30頁目 同胞と臨時店員の募集

 お互い自己紹介を終えたところで、改めて店内を見渡す。オススメの素材屋と紹介されただけあって、棚に並ぶ品々はどれも良質の物のようだ。


「以前冒険者していた時は知らなかったんだけど、ずっとここで?」

「そうね。四年前くらいからかな」


 私が一度冒険者を引退したのは一〇年前だ。当時はまだない店だから、知らないのも当然か。


「しかし、本物に会えるなんてねー」


 表情をキラキラとさせながら、フィアは顔を近付けてきた。眼鏡の奥のんだ琥珀色こはくいろの瞳が輝いて見え、思わず見惚みほれてしまいそうになったが、その前に聞かなければならないことがある。


「本物ってどういうこと?」

「あなた『迅雷じんらい』のフレンシアでしょ?」

「知っているの?」

「当然よ。少なくとも、わたしの住んでいた里にまで届くくらいには有名よ」

「ちなみに、フィアの里って?」

「ここからずっと北の方。ウェル山脈を越えた更に向こう側に、わたしの故郷ふるさとがあるのよ」


 私達が森のエルフと呼ばれるならば、彼女達はいわゆる山のエルフといったところだろうか。どれくらいのエルフがこの世界にいるか分からないが、森のエルフと言ってもいくつも森はあるのだ。地名で分けた方が分かりやすいか。地名で分けるのはあくまで人間達だから、私達にはあまり関係はないのだが。


「そんなところまで……」

「エルフの冒険者自体少ないからね。その中で目立った活躍があれば、そのしらせは多くの同胞の元へと届けられるし、その影響で里を出ようという若いエルフも出てくるものよ」

「もしかして、フィアも?」

「そうよ。シアの活躍を里に来た冒険者から聞いてね。それでわたしも里を出る決意をしたんだけど、わたし自身はあまり冒険者に向いてなくてね。それでも何かしたいと思って、商売を始めることにしたの」


 フィアは興奮気味に話を続ける。


「でもね。採取さいしゅや狩りは出来るし、数も数えることは出来たけど、文字は読めないし計算も全く出来なかったから、別の素材屋で下宿させてもらいながら八年間修行と勉強に明け暮れていたの。それで五年前にようやく独立を認めてもらえるようになったから建物を探して、素材を集めてってやって、四年前に開店したってわけ」


 結構前のめりになって食い気味に話してくるので、正直なところ圧がすごい。それだけ熱意があるということなのだが、その原因の一端が私自身というのも、何だか変な気分だ。嫌な感情はないのだが、かといって嬉しいと素直に表現することも出来ない。

 というか成長の遅いエルフ族なのだが、わずか八年の修行で独立出来るまでいけたということは、彼女は私並とは言えないが異質だと思う。

 曖昧あいまいな表情で頷いていたら、それに気付いたのか、ハッとしてフィアが離れた。


「ご、ごめんねー本物の『迅雷』に会えたから、興奮しちゃって……」

「良いけど……それに、二つ名じゃなくて、あなたは私を呼ぶもう一つの名前があるでしょ。フィア?」

「あ、そう、そうよね! シア! あーでもそんな、勢いで言ったとはいえ、本当に友人になれちゃうなんて、夢みたいだわ!」

「おーい、戻ってー」


 またも舞い上がってトリップしてしまいそうになるのを、何とか留める。


「あはは、ごめんごめん。ところで、シアは買い物?」


 ようやく当初の目的に戻った。


「そうよ。上級魔法薬ポーションに手を出そうと思ってね。それで素材が必要なの」

「なるほど。種類によるけど、一応取り扱ってるよ。まぁ数は少ないし、そもそも作り手がそんなにいないから、そんなに仕入れても売れないけど。それもあってあんまり取りそろえていないんだよね」

「貴重な物だから、元々の数も少ないしね」

「そうなのよ。自分で採取すればタダなんだけど、そのまま置いても二、三日で駄目になっちゃうから、ちゃんと保存がくように加工とかしなきゃだし。それに、採取ともなれば何日もお店をけることになっちゃうし、その後も加工とかで、ちゃんと営業出来ないだろうし……仕方ないから高いお金払って仕入れているんだけど、どうにも加工が甘いというか……」


 上級魔法薬は作るのももちろん難しいのだが、それだけではなく素材集めから既に大変である。

 中級までは魔法薬作りの練習と言われる程に、隔絶した存在なのだ。作ること自体は技術を高めていけばいずれは辿り着くことが出来るだろうが、素材が駄目だと、いくら頑張ってもちゃんとした魔法薬にならない。効き目は、ないことはないが、高いお金を出して買った素材でも、状態が良くない為にその効果は中級並にまで落ちるともなれば、あまり手を出そうとは思わない。


「自分のお店を持つ以上は、品揃え多くしたいのだけど、流石さすがに赤字にする訳にはいかないからね。だから仕入れ数を制限しているんだ。まぁわざわざ制限する程、流通はしていないのだけど」

