43頁目 祭の準備と演奏練習

 覇王竜はおうりゅうと戦い、その後二度の説教を受けた日から二ヶ月近くが経過。いつの間にか六月も中旬である。

 あの後、夜間依頼を受注した私は、溜め息をきながらも承認してくれたミリシャさんに感謝し、ジスト王国とエメリナ王国とを繋ぐ街道へと出掛けた。

 依頼は何のトラブルもなく無事に終了した。しかし、夜間は王都の門は閉じられている為に帰ることは出来ず、朝まで外で過ごすことになったが慣れたもの。

 休憩もそこそこに、朝までの暇な時間を、様々な生物の夜間での行動を観察することについやしていた。


「依頼を受けるたびに、ミリーににらまれるのも慣れたなぁ……」


 それから二ヶ月近くの間、私は個人で依頼を受注したり、時折パーティを組んだり、気晴らしでギルドに内緒で二週間程タルタ荒野へ出掛けて野営しつつ生態調査をしたり、それについてミリーからまた説教を食らったりと、充実した日々を過ごしていた。

 この滞在期間の間ですっかり仲が良くなり、もしくは遠慮えんりょがなくなった私達は、お互いに友人としていつの間にか愛称で呼ぶようになっていた。しかし、彼女が怒ると以前までの丁寧言葉になるので余計に怖くなった。


「いやー、覇王竜も怖かったけど、それ以上にミリー怖かった」


 タメ口から敬語にするだけで人って威圧いあつ出来ることを学んだ。

 何はともあれ、当初はここまで長期に渡って滞在するつもりはなかったが、思わぬ出会いやちょっとしたトラブルによってズルズルと引き延ばされて今にいたる。更に、ギルド長からのとある依頼があったこともあり、期間の延長を決断したのだ。


「えぇと、確かこっちだったはず」


 その依頼をこなすべく目的地へ向かっているのだが、流石さすが王都。とても大きく広いので、長いこと閉じられた集落で暮らしてきた私としては情報量が多くて疲れる。

 滞在期間を延ばすことを決めた訳だが、そうなると空白の時間が出来る。そのいた時間を利用して、依頼をこなす片手間かたてまに生態調査に繰り出したり、魔法薬ポーションの研究に打ち込んだり、たまにローゾフィアで看板娘のアルバイトをしたり、魔法の研究と修行に取り組み、その合間にギルド長からの依頼をこなしていた。

 六月最後の祈曜日きようびに行われる王都を挙げての大規模イベント、バレパレス芸術祭である。数世紀昔のジスト国王が暑季の終わりにもよおものをしようと企画したものが、今日まで多少の形を変えて残っている。

 古い文献ぶんけんによると元々この日は、収穫祭しゅうかくさいが行われていたそうだが、この国の主な収穫期は乾季のなかば。まだ二ヶ月も先である。そもそもその日程もバラバラで、祭りといっても決まった催しもなかった。

 そこに、名ばかりの収穫祭は廃止してもっとはなやかな祭りにしたいと当時国王であり、音楽を初めとした数々の芸術愛好家でもあるバレパレスが芸術祭として開催したのが始まりである。


「まぁ楽しくさわげれば、何でも良いのだろうけどね」


 かなり大規模な行事であり、一応祭りの日は六月二九日の一日となってはいるが、それより一週間前から町は活気かっき付き、盛り上がりを見せているので、実質一週間のお祭りである。

 滞在日数を増やした理由はこの祭りにある。この日は国内の各地から様々な芸術品や催し物が持ち込まれ、楽団によるコンサートホールや特設会場で行われる演奏から突発的な路上ライブなど、大盛り上がりとなる。

