25頁目 装備の改造案と王都ギルド

狙撃銃ライフルは……置いていこうか」


 父の形見の狙撃銃は、あくまでお守り代わりだ。銃が必要になりそうな依頼を受けるつもりはないし、そもそも銃を使用する依頼とはどんな物だろうか。

 もう一つの形見である鉄火竜てっかりゅうの深緑色のコートを広げてながめる。小飛竜しょうひりゅうなどの防具に合わせるなら見た目もあまり気にならなかったが、今はエルフ伝統の民族衣装だ。これでも女子なのだ。多少は外見を気にする。


「防具屋で短く加工してもらおうかな」


 あわれ、父の形見はこうして女子のファッションの為に、その姿形を変えていくのであった。

 改造予定としては、今は自身の腕の長さに合わせたそでであるが、これを半袖くらいにまで短くし、ひじから下を露出ろしゅつさせる。更に、現在武器を装備した際にはコートの上からベルトで固定しており、その位置関係から矢筒が腰部ようぶにあること、その為に若干ではあるが、矢を引き抜くのが少しだけ不便であった。それを腰丈まですそを上げて、矢筒の位置を腰部より下の臀部でんぶに装着することで解決するだろう。

 実用性と見た目を兼ね備えた。まさに出来る女のファッションである。


「まぁまた今度で良いか」


 コートがその姿をたもっていられるまで、残り数日。猶予ゆうよはない。


「あ、そうだ。ついでに紋章もんしょうでも入れてもらおうかな。格好良いのが良いな」


 更なる加工が決定した。

 思い付いたら吉日。早速事典のすみっこの空白に、落書きしていく。絵心はないが、何となくのイメージで描いていく。

 絵柄はナスカの地上絵か遺跡の壁画のような感じで、一羽の鳥が大きく羽を広げている左右対称の絵。


「出来た」


 出来映えは自分としては良いと思う。大体こんな感じで発注すれば良いかな。

 落書きの部分を切り離してポケットに入れる。

 コートの改造はまた後ほどということで、とりあえず袖を通して装備の確認を行い、準備が出来たことを再認する。


「では、いざギルドへ」


 準備を終えた私は、宿屋を出て一〇年ぶりの王都ギルドへと足を向けた。

 道中、朝の通勤ラッシュなのか、それとも祈曜日きようびだから朝のお祈りの為の教会堂へ行く人達なのか、多くの馬車が行き交っている様子が目に入った。中には豪華ごうか装飾そうしょくほどこされた馬車も走っている。


「すごい派手はでね。貴族が乗っているのかな?」


 そんな行き来する人達を相手にすべくあちこちの店の扉が開かれ、数刻前まで静まりかえっていた大通りに、開店を告げる店員の元気な声が響き渡る。

 食料品、雑貨、武器防具、工芸品、芸術品、本や文具に怪しい雰囲気ふんいきの魔導具と幅広い種類の店が通り一帯に建ち並んでいる。


「あの魔導具の店とか気になる……」


 今はこれだけにぎやかだが、祈曜日は午前営業の店も少なくなく昼になる頃にはその多くが閉まるので静かになるだろう。いや、朝のお祈りと終えた信仰者と、昼から教会へ向かう信仰者で再びこの通りはさわがしくなるはずだ。


「こことかも気になる」


 一軒一軒覗いてみたいが、まだ王都に来てからかせぎがない。

 一応貯金は十分にあると思うが、浪費ろうひするつもりはない。長い旅になるのだから、出来るだけ稼げる時に稼いでおきたい。宿泊費に食費、そして防具の加工費と色々ようなのだ。

 昨日の王城での一件で、迷惑料としてお金を支払おうとされたが辞退じたいした。

 どんな意味のお金だろうと、下手に繋がりを持つと面倒なことになるのは今回のことで実感したからだ。出来るだけ関わらないで欲しいという意味を込めての辞退であるが、それをあの女王様は分かっているだろうか。それとも分かっていてアッサリと引き下がったのか、恐ろしい女性である。


「年下……だよね?」


 ギルドが近くなってくると、周りを歩く人達も、冒険者と思われる姿がちらほらと増えてくる。中には私を見て驚く人もいたが、それを無視して先を行くと、大きな石造りの建物が見えてきた。

 レガリヴェリアギルド。ジスト王国にあるギルドで、最も大きなギルドである。

 外観は小さなお城を彷彿ほうふつとさせるような石組み。ルックカのギルドも立派な建物であったが、王都の物と比べると流石に見劣みおとりしてしまう。慣れない人は、その見た目の雰囲気から萎縮いしゅくしてしまう人もいるような威圧感いあつかんを放っている。

