23頁目 女王様と王女様

 武器含む荷物はメトヌタの私室に置かせてもらい、私は彼の案内のおかげであっさりと謁見室えっけんしつの扉の前まで来られた。しかし、実際に会ってくれるかどうかは別の問題だ。まずは彼が先に部屋へ入り、事情を説明する。そして許可が下りたら私が中に入るという手はずになっている。

 話を聞いてくれるだろうか。そして、セイリン様とはまた会えるだろうか。あんな別れ方をしてしまったのだ、せめてもう一度会って心配掛けたことを謝りたい。

 というか、いきなり女王との面会……普通は大臣とか側近の許可が必要だと思うのだが、もしかして彼の隊長という肩書きは思った以上に高い地位にいるのだろうか。

 しばらく待っていると扉が開かれた。入っても良いのだろうかと顔をのぞかせようとした時、何かが中から飛び出して来て私のお腹へと衝突しょうとつした。


「うっ」

「お姉ちゃん! やっと会えた!」

「え、えぇと、セイリン様?」

「ぶー、リンのことは、旅してた時みたいにリンちゃんって呼んで」

「えー……」


 戸惑とまどっていると扉が大きく開かれ、メトヌタ隊長が「どうぞ中へ」とうやうやしくお辞儀じぎまでしてまねき入れてきた。自然とつばを飲み込む。ここから先は空気が違う。なんとなくそう思うが、腰に手を回して抱きついてきている彼女の存在を見るとどうにも緊張感に欠けてしまう。


「失礼します」


 謁見室に入ると、城内でさえもきらびやかでかつ威厳いげんのある堅固けんごな作りであったが、室内は客人を迎える用に造られている為か非常に豪華な装飾そうしょくいろどられていた。もはや部屋というより、ちょっとしたホールである。

 そして部屋の奥の玉座には、女王様と思われる女性がゆったりとしたドレスを着て、静かに座られていた。その脇を固めるのは、親衛隊と思われる女性騎士。更にその後ろには侍女じじょ達がひかえていた。


「よく参りましたわね。『迅雷じんらい』さん」

「はっこの度はご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ありません」

「ごめんなさい」


 深々と頭を下げると、私に抱き付いているリンちゃんも何故なぜか一緒に頭を下げた。


「良いのですよ。こうして無事にリンが戻ってきてくれて、しかも保護していたのがあの『迅雷』さんと聞けば、直接会ってお礼をしなければこちらこそ申し訳ないわ」

恐縮きょうしゅくです」


 女王陛下にまで二つ名を知られていたとは……

 普通の人からすると名誉めいよあることで喜ばしいのだろうが、あいにくと私は普通ではない。嬉しいという感情よりも申し訳ないという気持ちと、厨二臭い二つ名がどんどんと広まっていて恥ずかしいの思いでいっぱいであった。


「頭を上げて下さい。私は、あなたと直接会うと決めました。このままでは結局目的が果たされませんよ」

「はっ失礼しました」


 言われて顔を上げ、改めて相手をしっかりと視界に納める。

 リンちゃんの母親であることをうかがわせるウサギの耳に、柔らかな表情。髪の色が黒でストレート。眼の色も赤色と、リンちゃんと違うことからそちらは父親の遺伝子だろうか。

 そして若い。本当に経産婦けいさんふなのだろうかと思わせるような容姿であるが、その落ち着いた独特な雰囲気ふんいきは、どこか母アリンを思い出させるもので、やはり母親なのだなと納得してしまう。


「メトヌタからすでに話は聞いていますが、本当にリンは城の外に?」

「はい。ここ、王都レガリヴェリアより南西にある村、ヨー村の郊外で出会いました」

「そんな遠くまで」


 あらかじめ話は聞いていたみたいだが、改めて当事者の口から聞くと驚きを隠せないのか、横で待機している女性騎士の二人も動揺どうようしている様子だった。


「無礼を承知しょうちうかがいます。女王陛下と旦那様の魔法をたずねても?」

「構いませんよ。それと、私のことはヨウランと呼んで下さいな」

「では、ヨウラン様と呼ばせていただきます」


 ヨウラン・ジスト。このジスト王国の女王にして、最高権力者。

 先代の王が崩御ほうぎょされ、その直近の血縁者が彼女だったことから実権を握るようになったとか。そうなるにいたるまでに内部闘争があったのだろうと思われるが、詳しい事情については関係ないので知らないし知りたくない。

