29頁目 取り調べと今後の予定

 夕方前に王都に到着した私達は、現在門の前で足止めを食らっていた。その理由はもちろん、翡翠鳥ひすいちょうの死体の扱いについてだ。滅多めった遭遇そうぐうしない怪物モンスターのほぼ完全な姿形での亡骸なきがらである為、衛兵としても王都内に入れても良いのか判断が出来ないのだ。よって、私は衛兵の責任者に、ギルドの職員と生物学者を呼んでくるよう伝えている。

 それからしばらくして、やって来た人物に目を丸くした。


「ふぉっふぉっふぉ、小飛竜しょうひりゅう討伐とうばつに出たと思ったら一日経っても帰って来ない。どこかで道草でも食っているのかと思えば、何やら面白い土産を持ってくる始末。いやはや、本当にお前さんには毎度驚かされる」

「ベランドさん、すみません」

「いやいや、後で報告書は書いてもらうが良いかの?」

「えぇ、もちろん」


 ギルド長と一緒に来た学者のおじいさんは、興奮した様子で死体の検分に入っていた。


「しかし、ギルドの職員を派遣するように要請ようせいはしましたが、まさかギルド長であるベランドさん直々じきじきにみえるとは……良かったのですか?」

「うむ、問題はない。多少判子はんこを押すのが遅れるだけじゃ」

「問題ですね」


 相変わらずの様子に呆れつつも、これで無事に王都へと入る手続きを済ませることが出来るのだ。感謝はしている。


「で、亡骸の取り扱いについてですが……」

「心得ておるよ。しかし研究所だけではまかなえない程の高値になるじゃろ。一部をギルドが負担するとして、更に国からも借りられるよう働き掛けるとするかの。どうせ研究が終われば、素材屋や武具屋が買い取るのだ。返済はすぐに出来るじゃろう」

「そうですね」

「して、希望の売値はあるかの?」


 その言葉に、首を横に振る。


「ありません。そちら側の言い値で構いません。ただ、そのお金は彼らに支払ってあげて下さい」


 そう言って、無事に王都に着いてホッとしている村人達を見る。隣に立つベランドさんも、同じように目をやり、再びこちらに視線を向けた。


「良いのか?」

「はい、ギルド長のお墨付すみつきであれば、不当な値段で買い叩くこともないでしょう。特にギルドや国が一部負担するとなれば尚更です」


 本来こういった素材の類は、直接武具屋に持ち込んで買い取ってもらうか、もしくはいくつもの武具屋、素材屋をまとめる元締めや商業ギルド組合などにおろすのが一般的だ。

 少量ならば馴染みの店に売ることが出来るが、今回は中型種とはいえ、人間サイズからすれば巨大生物丸ごと一匹分だ。一つの武具屋に売ったところでとてもさばききれないので、商業ギルドや元締めの役割を持つ大店、もしくは冒険者ギルドに売るのが常識である。

 とはいえ、そもそもまず一匹そのまま中型以上のサイズの怪物を持ち込むことは滅多にない。せいぜい小型怪物くらいなものだ。

 また、組合といった統括とうかつする組織も、王都のような巨大な都市くらいしかない。これは、一、二店舗程度では組合ギルドなどを作る必要がなく、地方の町村では組合がないことが多い。ルックカも地方の割には大きな町であるが、それでも五店舗の鍛冶屋かじやがあるくらいで組合とまではいかない。

 ただ、今回のケースは、まず研究所に送って研究の為にいくつかサンプルを採取さいしゅした後に組合に回され、各店舗へ売られることとなる。

 面倒だなと思うが、その面倒事を持ち込んだのは自分自身だと自覚しているので何も言わない。しかし、その姿に彼は何か納得いかない様子であった。


「いや、お前さんお金はいらんのか?」


 認識にズレがあったようだ。


「お金は依頼料として、村長からたくさんいただきましたので……えー、詳しくは、ここでは他の人の目もありますので、またギルドで」

「何か面倒事かの?」

「いえ……あーギルド側からすると、書類を少し……だと思いますので、そうかもしれませんね」

「やれやれ、中々サボれないのぅ」

「いや、仕事して下さいよ」

「ふぉっふぉっふぉ」


 笑って誤魔化されてしまった。

 その後は、翡翠鳥を研究所まで運び、学者の指示の元で必要な部位の解体を行っていく。一通り作業が終わる頃には、すっかり日が落ちていた。本当ならば、村人達は日帰りの予定であったが、日が落ちてしまった以上は門も閉ざされ、外に出ることは出来ないだろうし、そもそも夜の外は危険である。私のような慣れた冒険者ならともかく、彼らは素人だ。よって、今日のところは、どこか宿に泊まってもらうことにする。


