことあるんだけど……どこだっけ?」
入り口の前で
記憶の奥底、眠っているだろう知識を呼び起こすなんて言葉は
すると、ぼんやりと
「あー、確か旧帝国
とあるテーマパークに行ったのは、学生の頃だっただろうか。ぼんやりと記憶の中にある映像と、今目の前にある建物が何となく
もちろん、全く同じという訳ではなく、あくまで所々似ているような気がする。雰囲気が似ているような気がする。というか、見れば見る程違うような気がする。といった
周囲の建造物と同じような造りでありつつも、どこか異国っぽさというか変わった雰囲気を持つ建物だと思った。
気が済んだので、早速調べ物をするべく入館する。
中は図書館なので当然だが、静かで、遠くで
本棚を見て回ると、親しみ慣れた本という形の物はざっと半数くらい。もう半分は獣皮紙が一枚一枚、項目毎にまとめられていたり、
「歴史書というより、当時からの出来事を記したただの記録ね」
小さく
このような状態では誰も読まないのか、そもそも歴史に興味がないのか、この周辺の棚には人が近付く様子もなく、たまに職員と思われる人がいくつかの紙の束を持って、適当に空いたスペースに押し込んで、また別の棚から数枚を引き抜いて去って行く様子が見られた。
扱いそのものは雑に見えるが、保存状態は良好だ。多少
今手に取っている記録も、三〇〇年前に書かれた日記のようだった。
何でも、仕事が忙しく家に全然帰ることが出来ていなかった夫が久々に帰宅すると妻が
「いつの時代の昼ドラよ」
何ともまぁ、人間関係というのは昔から変わらないんだなぁ。
城壁自体はもっと昔からあったが、この男がしたのは昔あった城壁を、町の拡張に合わせて現在の場所に
しかし、貴族なのに不倫で駆け落ちとか。
ドラマじゃああるまいし、それをよく国が許したなぁと思いながら読み進めていくと、元妻と不倫相手は、リギアから追い出されることになったと書かれている。
もう二度とあいつらが入って来られないように、より高く頑丈な壁を築き上げてやる。ついでに
「もうどうだっていいや」
歴史なんて紐解けば
というかデマの方がまだ面白いオチだと思う。しかし真実はアッサリというか単純というか、退屈というか、何というかつまらない、疲れる、呆れるものなのだと痛感する。
歴史を調べる名目でなければ、誰が好き好んで獣皮紙数枚に渡って書かれている元妻への
「よし」
歴史の方は
生物関連の書籍は、冒険者に限らず多くの人が手に取るからか、種類はともかくちゃんと製本された物が数多く並んでいる。そして、ほとんどの本が真新しく、紙の質も獣皮紙などではなくジスト製の紙のようだ。ということは、この中の印字もジストの
ジストの技術を用いた本だからか、半数はジストの生物図鑑が
確かに、どうせ読むなら新しい、そして読みやすく修正された本の方が良いに決まっている。私もそうだ。古い書物は文字が
だが、昔の書物自体それはそれで役に立つ場合がある。
「お」
丁度一冊残っていた新しい生物図鑑を手に取り、その隣にあった何冊もある古い文体、古い紙に古い製本技術によって作られた昔の図鑑も棚から引き出した。
とりあえず今夜はこれを読み込むとしよう。
そう思って棚から離れる時に、周囲の声が耳に入る。
「エルフ? 初めて見た」
「やっぱほんとにすごい美人なんだ」
「本当に耳長い」
「肌
「髪も
「冒険者かな?」
「一人かな? パーティに誘ってみるか?」
「むさいあなたのところじゃどうせ誘っても無理よ」
「だよなぁ……」
「本や噂にあった通りだな」
「噂といえば、エルフって本読まないって聞いたぞ。文字読めないから」
「それ本当か? でも今の人、普通に本借りていったけど」
「噂だからな。本当は読めるんじゃね?」
「エルフってヒトの歴史上最も古い種族って言われているよな? じゃあ、あの
「あれは流石に無理だろ……ってか、その存在自体も噂だしな」
「古代に文明があったことを証明する書があるってな。まぁでもそういう
「俺も」
「俺もだ」
「はぁ、男っていつまでもそうよね」
「でも、そこが良いんでしょ? ほら、あの人と……」
「ばっ! 今ここで言わなくても良いでしょ?」
耳が長いのは
それよりも、気になるワードがあった。古文書? 噂? 気になるが、今はそちらではなく今手にある図鑑を読み
私は、受付で貸し出しの手続きを行って牢獄を改装した宿へ戻った。
「あ、ギルドに行くのを忘れていた」
気付いたのは部屋に戻って、図鑑を半分程読み進めた頃だった。
「まぁいいか。明日、うん、また明日。それよりも……やっぱり
今は知識欲を満たすことを重点に置くことを優先した。
気になる点を
特に、昔の図鑑には載っていて現代版で
しかし、火のない所煙立たず。ジストの言葉で言い換えるなら、
何もなければ伝承として語り継がれることもない。ならば、古代の人は本当にそれを見たのかもしれない。その可能性が残る記述を探る目的として、昔の図鑑を引っ張り出したのだ。
まだまだ夜は長い。ジックリと
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