11頁目 新米の成長とケルちゃん

 最初の戦闘訓練から二ヶ月が過ぎた。

 朝から晩までみっちり訓練して、夜は汗を流して夕食をったらベッドへ直行させる生活を送らせるようにしたが、最初の頃に比べて断然動けるようになった。

 特に、元々素質のあったコールラの成長はいちじるしい。走りながら、攻撃しながらの呪文詠唱えいしょうも行えるように独自で訓練しているらしく、それが実を結び始めている。とはいえ、まだ越えなければならないハードルは多い。

 魔法というのは奥が深い。突き詰めれば突き詰める程、幅が広がる。ただ呪文をとなえて撃ち出すだけでは初歩中の初歩。最終的には私の雷魔法ように無詠唱で、様々な応用で行うことが出来るようになる。武器に付与ふよしたり、探索たんさくもちいたり、弾丸としても使えるし、拘束こうそく、罠と色々ある。

 炎魔法の場合は燃えない炎という物がある。破壊力はそのままに、延焼えんしょうを防ぐ。これを身に付ければ草原の中でばかすか撃っても問題ない。地形は変わるかもしれないが、大火事になることは避けられる。

 これはジルが得意としていた魔法の一つだ。熱、威力はそのままの炎で、当たれば火傷やけどはするものの燃えないという不思議な物だ。これを用いて悪口を言った冒険者をお仕置きしたのだが、まさかその為に身に付けた訳ではないだろうと信じたい。町中で撃っても二次被害を出さないから、思う存分お仕置きが出来るという目的で……


「いや、考えないでおこう……」


 少なくともコールラには、魔法に関して立派な先輩が身近にいるのだから、是非ぜひ色々と聞いて身に付けて欲しい。

 ジルも忙しいだろうが、新米育成の方が大事なのだ。仕事が進まないなら残業すれば良いと考えてしまうのは、前世の社畜しゃちく精神から来るのだろうか。まぁ私は寝るが。私はちゃんとやることはやっている。押し付けてきたのはそちらなのだ。私は悪くない。

 次に伸びているのは、やる気十分のセプンだ。元々基礎能力はあった。後は安定した立ち回りを身に付けることが出来れば、前衛として問題ない出来になる。身体強化魔法は、行動しながら唱えられるように訓練した方が良いと思うが、コールラ程器用ではないので、まずしっかりと身体作りをして技術をみがいていくことに専念させる。

 しかし、身体強化しているとはいえ、あんな重そうな大剣を振り回せるとか。いや、身体強化していなくても持ち運びや、簡単な戦闘行動は出来ていた。本当に人間族だろうか? 

 確かに、魔法があり魔力のある世界だ。強化魔法を行使しなくとも、身体をまとう魔力が底上げを行う。もしかして、怪物モンスターを狩るゲームから出張しているのではないかと疑ってしまう。多分だが先祖にドワーフがいて、その血がかすかに残っているのだろうと考えられる。

 それでもだ。大体、こういった得物えものは元々腕力のあるドワーフ族や巨人族、一部の力のある獣人族が使うことが主流なのだが。人間でこのサイズを使いこなすとは恐れ入る。もう一回り小さい物でも十分なサイズだと思うが、彼がそれで良いなら口出しはしない。

 大剣は盾にも使えるので、アタッカーだけでなくタンクとしても十分役割が持てる。攻撃の動きが安定してきたら、今度は仲間を守る立ち回りを覚えさせようと次の訓練プログラムを組み立てる。

 三番目はエメルトだ。元々の身体能力は高い上、双剣の手数の多さから連続攻撃。離れても土と風の魔法を併用へいようした攻撃、もしくは行動制限など多彩な手札を持っていたが、いかんとも筋力が足りない。そして魔法の詠唱速度が遅いという欠点もあった。元々無口なので、無理して早口言葉を言う訓練をさせる。

 普段の会話からペラペラとチャラ男のように話す必要はないが、コミュニケーション能力は必要だ。特に仲間内での情報共有の際に齟齬そごが発生するのを防がなければ、その認識の違いから連携のミスに繋がることもある。なので、必要なことはしっかりと口にすることも訓練内容に含める。


「生麦生米生卵~♪」


 生米を生ゴミとする説もある。

 早口言葉は前世の記憶から引っ張り出してきたので、こちらの世界の住人からすると全く以て意味不明だろう。この世界にはバスも東京特許許可局とうきょうとっきょきょかきょくもない。そもそも現代日本にも東京特許許可局は実在しない。正しくは特許庁とっきょちょうである。

 筋力は、上半身の筋力が全体的に足りないと判断し、とにかく腹筋背筋腕立て伏せ等々。腕立て伏せ一つとっても、手と手の間隔かんかくの広さ、曲げる角度、手の平の位置などで、微妙に使う筋肉が違うのだが、私はトレーナーでも筋トレマニアでもないので細かいことは分からない。よって、とにかく回数をこなすべきという結論にいた実践じっせんさせる。

