12頁目 訓練の成果と演習場

 朝食を終えた私は、二ヶ月前に訓練を行った街道ではなく、多くの冒険者が使用する南部の演習場へと向かっていた。

 演習場は町の外にある。そこに冒険者の訓練施設が堂々と建っているのだ。とはいえ、だだっぴろいだけの平原のようなもので、その周りを城壁程の堅牢けんろうで物々しいものではないが高い壁でおおわれている。

 まるでサッカー場や野球場のような感じである。観客席はないが、一応壁の上から観戦も出来る。巡回じゅんかい警備している衛士か暇人ひまじんくらいしかいないが。

 演習場に着くと、すでにいつもの四人が待っていた。


「おはよう皆」

「おっす!」

「おはようございます。教官」

「は、はい! おはよう、ごじゃいます!」

「……うむ」


 三者三様ではなく、四者四様の挨拶を聞き、それぞれの顔を見渡す。


「さて、訓練を開始して二ヶ月が経ったわね。ここで一度、皆がどれだけ動けるようになったのか、二ヶ月前と同様に戦闘訓練をしようと思うわ」


 その言葉に、四人に緊張が走るのが分かる。


「えぇと、教官に魔法を使わせたら、一人前っていうのは?」


 やっぱり覚えていたか。他三人が忘れていても、コールラは覚えていることは予想していた。


「うん、それはそのまま。ただ今回は私も最初から抜剣ばっけんするし、矢も正規の物を使う。本気でやるのは前回と変わらないけど、場所が前回と違って見通しの良い演習場。広いから、他冒険者とかち合う心配はほぼないと思われるけど、ない訳じゃない。その不測の事態も考慮こうりょした上でしっかり立ち回ること。他の冒険者のことは一般市民と想定し、被害を出さないように。質問はある?」

「ないわ」

「俺もねぇ!」

「あ、ありません」

「……同じく」

「それじゃあ……殺し合いましょうか」


 その言葉を合図に、四人が一斉にしかもバラバラに私から距離を取る。セプンの位置はチャロンに近い。狙撃手そげきしゅを先につぶされないように、すぐにフォローに入れる位置だ。そして、私の背後を取ろうと走るのはコールラ。おそらく、前回同様、私の手持ちの矢の本数を確認もねているのだろう。出来れば矢筒やづつをどうにかして私から離したいのかもしれない。

 そして、最初に仕掛けてきたのは、エメルトだ。右から風魔法で牽制けんせいしながら双剣を振りかざし突っ込んできた。


「私の逃げ道を制限しつつ高速で接近して、射撃を封じようってことかな」


 私は無手むてのまま身体を逸らして一閃をかわし、続く二閃を、身体をねじってける。このわずかなやりとりの間に、コールラが背後から攻撃を仕掛ける。私の周りに炎の円陣が生まれ、そこに間髪入れず槍を振るってくる。


「足止めをして接近戦。有効打にならなくても、私の足が止まったままなら問題ない。何故なぜなら、止まった相手なら……」


 炎に囲まれて身動きが取れない上に、背後からの槍の強襲に対処しながら分析を口にしていたが、続きを言う前に私は地を蹴って炎の中へと飛び込んで炎の輪を突破して前転する。その勢いのまま走り、弓を手にして矢を一本矢筒から引っ張り出す。


「狙撃手であるチャロンの独壇場どくだんじょうになる。そして、チャロンに攻撃を当てる為には、セプンの防御を突破する必要があるけど」


 そこに、追撃として左右からエメルトとコールラが接近戦を仕掛けてくる。


「セプンを突破しようと動くと、二人がこうして攻撃してくる。うん、とても良い連携よ。しかもコールラは平行呪文してくるし、エメルトも手数だけじゃなく、ちゃんと威力いりょくも乗っているから、ただの防御じゃ抜かれる」


 弓と矢を手に持つものの、中々反撃に転じられない私だがあせりはない。ただ相手の攻撃を躱し、受け流し、時には防御をして対処していく。

 さて、ここらで反撃に出よう。まずコールラの動きを封じたい。それに彼等は私が射撃を行うことを前提ぜんていに、それをさせないような立ち回りをしている。しかし、それは間違いだ。私が矢を手にしているのは……