「すみませんベランドさん、彼らの今日の宿泊場所がまだ決まっていないのですが、手配出来ないですかね?」

「ん? おぉ、任せておけ。ラール」


 彼は後ろに控えていたギルド職員の男性を呼び、指示を出した。受けた男性職員は足早にこの場を去って行った。その間に、村人達に今日の宿泊について報告する。宿泊費もこちらが出すむねを伝えると流石に申し訳ないのか、自分達で負担すると言った。


「今回、私の要請で派遣されたのですから、現時点の雇い主は私です。雇用者のお世話はあるじである私の役目ですので、遠慮えんりょすることはないですよ。それに、このお金は元々あなた達が汗水垂らして稼いだお金です」


 私の説得に渋々納得した様子の彼らの元へ、息を切らせて先程宿を手配しに走って行ったラールと呼ばれていた男性が戻ってきた。人数分の部屋の確保が出来たらしい。仕事が早い。

 とりあえず、今日はこの場で解散ということになった。


「それでは、また明日ギルドまで来て下さい。報酬ほうしゅうをお支払いします」

「分かりました。それでは失礼します」


 村人代表の男性に運搬費うんぱんひと人件費、そして今回急遽きゅうきょ発生した宿泊費については明日支払うことを告げ、ラールさん案内の元、宿へ向かう村人達と別れた。


「さぁて、わしらもギルドへ戻るかの」

「きっちり報告しますので、ちゃんと仕事して下さいよ?」

「いや、そこは他の職員に聞き取りしてもらってな……仕事が溜まっているのじゃ」

「溜めたままにして出て来たのはあなたじゃないですか。皆さんも忙しいのでしょうし、一緒に残業しましょう」

「老体にむち打つとは、何とも厳しい娘じゃのう」

「これでもベランドさんよりは年上なんですけどね」

「やれやれ、何も言えんわ」


 ギルドの二階の奥にある執務室へ行き、ギルド長であるベランドさんの他に、記録用の中年の女性職員と、書類作成用で昨日私をベランドさんの元まで案内してくれたミリシャさんの二名も同席し、聞き取り調査が始まった。


「まずは、当初の依頼についてじゃが」

「はい、依頼は未達成です」

「未達成のう……失敗ではなくか?」

「はい、私が村に到着した時点で、既に討伐対象は死亡していたとのことですので、未達成です」

「ふむ、そうなると、虚偽きょぎことになるかの。それで翡翠鳥カワセミと戦うことになった経緯は? このことと関係しておるのかの?」


 この質問に、村長から聞いた話ですがと前置きし、続きを話す。


「小飛竜の被害に悩んでいたオボス村は、ある時、パッタリとその姿を見なくなったので、その原因を探る為の調査として村人数名を、小飛竜のつがいの巣があると思われる場所へ行かせています。そこで、その場所を新たに縄張りとしていたカワセミと遭遇。襲撃を受けて犠牲者が出たことでの討伐依頼だと言っていました」

「番……小飛竜一体の討伐ではなく、二体だったのか。そこも虚偽か」


 ベランドさんは呆れた様子である。他二人の職員も声には出さないものの、重なる違反にその表情は厳しい。


「そもそも、虚偽依頼を出すにいたった経緯を聞いていないが、何か知っておるかの?」

「本来なら翡翠鳥討伐の依頼を出せば済む話で、ここまで違反を重ねる必要はありません」


 ミリシャさんはついに我慢出来なくなったのか、ベランドさんの話を捕捉ほそくするように言葉を続けた。それに対し、私は村長含めて村人達から聞き取った事実をべる。


「冒険者の間でもその姿を見た人は少なく、更に戦闘となればもっと数は減ります。討伐成功は何度か話に聞き、非常に貴重ですがその素材も出回っています。しかし、これはあくまで私達冒険者や、それに関わるギルドや武具屋などに限ります。普通の人は、特に地方の村々までは、その情報は出回っていないでしょう。事実、彼らはアレの名前どころか、存在も知らない様子でした」