 実際のところ難しこととかはないのかもしれないけど、こういう王族の後継者争いというのは様々なしがらみから必ず起こるものだと勝手に思っている。

 あくまで妄想であるが、それでも女性が権力を握ることに懐疑的かいぎてき派閥はばつがあることは事実。この国はメトヌタから聞いた話によれば男女の性差別はなく、種族差もないとされていることから、初代の王から代々続く血さえ引いていれば誰でも玉座に座ることが出来る可能性があるとか……これ、やっぱり見えない戦いがあったと思うし、今もあるのではと邪推じゃすいしてしまう。

 そんな中起こった娘の失踪しっそうというスキャンダル。いや、この場合は事件か。これによって立場があやうくなる危険性もはらんでいたのだろう。しかし、彼女の失踪は人為的なものではなく、彼女自身が起こした事故による偶然だと思われる。


「私達夫婦の魔法の話でしたね。私は植物魔法。夫は言語魔法がそれぞれの持つ魔法となりますわ」

「ありがとうございます。しかし、そのどちらの魔法も受け継がれなかったと?」

「えぇ」

「ちなみにリンちゃんは、私と会う前にどこにいたの?」

「ん~本がいっぱいあるところ!」

「書庫……ですかね?」

「きっとそうですわ。侍女が付きいで行った所、目を離したすきにいなくなったと言っていますわ」


 そうなると、その侍女さんはこっぴどくしかられただけでなく、犯人の疑いも掛けられてしまっていると考えられる。


「リンちゃんはそこで何か本を読んだの?」

「うん! 声に出して読んだら、お姉ちゃんが裸ん坊でムグッ」

「失礼。その、水浴びをしている所で出会いまして……」


 出来れば黙ったままでいたかったが、流石さすが子供、ずばりと切り込んでくる。思わず口を手で押さえてしまったが、おとがめなしらしい。


「そ、そう……娘が失礼を」

「お姉ちゃんおっぱムグッ」

「本当に失礼を……」

「い、いえ……」


 今のも不可抗力ふかこうりょくだ。現にヨウラン様も気まずそうに謝って下さっている。


「えぇと、話を進めます。恐らく魔法書を手に取ったのでしょう。そこに書かれていた呪文が偶々たまたま自身の魔法の呪文だった。それが発動し、あのようになったのかと」

「そんな偶然が、それに娘の、リンの魔法って一体……」

「それに関しては心当たりがありますので、彼の部下協力のもとで調べてもらっている物があります」

「申し訳ありません。私の部下の報告が来るまで、もう少々お待ち下さい」

「良いですよ。先に貴殿きでんの考えを聞くことは出来ますか?」


 一つの希望が見えたのだ。すぐにでも知りたいのは理解出来るが、これ以上は、流石に妄想が過ぎる。確定情報が出るまで待つ他ない。


「いえ、それは出来ません。これ以上は流石に調査の結果を待たないことには……憶測おくそくだけを並べて一喜一憂いっきいちゆうするのは賢明けんめいとは言えませんし」

「それもそうですね。あせっていたようですわ」


 女王様のあせりは分かるが、ここはこらえてもらうしかない。

 重い沈黙の中、どれだけ時間が流れただろうか。先程メトヌタの部下にお願いしてからさほど経っていないと思うが、すごく待っているような気がする。この空気を読んでいるのか、私の横に立つリンちゃんも、どこか落ち着かない様子で静かに佇んでいる。

 沈黙が辺りを包んでいた所に、その空気を振り払うような大きな声が扉の外から響いた。


「失礼します!」


 その声に反応したメトヌタが、素早く扉の下へ行く。開けられた扉の向こうから敬礼をして一人の兵士が、何冊かの本と紙のたばわきかかえて入室してきた。その兵士を見ると、私を捕まえて連行した人だった。


「隊長のおおせの通り、初代ジスト王からの系図を調べたのですが、指定された文言もんごんに近い魔法はありました! その内容からも、恐らくセイリン様が使われたと思われる魔法と合致がっちするとみても良いかと!」

