21頁目 幼女とハーフエルフ

 現在私は、街道から大きくそれた所にある小川へと立ち寄っていた。昨日の鉄火竜ジャンドラナとの戦いで汚れてしまった髪を洗う為だ。

 あの後、しばらく同じペースで行進していた私達であったが、夕方に到着した村で別れることとなった。私は夜通し歩くことが出来る。このことを商隊の面々とその護衛ごえいの冒険者、そしてナンパ冒険者へ伝えると一様に不満そうであったが、眠る必要も食事をる必要もなく、何かを売買する用事もない私がわざわざ村に泊まる理由があるはずもなく、そのまま宵闇よいやみの中へと姿を消した。

 そして日が顔を出し、朝を迎えた。暑季であるので日中は暑いが、まだ暑季の初期、明朝みょうちょうはまだ安定した気温である。商隊はそろそろ村を出発しただろうか。そんなことを考えながらも、周りに人や怪物モンスターがいないことを確認して服を脱ぐ。

 一応、周りを木々で囲われる林を見繕みつくろって水浴び場所に選んだので外から見られるということはないだろうし、そもそも街道から大きく逸れている上に何も面白い物もないので、誰も来ないだろうと思われる。

 そんな油断がいけなかったのだろう。

 足首より少し上程度の深さの小川に、全裸で足を伸ばして座って髪を洗いつつ、ここのところあまり肌の手入れをしていなかったなと思いながらも、いまだに水をはじくピチピチの肌に感動を覚えていた時に声を掛けられた。


「お姉ちゃん、何してるの?」


 時が止まるとはこのことだろうか。全ての動作を止めて一回深呼吸をはさみ、声のした方へ顔を向けると、ぴょこんとした長い耳を持つ、兎型獣人の女の子が川岸にしゃがみ込んで、私を見下ろしていた。


「えーと……水浴び」

「そーなんだー!」


 無邪気むじゃきに笑う彼女に、どんな顔をすれば良いのか分からなかったが、ここに子供がいるということは、他にも随伴者ずいはんしゃがいるのかもしれない。しかも大人の。

私は慌てて川から身体を起こして柔らかい清潔な布で身体を拭き、髪も乱暴にならない程度には急いで水気を取ってから、たたんで置いておいた服を手に取ってそでを通していく。

 インナーを着、相変わらずのノースリーブの上着にホットパンツのセットという謎の民族衣装。右手の革手袋は昨日焼け落ちてしまったので素手だが、左手と両足にはそれぞれ古着屋で購入した革手袋と革製のブーツを身に付けてベルトを止めていく。暑季でこれから暑くなる時間帯だが、寒暖の差の影響をあまり受けない私は、普通に父の形見のフード付きコートにも袖を通す。

 最後に、弓、矢筒やづつ、短剣、布に包まれた狙撃銃ライフル。そしてリュックサックを装備して準備完了。

 その間、女の子はジッと私の行動を見ていたが、私は気にすることもなくしっかりと装備を確認し、何もなくなっていないと判断したところで改めて彼女へと向き直った。


「えぇと、あなたお父さんとお母さんは?」

「お母さんは家にいるよ? お父さんはお出かけー」

「他の大人と一緒にここに来てないの?」

「うん、リン一人だよ?」

「その、リンっていうのは、あなたのお名前?」

「うん、そうだよ」


 迷子だろうか。確かに、王都にはほど近いとはいえ、大人の足でも後半日は少なくともかかる。それともその手前にある村の子だろうか。しかし、その割に身なりはしっかりと整っているし、髪や肌などもしっかりと手入れが行き届いているように見える。

 フワッとした銀髪のセミロングに、これまたフワッとした感じの印象を与える垂れ目の碧眼へきがんき通った白い肌に、まだあどけない表情。そして、一二〇ナンファ程度の身長。八歳か九歳くらいだろうか。うん、正直に言おう。可愛い。

 しかし、こんな子がこんな所で一人だなんて、一体何があったのか。怪物もいるし、盗賊とうぞくの出現報告もたまに聞く。集落から一歩出るとそこは危険な無法地帯だ。

とりあえずここに一人残していく訳にもいかないので、王都へ向かいつつ途中の村で聞き込みをしようと思う。

 歩き疲れたらおんぶ……は荷物があって無理なので、だっこすることにして、今は手を繋いで一緒に歩くことにする。


「お姉ちゃん、あっちに行くんだけど、リンちゃんも一緒に行く?」

「うん! 一緒に行く-!」


 元気があってよろしい。

それから手を繋いだまま歩くこと少し経ったが、街道に戻ってからもリンちゃんは疲れを見せるどころか道端みちばたにある様々な物に興味を示し、あっちに引っ張られ、こっちに引っ張られと私の方が連れ回される状態であった。