 正体不明の生物を討伐してくれという依頼は通りにくい。まずは調査隊が組まれ、それによって個体を特定。その危険性などが精査されて、ようやく討伐依頼となる。しかしそれでは時間が掛かり、その間に村の被害は拡大する可能性があった。よって、今回のような強引な手段での依頼となったとのこと。

 聞かれたことに対し、私は見聞きしたことを正直に話していく。ここで嘘を混ぜれば、今度は私自身が罪に問われるのだ。聞き取り調査ではあるが、これでは警察の取り調べのようだ。カツ丼とか出てこないだろうか。いや、もう夜中だ。この時間にカツ丼はエルフでなくとも、胃につらい。

 カツ丼といえば、リンちゃんは美味しそうにカツ丼を食べていたことを思い出した。残しちゃったけど。リンちゃんは元気だろうか。

 それからも、いくつもの質疑応答しつぎおうとうを繰り返し、その質問の内容も翡翠鳥の戦法や武器についてに変わり、そこから私のコートの左腕部ひだりわんぶ半袖はんそで状態になっていることにも質問が飛んできた。


「なんと、鉄火竜のコートをも引き裂くか」

「そ、それも驚きですが、その、左腕が千切ちぎれたとおっしゃいましたよね? 大丈夫なんですか?」


 心配そうにミリシャさんが聞いてきたので、左腕を軽く振って本調子であることを伝える。


「大丈夫ですよ。回復魔法と魔法薬ポーションで完全にくっつきましたから、後遺症こういしょうもないです」

「すごいですね……流石はエルフ……なのでしょうか?」

「いや、この場合はフレンシアだから、と、言うべきじゃな。エルフの冒険者は数こそ少ないがそこそこおるし、しかも皆優秀である。じゃが、そこまで魔法を使いこなすことが出来るのは、こやつくらいじゃろう」

「そこまで評価されるのは嬉しいですが、買い被り過ぎじゃないですか?」

「そんな訳なかろう。これまでいくつ独自の魔法をつくり出してきたと思っておる?」

「創っただけでは駄目ですね。何度も練習して、ちゃんと身に付けなければただの知識です」


 昔の偉い人は、宝の持ち腐れと言っていたと思う。


「そうじゃな。知識は使ってこそ武器となる。使わん知識は本にでも書いてしまっておけということじゃな」

「……そこまで暴論を言っているつもりじゃないのですが」

「ふぉっふぉ、違うのかの?」

「えー……大きくは違わないでしょうけど、私の思惑おもわくからは外れると思います」

「細かいのう。さて、次の質問へ行くぞ?」


 質問は再び、村長の虚偽依頼について戻る。

 今度の議題は、ペナルティをどうするか。これは本来ギルドと村の間で解決すべきことなのだが、ここで問題なのは、私が関わってしまっていることにある。

 虚偽依頼が発覚した段階でギルドに報告し指示をあおぐところを、私はそれを無視して直接新たに依頼を受注し、更に報酬を受け取ってしまっている。しかも、その額は五ロカンと高額だ。しかし、この五ロカン、その内訳には運搬に携わる村人の人件費などが含まれているので、諸々もろもろ引かれて手取りで一ロカン程度しか残らない。

 一つの討伐依頼として、五ロカンは十分過ぎる程高いのだが、結局はそのほとんどが村へと還元かんげんされる。未確認生物の討伐報酬で一ロカンは安すぎると思うだろうが、鉄火竜てっかりゅうの討伐を一キユで引き受けた私が言っても説得力がない。


「鉄火竜の時も聞いたが、本当にお前さんはお金に無頓着むとんちゃくじゃのう。普通の冒険者なら、その倍、しかも人件費などとは別で請求せいきゅうするじゃろう。そうなると、お前さんはわずか十分の一の報酬で受けたことになる。タダ働きも同然じゃよ」