「うむ、ご苦労。下がってくれ」

「はっ失礼します!」


 声の大きな兵士は去り際に、系図と関連する資料を隊長に渡して退室した。

 確定した。隔世遺伝かくせいいでんだ。


「良かった……」

「では改めて、説明してもらえますか?」


 ヨウラン様の声がどこかホッとしているように感じる。私はメトヌタから資料を受け取り、軽く目を通して確認する。

 その内容に納得した私は資料を返す。それを受け取った彼は、ヨウラン様の元へ行き、資料を差し出した。

 女王様側近の女性騎士の一人が前に出て受け取り、パラパラとめくって安全であると確認した後にヨウラン様の手元へと渡る。

 彼女はすぐに資料を見つめ、驚いたようで目を丸くしていた。その様子を見て私は「では説明致します」と前置きして話し出した。


「この子は隔世遺伝という特殊な経路を辿たどって、魔法を受け継いだようです」

「隔世遺伝」


 私の言葉を繰り返すように呟くヨウラン様に、頷いて話を続ける。


「はい、それも世に珍しい転移魔法のようですね」

「転移魔法……」

「転移魔法は、簡単にまとめますと、想像イメージした場所へ瞬時に移動することが出来る魔法です。もちろん、呪文は必要です。これを極めることが出来れば、簡易詠唱や無詠唱による発動が可能かどうかも不明です」

「娘がね……」

「はい。転移魔法に関する記述が少なかったので、おそらく過去にも存在はしたものの、非常に稀少きしょうで研究が進まなかったのではないでしょうか」


 呆然ぼうぜんと資料に目を落とす女王様から、今度は隣に立つリンちゃんへと目を向ける。


「一つ疑問だったんだけど、リンちゃんは私と会う前に、何か考え事をしていなかった?」

「んー?」

「本がいっぱいある所でね、本を読んでいた時に、何かここに行きたいって考えてたと思うんだ」

「えぇとねぇ、リンね。あんまりお城から出れないから、外が見たいなって。それでね。外には森があってね。川があってね。ちっちゃい動物がいてね。それでそれで、ようせいさんがいてね」

「妖精さん?」

「うん! リンね。勉強がいやでね、にげてたの。魔法が使えないから。それでよく本を読んでこんな魔法が使えたらいいなーって」


 同年代と比べて教養きょうようが少しアレだったのは、勉強嫌いからだったらしい。それでも本を読むのは好き。妖精さんというワードが出て来た所から、恐らく物語とかが好きなのだろう。この世界は物語が少ないから、何度も読んで妄想していたのかな。

 魔法書を開いたのも、魔法が使えないのが嫌で、何でも良いので使ってみたいという想いからの行動なのかもしれない。


「受け継いだ魔法が一つとは限りません。一つしか魔法を持っていない人も、もしかしたら同じように遠い先祖からさずかった魔法がある可能性があります。時間があれば、他の魔法も試してみると良いと思います」

「そうね。もしかしたら、私達夫婦にも何か魔法が眠っていて、それをリンが受け継いだ可能性もありますからね」

「はい。ここから先は、ヨウラン様方が改めて道を示してあげて下さい」

「もちろんです」


 これで一先ずの解決は果たしたと見て良いだろう。そもそも資料さえあれば、私は必要なかったはずだ。何故わざわざ謁見室に連れて来たのか、謎である。


「では、私はこれで失礼します」

「待って下さい。あなたはこれからどうされるのですか?」

おっしゃっている意味が分かりません」

「そのままの意味ですよ」


 そのままの意味と言うが、これは私のとらかた次第だ。私の答えによって、直前の漠然ばくぜんとした質問の中身が決まる。だが、私のやること、やりたいことは最初から変わっていない。ちょっと脇道にそれているだけだ。だから仮にこの質問が、どこへ行くや、何をするであったとしても導き出される答えはただ一つ。


「旅を続けます」

「……そう」


 その沈んだような返事は落胆らくたんだろうか。だが、曖昧あいまいな質問を投げてきたのはそちらだ。ここでハッキリと具体的に聞かなかったのが悪い。

 話は終わったと私は彼女達に背を向け、扉へと歩を進める。その際に横にずっと立っていたリンちゃんの頭をそっとでる。


「お姉ちゃん!」


 涙を含んだ呼び声に足を止めてしまう。


「今度は止まっちゃったな……」


 そうつぶやき、リンちゃんを、そしてヨウラン様の顔を見る。


「まだしばらくは王都に滞在たいざいする予定です。また何かありましたらお呼び下さい。ですが、国家に関わることに関してはあらかじめお断りさせていただきます。私は旅を続けると宣言しました。それを否定なさらなかった以上は、容認されたものと捉えさせていただきます」


 敵意ではないが、言外げんがいに邪魔をするなと言ったようなもので、人によっては威圧いあつされたと取るかもしれない。現に、二人の騎士が「無礼者!」と言って剣を抜こうとしている。

