24頁目 王都の朝とその町並み
翌朝、日が昇る前に目覚めた私は宿を出て、軽く運動がてら町内を散歩する。
昨日は色々とバタバタしていたことで、ジックリと町並みを見ることが
主要な道路だけでなく裏道などもしっかりと
また、ルックカでは、建物の主な材料と言えばルキユの森やキダチの森から採れる木であったが、ここ王都レガリヴェリアでは石やレンガを主な建材として用いられており、非常に大きな建物がいくつも建っていた。
ドワーフとの
建材として木材が使われていないという訳ではないが、外観で目立つのはやはりキレイに四角に加工された石が積み上げられている様子であった。となると、この近くには
石魔法や土魔法を用いる職人は、主にこういった仕事で生かされる。
特に石魔法使いは、
もちろん魔法を使用せず、全てを手作業で
散歩をしていたら、
どうやら昨日の夜から飲んでいたようで、閉店時間になったのでここでまったりしていたのだとか。ちなみに今日は、
酔っ払ってはいるが、せっかく本職の人に出会えたのだからと採石場などの話を聞こうと思った時には既に寝息を立てていた。
「どうしよ……」
このまま置いていくのもどうかと思うが、かといって無理矢理起こすのも面倒だ。
酔った勢いで寝落ちした人がちょっとやそっとでは起きないのは、今世での経験からだ。前世はどうだったかは覚えていない。飲み会とかに参加していたのだろうか。記憶にないので分からない。
ということで、これ以上関わることは止めることにする。暑季とはいえ外で寝ることで
まだ早朝だからか、それとも今日が祈曜日だからか閉まっている店のショーウィンドウに飾られたガラス工芸の細工の細かさには感嘆の溜め息が出る。
どういった用途で使われるのか分からないグラスがいくつも並べられているが、感覚が庶民だと思っている私の感想は、飾るのは良いけど、飲みにくそうというものだった。もしかしたら、本当にインテリア用のグラスなのかもしれない。
「キレイだけど、高そうね」
通りを歩いて行くと、目の前に東門から王城へと繋がる幹線道路が見えてきた。幅がとても広く、馬車が通りやすいように石畳の
ここから東へ何日か歩けば、隣国のエメリナ王国へと行くことが出来る。
国境を越えるだけなら一日ちょっとあれば良いだろうが、そこから一番近い町までとなると、更に一日か二日掛かる。
大通りへと出た所で、ふと通りに面した場所にある
「えぇと、ヨウラン・カラカジミェル・ユク・クランマイ・ジスト女王陛下からのお触れ? というか、本名長いなぁ……」
このジスト王国では、平民でも苗字を名乗ることが出来る。他国ではどうだったかは覚えていないが、この国では、王族、貴族、平民、人間族、獣人族関係なく苗字がある。
私達亜人は例外であるが、これは別に名乗ることが出来ないという訳ではなく名乗る必要がないなどの理由がある。もちろん獣人も亜人であるが、昔から人間と密接な関係だったことから、人間に近い生活をしており価値観も近いのかもしれない。
ジスト王国の平民が苗字を名乗るに
しかしそこに、下級貴族が平民へと
二つ目に関しては、国から与えられた物である為、公的に名乗ることが出来るのは理解出来るが、一つ目と三つ目は、それぞれの勝手で名乗っているだけだ。しかしそれを国は
貴族が多いから戦争にならないとなるのかは分からないが、当時は戦争によって
それが数百年続いた結果、このジスト王国では平民であっても苗字があるということに繋がる。私自身は別に不便ないので、ただのフレンシアのままで良い。
「うーん、特に重要な情報とかはないか」
掲示板を一通り眺めた後、軽く通り沿いの建物を
「お帰りなさい。朝食はいかがですか?」
宿に戻ると、
「頂きます。それよりも店主はこちらでいつも朝食を食べられているのですか?」
その男性は隣の宿屋の店主で、昨日、急な宿泊にも関わらず
「相席でも良ければどうぞ座って下さい。私も追加で注文しますので」
宿屋の出入り口に最も近い位置に
木のテーブルの上に広げられた食器を見ると、
「失礼します。すみません、オススメとかありますか? 私は種族
メニューを見てもどういった物が良いのか分からない私は、常連である店主に聞くことにする。以前の私ならば、とりあえず安い定食を頼むところだが、それでは
「そうですね……日替わり定食はもちろん美味しいですが、せっかくですので、魚なんてどうですか? しかも海の魚です」
「魚があるんですか。もしかしてエメリナからのですか?」
「はい。干物じゃなく、凍結魔法で保存されて運ばれた物ですからちょっとお高いですが、ステーキがオススメです」
「なるほど、ちなみに、魚は何ですか?」
「今の時期ですと、サバですね」
