13頁目 依頼受注と喧嘩

 前回の戦闘訓練から一ヶ月弱。訓練を開始してそろそろ三ヶ月になろうとしていた。

 私は一週間程前から早朝にギルドへとおもむき、依頼書を眺めるのを習慣にしていた。


「今日もなさそうね」


 探しているのは、今、指導を受け持っている新米冒険者達の卒業試験にピッタリの依頼だ。そろそろ時期的に来そうなのだが、まだ早かっただろうか。

 現在、暖季も終わりに差し掛かっており、少し前から雨季へと突入していた。連日の雨にも負けず、新米達は今日も演習場で訓練を行っている。天候によって訓練を調整するのはありえない。雨になったから依頼任務から撤退てったいする馬鹿がどこにいるというのだ。

 それに、悪天候、悪条件での訓練はとても実になる。ぬかるんだ地面はすべりやすく、武器を振り回す際に踏ん張りが効きづらい。雨の強さにもよるが、視界は悪くなり、匂いによる探知も出来ない。音も雑音が入り、かすかな音もかき消してしまう。布に染み込んだ水分が装備を重くし、機動力が落ちる。肌が常に濡れていることで体温が下がり、身体が思うように動かずまた体力も低下する。

 悪いことばかりだが、奇襲をする側からすると、とてつもない好条件だ。

 かつて中世の日本では織田信長おだのぶなが桶狭間おけはざまの戦いにて、実際の人数などについては諸説あるが、わずか三〇〇〇人程の軍勢で今川義元いまがわよしもとの二〇〇〇〇人以上の大軍へと奇襲を仕掛け、直接本陣を叩くことで勝利したというものがある。

 有利な地元であるという地の利。信長の鼓舞こぶによる士気の高さという人の利。そして、奇襲を成功に導いた大雨という天の利。三つの利にて、見事、桶狭間の戦いを勝利へと導いたのだ。雨は、姿をくらまし、音をおおい隠し、匂いも消してしまう。気配を隠す練習には丁度良い。

 さて、今日も目立った依頼はない。とりあえず、今日も新米達は訓練だ。私は、近場の採取さいしゅの依頼があったので、依頼票の木札を壁から外し、受付へと持って行く。

 紙は珍しい物ではないが、貴重である。書類など残す必要のある記録などは、基本紙をもちいるが、依頼票などの使い捨てにする物は、木札を使うことが多い。これが王都などの大きな都市になると、依頼者もお金持ちであったり、貴族であったりするので紙による依頼票が多くある。


「これをお願いします」

「あ、フレンシアさん、おはようございます」

「おはようイユさん。これ良いですか?」

「はい、確認しますね……はい、問題ないです。今日も新米さん達の依頼探しですか?」

「そうですね。後は、私の宿泊費と食費稼ぎ用の依頼探し。貯金はあるけど、出来るだけ節約したいですからね」

「あれ? でも、新米さん用の依頼でしたら色々あるはずですけど?」


 ここで考えにすれ違いがあることを知っているが、私はあえて指摘しない。私が新米用の依頼を探していると勘違いしているイユさんに対し、私は卒業試験に使える依頼を探している。

 普通、新米登録してわずか三ヶ月で卒業試験だなんて考えもしないだろうから、こうしてすれ違いが発生する。

 ちなみに、新米卒業試験の題材である小飛竜リヨバーンの依頼は二件あった。だが、それは私の望む内容ではなかった。

 依頼を読む限り、すごく簡単だ。どうせ同じ小飛竜でも難しい任務を与えてやりたい。だが、小飛竜と戦わせるのは、魔法による攻撃が可能なエメルトとコールラの二人になるだろう。となると、物理攻撃主体のセプンとチャロンは、また別の怪物モンスターてる必要がある。それの目星はすでに付けている。ただ、まだ時期が早いのか、それの依頼が来ていない。