「これでどうかな」

「っ!」


 槍の突き出しをあえてギリギリで避け、一気にコールラへと接近する。二ヶ月前のように槍を手放すが、ここで彼女の口元に笑みが浮かんでいるのが見えた。その瞬間、彼女の平行呪文は完成した。目の前に炎の壁が現れ、コールラとの間に立ちふさがる。しかし、これでコールラから一瞬、私の姿は視界から消えた。

 まずコールラの動きを封じたい。これは、コールラ自身の手によって動きを封じることを意味していた。そして彼女への攻撃の隙を突いて、背後から攻撃を仕掛ける双剣使いエメルトだが、それを待っていた私は、矢をくるりと手の平の中で半回転させて逆手さかて持ちにし、そのまま身体を右へ回転させて、彼の斬撃を避けながらカウンターで右腕に矢を突き刺した。


「くっ!」


 激痛だろうが、それでも二ヶ月前のように武器を取り落とすこともなく、そのまま左手の剣で反撃してくる。それを、素早くしゃがんで避けて足払いをするが、エメルトはバック転をしてこれを回避すると、そのまま私から距離を作る。ここで欲張って追撃を掛けたくなるが、焦ってはいけない。

 狙撃手チャロンが見張っているのだ。一瞬の隙を狙って、確実に矢を放ってくる。それに、対処しなければならないのはもう一人いる。炎の壁を突き破って、コールラが続けて詠唱をしながら槍を突き出す。それを弓でをはじくとその勢いを利用して一回転して、横にぎ払いをしてくる。

 しゃがんで避けることは不可能。空中へ退避すると十字弓クロスボウが発射される。受け止めてもその隙を突いて、距離を取ったエメルトが魔法を撃ってくる。うん、本当にあの二ヶ月前の動きが嘘のようだ。

 空中へ逃げると矢だけでなく、至近距離からのコールラの炎魔法。そして離れた位置からのエメルトの風魔法の集中砲火を食らうことから却下きゃっか。となると、私の取った選択は、弓で受けることだった。だが、それを読んでいたかのように槍の軌道を変え、弓を上へとはじいてきた。このまま腕が上がってしまうと身体が開いて、大きな隙を生んでしまうと即座に判断した私は、弓を早々に手放した。よって、抵抗なく弓は槍によって高く打ち上げられた。これで私の武器は短剣と矢だけだ。

 遠距離攻撃がなくなったと判断したコールラが、矢による奇襲を考慮してか、槍が届くギリギリの範囲まで下がる。そして、同じように、狙撃手のチャロンへの攻撃がなくなったと判断したセプンが身体強化を用いて接近してくる。

 チャロンという狙撃手の存在は、彼らからすると心強いが、一方では足枷あしかせにもなる。現に、私からの射撃を警戒したセプンが護衛ごえいとして残っていた為に、前衛が二人だけという構図こうずになった。ここでセプンが攻撃魔法を持っていたら援護出来ただろうが、あいにくと身体強化一本だ。そして、セプンの代わりにエメルトかコールラのどちらかが護衛として残った場合、攻撃能力はあるが、今度は護衛として必要な防御力が圧倒的に足りなくなる。だが、私はこの瞬間、射撃の手段を失った。これで、チャロンを護衛する必要がなくなり、前衛三人による包囲戦が可能となった。

 と、彼らは思っているだろう。

 私は、エメルトが呪文を完成させる前に、セプンが辿り着く前に、そしてコールラが槍の攻撃範囲まで下がった瞬間に、その場で勢い良く跳び上がった。


「「「!」」」


 これには、流石の三人も意表を突かれただろう。だが、一人だけ冷静に事態を見守っていた人がいた。チャロンだ。このチャンスをのがす手はなく、クロスボウを撃ち出した。だが、私は身体をひねって空中で回転しながら躱しつつ、通り過ぎる矢と落ちてくる弓の両方をつかみ取った。

 そこからはいつもの動作だ。ややアンバランスな背面跳びの形の体勢で弓を引きしぼり、そのまま発射する。一瞬の間の後「きゃあ!」という悲鳴が聞こえた。私が放った矢は、狙い通りチャロンの右肩をつらぬいた。これにより右腕は上がらず、重いクロスボウでは狙いを付けることも出来なくなる。


