21頁目 幼女とハーフエルフ
現在私は、街道から大きくそれた所にある小川へと立ち寄っていた。昨日の
あの後、しばらく同じペースで行進していた私達であったが、夕方に到着した村で別れることとなった。私は夜通し歩くことが出来る。このことを商隊の面々とその
そして日が顔を出し、朝を迎えた。暑季であるので日中は暑いが、まだ暑季の初期、
一応、周りを木々で囲われる林を
そんな油断がいけなかったのだろう。
足首より少し上程度の深さの小川に、全裸で足を伸ばして座って髪を洗いつつ、ここのところあまり肌の手入れをしていなかったなと思いながらも、
「お姉ちゃん、何してるの?」
時が止まるとはこのことだろうか。全ての動作を止めて一回深呼吸を
「えーと……水浴び」
「そーなんだー!」
私は慌てて川から身体を起こして柔らかい清潔な布で身体を拭き、髪も乱暴にならない程度には急いで水気を取ってから、たたんで置いておいた服を手に取って
インナーを着、相変わらずのノースリーブの上着にホットパンツのセットという謎の民族衣装。右手の革手袋は昨日焼け落ちてしまったので素手だが、左手と両足にはそれぞれ古着屋で購入した革手袋と革製のブーツを身に付けてベルトを止めていく。暑季でこれから暑くなる時間帯だが、寒暖の差の影響をあまり受けない私は、普通に父の形見のフード付きコートにも袖を通す。
最後に、弓、
その間、女の子はジッと私の行動を見ていたが、私は気にすることもなくしっかりと装備を確認し、何もなくなっていないと判断したところで改めて彼女へと向き直った。
「えぇと、あなたお父さんとお母さんは?」
「お母さんは家にいるよ? お父さんはお出かけー」
「他の大人と一緒にここに来てないの?」
「うん、リン一人だよ?」
「その、リンっていうのは、あなたのお名前?」
「うん、そうだよ」
迷子だろうか。確かに、王都にはほど近いとはいえ、大人の足でも後半日は少なくともかかる。それともその手前にある村の子だろうか。しかし、その割に身なりはしっかりと整っているし、髪や肌などもしっかりと手入れが行き届いているように見える。
フワッとした銀髪のセミロングに、これまたフワッとした感じの印象を与える垂れ目の
しかし、こんな子がこんな所で一人だなんて、一体何があったのか。怪物もいるし、
とりあえずここに一人残していく訳にもいかないので、王都へ向かいつつ途中の村で聞き込みをしようと思う。
歩き疲れたらおんぶ……は荷物があって無理なので、だっこすることにして、今は手を繋いで一緒に歩くことにする。
「お姉ちゃん、あっちに行くんだけど、リンちゃんも一緒に行く?」
「うん! 一緒に行く-!」
元気があってよろしい。
それから手を繋いだまま歩くこと少し経ったが、街道に戻ってからもリンちゃんは疲れを見せるどころか
しかし、こうして振り回されながらも、私はいくつかの疑問を浮かべる。
そもそも私があの林を訪れた時には、誰もいないことは確認していた。では後から来たのだとしても、耳の良いエルフの血を引く私が人の動く音を聞き逃すはずもないしその前に気配で察することが出来る。
この子が特別気配を消す
私を中心とした半径五〇ファルトと決して
それと、本人が
そして最後に、普段生活をしていれば普通に目にするであろう物にも、目をキラキラさせて突撃していく様から、まるで大事に育てられてきた箱入り娘が、初めての外出でウキウキを隠せない姿を想像させる。
一体この子は何者だろう。
どこから、どうやって、何をしにと疑問は
まさか暗殺者集団の一員とか、こんななりをしていて忍者とか……この世界、忍者いるのかな? そもそも仮にいたとして、あの人忍者だと
そんな感じで思考を
「すみません。この子、迷子みたいなんですけど、親や身内の人を知りませんか?」
「ん? いや……ウチの村では見たことない顔だな」
「そうですか。ありがとうございます」
まず話し掛けたのは、この村に住んでいるっぽい大工のおじさんだ。しかし、結果は空振り。
次に目に付いたのは、主婦っぽいおばさんだ。
「すみません。この子の両親を見かけませんでした? 迷子みたいなんですけど」
「おや、可愛らしい迷子だね。でも、それっぽい人は見てないね。良い服着てるから、良いとこの商人の娘さんとかかねぇ? 商隊に関してだったら、そこの食堂で聞いてみると良いよ」
「ありがとうございます。ほら、リンちゃんも行こうか」
「うん♪」
おばさんに教えてもらった食堂に入り、一先ず目的の一つであるお昼休憩ということで、リンちゃんにご飯をご
「リンちゃん、何か食べたい物とかある?」
「ん~? ん~……あ、カツ丼!」
「カツ丼?」
「うん!」
リンちゃんの発言に驚き、思わず「え、何、この世界カツ丼あるの?」と言ってしまいそうになるのを我慢出来た私は偉いと思う。
