44頁目 飾り付けと町の様子

 高齢者施設で芸術祭の出し物として演奏会の練習を行っていた私は、練習後のき時間を使って馴染なじみの店へと向かっていた。


「もうさわいでいるし」


 明日からいよいよ芸術祭期間。町中を歩くとあちらこちらで特設会場などが急ピッチで進められていたり、商店などでは様々な飾り付けが行われていたりしていた。中には前日祭だからと、まだ夕方前にも関わらず酒飲みにきょうじる集団も見られる。


「今日はまだ木曜日もくようびなんだから、働かないと……」


 本来祭りの本番は来週の祈曜日きようびな訳で、明日から始まるのはただの準備期間兼騒ぎたい人だけ騒ぐだけの期間なので、前日祭も何もないのだが……

 私は彼らを横目に、すっかり常連となったフィアの素材屋へと足を運ぶ。

 大通りからはずれているものの、この辺りもかざり付けにいそしんでいるなど賑やかな様子だ。それは目の前の素材屋ローゾフィアも同じようで、店頭にはクリスマスを彷彿ほうふつとさせるような、植物をもちいた謎の装飾そうしょくがなされいる。うん、とりあえず中に入ろう。


「こんにちは。フィアいる?」

「お、シア! いらっしゃい。どうかなこの飾り」

「えぇと……その、うん、悪くないんじゃないかな?」

「えーそれどういう反応ー?」


 私以外で、エルフらしくないエルフであるフィアだが、元々は閉ざされた種族である。つまり、そのセンスもなかなか独特で、山のエルフだからか、飾りなのか売り物なのかそれとも廃棄物はいきぶつなのか分からない石ころがゴロゴロと転がっていたり、魔法薬ポーションの素材にもなる乾燥したゲンボス樹の枝が、何故か大量に天井からつるされていたりと結構カオスである。

 まぁゲンボス樹は一つの木に四色の花を咲かせ、その色の組み合わせは一本一本違う。乾燥させて長期保存が出来るように加工されていたとしても、花はそのまま残り続ける。というか花を残す為に乾燥させるのだ。

 ゲンボス樹の枝に残った花が魔法薬の素材となるのだが、その為には枝を適切な手段で乾燥させる必要がある。枝から余分な水分と栄養を抜きつつ、必要な分を花に回して養分の行き来する道を特殊な工程で遮断しゃだんすることで十分に栄養の詰まった花となり、良質な、それこそ上級魔法薬も作れるような素材となる。

 そういう手順があるということの知識はあるが、実際にどのように行うのかは知らない。本職の素材屋でなければ、得られない知識と経験によるものだろう。

 もちろん、普通に乾燥させてもその見た目はほとんど変わらないので、見た目のキレイさはそのままである。そう、見た目はキレイなのだ。

 ゲンボス樹の枝が適切に加工されているかどうかを確かめるのは簡単だ。匂いをげば良い。そして、普通に乾燥させた枝は香油アロマオイルのような甘い香りがするのだが、適切な処理をほどこした枝は、何故か刺激臭しげきしゅうがする。

 ここまで言えば分かるだろう。フィアは素材屋として優秀で、時折自身で素材を仕入れに出掛けてその目利めききから加工技術にいたるまで、中級から上級の素材を扱うだけあって一級品だ。

 そんな彼女が加工したであろうゲンボス樹の枝が、大量に天井から吊されているのだ。正直言って、見た目はともかく匂いが非常にキツい。獣人のお客とかは裸足はだしで逃げ出すだろう。

 フィアがこの匂いに無事な理由はある程度予想出来る。仕入れから加工まで一手いってに行ってきたのだ。最初からくさい訳でもいきなり臭くなる訳でもなく、徐々に匂いが変わっていくらしいので鼻が麻痺まひしている状態であると思われる。いや、彼女のことだ。そうでなかったとしても平気な顔して過ごしていそうだ。


「何かすごく失礼なことを考えていないかな?」

「いえ、その、すごく臭いですよ」

「あーやっぱり? でもせっかくキレイなんだから倉庫に眠らせるのも勿体もったいないと思ってね」

「自覚あったんだ……」


 一、二本ならともかく、これだけ大量に吊すのは本当にバイオテロである。


「これじゃあ、お客さん来ないんじゃないの?」

「え、そうなの? これだけ良質な素材がいっぱいあったら、むしろ沢山たくさんの人が来るんじゃないの?」

「いえ、間違いなくこの匂いで客足はとおのくかと思うのだけど」

「うーん、そうか……じゃあ減らす」

「一本か二本なら大丈夫なので、残して……消臭用の炭はある?」

「倉庫に」

「それを店内に置いて、急場しのぎしようか。で、この石は何?」

「あぁそれ? 暗黒曜石あんこくようせきよ」

「素材?」

「えぇ、そうよ。まぁ魔法薬用じゃなくて武器の加工用だけど」


 これも飾りじゃなくて売り物だったのか。売り物なら何で床にあるのだろう。というか黒曜石は知っているが、暗黒曜石というのは聞いたことがないということは、これもまた貴重な品なのだろう。何故か床に無造作むぞうさに転がされているが。

 いや、そもそもゲンボス樹の枝を天井から吊すというのもおかしいのだ。普通にたなに並べれば良いのに……確かに、見た目は華やかでキレイだったけど。

 その後は、閉店時間まで掛かって匂い消しと掃除、店内の整理整頓を二人で行った。


「いやーありがとうね。えぇと、今日の売れ残りね。そろそろ状態が悪くなって売り物にならなくなる素材は、これとこれよ。はい」

「いつもありがとうね」

「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう」

「どういたしまして」


 売れ残った素材で、品質の維持が困難に近付いてきた物は、売り物にならないので廃棄となる。しかし、あくまで上級素材として用いることが出来ないだけで中級の素材としては、十分なのだが、売れ残ったからと中級に下げて売り出すのも、店の信用に関わる。

