16頁目 試験終了と旅立ち

 無事闘飛虫タカトラバッタを倒し、討伐とうばつ確認も終えたセプンとチャロンが戻ってきた。


「お疲れ様。二人共ちゃんと出来たみたいで良かったわ」

「よく言うぜ。俺達が戦っている間、本広げてたの知ってるんだぜ」

余所見よそみをする余裕があることは、良いことよ。討伐対象にだけ意識を向けず、周囲の警戒をしっかり行うことが出来ていた証拠しょうこよ」

誤魔化ごまかされないぞ」

「はいはい。チャロンも良くやったわ」

「は、はい! ありがとうございます」


 セプンと軽口を叩き合いしつつ、チャロンにも労いの言葉をおくる。


「とんでもない冒険者が現れたわね」

「はい、そうですね。『迅雷じんらい』の後継者として、大々的に紹介しますか?」

「それも良いわね。ふふふ、早速二つ名でも考えようかしら?」


 後ろでギルド職員が、何やら怪しい相談をしているが、とりあえず卒業試験の結果は無事卒業ということで良いらしい。

 二つ名などに関して私は関わらない。ただ、本人がほこれる名を送るのが良いと思う。私は恥ずかしくていまだに堂々と名乗ることが出来ない。だが、それがすで浸透しんとうしているようなので、今更消し去ることなど出来ない。

 この世界に来て、冒険者生活もそこそこの期間活動していた訳だが、この二つ名というのは、どういった理由や経緯、また、どんな名が付けられるか未だに分からない。私の場合は、友人であるジルが別れ際に贈ったと、本人から衝撃の告白を受けた。他の人もそうなのだろうか? ジルの二つ名『業火ごうか』は冒険者仲間が呼んでいたのが定着したと言っていた。


「まだ、ようやく新米を卒業しただけよ。それにあなた達も散々言っていたでしょ? 彼らは、まだ依頼を何もこなしていない。ここからはあなた達の仕事よ。ここから育つか堕落だらくするかは、あなた達に掛かっているんだから、ちゃんとしてよね?」

「分かってるわよ」


 目の前では、四人の駆け出し冒険者がお互いに、初めての怪物モンスター討伐の成果を喜び合っている姿がみられた。


「私はもうこんなのゴメンよ。せっかく自分自身をしばっていたくさりからき放たれたというのに、いきなり首輪を付けられるようなこと。しかも自分の意思じゃなく、一方的に押し付けられるのは勘弁かんべんだわ」

「えーでも、この短期間で新米を卒業まで持って行くことが出来た手腕しゅわん是非ぜひともギルドで生かそうとは思わないの?」

「思わないわ。私は早く旅に出たかった。だから、裏技のような手を使って、一足飛いっそくとびにやっただけ。あくまで試験に合格することを前提とした訓練をしていたに過ぎない。だから、本来なら新米冒険者が通らなければならない下積み時代を経験させていない。圧倒的な経験不足よ。どれだけ力があって、知識があって、技術があって、魔法があって、心構えがあって、戦闘訓練を行ったとしても、本物にはかなわない。本当の血の通った生物自然を相手にした経験がないことには、ハリボテの強さなんて、何の意味も持たないわ」


 経験にまさるものはなしとは先人は良く言ったもの。イギリスでは学問なき経験は、経験なき学問に勝るとの言葉もあるし、日本でも百聞ひゃくぶんは一見にしかずとも言う。


「だから、ここからは、あなた達の仕事なのよ」

「……分かったわよ。これ以上は背負わせないわ」

「元より背負うつもりもないわ。私の背にあるのは、大事な物が詰まった背負い袋だけで十分よ」

「強情ね」

「あなたのせいよ。二度と友人である私を失望させないで。道は示したわ。訓練の仕方次第しだいでは、いくらでも伸びる。それをおこたったツケを払う時が来たのよ」


 そう言い残して、四人の元へ歩く。


「さぁまだ終わってないわよ。ぎ取れそうな部位があったら、しっかり確保しておきなさい。特に小飛竜リヨバーンうろこは、防具にもなるのだから、綺麗キレイに傷付けず取ること」