「お金はもらっていますよ」

「もらえば良いという問題ではないのだが……まぁ、この際良いか」

「え、良いのですか、ベランド様?」


 ミリシャさんが驚きの声を上げるも、ベランドさんは「良い」と頷いた。


「鉄火竜の件も今回の件も、どちらも直接契約によって行われ、ちゃんと支払いも終わっておる。よって、依頼は完遂かんすいしていると見なされる。ギルドが関わる依頼、契約などならば介入出来るがこれは違う。当人同士で解決している問題に、ギルドが首を突っ込むことは出来ない」

「それはそうですが……」

「まぁ、報告をおこたり、事前通達つうたつもなく翡翠鳥と戦闘を行い、これを討伐といった諸々の行動をとがめることは出来る。罰金はいくらが良いかのう?」

「えっ」


 突然こちらに飛び火してきた。事実であるが故に言い逃れは出来ない。罰金を支払うとなると、今回の討伐依頼は無報酬で終わってしまう。それは流石に避けたい。本当のタダ働きだ。

 私の動揺どうようが分かっているのだろう。彼が「ふぉっふぉっふぉ」と笑って、冗談だと言ってくれたことで、安堵あんどの溜め息を吐く。


「まぁ、こういうことになりかねんからのう。以後気を付けるのじゃよ?」

「分かりました。きもめいじます」

「お前さんのことだからどうかのう……まぁとりあえずは良いか」


 あまり信用されていないのは今回のことだけでなく、過去の冒険者時代のことも含めて色々やらかしているからだろうが、私としては、その場で切羽詰せっぱつまっていた為に直接受けただけだ。多分そう思う。

 そんな私の内心を察したのか、それとも気にしても仕方ないの意味か分からないが、溜め息を吐いたベランドさんは「まぁ、それはそれとして」と話の軌道きどうを戻してくれた。


「まさか虚偽依頼などの罰則ペナルティによって発生した罰金を、丸ごと素材売却で賄うとはな……つくづくお人好ひとよしじゃよ」

「どういうことですか?」


 記録係の中年女性職員の疑問に、ベランドさんが翡翠鳥の亡骸売却による売り上げを全て村へ返すと教えたことで、ミリシャさんも加わって、二人から「どういうことですか!」と詰め寄られた。


「まぁ、事情も事情ですからね。犠牲者による損失もあるでしょうから、補填ほてんになればと思いまして……」

「軽率じゃとは思うが、これがフレンシアじゃからのう。腕は立つが、そういうところはいい加減じゃ」


 失礼だが、事実なので反論出来ない。

 一応、魔法薬で稼いでいるので、多少手取りが減ったところで問題ないと言い訳したいが、今現在、フレンシア印の魔法薬は制作者である私自身が旅に出ていることもあって、休業中である。その上、鉄火竜に続き、翡翠鳥との戦いでも魔法薬を数本消費してしまった。これをおぎなう為には、新たに購入するか作成するしかない。

 買うか作るか。どちらを選ぶにしても、お金が掛かる。

 買うのは当然だが、作るを選択したとしてもここは王都だ。近辺に素材となる薬草類を採取するのに手頃な森などがある訳もなく、結局魔法薬を作る場合も、材料を買う必要がある。

 貧乏ではないが、このペースで消費し続けていたら、一年も持たない。また魔法薬の補充ほじゅうは遅かれ早かれ必須事項になる。

 しばらくは王都に滞在たいざいすることは決めていたが、魔法薬作りで時間が過ぎてしまう気がする。ただ、この旅の中で魔法薬の腕を上げるのも良いと思い、この機会に出来るだけ様々な薬草や素材をもちいて、魔法薬作りに励んでみようと決意した。

 聞き取り調査は明け方近くまで続き、ミリシャさんが書類をまとめたところで、終了となった。

 私は昨日の討伐前にしっかり睡眠を取ったので疲労も眠気もないが、三人は、特に高齢のベランドさんはもはや虫の息である。残る二人も眠気を隠しきれず、最後の方はひっきりなしに目をこすりながら作業を続けていた。


「それでは、ベランド様も寝落ちしてしまいましたし、ギルドとしてもフレンシア様に聞きたいことはありませんので、これで解散とします。私個人としては、武勇伝とか色々聞きたいのですが、今日もこれから仕事ですので、始業時間まで、少しでも仮眠を取らせていただきます」

「はい、ミリシャさんもお疲れ様でした」


 解散と彼女は告げたが、今日はこの後、研究所から翡翠鳥の購入金額が支払われる。それを村人達に渡す為にギルドから離れる訳にはいかない。よって、彼女達の邪魔にならないよう一階のホールのすみで、始業時間まで静かに待つことにした。