常々思っていたがこの世界、文明の発展が前世の地球よりも非常に遅れているはずなのだが、食べ物などの一部の物事については肩を並べることが出来るのではないかと思われることがいくつもある。
「う、うーん、あるかなぁ……あ、すみません、カツ丼ありますか?」
「おう、あるぞ」
「あ、あるんだ……じゃあそれ一つお願いします」
この身なりからの珍しいチョイスに、一瞬店主は
カウンター席に座り、料理が目の前で作られていくのを椅子の上で飛び跳ねそうな程にキラキラとした目で見つめ、感情に合わせてかウサギの耳もピョコピョコと動き、少し腰が浮いている彼女を
「へいお待ち!」
「あ、この子に」
「はいよ! エルフの
「私はさっき食べましたので」
「そうかい。気が向いたら注文してくれい!」
「ありがとうございます」
子供の身体には、どんぶりという物は少々大きいようで、食べるのに苦労している様子だが、それでも楽しそうに口周りをべた付かせながらスプーンを握って、一生懸命に口へと運んでいく。
彼女が食事に夢中な間に、丁度手の
「すみません。この子、迷子みたいで両親を探しているのですが、心当たりとかないですか? 例えば、どこかの商隊の中にこのくらいの子がいたとか」
「いや、今日はいくつか王都から来た隊があったが、それらしいのはいなかったな」
「そうですか。あなたの親はどこへ行ってしまったのだろうね……」
「王都に行けば、何か分かるんじゃねぇのか? 身なりも良いみたいだし、商人でも大旦那とかの身分なら王都に
「元より王都へ向かう予定でしたが、なるほど、その線もあり得そうですね。ありがとうございます」
「いや、いいよ。ただの想像だ。力になれなくてすまないな」
本当に申し訳なさそうに謝罪してくる店主に、私も
「いえ、そんな気にしないで下さい。これも何かの
「おう頼んだぜ」
店主と会話を
「どうしたの?」
「えーとね……その……」
「お腹いっぱい?」
「うん……」
「すみません、ちょっとこの子には多かったみたいです」
「いや、いいよ。量考えずに作っちまったこちらの落ち度だ」
「ありがとうございます。お金こちらに置いておきますね?」
「おう、毎度あり! じゃあ気を付けてな!」
「はい。ほら、リンちゃんもバイバイ」
「おじさんバイバイ!」
「おう!」
この村で、この子の素性を知ることが出来れば良いと思って聞き込みを行ったが、やはりと言うべきか収穫はなかった。これは当初の目的通り、王都へ続く道を二人並んで歩くことになるようだ。
それもまた楽しいのだが、まだ成人したてでこんな大きな子供の世話をすることになるとは。前世も独身だっただろうから子育ての経験はないが、他に相談出来る相手もいないことだし何とかやっていくしかない。
「それじゃあ、行こうか」
「うん! お姉ちゃんと一緒!」
手を繋いで歩くことしばらく。王都から来る商隊や冒険者とすれ違ったり、また逆に王都へ向かう列に追い越されたりと、王都へ近付いているからか、段々と人通りが多くなってきている気がする。
子供の歩くペースに合わせているので、普段よりもゆっくりとした速さだが、その分、周りの様子をじっくりと眺めることが出来ている。その道中でもリンちゃんの興味は尽きないのか、ちょくちょく足を止めては小動物に見入ったり、商隊の列の迫力に驚いたりと終始楽しそうだ。
「リンちゃん、もう少しで王都だよ」
「大っきい町!」
「町っていうより、もう都市だね」
「とし?」
「うん、大っきい町でいいよ」
はて、このくらいの歳の人間族や獣人族の子供なら、学校に通うなどして都市や王都などは理解していると思ったのだが違うのだろうか。辺境の村などなら、学校がないから子供の頃から家の手伝いをするなどして、働いているのが一般的だから、教養が身に付いていないのも不思議ではないのだが、リンちゃんの服装や身なりを見ると、とてもそんな辺境出身には見えない。
「ますます不思議な子ね」
「ん~?」
「何でもないよ。ほら、あそこの城門で、立ち入り検査が行われるんだ。何せこの国中から色んな物がここに運ばれてくるからね。変な物が混じっていないか、兵士さん達が調べてるんだよ」
「変な物って?」
「うーん、どう言ったら良いのかな……まぁ武器とか危ない物かな。私は冒険者だから武器を持っていても問題ないけどね」
「ふーん」
あらら、少し難しかったかな。そうこう話している内に、私達の順番が来たようだ。目の前に兵士が立ち、その横で
わっ普通に紙だ。
ここでは、一般兵士でも木札や木簡は使わないようだ。一〇年前は、そこまで紙は
「も、もしかして……セイリン様!」
いや、予感みたいなものはあった。何か、ものすごく面倒くさいことに首を突っ込んでしまったかなと。でも、ただ迷子の情報を得るだけだと思って油断していた。城門周りで兵士がバタバタを移動している様子を見た私は、思わず天を
どうしてこうなった。
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