「嘘だろ!」


 セプンの叫びが聞こえるが、私は着地してそのまま止まらず抜剣し、コールラへと斬り掛かる。

 リーチは槍の方が長いが、手の中でクルクルと回すように剣を振るう私のタイミングに合わせることが出来ず、更に集中力も切れて平行呪文をとなえることが出来なくなっていた。そして、彼女が横から薙ぎ払いをしてきた時に合わせて、剣を槍先へと勢い良くぶつける。その振動は手へと伝わり、思うように槍がにぎれなくなったことに戸惑とまどいの表情が現れる。

 しびれがあるのは一瞬。相手が無手による格闘戦を選ぶ時間を与える間もなく、お腹を勢いよく蹴り飛ばす。それによって朝食が込み上げたのか、吐瀉物としゃぶつき散らそうになるのを必死に手で押さえて我慢する。


「その場合は、素直に吐いたまま戦った方が合理的よ。相手からしても、汚物ゲロまみれの相手と取っ組み合いをしたいとは思わないしね」


 そうアドバイスを送って、彼女のむき出しとなっている両足の膝裏ひざうらすじを切り裂いて立てなくした。痛みと疲労、そして移動不可でリタイアだ。

 残りは二人。一応、チャロンが残っているが、あの状態では戦闘続行は不可能である。しかし、時間を掛ければ突破口を見出すかもしれない。それはコールラも同じだ。痛みに耐え、疲労も無視出来ると判断したら魔法を放つことは出来る。そうなると、ここからは時間の勝負だ。

 エメルトは右腕負傷の為、一応何とか剣を握っている状態だが握力あくりょくは怪しく、剣の打ち合いになれば簡単に取り落としてしまうだろう。しかし、魔法を撃つことに専念したくとも、前衛がセプン一人では流石さすがに荷が重い。本来なら手負いの者から倒すのが戦いの基本であるのだが、ここでエメルトを狙ったところでセプンが邪魔をしてくることは必至ひっし。では、セプンを相手にすると、今度はエメルトから魔法が飛んでくる。ならば、二人同時に相手をすれば良い。

 私はまず、定石じょうせき通りにエメルトを狙って短剣による接近戦を仕掛ける。それに対処しようと左手の剣を構えるエメルトだったが、その前に私は左を向き、斬り掛かってくるセプンへ相対あいたいする。

 距離が近ければ、エメルトは魔法を撃つ暇がなくなる。セプンは私とエメルトとの間に身体を押し込み、防御に回ろうとするが、私の足捌あしさばきと剣術で、思うように動けず、足が止まってしまった。その隙を見逃さず、先程コールラにやられたように、セプンの大剣を真上へと打ち上げる。


「重っ!」


 思わず叫んでしまったが、本当に重い。しかしこれで上体が、そして左手が空いた。私は、そのまま切り上げた姿勢から素早くセプンの左手へと剣を突き刺した。


「いっつ!」


 痛みで一瞬身体が固まったところを、すかさず今度は右腕のひじ間接部を、剣のつかで殴り付け、骨折させる。これにより、大剣を取り落としたセプンのお腹を、コールラと同じように思いっ切り蹴り飛ばす。今度はおさえる手がない為、あわれ地面へと栄養を注ぐハメになってしまった。

 そんなことを気にも止めず、残る一人、犬獣人の彼と剣の打ち合いだ。しかし、実力差は見るまでもなく、本来の双剣を扱うことが出来ず片手で対処するしかない彼は、すぐに押され始める。

 私もずっと左手には弓が握られているので片手で行っているのだが、やはり経験の差だ。それに、右腕の負傷は、剣が握れないというだけでなく、身体を捻る際に腕を振るうのだが、それを痛みで阻害そがいしてしまうことで、本来なら避けられる攻撃も一瞬反応が遅れ、今度は左腕を切り裂かれる結果となった。

 これにより、演習終了。現場は流血、吐瀉物と凄惨せいさんな状態だが、この程度なら問題ないと判断し、一人ずつ回復魔法で治していく。

 そして、四人全員の傷口がふさがり、筋やけんもしっかりと繋がり、リハビリの必要もなく全快したのを確認したら、二ヶ月前と同じように反省会を行う。

 任期は後一ヶ月。一ヶ月後には、彼らに相応しい卒業試験を用意するつもりだから、楽しみに待っていて欲しいと、各々意見を述べていく彼ら彼女らを尻目に、心の中でつぶやくのであった。

 ちなみに、任期を決めたのはもちろん私の独断である。文句は言わせない。

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