 すごく楽しみである。

 そして、その祭りをより一層楽しむべく、今私はある所へ向かっていた。


「こんにちはー!」

「おお、フレンシアちゃんいらっしゃい。今日もキレイだねぇ」

「ありがとうございます。皆さんは?」

「もう集まっているよ」


 とある建物の入り口をくぐってすぐ横にある受付で、中年の人間族の女性に声を掛けてから中に入る。いくつかの部屋を素通りし、建物の奥にある多目的部屋をのぞき込む。


「こんにちはー!」

「おお、フレンシアちゃんが来たぞー!」

「いやーやっぱり華があるねぇ」

「そりゃそうだよ。こんな年寄りばっかりの集まりの中で一際ひときわ輝いているよ」

「そんでもフレンシアちゃんの方が年上なんじゃがの! がっはっはっは」

「ちょいとじいさん、声が大きいよ!」


 私が入室したことで、室内にいた三〇人程の高齢の男女が一気に賑やかになる。

 ここは、王都にある高齢者施設である。とはいってもここに入居している訳ではなく、老人会の集まりなどで用いられる建物で、今回のような集まりの他にも様々な交流の場として活用されている。

 この世界には、前世と違って認知症にんちしょうやガンなどといった細胞などの身体機能の異常によって発症する病気はない。少なくとも私は見たことがない。その為、この世界で病気と言えば何らかのウィルス性や細菌さいきん性による感染がほとんどである。

 回復魔法は怪我の治療には使えるが、病気や毒などの状態異常には効果が薄く、そういった場合は魔法薬がもちいられることがほとんどである。しかし、万能薬で知られる魔法薬も等級やくらいによってき目が違い、またランクが上がればそれだけ高価になることから、地方の村々や王都でも、貧困ひんこんの人達では手が出せず感染が広がることがある。

 中世の欧州ヨーロッパよりはまだまともな衛生状態ではあるが、それでも前世の日本程徹底てっていされている訳ではなく、衛生管理の専門機関などもないので、一度感染してしまえば抵抗力の弱い人はたちまち死に至ってしまうまである。

 とはいえ、この世界の抵抗力は人体の血球などによるものだけでなく魔力の影響を受けるので、高齢者だからといっても必ずしも感染するとは限らない。特に冒険者経験のある人達は、肉体も魔力もきたえられている人が多い。だが、平均寿命はまだまだ短く、私の父も七二で他界したように人生一〇〇年時代とはまだまだいきそうにない。

 ここに集まっている人達は、かつて冒険者をつとめていた猛者もさ達ばかりで、ほぼ全員が顔見知りである。

 彼らが現役だった頃は、私はまだルキユの森のエルフの里で過ごしていた為、商隊の護衛として里を訪れた彼らと何度か会ったことがあるし取引をしたこともある。

 もちろん、全員が生きて老後を過ごせる訳ではないし、高齢になってから病気や事故、事件または寿命で亡くなっている場合もある。


「皆さん元気そうで良かったです」

「元気なもんかい、最近は足腰が弱って仕方ないよ」

「でもあんた、そう言う割に今でも酒樽さかだる運んでいるじゃないか」

「ありゃ息子共が情けないからだよ。冒険者めて酒屋にとついだは良いものの、結局肉体労働は変わんないねぇ」

「あの人はどうしたい? コンリャのじいさんは?」

「あぁ、コンリャさんなら魔力障害まりょくしょうがいだよ。確か認識病にんしきびょうだったかな」

「へぇいつからだい?」

「去年頃だったかな」

「はぁお気の毒になぁ」


 認知症やガンなどはないとは言ったが、この世界ならではの病気ももちろんある。誰もが魔力を持つがゆえに引き起こすことがある魔力障害はいくつかある症状の総称で、ここからいくつもの病気へ分別される。

 私が以前なってしまった魔法酔まほうよいも魔力障害の中の一つで、割と軽度で一時的なものである。

 認識病は認知症に近い病気で、魔力の異常な増減や活動などによって時間、場所の認知障害や記憶障害、手足のしびれや筋力の低下などの機能障害、それらによる睡眠障害などを引き起こす。

 前世の認知症に当てはめれば、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病に近い症状が出る。またこの二つの症状を掛け合わせたようなレビー小体病とも取れる。

 とはいえ、人格が破綻はたんする程の症状の発展はなく、また幻覚や自律神経じりつしんけい障害の発生もみられないことから、精々せいぜいが老化の延長線上にある病気と認識されている。