「はい教官」

「おう!」

「は、はい」

「……心得ている」


 その後は、彼らがぎ取りをしているのを見守ったり、その場を適当に散策したりして時間をつぶした。

 剥ぎ取りが終わってからは待機していた馬車にまで戻り、ルックカへと帰ることとなった。その道中、新米を卒業したばかりの駆け出し冒険者四人は緊張が解けたのか、疲労を自覚してか激しい揺れの中、身を寄せ合って眠りに付いていた。

 これから彼らが歩む道が、平坦な物か苦難な物になるかは分からないが、後悔することのない道を選んで欲しい。

 しばらく揺られていると、ルックカの北門が見えてきた。ただぼんやりと座っていると長い時間に感じたが、寝ている彼らからするとほんの一時いっとき。だが、起こさない訳にはいかないので、肩を揺すって起こしていく。


「それじゃあ、私達はギルドに戻るわ。あなた達は、明日ギルドまで来なさい。新米を卒業したことを証明した新しいタグをおくるわ」

「あ……」


 そういえば忘れていた。


「シア? どうかした?」

「いや、私、タグまだもらってなかった」

「……え?」


 冒険者再登録の為にギルド行ったら、あれよあれよという内に教育係に任命されてしまい、以後も無免許のまま指導をしていた。

 訓練の合間に、依頼受注などの冒険者業務もしていたが、通常なら本人であることを証明する為に木札と共にタグを出すものだ。しかし、一〇年のブランクかそれをすっかり忘れており、またいずれの依頼受注の際も職員はタグの確認を指示せず、全て顔パスで行っていたので気付かないまま三ヶ月が経過していた。

 タグとは、冒険者登録を行った者が、ギルドから支給される身分証明書のような物だ。薄い金属の板に、所属ギルドと種族、名前がきざまれており、それに細い鎖を通して首からげる物なのだ。

 前世でも、軍隊に所属する人が身に付けている物で、認識票にんしきひょうまたはドッグタグと呼ばれていた。認識票は二枚一組で、必ず二枚を身に付けることが規則となっている。

 理由として、戦死や、負傷して動けないなど、自力での帰還が困難もしくは不可能の場合に、仲間の兵士が二枚の内一枚を持って上官へ報告する。つまり認識票が一枚しかない場合は、既に報告へ動き、対応をしている、もしくは対応を検討けんとうしている状態であることを示す。また、所属する国や軍隊によって、書かれている内容に微妙に違いがある。名前と血液型はもちろん、所属部隊や識別番号が記されていたり、宗教や注意事項などが刻まれていたりする場合もある。

 この世界ではタグと呼ばれ、二枚一組で支給され、同じような使われ方をしている。冒険者を引退する際は、所属のギルドまで戻り返還へんかんすることが決まりとなっており、その後は溶かされてまた新しいタグへと作り替えられるらしい。

 忘れていた私も悪いが、それに誰も気付かずまた受付の際に確認を怠ったギルドも悪い。ということで、今回はおとがめなしとのこと。そもそもタグ未所持による依頼受注は、せいぜい軽い罰金程度なので払っても良かったのだが、それだとギルドの記録に前科として残ってしまうらしいので、ここは穏便おんびんみ消してもらうことにする。


「じゃあ、私も明日ギルドへ行くから用意をお願いね」

「大丈夫よ。今からでも」

「……何で?」

「あなたのタグ、残してあるから」

「……何で?」

「いつか復帰すると思って」

「復帰して欲しいという願いじゃなくて?」

「どっちでも良いのよ。こうして戻ってきたんだから」

「それで渡し忘れるってどうなの、ギルド長」

「うっかりよ、うっかり」

「はいはい、じゃあ今から行くわ。では解散よ。今日はお疲れ様。ゆっくり休んで明日に備えてね。ここからが、本当の冒険者生活なんだから、最初からつまづいたら駄目よ?」


 ここで言葉を切り、少し考える・・・


「明日は私も立ち会うから、ちゃんと起きなさいよ?」

「「「「はい!」」」」


 去って行く四人の背中をしばらく見つめた後、私はジルとイユさんと一緒にギルドへと向かった。

 ギルドに着いた後にジルはそのままギルドの奥、執務室しつむしつへと消える。しばらく待つと、とても値段の高そうな箱を持って現れた。厳重げんじゅうそうなその箱の鍵穴に、首から提げられた鍵を差し込み開ける。中には、一〇年経ったとは思えない程に綺麗な状態の私のタグが入っていた。