はて、今の季節は暑季に入ったばかり。そして、サバの旬は乾季の終わりから寒季初頭に掛けてだったはずだが違うのだろうか。そのことを伝えて詳しく話を聞くと、どうやらサバはサバでもツノサバという種類とのこと。
ツノサバは、前世の世界には存在しなかったサバの亜種のような物で、
味はサバの仲間であるからほぼ同じだが、
他にもこの時期に旬な魚と言えば、スズキ、カワハギ、アジ、スピアマグロ、カツオ、カンパチ、イワシなどがある。
スピアマグロとは、いわゆるカジキマグロのことである。槍のように長い上アゴをしていることと、味がマグロに近いことから名付けられたらしい。槍というより剣の方が近い気がするのは気のせいだろうか。
ちなみに、前世で存在したカジキマグロだが、マグロと名前に付いているもののマグロとは別種である。また、同じく前世の世界にはスピアフィッシュの名を持つカジキがおり、日本名はフウライカジキと呼ばれていたが、こちらは上アゴがすごく短い。こちらの世界のスピアマグロは、メカジキに近い生き物のようだが、まだ直接この目で見たことも食べたこともない。
宿屋の店主から話を聞いて、そのツノサバのステーキを食べたくなった私は、
しかし冷凍保存して
しかし、まだ数日か、もしかしたら月単位かもしれないが、しばらくはここレガリヴェリアを離れる予定はない。まずはギルドに寄って適当な依頼をこなしながら旅費を
今日以降の予定を脳内で組み立てていると「お待たせしました」の声と一緒に、目の前のテーブルに料理を
「これがツノサバのステーキ……」
思わず口に出てしまう程にそれはとても良い香りを放ち、また焼き立てであることを示す皮と油が弾ける音がますます食欲をそそる。冷凍保存の前の新鮮な内に、あらかじめ内臓などの処理を終えているのだろう。変な臭みなどは感じない。
思わず手が伸びそうになったところでハタと気付き、軽く
誰に見咎められる訳ではないが、食欲に目が
この匂いは
別の小皿には、ソースと思われるとろみのある赤い液体が入っている。ティースプーンで少しすくって口に運ぶ。
トマトの酸味と甘み、それと……これは何だろう?
「それはトマトと赤ワインを煮詰めたソースですね。その他の詳しい調味料などは分かりませんが、このステーキには合うと思いますよ」
答えは店主が出した。彼は既に並べられた料理の半分を既に胃に入れ、話しながらも口へとフォークを運ぶという器用なことをしていた。
私もソースをステーキに掛けて、頂くことにする。
「
思わず
暑季の魚であるから、脂が少ないとは聞いていたが、逆にそのおかげで臭みが少なく、しっかりと風味を感じることが出来ている。食感や味は確かにサバだ。古い古い記憶の奥に、サバ缶を食べた時の物がある気がするが……多分こんな感じだったと思う。
一〇〇年以上も昔の、それも前世のことなので
悪いことではないと思う。この思考のおかげで、魔法の成長に役立てたり、様々な生きる
だが、このような粗探しのようなことをしていて良いのだろうかとふと思う時がある。こういうことは今に始まったことではない。この世界に来て長いこと生きていると、何度も考えることだ。しかし答えは決まって一つに集約される。
別に良いか。
元々行き当たりばったりな性格だからか、考えはしても考えすぎることはない。疲れるだけだ。
これで良いのだ。
「うん、美味しい」
それに、今は食事の時間だ。せっかく美味しい物を食べているのに、そんな面倒な思考で味わうのを
とっくに食べ終わった店主は、私がステーキを食べるのをただ眺めてニヤニヤしていた。嫌な視線ではない。ただ、
「あの、何か?」
分からなければ聞いてみる。
「あぁ、いえ失礼。その、
「え?」
店主は自身の頬を指で
「以後、気を付けます」
「ははは、いえいえ、夢中で食べられる姿を見られて嬉しいですよ。もちろん私が作った物ではありませんが、こうして美味しそうに食べている姿というのは見る人も笑顔にしますね」
「……なるほど」
恥ずかしさから顔を
「頂きました」
ステーキと、それとセットのパン、サラダ、スープを平らげ、お腹いっぱいになった私は給仕を呼んで支払いを済ませる。
一方、宿屋の店主は「これと、これを下さい」とメニューを指差してデザートを注文していた。まだ食べるのかと呆れてしまうと同時に、それだけ食べてお金は大丈夫なのだろうかと、
「行ってらっしゃい」
笑顔で見送られた私はその心配を胸にしまって食堂を出、そのまま隣の宿へと戻る。自室に入ると早速、装備を調えてギルドへ向かう準備をするのであった。
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