「作る人が少ないからね」


 そもそも中級すらも、作れるようになるまでに十数年から数十年かかるとされている。

 私は幼い頃から数十年間、母の手伝いで低級魔法薬を作り続けていた下積みもあって、中級へと昇華させるのにそんなに時間は掛からなかったが、これはエルフの寿命と人間の精神を持つ私だから出来たことで、普通のエルフだと下手したら数百年掛かるのではないだろうか。

 成長の早い人間族などでも、早ければ十数年で辿たどり着けるが、これはほんの一部。大半が数十年、下手したら一生掛かっても中級の壁を突破出来ないまま終える場合も少なくない。


「そもそも上級作れる人は、既にお得意様があるだろうから新規開拓は難しいと思うよ?」

「そうなのよね……でも、素材屋としては扱ってみたいじゃない?」

「素材屋じゃないから分からないけど、気持ちは何となく理解出来る」


 ちなみに、魔法薬は最上級、上級、中級、低級の四段階の級に別れている。

 特級と呼ばれる物もあるが、こちらはある一点特化の魔法薬である為、ランクの中には含まれないが、扱いとしては上級と最上級の中間くらいとされることが多い。もちろん、効力によって多少上下するが、基本的な価値としてはその辺りとなる。

 更に各級の中でも三段階に別れており、それぞれ上位、中位、下位となる。その為、細分化すると一二段階に分けられるのだが、最上級は過去の偉人が作成した物が丁重に保存されているのが残っているだけで、現在はレシピすらも存在せず作れる人はいないと言われているらしい。

 最上級を成分分析しようにもほぼほぼオーパーツの存在である為、どの研究者も手を出せない状況だと聞いたことがある。よって、全魔法薬を段階ごとに分けると一二になるのだが、最上級はそこに含まれないのが普通なので、実質九段階となる。

 現在の私が作ることが出来るランクは中級の下位。もうすぐ中位に手が届くと自負じふしているし、実際に自分自身で使用してきて、あと一息だと実感している。回復魔法だけでは、千切ちぎれた腕を傷跡も残さずにキレイにくっつけて修復することは出来ない。


「でも、あなた若いけど、もう上級までいけるの?」

「いけるかどうかは分からないけど、中級は作れるから、素材があればいけるかなって」


 中級と低級の魔法薬の素材は基本的に同じである。あくまで素材の加工や保存状態。そして作成者の技術や魔力に左右されるだけなので、全てをクリアすることが出来れば、中級の中位にはなれる。なれるとはいえ、そこまでの道程どうていはとてつもなく長いのだが……

 では、中級の上位とはどんな物か。それは上級の失敗作が中級の上位のことである。もちろん、欠陥けっかんがあれば中級の中位へと落ちることもあるが、大体の物が中級の上位として扱われる。つまり、私の手持ちの素材ではどれだけ頑張ったところで中級の上位には行けない。

 ちなみに、素材が違うだけとはいえ必要な技術は当然だが高度なものが要求される為、いきなり上級に手を出したところでまともな物が作れるはずがなく、魔法薬ですらない物を生み出す結果となる。こういった物事は、何事も積み重ねが大事ということだ。


「中級歴は?」

「約半年」

「短い!」

「その分、低級で数十年やってるから。師匠もいるし」

「それでも、たった数十年で中級行けるエルフはいないと思うよ?」

「見せた方が早いかな。はい、これ私の今の最高傑作けっさく

「おお、この透明度は確かに中級の下位か。でもここのわずかなにごりさえなければ、すぐにでも中位にはなれるかも」

「ありがとう」


 私は中級の作成期間こそ一年に満たないが、低級を、しかも様々な素材を用いたり手順を変えたりなど試行錯誤しこうさくごする下積みを数十年続けていたので、一足飛いっそくとびで上級に挑戦することが出来る。

 特に作ったり素材を購入したりするのに資格や、師の許しが必要という訳ではないので、誰でも挑戦出来る。自信があればどんどん挑戦すれば良いし、私もこれまでの経験で手応えを感じ、出来ると思ったから挑戦することに決めた。

 もちろんすぐに作れるようになる訳ではない。しばらく……下手したら一生かもしれないが、とりあえず今のところは中級の上位を量産することが主となるだろうが仕方ない。これも修行である。

 しかし、今し方、フィアが言ったように加工が甘い素材だと、どんなに技術があろうとも中級の上位で終わってしまう。かといって、更に上の素材を仕入れようにも金額は高いし、そもそも数が揃えられない。これなら自分で採って加工した方が良質な素材に出来ると思っていても、店があるから実行出来ない。となるとこれは……


「いつもの、やっちゃいますか」

「シア?」

「うーん、ちょっとね」

「?」


 ベランドさん達からは、口酸っぱくギルドを通さない直接依頼はなるべく控えるようにと言われている。これは、依頼者と冒険者の間だけで完結してしまうと、ギルドの収入がなくなるというのもあるが、仮に両者の間にトラブルが発生した場合、その責任は冒険者が所属するギルドが負うことになる。

