15頁目 卒業試験と闘飛虫

 縄張りに土足で踏み込んできた私達を察知して、二体そろって飛んできた小飛竜リヨバーンの夫婦。このまま落ち着いて産卵といきたかっただろうが、天敵である闘飛虫とうひちゅうの縄張りと重なっていることから落ち着くことが出来ず、イライラしていたところへ私達が現れた訳だ。そりゃ怒るのも無理はない。


「行くわよ!」


 真っ先に飛び出したのはコールラだ。槍を前に突き出したまま走り出す。それに合わせたかのように、一体の小飛竜が高度を落として攻撃を仕掛けようと、足の爪を前に出し突っ込んでくる。するとコールラは槍を地面に突き刺し、のしなりを利用して棒高跳びの要領ようりょうで空中へと勢い良く飛び出した。


「なっ!」


 その驚愕きょうがくはジルかイユさん、どちらの声だろうか。しかし私含めパーティのメンバーは、彼女のトリッキーな動きは見慣れているので、さほど驚きもなくその動きを見つめる。

 コールラは、突っ込んできた小飛竜を飛び越えてその背へと着地し、その瞬間に走り出したと思ったらそのまま踏み台代わりにして、再び高くジャンプした。そのまま槍を回転させ、上空を飛んでいた小飛竜の首元を殴打おうだする。

 突然の強襲に驚き、バランスを崩した小飛竜。事前の打ち合わせ通り、コールラはオスを見極めて攻撃したようだ。

 一方、的を見失ったメスの小飛竜は、そのまま地面すれすれまで高度を下げてしまった。そこには曲剣きょくけんを両手に持つ、エメルトが待ち構えていた。

 全身が硬いうろこおおわれているとはいえ、物理攻撃が全く通らないということでもない。

 セプンのように力任せに叩き切る、もしくはハンマーで叩くなどの正攻法があるが、エメルトはパワーファイターではないし、武器も非常に硬いうろこを切り裂く程の切れ味ではない。

 しかしそれでも有効部位はある。目、間接部、飛膜ひまくがそうだ。特に、目と飛膜は積極的に攻撃したい。相手の視界と機動力をいちじるしく奪うことが出来るこの二点は、片目もしくは片翼をつぶすだけで、より有利に戦うことが出来る。

 エメルトは、セオリー通りに顔もしくは翼を積極的に狙って、剣を振るっていく。メスの個体は距離を取ろうと翼を広げるが、その隙を狙われてまた地面へと叩き落とされる。

 一方、コールラは、どこのサーカス団だと思う程のアクロバットを仕掛けていた。彼女は、なんといまだに空中にいたのだ。

 オスの小飛竜に槍を引っ掛けたり、踏み台にしたりして空中戦を継続している。彼女が激しく動く度にチャームポイントである赤と紫の毛が混じったツインテールが遅れて揺れ、コールラの動きに追随ついずいする。

 魔力があるおかげで基礎身体能力は高いとはいえ、果たしてあんな真似まねが出来る人間がどれだけいるのか。

 空を飛ぶ敵相手に魔法を使わずにどうやって攻撃を当てるかという課題を与えたところ、正答は槍投げのつもりでの質問だったのだが、彼女は自身が高く跳べば良いという脳筋的な答えを出してきた。その時は、流石さすがに育て方を間違えただろうかと頭をかかえてしまった。

 あの聡明そうめいな委員長キャラが私の中で崩れた瞬間である。

 それにしても、空中は足場などある訳なく当然飛行魔法なども使えない彼女だが、すでに空中戦の時間は、私の脈で計るに前世時間にしておよそ二〇秒は経過している。

 落ちる前に相手に何らかの手段で接触せっしょくし、その反動でまたジャンプをするを繰り返すコールラは、さながら水に沈まないように水上を走り抜けるべく、足が沈む前にもう片方の足を前に出すを繰り返せば良いというトカゲの動きのように思える。

 そんな善戦を繰り広げているエメルトもコールラも、どちらも物理攻撃では決定打を与えることが出来ていなかった。しかし一方は飛び立てないように、一方は空から叩き落とそうと、いずれもしつこく攻撃を仕掛けていた。それから間もなくして、コールラと対峙たいじしていたオスの小飛竜は、翼を槍でつらぬかれた拍子にバランスを崩し、コールラ共々落下してきた。あの高さでは彼女も危ないのだが、器用に、落下寸前に小飛竜を蹴ってジャンプをすることで、衝撃を緩和かんわしたようだ。

 このまま続けても、優勢は変わらないが討伐とうばつも出来ない。それに十分ジル達に二人の接近戦の能力を見せつけることが出来たので、そろそろ魔法を解禁してやることにする。