 スーパーで肉が売られていて、賞味期限が近いから通常なら廃棄となるところを、まだ食べられるからと熟成肉じゅくせいにくとして再度売り出すようなものか。いや、熟成肉はそうやって作られる訳じゃないし、そんなことをすればたちまち保健所どころか色んな関係機関が乗り込んでくるはずだ。

 一体何の話だ閑話休題

 ともかく、そうやって店頭に並べることは出来ないが、まだ素材として使える物を、私は友人価格として格安で入手して、魔法薬作成の修行に使用している。

 素材の特性はつかんできたので、何とか上級魔法薬の失敗の失敗作である中級中位は多少作れるようになってきた。とはいえ、まだその数は少なく、ほとんどが失敗の失敗の失敗作である中級下位がほとんどだ。

 同じランクの魔法薬ならば、通常の材料を使うことで三倍近くは期間を短縮して作ることが出来る。つまり、き目は同じでも製作時間に制作費を考えれば十分劣化品れっかひんである。

 しかし、それでも中級魔法薬であることに変わりはない。

 中級は上級程の効果はないものの、高価でもないことから下級貴族や売れっ子冒険者には人気で、卸先おろしさきであるフィアの店は、素材だけでなく私の魔法薬を求めてお客が入るようになったことで売り上げも伸ばしてきている。

 もちろん中級自体も十分高価で、ほとんどの人は低級の中位か精々せいぜい上位を買うだけで精一杯せいいっぱいなのは変わらない。よって、そういった層に向けても私は低級魔法薬をおろしている。

 いずれも私個人だけで作っている物なので、本数はわずか数本ずつと少ないこともあって、並べればほぼその日の内に完売する盛況せいきょうぶりである。


「でも、祭りが終わったら国を出る予定だから、提供することが出来なくなるね」


 自分が作った品物が、色んな人の手に渡って活躍するのは嬉しいものだ。ただ、出来れば怪我がないように安全に十分配慮はいりょして業務に当たってもらいたい。私もいつまでもここにいる訳ではないのだから。

 フィアの店の状態の確認も終えたので、町の様子を見る為に、宿までの道を大きく迂回うかいしてぶらぶらと探索する。

 あちこちの建物に装飾が施されており、中にはフィア程ではないにしろ、中々奇抜きばつな飾りがあるなど見ていて飽きない。

 そうやって歩いていると、一際大きい建物が目に入る。

 イパタ教会堂だ。王都は広く人口も数万人が暮らしていることから、教会堂もいくつか点在しているが、ここ中心部に近い教会はその中でも途轍とてつもなく大きい。


「いったい何百人収容出来るのだろう」


 異教徒なので中に入ったことも覗いたこともないが、建物の造りはっており、外観を眺めるだけでも楽しめる。


「ここが祭りの開始を宣言する場所……」


 国王が、教会堂の祭壇さいだんに今年の最も良い工芸品を奉納ほうのうして祭りが始まる。工芸品の大きさや重さはある程度決まっており、先月末の祈曜日にり行われる品評会に出品された物の中から大賞に選ばれた作品をこうして祭壇におそなえするのだ。

 それは職人にとって非常に名誉めいよあることであることから、毎年、祭りが終わった直後から来年に向けて制作に着手する職人がいたりする。

 また、選ばれるのは工芸品とは言ったが、必ずしもそうとは限らない。何年か前に、既存の音楽とは一線をかくした楽譜がくふが選ばれたことがあると聞いたことがある。

 画家がか彫刻家ちょうこくか細工師さいくし、音楽家、楽器職人等々、数多くの職人にチャンスがあるのだから、頑張らないはずがない。まぁガローカさんが参加しているところは見たことがないので、全員が全員、作品を出すとは限らない。

 作品数が膨大ぼうだいになるので、品評会前にも事前審査がある。そこである程度数がしぼられるが、それでもその数は一〇〇にのぼるとされるのだからすごいことである。


「教会堂にも飾り付けされるんだ」


 見上げ過ぎて若干首が痛くなる。

 荘厳そうごんで立ちであるが、飾り付けによっておめかしした教会は、建物自体も祭りを楽しみにしているような雰囲気ふんいきかもし出していた。


「まぁ明日からは前日祭だから、実際に奉納されるのは最終日の二九日なんだけど、皆気合い入ってるね」


 前世の学生時代に文化祭とかあったと思うが、あぁいうのは準備期間が最も楽しいと言われている。

 はて、どうだっただろうか?

 そこのところは私自身に関わることだからよく覚えていない。

 様々な無駄な知識はちゃんと残っているのだが、私自身の記憶となると、全てないという訳ではないが、ぼんやりとかすみが掛かったかのようで判然はんぜんとしない。


「さて、私も演奏頑張らないとね」


 短い期間であったが、一緒に練習をして交流してきたのだ。やるなら成功させたい。もちろん全員が楽しんでこそ大成功であるので、私も思う存分楽しむつもりである。

 まぁ私のパート、ほとんど楽譜ないから自由演奏だけど。自由な分、色々と難しい。本番にテンションの高さを持って行けるように、明日からの前日祭は、思いっ切り楽しもうと思う。

 そう決意した私は、意気揚々いきようようと宿へ歩む足を速めるのであった。

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