 私自身は意識していないが、恐らく相手を皮肉ひにくる、挑発するのが得意なのかもしれない。これは良くない。円満な人付き合いをするのに、不要な亀裂きれつを生じさせるだけだ。しかし、出た言葉は口に戻ってこない。覆水盆ふくすいぼんかえらずだ。


「リンも、お姉ちゃんと一緒に行く!」


 このピリピリした空気を打ち消すように、リンちゃんが大声で叫ぶ。これには私を含め、全員がポカンとしてしまう。


「リン? あなた、フレンシアさんと一緒に行くというのはどういうこと?」

「リンも旅にいきたい! それで、お姉ちゃんといっしょにいろんなものを見てみたい!」


 彼女は元々城内しか知らない。城下の様子は城から見えるが、あくまで見えるだけ。そこに彼女自身はいない。ましてや城壁の向こう側など未知の世界だろう。

 今日一日一緒に歩いただけ、私にしてみたら散歩のようなものであったが、それだけでもリンちゃんはすごく楽しそうだった。カツ丼を注文したのも、お城では出てこないメニューを食べてみたいという好奇心こうきしんからだったのだと思われる。

 私と同じだ。

 私も知らないこと、見たいものがあるから旅に出た。リンちゃんも外に興味を持ち、実際に魔法の暴発という形とはいえ、自身を囲っていたおりから飛び出した。外を知った以上、もっと知りたいと思うはずだ。

 知らないままだったらただの夢物語で終わっていたのが、それを実現出来る可能性を見出してしまった。それを止める権利は私にはない。ただ、私は同行者を認めない。一人が気楽というのもあるが、知らない場所に行くということはそれだけ危険がひそんでいるということだ。そんな危険なことに巻き込む訳にはいかない。

 だが、これをそのまま伝えたとして、リンちゃんはそれを受け入れてくれるだろうか。見た目は柔らかい雰囲気であるが、案外頑固がんこである。子供というのはそういうものか。

 私が答えに迷っていると、先に答えたのは母親であるヨウラン様であった。


「良いでしょう」


 その言葉に、またもや周りは驚愕きょうがくする。彼女の後ろに控える侍女達もオロオロとしている。リンちゃんだけは両手を挙げて喜んでいるようだったが、そこに「ただし」と言葉を続けた。


「成人の儀を終えてからよ」

「えー!」

「えー、じゃないわ。あなたはまだ子供なの。そのお世話をさせながら旅をするなんて、親としても許可出来ないし、何よりフレンシアさんに迷惑よ」

「うー……」


 私が言いづらいと思っていたことをハッキリと述べてくれたので助かったが、あくまで執行猶予しっこうゆうよが付いただけだ。

 本気で覚悟があるのなら、まぁ嫌とは言えない。成人になる過程で諦める、もしくは他に興味を持ってくれたらそれで良いが、そうならなかった場合、私と一緒に旅をするのに成人という条件だけでは駄目だ。


「私からも条件を良いですか?」

「構わないわ」


 女王様にうながされ、一呼吸してから条件を述べる。


「成人しただけでは不安です。危険な旅です。まずしっかりと勉強をすること。今日の旅で実感しましたが、その、本人も勉強嫌いと仰っていましたが、その、それではちょっと……えぇと、教材はこれまで通りで良いので、しっかりと履修りしゅうさせることを一つ目の条件とします」

「他にもあるのですか?」

「はい。成人後は、冒険者になることを二つ目の条件とします。それも最低限、新米卒業試験を合格パスするくらいの実力は欲しいです」

「厳しいのですね」

「楽しい面白いだけでは続きませんからね。死ぬかもしれない旅です。それをんでいただけないのなら、同行は拒否します」


 ヨウラン様は難しい顔をして考え始める。一人娘をそんな危険にさらして良いのかなどを考えているのだろう。今ここで決めなくても夫婦で、そして親子でしっかりと話し合って決めてもらいたい。

 仮に受け入れたとしても、執行猶予が倍になったのだ。短い時間だが、それでもその間は自由に行動が出来る。


「リンお勉強がんばる! それでお姉ちゃんといっしょに旅をする!」


 リンちゃんがやる気を示したことで、答えが出たのだろう。顔を上げたヨウラン様が、こちらを真剣な眼差しで見つめる。


「分かりました。その条件を呑みましょう」


 そう宣言した。

 旦那様の意見は良いのだろうか?