 しかし、こうして振り回されながらも、私はいくつかの疑問を浮かべる。

 そもそも私があの林を訪れた時には、誰もいないことは確認していた。では後から来たのだとしても、耳の良いエルフの血を引く私が人の動く音を聞き逃すはずもないしその前に気配で察することが出来る。

 この子が特別気配を消すすべに優れているならともかく、声を掛けられてから以降もずっと、気配を消すどころか私はここにいると自己主張激しい状態であるのでその可能性も却下きゃっか

 電流網センサーにも反応はなかったと思う。

 私を中心とした半径五〇ファルトと決してせまくない範囲を索敵さくてき出来る雷魔法がある。あくまで生物が常に発している微弱な電気信号を拾う程度のものなので、何か生き物がいるということは分かっても、詳細な情報は得られない中途半端な索敵魔法である。ただ、音なく接近する相手や死角からの攻撃などに対処出来ることから、非常に重宝している。

 のぞき対策というより奇襲対策である。水浴びをするのだから、念入りに索敵をしながら水につかかっていたが何も捉えることなく、話し掛けられた時……いや、その一瞬前に何か引っかかったような気がする。気配も同じだ。誤差だと思って切り捨てていたが、もしかしたらそこに、この解決の糸口があるのだろうか。

 それと、本人がおびえた様子を見せないことも不思議だ。これは図太い神経をしているのか、何が起こっているのか分からないのか……少なくとも、人さらいにったとか、怪物などの野生生物に襲われたということではなさそうなので安心した。

 そして最後に、普段生活をしていれば普通に目にするであろう物にも、目をキラキラさせて突撃していく様から、まるで大事に育てられてきた箱入り娘が、初めての外出でウキウキを隠せない姿を想像させる。

 一体この子は何者だろう。

 どこから、どうやって、何をしにと疑問はきないが、一番考える点はここ、何者かということだ。

 まさか暗殺者集団の一員とか、こんななりをしていて忍者とか……この世界、忍者いるのかな? そもそも仮にいたとして、あの人忍者だとさとられるような間抜けには会いたくない……いや、もし本物の忍者ならやはり多少間抜けでも会ってみたい気がする。

 そんな感じで思考をめぐらせながら進むこと少し、村が見えてきたので、ここでお昼休憩きゅうけいも兼ねて聞き込みだ。


「すみません。この子、迷子みたいなんですけど、親や身内の人を知りませんか?」

「ん? いや……ウチの村では見たことない顔だな」

「そうですか。ありがとうございます」


 まず話し掛けたのは、この村に住んでいるっぽい大工のおじさんだ。しかし、結果は空振り。幸先さいさき悪いスタートなのだが、私の手を引くこの子は状況を理解していないのか、のほほんとした表情で、虫が飛ぶのを目で追っていた。

 次に目に付いたのは、主婦っぽいおばさんだ。


「すみません。この子の両親を見かけませんでした? 迷子みたいなんですけど」

「おや、可愛らしい迷子だね。でも、それっぽい人は見てないね。良い服着てるから、良いとこの商人の娘さんとかかねぇ? 商隊に関してだったら、そこの食堂で聞いてみると良いよ」

「ありがとうございます。ほら、リンちゃんも行こうか」

「うん♪」


 おばさんに教えてもらった食堂に入り、一先ず目的の一つであるお昼休憩ということで、リンちゃんにご飯をご馳走ちそうすることにする。


「リンちゃん、何か食べたい物とかある?」

「ん~? ん~……あ、カツ丼!」

「カツ丼?」

「うん!」


 リンちゃんの発言に驚き、思わず「え、何、この世界カツ丼あるの?」と言ってしまいそうになるのを我慢出来た私は偉いと思う。

 常々思っていたがこの世界、文明の発展が前世の地球よりも非常に遅れているはずなのだが、食べ物などの一部の物事については肩を並べることが出来るのではないかと思われることがいくつもある。


「う、うーん、あるかなぁ……あ、すみません、カツ丼ありますか?」

「おう、あるぞ」

「あ、あるんだ……じゃあそれ一つお願いします」


 この身なりからの珍しいチョイスに、一瞬店主は戸惑とまどった様子だったが、すぐに「おうよ!」と答えて作り始めた。

 カウンター席に座り、料理が目の前で作られていくのを椅子の上で飛び跳ねそうな程にキラキラとした目で見つめ、感情に合わせてかウサギの耳もピョコピョコと動き、少し腰が浮いている彼女を微笑ほほえましく眺めながら、私は一トルマ支払って水をもらってちびちびと飲む。


「へいお待ち!」

「あ、この子に」

「はいよ! エルフのじょうちゃんは良いのかい?」

「私はさっき食べましたので」

「そうかい。気が向いたら注文してくれい!」

「ありがとうございます」


 子供の身体には、どんぶりという物は少々大きいようで、食べるのに苦労している様子だが、それでも楽しそうに口周りをべた付かせながらスプーンを握って、一生懸命に口へと運んでいく。