 きたえれば鍛えるだけ強くなるという程この世界はインフレしていないが、魔力の補助のおかげで、筋トレのインターバルを短くしつつもより良い効果を生むことが出来る。

 魔力のない前世では、筋トレとは筋繊維きんせんいを破壊することであり、その後に休養、つまり筋肉を休ませる時間をもうけることで、破壊された細胞が次は破壊されないようにとより増殖し強くなるのが、本来の筋トレによって筋肉が増えるメカニズムだ。もちろん、何もないところから筋肉を作り出すことは出来ないので、適切な栄養補給をする必要がある。

 しかし、そのような段階を踏まずとも、この世界は魔力によって多少の怪我程度なら治りが早いし、身体機能の底上げも行われているので、一日筋トレしたら一日休んでとインターバルを開ける必要はない。短時間でみっちりやって、少し休む間に魔法の訓練や座学をし、それが終わったら再び筋トレなどの肉体訓練という強行スケジュールを組むことが出来るのだ。もちろん、魔力が多ければその分、補助される割合も増えるので、エルフが見た目細身でもそこそこ力があるのは、その補助のおかげである。

 つくづく、エルフの身体というのは便利である。食事や睡眠はあまり必要とせず、その為、排泄行為も食事量が少ない上、ほとんどの栄養は吸収されるし、体内でがれ落ちた不必要な細胞の排出も、体内を循環する魔力によって自浄される為、一週間に一度程度お手洗いに行くくらいで良い。また、生まれ付き魔力が高いので、魔法の威力の底上げはもちろん、身体機能の底上げや怪我や病気の完治までの期間短縮。そして、自慢の長い耳での聴覚による探知と、良いところばかりである。


「本当にすごい種族よね」


 しかし、それらがしっかりと身に付き、完全に手足と同じように制御出来るようになるには、普通のエルフだと三〇〇年はかかるとされる。一〇〇歳で成人するとはいえ、まだまだ未熟な子供。あくまで結婚出来るようになったというだけで、そこから更に成長しなければならない。またエルフ族自体の数が少ない。これは結婚しつがい、夫婦となっても子が産める可能性が低いからである。

 私が異常なだけなのだ。ハーフエルフでもここまで早い成長は見込めない。エルフより誤差ごさ程度に若干じゃっかん早いくらいだ。

 私には前世があり、その記憶というか人間の精神をそのまま引き継いでいるので、中身は人間並の成長速度。しかし身体はハーフエルフという、人間とエルフの良いところ取りしている。つまり私にとっての転生特典とは、この身体に見合わない精神と知識の成長であることになる。

 特典をもらった覚えも、神様というものに会った覚えもない。

 もう一度言えば、今の私にとっての神様とはカラマ神様であり、私はその信徒であるカラマ神教の信仰者だ。日々の恵みを感謝し、自身の一部となることを許され、また感謝する。それが今の半分であるがエルフとして生きる私である。

 話がそれてしまったが、教え子達の成長の度合いの確認である。

 最後にチャロン。実はこの子はあのオドオドとした性格と筋肉量、身体付きにだまされていたが(最初の訓練では、一度攻撃しただけで終わってしまったし)基礎能力は意外と高い。というかほぼ完成されていた。もちろん十字弓クロスボウ狙撃手そげきしゅだけという点に関してだが。

 固定砲台として用いれば、その有効射程距離の感覚的算出、風向きや風速に合わせた感覚的な修正。そして、少ないチャンスを見逃さずジッと待ち続け、その瞬間にることが出来る集中力の持続時間、忍耐力にんたいりょくもあるので、狙撃手として必要な物はすでに持っている。

 しかし、それ以外が駄目なだけなのだ。体力はもちろん敏捷性びんしょうせいも必要だ。狙撃は基本、一回撃ったら移動しなければならない。いつまでも撃った位置にとどまるというのは、格好の餌食えじきとなるだけである。その為に素早く陣地転換じんちてんかんしなければならないのだが、それが遅い。体力がないからだ。

 それと接近戦。別にコールラみたいにアグレッシブな格闘戦をやれとは言わないが、牽制けんせいし距離を開けられる程度にはナイフや短剣の技術を身に付けて欲しいところである。

 ちなみにコールラが無手による格闘戦を併用しているのは、槍がかわされ、接近されたら剣を抜くひまなどないから、すぐに迎撃する為に自身で鍛錬たんれんしていたからだとのこと。本当に秀才型で舌を巻く。

 しかし、狙撃手の立ち位置は基本、戦場を俯瞰ふかん出来る、もしくは極力見通しの良い場所に陣取ることだ。つまり、発見されて接近を許したとしても剣を抜くわずかな時間はある。いや時間があるというのは語弊ごへいがある。相手の接近が早ければ何も出来ずに終わってしまう。だから、悠長に剣を取り出す暇はない。剣を素早く抜く訓練も必要だ。