「では、こちらが報酬になります」

「ありがとうございます」


 その後、オボス村からの運搬に携わった村人達とギルドのホールで合流し、無事、報酬を支払うことが出来た。私から四ロカン、そして、本来なら虚偽依頼のペナルティとして発生するはずのお金を、昨日の翡翠鳥の素材の売却によって得た分で、色を付けて補填。後に、正式にギルドから書面が村長へ届けられるとのことだが、私個人としては解決したことなので、ようやく自由行動となる。

 今日の予定は、一昨日の出発前に計画していた鉄火竜のコートの加工だ。左腕が昨日の戦闘でキレイに切断され、半袖状態になっているので、切断面を整えてもらいつつ、右腕も同じ長さまで切ってもらおうと思う。そして、すそも短くして腰上まで上げるつもりだ。

 一〇年前まで王都で活動する際にお世話になった工房へ行くと、以前とほとんど変わりのない……少しシワが増えただろうか。ドワーフの老人が相変わらず不機嫌そうに、熱した金属をハンマーで叩いていた。

 入り口近くで作業をしているのは珍しい。いつもは工房の奥でずっと金属を叩く音が響くだけで姿は見えないので大声で呼ぶ必要があるのだが、自然光の下でないと出来ない加工だろうか。


「すみません。ガローカさん」

「ん? あぁ」

「今日は、この鉄火竜のコートの加工をお願いしたくて来ました」

「あぁ」


 言葉が少ない点で言えば新米を卒業したばかりの冒険者、エメルトが思い浮かぶが、彼と違う点は、エメルトはただ言葉数が少ないだけであるのに対し、ガローカさんは人嫌いであまり関わろうとしないのである。

 腕は良いのだが、あまり人を寄せ付けない性格の為、彼の工房は閑散かんさんとしていることが多い。

 いや、基本何らかの武具を作る為に、金属や皮などを打ち続けているから静かではないが。

 私が彼と知り合ったのは、冒険者デビューして二年後のこと。王都に来て活動を初めて一年後くらいに、無茶がたかって防具を壊し、大怪我をしてしまった。

 当時は回復魔法もあまり得意ではなく、魔法薬も自作の物は低級レベルだったことからあまり効果は得られず、高い治療費を支払って、魔法医に治してもらったのだ。しかし、それによってただでさえ少なかった貯蓄ちょちくが底を付き、宿代を支払うだけで精一杯だった私へと、在庫処分とはいえ格安で防具をゆずってくれたのがガローカさんだった。

 何故あの時、助けてくれたのか聞いてみたことがあったが、気難しい顔がいっそう厳しくなってそっぽを向かれてしまい、それ以降聞くことが出来ず疑問は解消されていない。

 人嫌いになった経緯も知らないし、そもそもそんな性格なのに何故工房を経営しているのか疑問である。しかし一つ誤解をしてはいけないことが、決して彼は不親切なのではなく、しっかりと人を見極める目を持っているのだと思う。私が彼のお眼鏡にかなったのかどうかは分からないが、こうして面倒を見てもらうことが出来ているので、少なくとも関係は良好であると思いたい。

 鉄火竜の素材は加工が難しいとされる。上手く加工すれば、布のように軽く柔らかい上に鉄以上の強度を誇る防具を作り出すことが出来るのだが、腕の悪い職人に依頼をすると、うろこを繋ぎ合わせた程度の防具が限界である。どのように裁断さいだんから縫合ほうごうまで行っているのか気になるのだが、企業秘密なのか見せてもらうことは不可能だ。

 私は紋章もんしょうえがいた紙の切れ端を渡しつつ改造の希望を言うと、いつもの不機嫌そうな顔がますますシワが深くなった。シワが増えた理由はこれではないのだろうか。

 コートとその他の素材を渡し、工房を出る。

 支払いは後日、受け渡しの時に行うこととなり、金額もその時に伝えられることとなった。早ければ明日、大体が明後日あさってには出来上がる。作業は早いが、手抜きなどもなく、しっかりと縫製ほうせいも行われている。