 難易度は高めに設定しているから、ギルドから証人として卒業認定資格を与えられる職員を二人派遣はけんしてもらう予定だ。本来なら、私一人が一人に付き添ってマンツーマンで監督し、討伐とうばつの証拠としての部位のぎ取りを行って、それをギルドへ申請してクリアとなるのだが、そんな面倒なことはしたくない。ということで、私が狙うのは、一つの任務に二人を充てる共同討伐だ。しかし、これだと実力がない人が、実力のある人に頼り切りとなり、一切を任せきりにして討伐完了、クリアとなってしまうケースが出てくる。その為のギルド職員である。それも、二つの依頼を同時受注することによる、四人まとめて試験しようというものだ。だから職員二人の派遣の申請を予定しているのだ。

 あいつらは縄張りが近い。よって同じ場所で二つの依頼、もしくは同時討伐依頼が出てくることがある。それは、本来新米が受けるような依頼ではなく、卒業して銅ランクとなって二、三年、本格的に冒険者として慣らした後に受けるようなものであるのだが、その二、三年の期間を、一足飛びで駆け抜けさせようというのが私の計画である。

 どうせやるなら徹底的てっていてきに。せっかく鬼教官としてしたわれているのだ。鬼らしいことをしようではないか。ハーフエルフだけど。

 その後はイユさんと軽く雑談をわし、別れを告げる。

 今日は東部で薬草の採取だ。西部のルキユの森に行けば、どこにどんな薬草が生えているか分かっているので楽なのだが、何分なにぶん遠い。雷魔法の応用で速度を上げられるとはいえ、そんな程度のことで魔法を使いたくない。ちゃんと自分の足で歩く。よって、東部にあるキダチの森へと行くことにした。


「よし、こんなものかな」


 キッチリ依頼にあった通りの必要量のみを採取して、町に戻ってきた。ギルドへ届け出て報酬ほうしゅうをもらい、その足で演習場へと向かう。

 雨はむ気配はない。雨に打たれる森の木々も美しかった。また、のんびり散歩をしたいところである。だが、雨季も段々と終わりが見えてきて暖季も下旬のこの頃、日々段々と気温が高くなってきている。

 湿気による蒸し暑さに加わりふんなどの排泄物はいせつぶつ発酵はっこうした匂いは、なかなかに強烈だ。見た目は綺麗キレイな森でも、匂いによる探知はしづらいのが難点だ。

 ただまぁ臭いことは臭いが、別に慣れてしまっているので問題ない。エメルトのような獣人族にとっては、非常に厳しい環境になるだろうが。

 その後は演習場に顔を出し、訓練風景を眺めてそのまま宿へ帰宅した。ベタベタの装備で宿に入る訳にはいかないので、裏手に回って屋根の下で服を脱いでインナー姿となり、脱いだ服をしぼって水分を出す。


「ふう、サッパリ」


 雨をシャワー代わりにして、髪を服と同じように絞って水気を落とした後に、軽く手でいて整える。そして、ある程度の脱水を終えた服を手に持って、インナー姿のまま表へと回り堂々と宿の入り口をくぐる。


「シアニャん! そんな格好ニャ、ウロウロしちゃダニャって、昨日も一昨日もそニャ前も、ずっニャ言ってるでしょ!」

「あーうん、明日から多分気を付けます。後、ニャチルさんまで私に変なあだ名付けないで下さい」

「多分じゃニャめですよ! 後、これは噛んだニャけです!」


 連日雨が続いているのだ。こんなこと、もう毎日のようにやっている。別に裸じゃないんだから良いじゃないかと思うのは、人間だった頃の感覚が麻痺まひしているのだろう。確かに、セキュリティ面でこの宿を選んだのに、みずから風紀を乱すようなことをしていては話にならない。


「おお、フレ吉! 帰ったか! 風邪かぜ引くなよ!」

「フレンシアです。お気遣いありがとうございます」


 多くの冒険者の目の毒になることは自覚しているのだが、エルフの里ではこれが普通というか、天の恵みである雨の日は、それこそ裸になって水浴びをするのが習慣であったので、それに慣れてしまっていることで種族間ギャップが生じているようだ。

 仮に襲われたところで対処出来る。そもそも、この宿を選んだ理由として安全性が挙げられるのだが、そこに私自身の貞操ていそうは含まれていない。あくまで荷物。それも本が盗まれるのを防ぐ為であって、私自身が目的ならどうとでもなるので別に安宿でも問題ない。