 彼女が食事に夢中な間に、丁度手のいた店主のおじさんにも聞き込みをする。


「すみません。この子、迷子みたいで両親を探しているのですが、心当たりとかないですか? 例えば、どこかの商隊の中にこのくらいの子がいたとか」

「いや、今日はいくつか王都から来た隊があったが、それらしいのはいなかったな」

「そうですか。あなたの親はどこへ行ってしまったのだろうね……」

「王都に行けば、何か分かるんじゃねぇのか? 身なりも良いみたいだし、商人でも大旦那とかの身分なら王都に拠点きょてん構えてるだろ。それがどっかの商隊に紛れ込んで迷ったとか」

「元より王都へ向かう予定でしたが、なるほど、その線もあり得そうですね。ありがとうございます」

「いや、いいよ。ただの想像だ。力になれなくてすまないな」


 本当に申し訳なさそうに謝罪してくる店主に、私も恐縮きょうしゅくしてしまう。


「いえ、そんな気にしないで下さい。これも何かのえんだと思って、ちゃんと親の元まで送り届けますよ」

「おう頼んだぜ」


 店主と会話をはずませていると、右の袖をくいくいと引かれたので振り向くと、カツ丼を半分程残したリンちゃんが気まずそうに視線を泳がせる。


「どうしたの?」

「えーとね……その……」

「お腹いっぱい?」

「うん……」

「すみません、ちょっとこの子には多かったみたいです」

「いや、いいよ。量考えずに作っちまったこちらの落ち度だ」

「ありがとうございます。お金こちらに置いておきますね?」

「おう、毎度あり! じゃあ気を付けてな!」

「はい。ほら、リンちゃんもバイバイ」

「おじさんバイバイ!」

「おう!」


 この村で、この子の素性を知ることが出来れば良いと思って聞き込みを行ったが、やはりと言うべきか収穫はなかった。これは当初の目的通り、王都へ続く道を二人並んで歩くことになるようだ。

 それもまた楽しいのだが、まだ成人したてでこんな大きな子供の世話をすることになるとは。前世も独身だっただろうから子育ての経験はないが、他に相談出来る相手もいないことだし何とかやっていくしかない。


「それじゃあ、行こうか」

「うん! お姉ちゃんと一緒!」


 手を繋いで歩くことしばらく。王都から来る商隊や冒険者とすれ違ったり、また逆に王都へ向かう列に追い越されたりと、王都へ近付いているからか、段々と人通りが多くなってきている気がする。

 子供の歩くペースに合わせているので、普段よりもゆっくりとした速さだが、その分、周りの様子をじっくりと眺めることが出来ている。その道中でもリンちゃんの興味は尽きないのか、ちょくちょく足を止めては小動物に見入ったり、商隊の列の迫力に驚いたりと終始楽しそうだ。


「リンちゃん、もう少しで王都だよ」

「大っきい町!」

「町っていうより、もう都市だね」

「とし?」

「うん、大っきい町でいいよ」


 はて、このくらいの歳の人間族や獣人族の子供なら、学校に通うなどして都市や王都などは理解していると思ったのだが違うのだろうか。辺境の村などなら、学校がないから子供の頃から家の手伝いをするなどして、働いているのが一般的だから、教養が身に付いていないのも不思議ではないのだが、リンちゃんの服装や身なりを見ると、とてもそんな辺境出身には見えない。


「ますます不思議な子ね」

「ん~?」

「何でもないよ。ほら、あそこの城門で、立ち入り検査が行われるんだ。何せこの国中から色んな物がここに運ばれてくるからね。変な物が混じっていないか、兵士さん達が調べてるんだよ」

「変な物って?」

「うーん、どう言ったら良いのかな……まぁ武器とか危ない物かな。私は冒険者だから武器を持っていても問題ないけどね」

「ふーん」


 あらら、少し難しかったかな。そうこう話している内に、私達の順番が来たようだ。目の前に兵士が立ち、その横で目録もくろくに目を通しながら何やら記入する兵士もいる。

わっ普通に紙だ。

ここでは、一般兵士でも木札や木簡は使わないようだ。一〇年前は、そこまで紙は普及ふきゅうしていなかったイメージがあったが、一〇年もあれば技術革新があるか。と、ジェネレーションギャップというか浦島太郎うらしまたろう現象を感じていると、私達を調べていた一人の兵士がリンちゃんを見て何やら慌てだした。


「も、もしかして……セイリン様!」


 いや、予感みたいなものはあった。何か、ものすごく面倒くさいことに首を突っ込んでしまったかなと。でも、ただ迷子の情報を得るだけだと思って油断していた。城門周りで兵士がバタバタを移動している様子を見た私は、思わず天をあおぎたくなってしまった。

 どうしてこうなった。

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