「そろそろ仕留めようか。魔法の使用を許可するわ」

「待ってたわ!」

「うむ」


 今では、平然と行われている槍さばきと呪文詠唱えいしょうの平行処理から繰り出される、隙のない物理攻撃からの唐突な炎魔法に、オスの小飛竜はたまらず飛び立とうと翼を広げるも、更に詠唱を重ねていたコールラの炎で作られた槍に右翼が貫かれ、空への復帰の道は閉ざされてしまった。

 エメルトも、苦手としていた詠唱速度もある程度改善し、コールラ程ではないが、平行呪文も身に付けているので、詠唱の為にわざわざ距離を離す必要はなくなり、そのまま風の刃を飛ばして、メスの小飛竜の身体に傷を付けていく。

 そして、とどめとコールラは相手目掛けて先端に炎を付与した槍で、頭部を刺突しとつしオスを絶命させる。それと時を同じくして、エメルトの風の刃にて首をね飛ばされたメスが、静かに地面に横たわろうとしていた。

 魔法を使うようになってのこの殲滅せんめつ速度。小飛竜が魔法に弱いというのも当然あるが、それを上手く使いこなすことが出来た二人の完全勝利であった。


「本当に、一人で一頭を倒しちゃいました……」

「しかも、より獰猛どうもうになる時期でねぇ……」


 呆然ぼうぜんとしているギルド関係者を余所よそに、私は二人をねぎらう。


「お疲れ様。どう? 初めての怪物モンスター討伐は?」

「緊張したわ。でも、教官と戦うよりは楽だったわ」

「……教官は、全ての魔法を避けられる」

「そうよね。むしろ逆に利用してくるのだから、好機だと思って魔法を撃っても、そこを起点にされたりして……本当に遠いわね」

「……日々精進ひびしょうじん

「はいはい、じゃああなた達は後方で待機、これだけ派手に暴れ回ったんだもの。そろそろ来るわよ。だから交代」


 私の指示に、コールラは「分かったわ」と言ってトレードマークの眼鏡の位置を直し、乱れたツインテールを手ででながら歩く。その後ろを無言で空を見上げながら付いて行くエメルト。耳の良い彼のことだから、この羽音はおとにも気付いているのかもしれない。


「さぁセプン、チャロン。出番よ。準備は?」

「待ちくたびれたぜ」

「は、はい! だ、だ、大丈夫、です!」

「最初から全力でやりなさい。ただし、連携がしっかり取れているところを見せつけたいから、セプンは序盤では防御に回って、チャロンを援護しなさい。どのタイミングで攻撃に回るかの判断は、セプン、あなたに任せるわ。仕留めるのはどちらが先でも構わない。とにかくしっかりと連携して二人で討伐したという実績を作ること。いいわね?」

「おっしゃー! やったるぜ!」

「が、が、頑張り、ます」


 その気合いの入った声とほぼ同時に、ブーンという羽音と共に闘飛虫は現れた。

 準大型怪物闘飛虫。正式名称はタカトラバッタ……別に変身はしないし、もちろんメダルなどもない。猛禽類もうきんるいであるタカのように攻撃的で空を飛び回り、トラのようなしま模様とパワーを持つ、バッタである。つまり、とてつもなく大きい、バッタである。

 大きさは中型とされる小飛竜よりも大きく、全長一五ファルトある準大型の怪物である。早ければ暖季の下旬、雨季の終わり頃から現れて、暑季に活発となる。

 生息域が小飛竜とかぶっていることも多く、またこの時期は繁殖期はんしょくきに入る小飛竜もより獰猛となることから、縄張り争いを見ることが出来ることがある。

 別名の通り、闘う飛ぶ虫であるが、これを日本語でそのまま読むと逃避中とうひちゅうになってしまう。別に戦いに消極的ではなく、むしろ攻撃的なのだからその響きにだまされてあなどってはいけない。

 小飛竜よりも機動力があり、その強靱きょうじんなアゴは、硬いことで有名な小飛竜の鎧でさえも噛み砕くことも出来ることから非常に危険な怪物である。しかし、攻撃手段はほとんど噛み付くしかなく、長い六本の脚を生かした牽制けんせいなどもほとんどやってこない。また、小飛竜と同様に遠距離攻撃もないので、攻撃魔法が使えない新米冒険者の卒業試験として扱われることもあるが、とても危険である為に単独での討伐は認可されない。

 雑食で、動物や木などを食べるが、縄張り争いをして小飛竜をくだすと、その自慢のアゴで食べることもあるという。まだ暑季は始まったばかりだ。旅をする中で、この二種類が縄張り争いをする場面を見てみたいと思う。

 高い攻撃力と機動力を持つが、防御力は非常に低く物理攻撃は大体有効である。また魔法にも弱い。ただし、殴る蹴るは避けた方が良いのは変わらない。あのアゴでムシャムシャされる未来になりたくなければ、素直に武器を使うか魔法をはなつのが賢明けんめいである。