「うん、女子力の低下待ったなしだね」


 今更なので諦める。ナルシストのつもりはないが、見目みめは良い自覚はある。しかし、中身が残念なので、私に結婚を申し込む場合はそのことを考慮こうりょしないと痛い目を見ることになる。まぁまだ結婚するつもりもないし、恋人をつくる予定もない。そもそもそんな異性への欲求もないのだ。一応考えていないこともないが、あくまで同じエルフ族とを考えている。理由については、またいずれ。

 自室へと戻った私は、しばらくぶりの睡眠を楽しむこととする。

 それから数日、連日降っていた雨もすっかり姿を見せず、それと同時にどんどんと暑さが町を覆い尽くすようになっている。

 四月に入って二回目の火曜日。本格的に暑季へと突入したようだ。これで宿に帰る度にニャチルさんにしかられる生活から解放される。

 そして、ついにギルドで目当ての依頼の木札が掛けられているのを発見する。


「ついに来た。小飛竜のつがいの二体と闘飛虫とうひちゅうの三体同時討伐。場所は北部のタルタ荒野。詳細は、縄張り争いが続き物資の運搬うんぱんが困難になっているので討伐して欲しい。よし、これしかない」


 残り数日。とは言っても自分で勝手に決めた期限であるが、そろそろ三ヶ月になるというところで、新米卒業試験に使えそうな依頼を見つけてテンションが上がる。誰かに取られない内に素早く木札を手に取って、受付へと持って行く。


「あ、イユさん。これをお願いします」

「はい、確認しますね」


 私は基本他人と接する時は、敬語を使う。もちろん、家族や友人などの親しい関係の人に対してはタメ口で話すが、それ以外の場合は、相手が年下であっても極力敬語を使うようにしている。これは、かつての日本人としての感覚のせいだろうか。しかし、教え子達の場合は、出会いが出会いだったので、敬語を使うと舐められると思い最初からタメ口で接していた。


「はい、大丈夫です。では、どなたかとパーティを組むのですか? それともソロですか? フレンシアさんの実力を疑う訳ではないのですが、流石さすがのフレンシアさんでもこの任務をソロは厳しいと思うのですが」

「いえ、これを受けるのは、私の教え子達です」

「へ? えぇー!」


 イユさんの叫びがギルドのホール内に響き、他に仕事をしていた職員や、依頼の手続きをしようとギルドへ訪れていた冒険者の動きが止まり、こちらを注視ちゅうしする。


「正気ですか!」

「もちろん」

「死んじゃいますよ!」

「大丈夫ですよ。ですので職員二人の派遣もお願いします」


 周りの様子に気付いていないのか、イユさんは興奮状態でテーブル越しに詰め寄ってくる。


「朝から騒がしいね。何かあったのかい?」

「ギルド長~……」


 ジルの登場で、イユさんは私が渡した木札を見せながら、事情を説明していく。最初はふんふんと頷いていたジルも、段々とその表情にかげりが見え、こちらを見定めるように視線を向けてきた。


「あんた、本気かい?」

「何度も言わせないで」

「一回も依頼をこなしていない新米四人に、いきなり小飛竜二頭と闘飛虫一頭を狩れと言うの?」

「言うわ」

「冗談じゃないわよね?」

「当たり前じゃない。そもそもこれはあなたからの直接の依頼だったはずよ。彼らを一人前の冒険者に育て上げる。そもそも新米育成なんて、他に色々と伝手つてとかもあるだろうに、何故なぜ私に依頼をしてきたのか……まぁ、最初の頃は気にしていたけど、今は別にどうでも良いわ。私は依頼通りに新米を育成したので、これから卒業試験を受けさせに行く。ただそれだけよ」

「何故、この時期なんだい? まだ三ヶ月も経っていない。そんな急がなくても、来年の暖季とかに合わせてゆっくり調整すれば良いじゃないか」

「それが本音?」

「え?」

「私をこの町に縛り付けておく理由よ。新米育成なんて時間のかかる仕事をわざわざ私に押し付けた理由。通常の依頼任務では、私はあっさりとクリアする自信がある。一応、それだけのことをしてきたのだからね。だから新米冒険者の育成を選んだ。もし一年縛り付けたとして、また来年、そしてまた来年と引き延ばしにすることが目的だったの?」