 中へ入ると、朝早くから少しでも良い依頼を受注しようと、多くの冒険者でごった返していた。


「流石王都……」


 依頼は年中舞い込む為、冒険者に休みはない。いや、休みたければいくらでも休めるが、冒険者業とは派遣社員みたいなもので、歩合制ぶあいせいなので働かなければ収入は得られない。有給なんてないのだ。

 建物の中は木を多くあしらった造りとなっており、ランプ代わりの魔石灯の灯りがぼんやりと辺りを照らしていた。内装の装飾も、建物の雰囲気に合わせて派手すぎないように色調しきちょうなど考えられているようだが、所々目に付く調度品ちょうどひんは、きっとなかなかのお値段がする一品だらけなのだろうと思う。


「いけない」


 一〇年ぶりの場所に見取れて出遅れてしまったこに気付き、慌てて私も依頼ボードへと向かう。前方は多くの冒険者でごった返していたので、しばらく待つことになるだろう。そう思い、暇潰ひまつぶしで昨夜に宿で、またも事典の一ページの空白部分に新たな魔法の術式を組んでみたので、それを見返していた。

 鉄火竜との戦闘で痛感したが、私にはまだまだ火力が足りない。並の冒険者よりは強いという自負じふはあるが、現状で満足はしていない。

 依頼を効率良くこなしていく為には、現状よりも更に魔法のレベルを上げる必要がある。しかし、今の時点でもう既に魔法事典に載っている雷魔法で私の知らない魔法はない。ないとなれば作るしかない。これまでもいくつもオリジナルで魔法を組んでいるので、不可能ではないが、まだ試し撃ちもしていないので、ちゃんと発動するのかの検証けんしょうは済んでいない。今回の依頼の目的は、お金を手に入れること第一に、その次に魔法の実験が含まれている。


「良いのが残っていれば良いのだけれど」


 鉄火竜の装甲は分厚く頑丈がんじょうで、耐火性、耐熱性にもすぐれているが限度はある。その耐久性を超える熱量エネルギーを発することが出来れば解決すると踏んでいるし、実際にそれで討伐とうばつも出来た。つまり脳筋である。防御が高いなら更に火力を高めて上からなぐる。単純だが下手へたに工作するよりは効果的だ。

 次の課題は、速度。脳のリミッターを外した程度では、身体に掛かる負担が大きい。

 せっかく雷魔法使いなのだ。ならば、雷そのものになれれば、稲妻いなづまの速度で動ける上に身体への負担も減らせるだろうことに仮説に辿り着いた。これも脳筋的思考であるが、身体を動かすから筋肉含めた繊維せんいや骨などが悲鳴を上げる。ならば雷になってしまえば問題ないということだ。

 うん、我ながら頭が悪い発想だが、漫画の主人公とかでも、究極の速度を求めるとなると、大体が音速か雷速、光速といったところに行き着くので、主人公ではないが私もその階段を上ろうと思う。

 だが疑似的ぎじてきな身体強化も欠点はあるとはいえ便利は便利だ。これを、デメリットを極力減らすべく改良を加えて実用性を引き上げたい。

 魔法を発動すると身体が壊れるなら、回復魔法を同時に発動することで解決しないだろうか。複数の魔法の同時使用は、何人かの術者が同時に発動することで実現するのが一般的であるが、一人で行うことは出来ないこともない。

 というか、高いレベルの魔法技術を持った冒険者ならば、二つの属性の魔法の同時使用は可能だ。身近なところではジルがいる。彼女は炎魔法一本だった為にそれを試すことは出来なかったが、短縮詠唱の間に無詠唱をはさんでほぼ同時に二つの炎魔法を発動するものがあった。そして、それとは別にかつて冒険者時代に王都へ来て間もなく、魔法の師匠と呼べる存在にも出会っているが、彼もすごい魔法の使い手だった。


「とりあえずこんな感じかな」


 今回、紙に書き出したのは、遠距離での高火力の魔法の術式だ。ここからまた付け足したり、引いたりしながら試行錯誤しこうさくごをしていくことになるが、最終的には無詠唱で行えるように練度れんどを高めるつもりだ。どんな強力な魔法も発動出来なければ、ただの知識に過ぎない。生かしてこそ武器になるのだ。

