22頁目 拘束と連行

 迷子のリンちゃんの両親の情報を得るべく王都を訪れた私達は、城門で足止めを食らっていた。その原因は、今手を繋いでいる彼女にあるらしい。

 兵士が何度もリンちゃんの顔と書類とを目を行き来させながら、出来るだけ高圧的にならないように気合いを入れ、大声にならないよう注意を払いながら彼女に話し掛ける。


「もう一度おうかがいします。あなたはセイリン様でよろしいですね?」

「うん♪」

「やはりそうだ! おい、貴様! この子を一体どうやってさらった!」


 さて、何と言えば良いのだろうか。とりあえず正直に話してみることにする。聞き入れてもらえるかは……彼等次第しだいだ。


「一応自己弁護しておきますが、私は人攫いではなく、たまたま迷子だったこの子の親を探しに王都へと連れて来ただけですよ」

「親……まさか脅迫きょうはくか!」


 あー……うん、なるほどね……これはもう無理っぽい。誤解はけそうにないので、とりあえず兵士に従ってお縄に付くことにする。死刑は嫌なのでそうなったら無理矢理でも脱獄だつごくさせてもらうが、せめて裁判は行って欲しいと思う。情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちはあると思うんだよ。うん。


「え? お姉ちゃん?」

「ごめんね。何か私悪いことしちゃったみたいだから、ちょっと離ればなれになるね」

「え、い、嫌!」

「いけません! セイリン様! コイツは危険な存在です! あなた様をたぶらかして女王様を脅迫だなんて大それたことを!」


 うん、薄々うすうす感じていたけど、やっぱり国のトップが出て来たかー……というか、一〇年前は高齢の男性が王だったはずだけど、いつの間に女性が君臨くんりんしていたのか。やはり私にとっての一〇年とはとても短いものだが、人間や獣人達にとってみると、世代交代が行われてもおかしくない時間の流れみたいだ。

 現時点で一番良くない展開のはずなのだが、あまりにも話がぶっ飛んでいるので逆に落ち着いてしまい、余計なことを考えてしまう。

 涙ながらに突き放されるリンちゃん……セイリンちゃん? 様? の姿に、何もしてあげることが出来ず、くやしい思いはあるがこれで一先ひとまず彼女の安全は保証された。私の目的の一つは達成されたことになるが、私自身が困ったことになった。


「はぁ」


 自分自身は悪くないと言えるが証拠しょうこなどない。毅然きぜんとした態度をつらぬきたいが、あまりにも不利な立場に、思わず溜め息が出てしまう。しかし、ここで無理に脱走をはかれば国中のおたずね者。二度と故郷ふるさとへ帰ることはかなわないだろう。終身刑や死刑にならなければ、エルフの寿命だ。数十年程度の獄中生活など問題ない。数十年で済めば良いが……

 兵士数人に縄で縛られて王都の中を歩くこと少し、連れてこられた先は、王城であった。そしてその前にそびえる立派な城門が、来る者をこばむかのようにたたずんでいる。

 一人の兵士が、城門の横の扉から中へ入る。そこが詰め所になっているのだろうか。


「隊長! セイリン様を無事発見、保護しました! しかし、どうやら人攫ひとさらいにっていたようで、ただ今、南門よりその犯人を捕まえた為、連れて来ました!」

「うむ、ご苦労。しかし、早朝に起きた失踪しっそう事件が今日中に解決するとは。不幸中のさいわいだな」

「はっ! して、犯人の方は?」

地下牢ちかろうへ連れて行け。いや、そのふてぶてしい奴の顔をおがんでおくか」


 エルフ族は耳が良いので、そんな物騒ぶっそうな会話も普通に耳に入ってくる。地下牢に縛って拷問ごうもんとかかなー……痛いの嫌だし、そもそもそういう役割って女騎士って相場で決まっているんじゃないのかな……いや、エルフの需要じゅようもあるのかな。うん、どちらにせよ嫌だ。くっころ!

 いや死なないけど。死にたくないし。

 そんなことを考えていると、詰め所から、先程入っていった兵士の後ろに威厳いげんも人望も実力もありそうだが、どこか不憫ふびんというか、不運というか何かそんなマイナスなイメージが付きまとう立派なひげたくわえた中年の男性兵士が出て来た。

 うん?


「メトヌタ?」

「俺の名前を知っているか。だが人攫いの分際ぶんざいで気安く俺の名前を呼ぶ……な……」

「とりあえず、話聞いてもらって良い?」

「え、い、いや、その、って、え? フ、フレン、シア……さん? えぇと、何で? というか人攫い?」

「まさか、あなたが王都を守る兵隊の隊長とはね」

「あー、いや、その……」

「おい、貴様! さっきから隊長に向かって失礼だぞ! 言葉に気を付けろ!」

「いや良い。えぇと、この人はな。一〇年前まで王都で冒険者として活躍かつやくしていて、俺の先輩であったフレンシアさんだ」

「は?」


 その言葉を聞いて、先程から厳しい口調の兵士はポカンとしてしまった。その兵士だけでなく、私を捕まえている兵士、武装解除ぶそうかいじょした私の荷物を持っている兵士、私が反抗したらすぐに斬ることが出来るようにさやに手を掛けていた兵士、そして私達の様子を見に来た兵士達全員が言葉を失っているようだ。


「もしかして、隊長の話で度々たびたび出て来た……あの『迅雷じんらい』の……?」

「あぁ、そうだ」


 一〇年経ってもその小っ恥ずかしい二つ名は、まだ生きていたようだ。そして、まさか一五年前に新米卒業して無事に冒険者デビューしたばかりの、当時二〇歳の若造わかぞうであったメトヌタがこんなにも立派になっているとは思いもしなかった。