 闘飛虫はゆっくりと旋回せんかいすると、こちらに気付いたのかこっちに向かって接近してくる。そこをすかさずチャロンが十字弓クロスボウにセットした矢を放って、わざと身体に傷を作る程度にかすらせる。それによってチャロンを敵と判断したのか、激しくはねを動かし、スピードを上げて近付いてくる。

 羽音がうるさいので、掛け声による連携は取りづらい。目線とハンドサイン、もしくは読唇術どくしんじゅつなど、声を使わない連携を常日頃訓練に組み込まないとなかなか身に付くことはない。

 声による指示が出来ない。だから戦闘前に、判断は任せると言ったのだ。それに、三ヶ月前ならともかく、あれから文字通り血反吐ちへどを吐いたセプンなら判断を誤ることもないと信頼している。

 ということで、やることはなくなった。何故なぜなら闘飛虫はこちらを攻撃することはないからだ。いや、本能で攻撃しやすい方へ標的を変える可能性があるが、それは、チャロンが許さない。彼女の矢が続く限りは闘飛虫のアゴがこちらに届くことはなく、また矢が尽きる前に仕留められると確信している。

 私は闘飛虫の観察を続けながら、白紙のページに書き込んでいく。もちろん、二人からも意識をはずすことはないし、時々視線を本から上げて状況を確認する。これでも教官だ。最後まで責任を持って見守る。ただ少しだけひまなので、趣味の時間にてたいと思っただけだ。

 ちらちらと様子を見ながらも、ただの消化試合だなと二人の動きを見ていると分かる。本来なら、新米冒険者は単独での闘飛虫との戦闘は規則で禁じられているが、この分ならば単独でも試験をパスすることが出来そうだ。

 そもそもチャロンにいたっては、最初に接敵した段階で、頭部に矢を打ち込んで終了だ。仮に傷が浅く、接近を許したとしても、攻撃が届く前に二射目の装填そうてんは間に合う。一直線に突っ込んでくるだけなら決して外さない。あの大きなクロスボウの威力は伊達だてじゃない。

 セプンでもその大剣をもちいた防御力に、小飛竜すらも両断出来る程の攻撃力を持っている。なのであえて接近を許し、カウンターとして斬るのが最適か。少々オーバーキルな気もするが、武器が武器なのだから仕方ない。

 先程の、コールラ、エメルト組のアクロバティックで派手な戦闘とは打って変わって、セプン、チャロン組は地味だが堅実けんじつに、そして確実に相手を追い詰める立ち回りをしている。

 私の指示で、連携をアピールする為にあえて攻撃を消極的にするようなことは言ったが、本来なら新米冒険者には厳しいはずの闘飛虫である。それが、私の目にはただもてあそばれて解体されていく未来にしか見えない。

 そもそも既にバッタの脚は三本しか残されていなかった。右の一本、左二本がなくなっている。右の一本は、セプンのカウンターで切り落とされたもので、左の二本はなんと、チャロンの狙撃そげきによって撃ち抜かれ、もがれたものだ。

 サイズは一五ファルト程と大きいとはいえ、脚は細く、また空中を飛び回っているのだ。それを二本も撃ち抜くとは流石である。しかし、その正確過ぎる射撃能力と理想の発射タイミングのおかげで、戦闘訓練では飛んできた矢を失敬しっけいする一幕ひとまくもあった。

 多分普通の人は出来ないし、やらない。

 タカトラバッタは戦意損失したのかフラフラと逃げようとするが、そこをチャロンが追撃の矢を放ったことで地面に落下する。そこにすかさず再装填したクロスボウを向け、発射し、ピクピクと痙攣けいれんする闘飛虫に突き刺さる。

 動かなくなったところで、セプンが警戒を続けながらも討伐確認の為に接近し、その後ろからチャロンもいつでも撃てるように構えながら付いていく。

 しばらく検分し、討伐成功を確認したセプンは安堵あんどの溜め息をき、チャロンも安心したかのように構えをき、セットした矢も外して矢筒やづつにしまう。

 闘飛虫に限らず虫型の怪物、いや怪物に限らず節足動物せっそくどうぶつ全般に言えることだが、死亡の確認をしっかり行わないと、地面に落ちて動かないセミに近付いた時に突然暴れ出すなんて事態になりかねない。

 そこら辺に生息している普通の虫ならともかく、それが人間よりも大きな怪物となれば、最後の抵抗によって命の危険にさらされるなんてこともある。よって、虫型に限らず怪物全般は、討伐したら確実に仕留めることが出来たかまでを確認出来るまでは、警戒を解くことは許されない。

 ゲームであれば、討伐完了などの表示が出るので分かりやすいが、そんな便利な機能は存在しないので、自身の目だけでなく、五感全てを使って確かめる必要がある。うん、ちゃんと出来たみたいで良かった良かった。

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