 紙に書かれた文字の羅列られつを眺めていると、後ろから「あれ? フレンシアさん?」と呼ばれた為、作業を中断して振り返ると、見知った顔があった。


「あぁ、ナンパ五人衆の」

「なんすかそのひどいネーミング! 俺はギビラっすよ!」

「またナンパですか? というか無事に王都に辿り着けたようで良かったですね」

「話を聞いてくれよ……まぁ、はい、ちゃんと着けたっすよ。ところでフレンシアさん、あんたすごく有名人だったんすね。俺達知らなくて、ほんとすんませんっす」

「は?」


 女王様にまで知られているのだ。不本意であるが、有名人というのは否定しようがない。しかしそれを彼らはどこで知ったのだろう。


「あのっすね、あの鉄火竜、生息地から大きく離れた場所で遭遇そうぐうしたじゃないっすか。だから討伐はされたけど、一応報告したらギルド長にまで話が行ったみたいで……」

「またギルド長ですか……」

「はい?」

「いえ、何でもありません。ついこの間も似たような流れがあったと思っただけです」

「は、はぁ?」


 上手く話が飲み込めていない様子の彼を放って溜め息をく。そして周りを見る。道理で、冒険者達の私を見る目が多い訳だ。気にしないようにしていたが、そういう理由があったか。もう一回息を吐き、依頼ボードへ向かう列から離れる。


「ちょっと用事が出来ましたので、お先どうぞ」

「あれ? 良いんすか?」

「はい、少し話をする必要が出来ただけです」

「はぁ?」


 列から離れた私は、手の空いていそうな受付嬢へ声を掛ける。


「すみません。ギルド長はお見えですか? 『迅雷じんらい』のフレンシアが話があるとお伝え下さい」

「え? は、はい! え? あの、あの『迅雷』様ですか!」

「様は不要ですよ」

「わー感動です! えぇと、ベランド様は上の執務室しつむしつで仕事中です。今ご案内しますね」

「……まだ彼が、ここのギルド長をつとめていたのですね」

「ベランド様をご存知で?」

「えぇ、一〇年ぶりですね」

「ほぇ……」

「……何ですか?」

「いえ……」


 大方、意外と歳取っているのだなとか思っているのだろう。彼女の案内の元、階段を上がって、廊下の奥、しっかりとした造りの木の扉が目に入る。その扉を受付嬢はノックをして、中にいるであろう人物に声を掛けた。


「ベランド様、お客様です。『迅雷』のフレンシア様がお見えです」


 すると、扉の向こうからなつかしい声が聞こえた。


「ほう、ようやく来たかの。入りなさい」

「はい、失礼します。フレンシア様、どうぞ」

「ありがとうございます」


 執務室に入ると、人間族で高齢の男性が、長い白い髭を撫でながら腰掛けていた椅子から立ち上がるところであった。


「ありがとうミリシャ、仕事に戻ってくれ」

「えー、私ももう少しフレンシア様とお話したいです」

「いや、仕事してくれんと困るぞ。また話す機会もあるじゃろうから、その時にゆっくりと話をするが良い」

「はい、分かりました」


 そう言って、トボトボと執務室を後にするミリシャと呼ばれた若い受付嬢。しばらく王都に滞在する予定だから、また機会はあると思う。面白い話が出来るかは自信ないが。


「よう来たなフレンシア、何年ぶりかの……」

「一〇年です」

「もうそんなになるか。突然いなくなったと思ったら、ひょっこり戻ってくるとはな」

「私にも事情がありますので」

「なるほどのぅ……で、何か用かの?」

「え? 用事があるのはベランドさんの方ではないのですか?」

「ん? ないぞ?」


 前回のジルの件で、てっきりギルドに話が行くイコールギルド長から面倒事を押し付けられるというイメージが付いてしまったことで、どうせ巻き込まれるなら早い方が良いと踏み込んだが、とんだいさみ足だったようだ。


「しばらくは王都にいるのじゃろ? まぁゆっくりしていきんさい」

「何も聞かないのですね?」

「聞く必要もあるまい? 冒険者なのじゃ、冒険をする以外に何がある?」

「なるほど」

「あぁ、ミリシャにお茶を頼んでおけば良かったのぅ」

「あ、いえ、お気遣いなく」

「ふぉっふぉっふぉ、じゃあお菓子でも出そうかの」


 そう言って、本棚からいくつか本を出し、その奥から大事そうに箱詰めされたクッキーを引っ張り出して来た。何故そこに隠してあるのか。


「では、一枚だけ」

遠慮えんりょすることはないぞ?」

「いえ、朝食を頂きましたので、入らないだけです」

「甘い物は別腹と女性は言うそうだが?」

「私達エルフにとっては、甘い甘くないは関係ないようです」


 そうして、久々の再開で盛り上がった二人は、雑談ざつだんきょうじるのであった。

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