 メトヌタ・タリアス。私が冒険者デビューして一年後、活動の拠点きょてんを王都に移してからも、日々数多くの依頼をこなすことを頑張っていた頃に出会った青年だ。

 私が王都に移ってから四年後、新米冒険者を卒業して本格的に冒険者となった彼と出会い、度々彼のパーティと組んで依頼をこなすことがあった。

 私は基本的にソロで活動していたが、効率や人数制限の問題から、時々他のパーティと一時的に組んで共に行動をすることがあった。

 メトヌタのパーティもその中の一つで、数ヶ月一緒に依頼をこなしていた。その頃に出来た縁がこうしてまた繋がるとは、人生とは面白い物である。

 あの頃のメトヌタはパーティのリーダーを務めていた。しかし、実力も人望もあるのにも関わらず、不運な目に遭いやすいという点でいまいち本来の実力を発揮出来ない節があった。しかし、それを相殺そうさい出来る程の指揮能力の高さがあったおかげで、そこそこ実力のあるパーティとして名を上げていた。

 その能力が買われたのか分からないが、今こうして王都の兵隊の隊長を務めるにいたっているというのは、これまでの不運を打ち消す程の幸運だと思う。

 そんなしみじみと思っていたところで、周りは途端とたんに慌ただしくなり、メトヌタの指示で拘束と解かれたり、装備や道具を返してもらったり、冤罪えんざいの謝罪を受けたりとした。たまには役に立つな。二つ名。


「フレンシアさん、申し訳ありませんでした」

「いや、良いよ。誤解を解こうとしなかった私も悪い。無実を証明する証拠もないのだから仕方ない」

「それでも……」

「いや、それよりもあなたが隊長で助かったよ。礼を言うわ」

「いえ、そんな!」

「それとついでに聞いても良いかな?」

「は、何を?」

「何でリンちゃん……セイリン様? は、あんな所にいたのかな?」

「あんな所とは?」

「ここから南西の村、そこから更に南南西かな。街道から外れた雑木林ぞうきばやしにいたよ」

「まさかそんな! それでは、他に人攫いが!」


 その彼の疑問を、やんわりと否定する。


「多分違うと思う。彼女の服や髪などに乱れた所はなかったし、何よりも彼女自身がおびえていなかった。というよりも、何が何だかよく分かっていない様子だった」

「はぁ」

「もしかしてあの子、魔法使った?」

「魔法? いえ、そのはずはないのですが」

「どういうこと?」

「それは……」


 メトヌタは周りを見渡し、咳払せきばらいをする。それに何が言いたいのか気付いたのか、周りにいた兵士は一斉に持ち場へと走って戻っていき、今城門の前にいるのは私と彼だけになった。


「セイリン様は、魔法を使えないのです」

「……どういうこと?」

「それが、女王様のも旦那様のも、どちらの魔法も受け継がれなかったのですよ」

「魔法は遺伝で引き継がれる物でしょ? それが引き継がれなかった?」

「そのようです」


 魔法が使えないとはあり得るのだろうか。あくまで私の知る限りでは、そのようなことはなかったはずだ。そう考え込んでいる間にも彼の話は続く。


「顔付きこそは母親である女王様そっくりですが、眼の色は旦那様の色を受け継ぎ、とてもき通った碧色あおいろでして。髪の色がどちらにも似ていないのは不思議ですが……しかし、魔法が使えない子が産まれてしまうとは、おいたわしい……」

「ねぇ、セイリン様にもう一度会うことは出来ない?」


 話の途中で顔を上げ、質問を投げ掛ける。それを聞いたメトヌタは、立派なアゴ髭をでながら「うーむ」と唸った。


「不可能ではないと思います。しかし、それよりもまず女王様に謁見えっけんなさった方が賢明けんめいかと」

「むしろそんな気軽に女王様に会えるの?」

「いえ、普段は無理です。しかし『迅雷』様が戻られたと聞けば、お会いになると思います」

「知らない所で、一体どうなってるのよ。私の二つ名は……」

「ははは、今でも有名ですよ。何せ、数々の難しい依頼を一人でこなしてきたのですから。それが一〇年前にパタリと姿を消した。伝説になるのも不思議ではありません」

「黒歴史よ……」

「は?」

「何でもないわ。それよりも土産話みやげばなしをしたくて会合を求めている訳じゃないの。何故なぜセイリン様があの場所にいたのか、仮説を立ててからお会いしたいわね」


 その言葉に驚いたのか。彼は詰め寄って来た。


「何か原因を知っているのですか!」

「近い」

「あ、失礼」

「構わないわ。それよりも、原因は分からないし、仮説と言っても証拠も何もない妄想のような物よ。でも、あり得ないことじゃない。それを確認したい」

「一体何を……」

「彼女、セイリン様は……」


 ここで言葉を句切くぎって、深呼吸をする。これはあくまで仮説という名の妄想。でも他に原因は考えられない。少なくとも現時点では。判断材料が少な過ぎるのだ。しかし、これまでの彼女の行動とメトヌタの発言から、ある程度のシナリオはえがける。


「魔法を使える」

「しかし、ご両親のどちらの魔法も」


 そう、魔法は原則として両親のどちらかもしくは両方から、遺伝として受け継がれるのが一般的である。しかし、彼女はその受け継いだはずの魔法が使えない。しかし、それでも何らかの魔法が使える場合それは……


「それは恐らく、彼女の遠い先祖に、そのような魔法を使える人がいた。その可能性があるわ。メトヌタ、至急しきゅう調べて欲しいことがあるの」

系図けいず辿たどるのですね。分かりました。すぐに部下をやります」

「お願い」


 そこからはメトヌタの指示を受けた兵士達が、バタバタと城内を駆け回ることとなった。

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