 事後承諾じごしょうだくは、私への風当たりが強くなるので、出来ればこの場では保留案件として、持ち帰っていただきたかった。私はまだ王都にいるつもりだ。いつまでとは決めていないが、少なくとも一ヶ月以上の滞在を予定している。その間に、答えを出しても遅くはない。

 そんなことをそれとなしに伝えるも「あの人なら認めてくれます」と言われ、押し切られてしまった。家庭内でも女王なのだろうか。


「分かりました。では、申し訳ないですが、最後にまた一つ条件を加えさせて下さい」

「まだあるんですか?」

「まさか冒険者となって旅に出ることを許すとは思いませんでしたので……必須項目ひっすこうもくであることには違いないですが、断られること前提ぜんていで話していましたのでここで一つ、お願いします」

「話して下さい」

「はい、私は宣言通りに旅を続けます。よって、リンちゃんが新米を卒業する頃には、どこにいるかも分かりません。手紙を書こうにも私の居場所が分からなければ届きませんし、私も送るつもりはありません。また、その時期を見て王都に戻ることもしません。ここでその条件です。私のいる場所まで辿り着いて下さい。それが最後の条件です」

「そ、それは……」


 ヨウラン様が言葉をまらせる。周りからも「無茶だ」「横暴だ」などと声が上がるが、それを黙殺もくさつする。


「私は、元々一人で旅をするつもりです。そこに無理矢理介入をするというのであれば、それなりの無茶を通していただかないと割に合いません。それに、言う程の無茶ではありません」

「それはどういう……?」

「リンちゃんは、手に入れたじゃないですか。私に辿り着く手段を」


 私の言葉に、一同ハッとした顔をする。

 そう、転移魔法を手に入れたリンちゃんは、私の元まで魔法で転移すれば良いのだ。しかし、それは非常に難しいことであることはあえて告げない。ただ勉強を続け、冒険者になっただけでは辿り着けない。魔法の修行が必要だ。

 転移に必要な魔力の制御。超長距離を転移する為の熟練度。裸の身一つで飛ぶ訳じゃない、必ず装備や道具があるはずだ。自分自身以外の物も一緒に飛ばすことが出来る能力も必要。ただ転移するだけでは駄目だ。私の元まで辿り着かなければ合格じゃない。その為にはイメージをやしなうことも重要となる。

 今回のことは突発的とっぱつてきな事故。暴発のようなものだ。ちゃんと制御したものではないので、それをちゃんと身に付けるのが肝心かんじん

 遅かれ早かれ必ずぶつかる壁だ。今提示する必要はないし、これは他人から言うべきことじゃない。本人が、何が必要で何をしなければならないかを気付かなければならないのだ。


「それでは、改めて失礼します。リンちゃん、また会える日を楽しみにしているわ」

「うん! お姉ちゃん、リンがんばる!」


 お互いに手を振り、そしてヨウラン様には礼をして部屋を後にした。

 一緒に退室したメトヌタが、私の横で大きな溜め息をく。


「何?」

「いえ、随分ずいぶんと大胆なことをなさるなと」

「嫌なら最初から連れてこなければ良かったのよ。私はリンちゃんが無事に家に辿り着けたかだけ確認出来れば良かったのに、こんなことに巻き込んで……」

「それは……申し訳ありません」

「もう遅いわ」


 フンと鼻を鳴らして、前を見つめる。もう終わったことだ、これ以上どうこう言ったところで結局は後の祭りなのだ。祭りのような楽しいものではなかったが……

 これからの予定を立てようと思った時、足を止めてしまう。


「どうかなさいましたか?」

「宿がない……」

「はい?」

「今日の宿がないの……」


 窓の外を見ると、既に日は落ち掛け、城下町には街灯がともり、家々にも明かりが付き始めていた。


「えぇと、申し訳ありません。そもそもが、私の部下がフレンシアさんを捕らえたばかりに」

「本当よ。何も悪いことしてないのに、一方的に誤解して捕まえて。私覚悟したのよ? 冤罪えんざいで数十年の牢獄ろうごく生活を」

「何故数十年?」

「何となくよ」

「はぁ」

「まぁいいわ。メトヌタ、あなたこの王都で手頃な価格の、でもそこそこ安全な宿って知らない? 出来れば、飛び込みでも受け入れてくれそうな所が良いわ」

「えーどうでしょう……いえ、分かりました。駄目元で頼んでみます」

「駄目だと困るんだけどね」

「こ、言葉のあやってやつです」

「はいはい」


 気の抜けた返事をした私は薄暗くなってきた城内を出、町へと降りた。その後、無事に宿を取ることが出来た私は、一日の疲れをやすべく、早々にベッドへともぐり込んだのであった。

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