46頁目 演奏会と祭の終わり

 ギルドの仕事をキリの良い所で終えたミリーを誘って前日祭を一緒に回っていたら、数ヶ月前の教え子達と遭遇そうぐうしてしまった。

 話の中で、ルックカを出た後の出来事を次から次へと暴露ばくろされたことで、私の元から危うかった立場がますますがけっぷちへと追い詰められていく。元教え子達から向けられるあきれを含んだ視線がすごくさって色々と痛い。

 ミリーもミリーだ。もう二ヶ月も前の話でまだ根に持っているのかと思うが、そんなことを考えていると顔に出ていたのか彼女が笑顔をこちらに向けてきた。

 その笑顔を見た時に、反射的に身体が強張こわばってしまった。


「フレンシアさん?」


 ただ名前を呼ばれただけなのだがふるえてしまった。すごい威力いりょくである。


「え、えぇ、本当に申し訳ないと思っているわ。だけど言い訳させて。あくまで各地の調査の旅だから、昼間のちょっとした時間だけでは得られる情報が少ないの。だから時間を掛けてじっくりと観察する必要があって……」

「それを何でギルドに言わずに飛び出して行っちゃったんですか?」

「だ、だって……絶対に反対するし」

「当然です」

「じゃあどうしろと……」


 四面楚歌しめんそかどころか四天王とその上の魔王がいる状態だ。

 私の精神はすでぎ落とされ、最早もはや涙目である。

 見た目こそ成人して少しした人間の少女と、耳以外変わりはないが中身は一二〇歳のエルフ。前世も含めると更に増える。そんなお婆さんの涙目とか誰得である。見た目に助けられている。

 それから道の真ん中での説教は続いたが、一通ひととおり言いたいことは言ったのか、すっきりした様子で四人が笑顔を浮かべる。ミリーはまだ言い足りないのか、どこか消化不良っぽい様子だ。というかまだあるの? 多くない?

 ミリーには、何か甘い物をおごることを約束し、ふと疑問に思ったことを口にする。


「ところであなた達、ここ王都拠点きょてんを移すの?」


 まだ彼等が銅ランクに上がって三ヶ月っていない。にも関わらずここ王都にいるということは依頼による遠征か、拠点の移動だ。ちなみにただの遠出という線はないと思う。祭りという名目でも、金欠の新米卒業直後の銅ランク冒険者が、ルックカからわざわざ来れるような距離ではないはずである。

 依頼による遠征。この時期は、王都で行われる芸術祭に合わせてルックカを出る商隊の護衛依頼が増えることは知っている。しかし銅ランクである彼等はランク制限の為に受けることは出来ないはずだ。

 何事もなければそれが一番良いが、もしも怪物モンスターに襲われたら、盗賊とうぞくと遭遇してしまったらという不測の事態を考慮こうりょすると、経験の浅い、もしくは実力のともなわない銅ランク冒険者だけでは荷が重い。その為に護衛依頼は、商隊の規模にもよるが最低六人。指揮が出来る銀以上の冒険者を最低二人は入れることが決められている。


「違うわ」


 答えたのはコールラだ。拠点移動ではないということは、やはり護衛依頼。


「人員は?」

「銀が三人、銅があたし達含めて七人。合計一〇人よ」


 護衛依頼なのかなどの質問を含めた様々な言葉を、あえて端折はしょって聞いてみるも、彼女は言外げんがいの意味を正確にみ取って返答してきた。流石さすが頭が良く回る。


「祭りの期間はいられるの?」

「えぇ、その間は自由時間よ。一応、様子確認の為に持ち回りで見に行くことになっているけど、それ以外は何してても、それこそ追加で依頼を受けても問題ないわ」


 それを聞いた私は、演奏会に誘ってみようと思った。もちろん演者ではなく観客としてだが、正直人が集まるか分からないので、一人でも多く見に来て欲しいという思いである。


「三日後、特設会場で私と元冒険者の人達で演奏会をやるの。もし時間があれば来てくれないかしら?」

「演奏会-? 教官、んなの出来るのか?」


 セプンは驚きをそのまま口にする。他の三人も言葉にはしないが同じ感想のようだ。


「一応出来るわよ。私のいたエルフ族の里では、晴れた満月の夜に里を挙げて野外演奏会を開く風習があるの。各々楽器は自作で、楽譜がくふなどもない自由演奏ばかりだけど、不思議と耳心地みみごこちの良い音色になるのよ」