 父の形見のフード付きコートは数日後にはフード付きのジャケットになって返ってくる。今から楽しみだ。

 また、翡翠鳥との戦闘で長年愛用していたショートソードがくだけてしまったので、二代目の愛剣を手にすべく翡翠鳥の翼の羽毛を数枚渡して、これで剣を打ってくれと頼んだ。翡翠鳥の素材を目にした時は、流石さすがのガローカさんも目を見開いて作業の手を止め、驚いている様子だった。

 怪物も珍しいが、こんなリアクションをする彼の姿も十分過ぎる程レアだ。カメラが存在していれば、是非とも写真に収めたい瞬間であった。こちらは時間が掛かるとのことで、どれくらい掛かるかは見当も付かないと態度でしめしていた。

 後、他に必要な物は革手袋と革ブーツだ。

 鉄火竜との戦闘で、右手の革手袋は焼き切れてしまった。以来、手袋は左手のみであったが、手袋もブーツもどちらも中古だ。そろそろ新調したいということで、これを機会にまとめて発注することに決めたのだ。素材は持っていないので、こちらは工房で取り扱っている素材の中から選んで注文することになる。

 受け渡しは、発注した商品が全て揃ってからで良いとし、支払いもその時に一括でと契約をわした。

 冒険者に復帰してから稼いだ分では、おそらく……いや、絶対に足りないので、貯金も崩す必要がありそうだ。しかし、見た目重視とはいえ、動きやすさと必要部位の防御力は必須である為、ここでケチる訳にはいかない。命を預ける道具なのだ。妥協は出来ない。

 中古の適当に見繕みつくろった革製品を身に付けていたのは、節約の為である。まさか短期間に鉄火竜に翡翠鳥と、立て続けに危険怪物と戦うハメになるとは思わなかったのだと言い訳しておく。


「さて、お次は……と」


 工房を後にした私は、次の目的地である薬草などを取り扱う素材屋へと向かう。

 現在私が作ることが出来る魔法薬のランクは中級の下位から中位の間だ。これは自身の力量やセンスにもよるが、素材も当然重要だ。特に上級魔法薬ともなれば、貴重な薬草が何種類も必要だったりする。技術だけ向上させても中級から上には行けないのだ。

 ルキユの森で採取出来る物は、どれも成長も良く、状態も申し分ないが、悪く言えばどこでも手に入る素材である。もっと上を目指すなら、多少値段が張ったとしても修行の為に、一度は手にする必要がある。


「ここかな」


 ギルドでいくつかある素材屋をリストアップしてもらい、またその場所までの地図も用意してもらったのだが、線と丸だけの簡略された物だ。まぁ分からなければ誰かに聞くことにして、いくつか見て回り、その途中で上級素材ならここだと教えてもらったので覗きに来た。


「あのーすみません」

「いらっしゃいませ」


 女性の声が奥から聞こえたので、店へと踏み入れると、外から見ると二階建ての建物だったが、二階はなく、ただ天井が異様いように高い平屋であり、様々な商品が押し込められているであろう棚がギッシリと壁一面をおおい、またその高さも天井まで届いていた。

 これ、上の方の物はどうやって取るのだろうと思いながらも奥へと進むと、驚きの光景が目に入った。


「エルフ?」


 そう、エルフなのだ。肌の色は、日焼けをしない白い肌の私とは打って変わって、健康的に焼けた小麦色の肌をし、ライム色のセミロングをなびかせた、眼鏡を掛けたエルフの女性が棚の整理を行っていた。


「あら、あなたもエルフなのね。あなたは里以外で同胞に会うのは初めて?」

「いえ、一〇年程冒険者をしていましたので、その時に何度か見かけたり、一緒にパーティを組んだりしていました」

「そう。あ、わたしの名前はロゾルフィア。気軽にフィアって呼んでね」

「分かりました。私はフレンシア。私もシアで良いです。えぇとフィアさん」

「敬語はいらないわよ。せっかくの同胞なんだから、友達になろ? 友達なら敬語はなしでしょ?」


 初対面の割にグイグイと来る。欲が薄いと言われ、実際そうだと思っているエルフ族で、これほど活発なエルフは珍しいのではないだろうか。しかし、友人が増えることに否はないので承諾しょうだく

 以後、フィアさん……ではなくフィアと呼び、彼女も私のことをシアと呼ぶようになった。

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