 温度魔法に関しては、これは非常に地道な作業だ。同じ呪文でも、引き上げられる、もしくは引き下げられる温度。またはその範囲、規模、体積などと様々な違いが出てくる。これは熟練度と魔力の高低によることもあるが、後大事なのはイメージだ。

 ただ本を音読しただけでは呪文は発動しない、自身の魔力に働き掛けた上で明確なイメージが出来なければ、ちゃんとした魔法は出ない。とはいえイメージだけが先行しても、そこに見合った鍛錬、習熟が伴っていなければ結局は失敗してしまう。だから、魔法の訓練とはやっていることは派手に見えるが、本人からしたら非常に地味なことの繰り返しだ。飽きずに繰り返すことが大事。継続は力なり。

 そのことを彼ら彼女らに伝え、訓練を開始して二ヶ月経ち、それが徐々に、しかし、しっかりと目に見える成果として身に付いているのが分かる。


「それじゃあ、今日の訓練はここまで。後一ヶ月。長いようで短いけど。頑張ってね。解散」

「おう!」

「了解です。お疲れ様でした。教官」

「ひゃ、は、はい、お疲れ様でした……」

「……うむ、お疲れ」


 日も落ち、演習場の使用刻限こくげんが迫っている為、今日の訓練はここまで。しっかりと休養させる。この生活も後一ヶ月。そして一ヶ月後には四人は卒業試験を受け、きっと、いや絶対合格させる。それだけの訓練をしてきたと自信を持って言える。


「今、皆と戦闘訓練したら、もしかしたら魔法を使わないと負けちゃうかもしれないわね」


 まぁ、魔法を使えば相変わらず足下あしもとにもおよばないが、私に魔法を使わせることが出来れば一人前と言ったのは二ヶ月前だ。忘れているとは思うが、忘れていなかった場合……いや、あれだけあおって挑発したのだ。絶対覚えている。となると、本気でやらなければいけなくなる。


「はぁ、戦闘訓練したいけど、したくないなぁ……」


 独り言をつぶやきながら、宿屋イコッタへトボトボと歩いて帰る。

 食堂を素通りした私は部屋へ戻り、薬草事典を広げて何度も読んだ項目に目を通しながら、訓練のことを考える。


「よし、覚悟を決めよう。うん、使い方間違ってるかもしれないけど、これも因果応報いんがおうほうってやつよ。うん」


 そのまま私は一睡いっすいもすることなく、ひたすら事典のページをめくりながら夜を明かすのであった。

 外がすっかり明るくなっていることに気付いた私は、朝食を食べに食堂に降りる。しかし、気付くのが遅れた為か、既に他の宿泊者や、朝食だけを食べに来た冒険者でごった返していた。

 ここの食堂の食事は美味おいしい。ここに宿泊して数日後、様々な屋台のケルケル料理を堪能たんのうした私は、他に何か足蹴鳥ケルケルの肉を使った面白い料理はないかと注文したところ、ケルちゃん焼きなる食べ物が出てきた時は驚いた。

 足蹴鳥の肉を味噌みそ醤油しょうゆなどのタレに漬け込んで、味を付けた後に、鉄板で野菜と炒めた料理なのだが……そう、この世界には、味噌や醤油など調味料がある。しかも多少値は張るが、香辛料の流通も行われている。

 このケルちゃん焼き、聞けばあの人を変なあだ名で呼ぶ、この宿屋の店主が考案した料理だそうだ。あなどれない。

 以来、私は何日かに一回、ケルちゃん焼きを注文するようになった。この味が食べられるのは今の季節だけ。もうすぐ食べられなくなるから、そろそろ食べ納めだろう。ケルケルの肉が食べられるのは、暖季だけ。それも下旬になると、保存の関係もあり、ほとんど出回らなくなる。冷蔵庫や冷凍庫などないのだから仕方ない。氷魔法が使える人や、チャロンのように温度調節魔法が使える人は、食品を扱う店舗てんぽで重宝されるだろう。


「頂きました」


 食べ終わって席を立つ。二ヶ月前は、食堂でエルフが食事をる姿が珍しいのか、ジロジロと見られることが多かったが、人とは慣れるものだ。何度も同じ光景を目にすると次第に慣れ、飽きてしまう。私としては、その方が心の安寧に繋がるので良いし、何よりこの町の住人として認められた証拠とも言えるのだ。

 まぁここにいつまでも留まる訳でもないし、きょも構えない。私は旅人だ。好きなように好きな場所へフラフラと。それが性分に合っていると思う。


「さて、行きますか」


 今ではすっかり見られることにも慣れた民族衣装を着て、のんびりと町を歩きながら南門へと移動する。

 新人達の成長を見定めようではないか。

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