「えぇと、教官は何の楽器を使うのですか?」

陶笛とうてきよ」


 陶笛とはオカリナのことである。人間族に広まっている物は陶器とうき製が主流であるが、私は木から削り出して二枚組を後から繋ぎ合わせる形で作った。

 エルフの里には小提琴しょうていきんを作る職人みたいなエルフ族もいた。小提琴だけでなく、似た形である中提琴ちゅうていきん大提琴だいていきんまで作り出していた。ちなみに、それぞれヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのことである。

 作り方を教わったことがあったが、結局作ることが出来なかった為、諦めて陶笛に変更したのだ。エルフが森の奥の泉で、月の明るい夜に水辺でヴァイオリンを演奏しているイメージに憧れて頑張ったが、形にはなっても思うような音が出なかったり、そもそも形が崩れてしまったりと上手いこと仕上げられなかったので諦めた。


「三日後ね。あたしは行くわ。詳しい場所を教えて」

「俺も行くぞ」

「わ、ワタシも!」

「……うむ」

「ありがとう」


 四人に場所を告げる。それから一緒に出店を回るか聞くも、もう夜も遅く、彼女達も護衛依頼の状況確認の為に宿に戻るということでこの日は別れることにした。

 それから三日後の朝。

 昨夜は徹夜てつやなどせず、しっかりと睡眠を取って準備を整えたので、健康状態はすこぶる良好である。

 昨日は演奏の最終確認の為に軽く音を合わせたが問題なく、一刻も経たずに解散した。皆も皆で店を持っていたり、孫の世話などあるので仕方ない。

 孫か……

 孫どころかおそらく子すらもいたことがなかったであろう前世。親になるというのはどういう気持ちなのだろうか。そして年老いて孫が出来るというのはどういう感情になるのだろうか。

 想像することは出来ても、経験のない物事ではその先がない。いつか私にも良い人が出来て、子を産むのだろうか。種族の繁栄はんえいの為には私は同じエルフかハーフエルフとつがいになる必要がある。多種族とでは、エルフの血が薄まってしまい、エルフが産まれないのだ。

 長命であるが故の子孫繁栄しそんはんえいへの希薄きはくさが、遺伝子いでんし争いでも先をゆずってしまう有様ありさまだ。母や里長さとおさからは気にするなと言われているが、出来ればこのエルフの血はやしたくないと思っているので、数は少ないだろうが、もしも良い人がいたら一緒になりたいと思う。

 舞台の準備を担当職員が整えていくのを舞台そでで座り、ぼんやりとそんなことを考えていたら目の前に誰かが立ったので顔を上げる。


「シア? 大丈夫?」

「ミリー? あれ? ギルドは?」

「問題ないわ」


 昨日練習を終えた時点では、ギルドの仕事があるので難しいかもしれないと言っていたが、解決したということだろうか。とにかく知っている人、特に友人が見に来てくれるというのはとても嬉しい。


「そう。あ、でもここ関係者以外立ち入り禁止よ?」

「だからここにいるのよ」

「は?」


 どういうことだろうかと、頭に疑問符を浮かべていると、彼女はふところから一枚の木札を出した。


「はいこれ。設営運営補助職員。ギルドから派遣された形にして来たのよ。祭りの運営の補助も請け負っているって言ったでしょ?」

「とんでもない荒技あらわざね」

「えっへん!」


 胸を張る程のことだろうか。友人の為にそこまでしてくれることに喜びの感情が浮かぶが、それと同時に、尚更なおさら失敗は出来ないと気合いを入れ直して立ち上がる。


「ちょっと機材の点検してくる」

「行ってらっしゃい。演奏、楽しみにしているわ」

「えぇ、ありがとう。行ってくるわ」


 この日、この場所で演奏するのは私達だけではない。いくつも同じ集団があり、それぞれ決められた時間内でパフォーマンスをしていくのだ。ライブハウスなどでいくつものグループが代わる代わる演奏していく形に近いだろうか。

 それから、準備を終えて開演の時間となった。トップバッターは若い人間族二人の吉他きった、つまりギターによるがたりのようだ。

 私達の出番は四番目。まだ先なのでここでながめていても良いが、皆と打ち合わせをしておくことにしよう。冒険者を長年つとめ上げた人達である為、言葉遣ことばづかいは時々荒いが根は真面目だ。依頼の前に下調べと支度したくなどの打ち合わせの必要性は皆分かっている。