 ギルドを通さない依頼なのに理不尽だが、ギルドもただ黙ってはおらず、ギルドを通さずに直接依頼を受注してトラブルを発生させた責任として、冒険者にペナルティをいることで回り回って責任が返ってくるのだ。しかし、それでギルドがペナルティを回避したところで、それが何度も繰り返されればギルドへの信頼が落ちることに繋がる。よって、ギルドは極力直接の依頼を受けず、まずはギルドを通せという報せを発布はっぷしている。

 私はこれまでもトラブルこそなかったものの、あったとしても強引になかったものとした場合もあるが、それはあくまで支払いを渋った依頼者へ制裁せいさいを加えることで、手打ちにするというものだ。多少痛め付けるだけで値引きに応じるのだから、私は善の心を持っていると思っている。うん、思っている。

 冒険者に復帰してからも既に二回とやらかしているが、一回目は一キユと格安だったので問題なく。二回目も結局は還元かんげんセールになったが、その前に大金を手に入れたし、明日にでもギルドからの注意も行くだろうから、こちらも問題ない。

 とりあえず私自身、大きなトラブルこそなかったものの、いくつもの直接依頼を受けてきた。しかし、それ以上にギルドへの貢献こうけんもしてきたらしいので、目をつむってもらっている状況だ。顔を合わせた時に釘を刺されることがあるが……

 つまり、今回、三回目の直接依頼を受けよう……というか、提案させそれを受注しようと考えている。


「フィア、ちょっと提案なんだけどね?」

「う、うん」


 緊急性のあるものではないので、素直にギルドへ採取クエストとして申請すれば良いのだが、残念。採取するのはフィアだ。私では中級までの素材であれば、見分け方も採取方法も採取後の保存方法なども習得しているので問題ないが、上級以上の素材となると素人しろうとだ。もちろん事典などで知識はあるが、直接見たことも採取したこともない。採取任務でないとするならばフィアの護衛か。これも否だ。彼女自身、険しい山岳地帯で生活してきているのでその能力は高いとみえるし、本人も可能であることを表明している。では、何を依頼するのか。それは、店番である。

 フィアが数日間、店を空けている間の店番を私が代行し、その報酬として質の悪い上級素材を割引価格で購入する権利を得るというものだ。これは、流石にギルドへ依頼申請出したところで、まず依頼書を見た職員の頭に「?」が浮かぶのが想像出来るし、承認されるまで時間が掛かるだろう。真意を問う為に聞き取りがあるかもしれないし、最悪申請は却下と判断される場合もある。やっていることはアルバイト募集のようなものだから仕方ないが。

 よって、一応ギルドには事前に報告するが、事情が事情だ。直接依頼を黙認してもらえるだろう。仮に正式に依頼として承認され、依頼ボードに張り出されたところで、誰が受けるのだ。報酬は商品の割引であって、お金ではないのだから結局私しか受ける人はいないと思う。


「ということで、私を臨時店員としてやとってみない?」


 諸々の説明を行い、フィアに提案する。すると、一瞬喜びの表情を浮かべつつも、すぐに心配そうな顔をした。


「いいの? その、直接依頼でトラブルが発生したらペナルティが」

「大丈夫。私が何とかする」

「そういう問題じゃないような……」

「それとも誰か別で臨時店員を雇って、私を護衛に連れて行くということでも良いよ?」


 護衛は必要ないと言われたが、自然が相手だ。何が起こるか分からないので過信は禁物である。護衛依頼であれば、正式な依頼としてギルドも承認しやすいだろう。また、必ずしも臨時で店員を雇う必要もない。臨時休業にすれば良いと思うのは、経営をしたことがないなんちゃって商人である私だからだろうか。

 今の私の装備は、鉄火竜てっかりゅうのコートは加工の為に預けており近接用の武器であるショートソードも砕けたので持っていない。よって、護衛をするにしても弓矢と魔法……それと狙撃銃で対応することになる。だが、それでも問題なく護衛出来る自信はある。

 しばらく迷っていたようだが、意を決したようで顔を上げた。


「それじゃあ、シア、店番お願い出来るかな?」

「喜んで」


 契約成立である。

 決まってからは、まず私はギルドへ逆戻りをして、直接依頼の経緯を説明する。

 話し相手のミリシャさんは、最初は注意したばかりなのにとねた顔であったが、説明を聞く内に、納得はしないまでも理解を示したようで。渋々しぶしぶ認めてもらえた。仮にここで認められなかったとしても、既に契約済みであるから、どうにも出来ないが。


「もう、本当にフレンシアさんは、もう……」

「すみません、以後気を付けます」

「それ昨夜も聞きました」

「あはは……」

「ベランド様みたいに笑って誤魔化ごまかさないで下さい」


 これは感染力があるらしい。気を付けなければ。そして呆れ顔のミリシャさんに別れを告げる。

 その後はフィアの店への道を急ぎ足で進む。店番の手順や品物の管理など、聞くべきことは多い。


「忙しくなるわね」


 言葉の割に、その足はウキウキしたものだということに私は気付いていない。

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