「……」

「あなたにとって、過去の一七件は、そんなに手放したくない過去なわけ? 私は、あなたを冒険者の先輩として尊敬していたと同時に、友人とも……思っていたのですが、やはり、あなたは変わってしまったようですね。それとも昔からですか? 私に二つ名を与えたことでくさびを増やしたかったのでしょうか?」


 私の威圧により周囲は重苦しい沈黙が包み込み、誰一人として動こうという気配がなかった。アオコニクジルの表情は硬く、口を開き掛けては閉じるを何度か繰り返す。


「それで? この依頼は受注させていただいてもよろしいでしょうか?」


 私の質問に、彼女はこちらをにらみ付ける。


「それは、命令かい?」

「耳が遠くなったのですか? 誰がどう聞いても、ただの質問と確認ですよ」

「その殺気を浴びて、ただの質問ととらえるのは無理な話よ」

「そうですか。残念です。ですが、私はやると決めたらちゃんと最後までやりますよ。無事、新米卒業まで責任を持って見守ります。ですから、彼らを連れて王都まで行きます」

「なっ!」

「ここでは、ギルド長の権限で依頼の受注が出来ないとなれば、どこか別のギルドで受けるしかないでしょう? そうなれば、ここから最も近いギルドのある町と言ったら王都しかないですね」


 そこで一旦言葉を切り、一拍開けてから「そして」と続ける。


「ルックカのギルド長権限にいて、依頼の受注が出来なかったむねを伝えることも出来ます。そうなれば、最悪更迭こうてつ。あなたが守りたいという大勢の人を守る権限は剥奪はくだつされます。私をコマとして使おうとさえしなければ、ここまでこじれることもなかったと思うんですけどね……アオコニクジル、あなたは過去にとらわれ過ぎています」

「それを仮に正直に言ったところで、あんたは首を縦に振ってくれたかい?」

「答えはもちろん、嫌ですよ」

「そうだろうね」

「私も一人で勝手にかかえていたものに縛られていましたし、このまま縛られたまま死ぬまで過ごすのも良いと思っていました。ですが……その呪縛じゅばくから解き放ってくれた存在がいる。だから私は、こうして再び森を出る決断をした。忘れる訳でも決別する訳でもない。私の一部分として、一緒に歩んでいくと決めた。友人としての私が、あなたの中に存在しているのなら……目を覚ませ! ジル!」

「っ!」

「いつまでも過去に縛られないで。私だけを頼らないで。もっと周りを見て。確かに私よりは弱い冒険者ばかりで不安かもしれないけどね」


 そう言って周りを見渡すが、目を合わせようとせず目を逸らされる。この反応に思わず大きな溜め息が出る。


「はぁ、私の教え子達なら、今の言葉を聞いて黙っていられる程弱くも大人しくもないわ。でもね、皆あなたのこころざしかれてつどって、ルックカで活動をし続ける冒険者達なのでしょう? だったら、もっと彼らを頼りなさい。頼りないならきたえなさい。鍛えさせなさい。厳しい鍛錬たんれんなくして成長なしよ」


 そして私は、ジルが手に持つ木札を指差した。


「で、その依頼。受けても良いかしら?」

「……はぁ、しょうがないわね……分かったわ。承認します。監督官としてこのイユと、私の同行が条件よ」

「ギルド長が、新米卒業試験の為にギルドをけて良いのかしら?」

「えぇ、あなたが自信を持って育てたという、その教え子達の実力を見せてもらうわ」

「分かったわ。どうぞご自由に。イユさん、巻き込んでしまい申し訳ありません」

「い、いえ! 大丈夫です! その、色々と驚いちゃいましたけど」

「ふふ、それも含めて謝罪します」


 こうして、一波乱ひとはらんあったものの無事に依頼受注出来たので、それを伝えるべく今日も変わらず鍛錬をしているであろう新米達のいる南部演習場へ、二人のお供を引き連れて歩を進めるのであった。

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