「何でこんな仰々ぎょうぎょうしいのよ」

「あなたがいつ戻ってくるか分からないでしょ。だから何十年でも状態が変わらないようにして保管していたのよ。もちろん、保管前にはしっかり職人さんにみがいてもらったから、新品同様よ」

「手を掛けすぎよ……」


 本当にこの友人は、変なところでいつも全力なのだから。

 あきれつつも、この後のことを考えるとタイミングで受け取れたのは良かったと判断する。

 タグを受け取った私は、その足で宿屋へ戻った。そして、荷物をまとめ、不要となったライトメタルや小飛竜の防具を残して部屋を出る。

 一階の食堂へと降りると、まだ夕方前ということもあり、客はまばらであった。私は店主へ声を掛けて宿を出ることを伝える。


「そうか、行くのか」

「はい、短い間でしたが、お世話になりました」

「分かった。約三ヶ月分の宿泊費だな。四.一七ロカンだ」

「一泊で一キユですか。安くないですか?」


 銅貨のトルマが一枚当たり五〇円だから、それが三〇枚分の銀貨一枚、一キユは一五〇〇円分となる。食事は別料金だからあくまで泊まりのみの値段であるが、それでも随分と安いと思う。しかし店主は首を振って口を開いた。


「いんや、一キユで良い。こちらも色々と楽しかったしな。その礼だ」

「お礼は言葉だけで良いですよ。はい」


 そう言って、入道店主のゴツい手にお金を置く。


「おい、これ六ロカンあるぞ」

「チップ代わりです。それが嫌でしたら、伝言とひと仕事お願いします」

「……何だ?」

「明日、私の元教え子達がここを訪れるかもしれません。その時に、私の泊まっていた部屋に、私が昔使っていた防具が置いてあります。まだ新米を卒業したばかりの彼らでは、満足に防具をそろえることは出来ないでしょうから、それを使って下さいと。体格とか合わないでしょうから、ついでに腕の良い加工工場も紹介してもらえると助かります。ということで、防具だけもう一泊しますので、これでキッチリ九〇日です。しっかり一ロカン分の働きをして下さいね」

「おい、まさか、あいつらには……」

「急ぎますね。門が閉じてしまうと、今日中に出発出来なくなりますので」

「お、おい! フレ吉!」

「フレンシアです♪」


 笑顔で言葉を残し、固まる店主を置いて宿を出た。

 民族衣装に身を包み、その上には父の形見の鉄火竜てっかりゅうのコート。背には様々な道具や材料、本などが押し込まれたリュックサックを背負い、腰には矢筒やづつと弓、左腰には短剣を差し、父の形見の狙撃銃ライフルは、布につつまれた状態のままリュックの右側に引っ掛ける。里を出た時よりも装備や荷物が軽くなったなと感じながら、夕方でごった返す人の波をかき分けて、足早に東門へと進む。

 門の前に到着すると、今まさに閉じられようとしているところであった。


「すみません! 出ます!」

「お? 何だ、エルフのじょうちゃんか。こんな時間から依頼か?」

「いえ、王都に行こうと思いまして」

「もう暗くなって危険だぞ?」

「大丈夫ですよ。なんて言ったって私は『迅雷』ですからね」

「そうだったな。嬢ちゃんなら大丈夫か。じゃあ、気を付けてな」

「はい、ありがとうございました!」


 そして、門を潜ろうとしたその瞬間、後ろから「教官!」と叫ぶ声が遠くから聞こえた。

 突然のその声に思わず足が止まりそうになったが、私はそれをグッとこらえて「閉めて下さい」とだけ言って、門番の衛兵の横を通り過ぎる。衛兵は戸惑とまどったような様子だったが、私が振り返る素振りも見せなかったので、渋々しぶしぶだがうなずいて門を完全に閉めた。

 門をへだてた向こう側から「教官!」と呼ぶ声が聞こえたが、私はそれを無視してそのまま歩き続ける。

 次の目的地はここから東のキダチの森を抜けて、いくつかの村々を通り過ぎた先の王都。一〇年前まで私が主な活動の拠点きょてんとして住んでいた都市。

 ちらりと後ろに視線をやる。次にここに戻ってくる時は、また引退を決めた時だと思う。


「さようなら」


 そのつぶきは、町へ向けたものか門の向こう側にいる教え子に向けたものか。私自身もよく分からない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る