 そうやって、それぞれの立ち位置を確認した頃に、私達のグループ名が呼ばれる。ちなみにグループ名を決めたのは私だ。そのグループの名前とは……


「私達はアイリスという演奏集団です。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」


 お辞儀じぎをしたことでパラパラと拍手が鳴った。それを合図に顔を上げ、それぞれ楽器をかまえ音に命を与えていく。

 アイリスとは花の名前である。

 こちらの世界にもある花であるが、花言葉は前世でしか存在していないので誰も知らないだろう。その花言葉とは、伝言、希望、信頼、知恵、友情である。

 どういった思いから名付けたのかはあえて述べないが、私はすごくピッタリだと思う。ちなみに演奏内容は、主旋律しゅせんりつに合わせてそれぞれが自由にこの時、この瞬間の感情を乗せていくことに変わりないが、この大舞台で高揚こうようした気持ちが音となり、非常に明るい曲となっていた。

 曲は予定していた三曲を無事終え、大盛り上がりを見せた。二曲目では、雰囲気ふんいきに飲まれた私は思わず陶笛を吹きながら舞台を降りて、観客席で歩きながら、そして時折得意の足捌あしさばきで簡単なおどりをぜながら音をかなでる。

 すると他の演者達も私に続いて、一部その場から動かせない楽器の人をのぞいて全員が舞台を降りて演奏して回っていた。そのままの勢いで三曲目に突入したことで、観客も指笛ゆびぶえ手拍子てびょうしなどで合わせてくれて、ますますにぎやかな演奏会となった。

 そして演奏を終えて舞台へ戻り、挨拶して舞台袖へと消えようとしたところで、次に待機していた演奏者に誘われて即興そっきょうでセッションすることとなった。

 もちろん体力の残っている人だけを残しての舞台であったが、それからは次の演奏者、そしてまた次へとどんどん入れ替わり、その都度つど私達は彼等の演奏に合わせて適当に音を乗せていく。

 その後は、体力を回復したお爺さんお婆さんも加わって、また先程演奏した演者達も再び舞台へと上がって、最早カオス以外何物なにものでもない状態となった。

 それでも、会場一体となって盛り上がっていた。演奏会は予定の時間を超え、夕方まで掛かって行われた。途中で会場を覗いた人にとっては何とも言えない状態だったであろうが、最初からいた観客達はすっかり雰囲気に飲まれ、参加者の一部として声を張り上げ、腕を振って全力で楽しんでいた。地味にエメルトも、声こそ出していなかったが笑顔でノリノリだったのが印象的だった。

 全てを出し切った私達は、特設会場の出入り口に立って観客の見送りをする体力もなく、舞台の上でへたり込みながら笑顔で手を振って去って行く人達を見送ったのであった。

 こうして祭りの三日目を終えた私は、いつの間にか耐久演奏会へと姿を変えたもよおしを乗り切った猛者もさ達とハイタッチをして一体感を味わう。この日ばかりの繋がりではあるが、またいつか、一緒に演奏しようと約束をして別れた。

 翌日からは、フィアの店を手伝う名目めいもくでのんびりと過ごしたり、元教え子達と王都を回ったり、王女のリンちゃんと再会して少し言葉をわしたりしてあっという間に日が過ぎていよいよ最終日。つまり芸術祭当日となった。

 王都中央部の教会の周りはすごい人だかりで近付くことは叶わず、遠目とおめで盛り上がっている様子を眺める。あの中で今年一番の工芸品が奉納ほうのうされているとのことで、一目見てみたいと思うが、何となく教会には入りづらいのであきらめることとしよう。

 そうして、最終日も何事もなく過ぎた次の日。地曜日ちようびでほとんどの店が休みということと、祭りの後ということで、不気味な程静かであった。

 私は出発の準備を整えて宿を出る。


「お世話になりました」

「こちらこそ長いこと利用して下さってありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」

「はい、ではお元気で。それと健康に気を付けてあまり食べ過ぎないで下さいよ?」

「ははは、あの程度では問題ないですよ」

「ふふ、それでもです」


 笑顔で別れを告げた私は、本日王都を出て東の隣国、エメリナ王国へと向かう。挨拶回りは既に昨日の内に終わらせてある。今の時点で私の目的はここにはないので、そうなると、さっさと移動するに限る。

 次にジスト王国へ戻ってくるのはいつになるか。少なくとも北西の地方都市シトンと南部の地方都市ガルチャはまだ行ったことがないので、どのようなルートで回るかは未定だが、いずれ寄ろうとは思っている。


「よし、それでは、行ってきます」


 向かう先は王都ギルド。現時点でのこの国で最後の依頼を受けるとしよう。

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