「それじゃあ、そろそろ始めるとしようかの」

「そうですね。それでは、時間もないですし、最初から通して確認しつつ楽しく演奏しましょう!」

「よっしゃやるかのぅ」

「おぉおー!」


 今回施設訪問の目的は、彼らと一緒に芸術祭の野外特設会場で演奏会を行う為の練習である。

 こういった施設があるのを知ったのは二ヶ月前。ギルド長のベランドさんとお茶を飲みながら世間話をしていたところ、そういえばと切り出されたのが今回の芸術祭とそれに参加予定の演奏者の方々の存在だ。

 特に滞在期間を決めていた訳ではないし、急ぐ旅でもなかったことからこの件を了承。そして実際に顔合わせで訪れてみるとビックリ。皆が皆、かつて会ったことのある元冒険者の方々だったのだ。

 冒険者ギルドの長からの紹介ということで、予想すべきであったことかもしれないが、このサプライズに私は驚きと共に喜び、どさくさに紛れて私のお尻を触ってきたおじいさんに説教したりした。それから都合の良い日に集まって、練習を重ねてきた。


「いよいよ明日からお祭りの期間ですね。では、頑張って演奏しましょう!」


 私の合図を元に、それぞれ楽器を構えて演奏を開始する。

 一応楽譜がくふはあり、主旋律しゅせんりつを担当する人はいるが、その他は比較的ひかくてき自由だ。その時々の気分で演奏が変わる、まるでジャズ音楽のようだ。しかし各楽器とそこから生まれる音色は、ケルト音楽やアイルランド音楽に近いものがある。

 楽しい、ワクワクする音色で、オカリナを吹く私も笑顔で小躍こおどりしながら演奏に参加する。


「一回休憩をはさみましょう」


 三曲を通して二回ずつ演奏したところで休憩に入る。演奏時間も曲数もそんなにある訳ではないが、彼らが高齢者であることを忘れてはならない。人のお尻を触るくらいに元気とはいっても、そこはしっかりと考慮こうりょする必要がある。

 下旬とはいえ、暑季なのだ。

 冷暖房などの機器がないこの世界では暑季は暑く、寒季は寒い。寒さは服を着込んだり、暖炉だんろに火をくべたりすれば対処出来るだろうが、暑いからと全裸になる訳にはいかない。いくら私でも里にいる時ではないので、衆人環視しゅうじんかんしの元で脱ぐことはしない。しないよ?

 一応現在はノトスに魔力を送り込むことで室内に風を循環じゅんかんさせて、ある程度は過ごしやすい環境にしているが、知らない間に脱水症状だっすいしょうじょうにならないとも限らない。

 私が風魔法を使うことが出来ないことは周知なので、一応珍しい魔導具を見つけて、それを使って風を吹かせていることにしているが、相手は長年冒険者業務を続けてきて生き残って引退した老練ろうれんの猛者達だ。果たして誤魔化ごまかせているかは分からないが、彼らが全てを飲み込んだ上で納得してくれているのなら、その好意に甘えようと思う。

 バレたくないなら力を使わないべきではあるが、目の前で体調不良になられるのも嫌なので、この役目を引き受けた以上は、ちゃんと彼らの面倒を見るのが年長者である私の務めである。


「ちゃんと水分を取って下さいね」

「いやはや、フレンシアちゃんが私らの健康を気遣きづかってくれるおかげで、今日も元気でいられるわい」

「はいはい。休みながらで良いので聞いて下さい。演奏は問題ないと思いますので、今日は後何回か演奏したら終わりにしましょう。次は……本番が四日後の火曜日かようびですので、前日の日曜日にちようびのこのくらいの時間に集合して最終調整という形にしたいと思います」

「良いんじゃないかい?」

「もうちっとフレンシアちゃんとお話したいんじゃが」

「ばあさんやあの子にも予定があるだろうから」

「分かっておるわい」


 昔会ったとはいえ、その数はわずか数回。ほとんど交流なんてしていないはずなのにここまでしたしんでもらえるのはとても嬉しいが、セクハラは止めて欲しい。

 その後も曲目を確認しつつ軽めに練習を重ね、各自問題ないことを確かめた後に解散した。

 時間もあるし、ちょっとフィアの店でも覗いて行こうかな。

 そう思った私は、その足を馴染なじみの素材屋へと向けた。

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