7頁目 冒険者ギルドと面倒事
ギルドの中は、何人か職員が行き来しているものの、冒険者の数は少なく静かな様子であった。基本冒険者は、朝に依頼を受けてそのまま出発する
この町はルーキーからベテランまで多くの冒険者が訪れる町である為、依頼の数もそれに比例して多くなるのだが、面倒事であったり、
だが、そのような体制ではいずれ依頼量が減っていき、それにより当然ギルドの収入も減ってしまう。これを回避する為に、ギルドお抱えの冒険者を逆指名して報酬をギルドが
私を連れて来たイユさんは、ここで待つように言ってそのまま受付の奥へと消えてしまった。
手持ち
すると間もなく、受付の奥から慌ただしい雰囲気を感じてそちらに目を向けると、魔法使いっぽい
「どうやら覚えているようね。シア」
「えっと、お久しぶりです。アオコニクジルさん」
「そんな他人行儀じゃなく、前みたいにジルで良いのよ?」
「いや、まさか、あなたがルックカのギルド長になっているとは思わなくて……」
「それはまぁ、色々あったのよ。あなたと同じでね」
「そう、みたいね」
アオコニクジル・トペアジ、二〇年前に冒険者になった私よりも五年先輩の冒険者で、ルックカで活動していた時に、よく彼女をリーダーとしたパーティに入って一緒に依頼をこなしていた。依頼達成率も高く信頼されたパーティであったが、それと同時に嫉妬の目を向けられることもあった。
元々食べることが好きだったジルは、その分肉付きも良かったことから、心ない冒険者からアオコニクジルの名前をいじって『
その二つ名に見合ったすごい炎の魔法使いであった為、からかった冒険者は彼女直々に制裁という形でその熱に焼かれて医療所へと
短気な彼女であったが、非常に仲間想いで、危険な任務も率先して皆の前に出て戦っていたことから、先輩として尊敬していた。
しかし、活動開始して一年経った頃、元々正規のパーティメンバーでなかった私は、別の依頼を受け、そのまま王都へと拠点を移すこととなった。それ以来、彼女とは会うことはなかったのだが、今こうして、このような形で再会するとは……
「運命とは、面白いものね」
「そこは皮肉だとか、
「私にとっては、悪いことじゃないからね。だから面白いことよ」
「不思議な
「変わらないわよ。昔も今も……ただ、目的が変わっただけ。たったそれだけよ」
「そう。それじゃあ、私のお願い聞いてもらえるかしら?」
「お願い?」
「えぇ。シア、あなたに冒険者に復帰してもらいたいの」
「……え?」
冒険者への復帰。目的の為にまずやろうとしていたことの一つだが、それを相手から提示されるとなると、何か
かつては友人であり、こうして再開した今も改めて友人だと思える存在であったが、何か嫌な駆け引きか、商談か、とにかく今は
元より、私には勝ち目がない。
溜め息を一つ
「分かったわ。元々冒険者復帰の為にここに来たのだから、その後ろで抱えている依頼もこちらに回して
「そうなのよ。話が早くて助かるわ」
「期間は短かったけど、それでも一緒に行動していたからね……で、どんな面倒事なの?」
「面倒かどうかは、あなた次第だけど、やってもらいたいのは、新米冒険者の育成よ」
「……は? 私が?」
「えぇ」
「何で?」
「ちゃんと二つ名の『
「いや、いらないし。というかそんな小っ恥ずかしい二つ名、誰が名付けたの。いつの間にか私の後を付いて回っていて、恥ずかしかったんだから」
「良い名でしょ? あなたが王都に行くって分かった時に、こっそり広めたのよ」
「あなたが主犯だったのか……」
今の会話だけで、この二日間の旅路よりも疲れがどっと押し寄せてきた。ただ、面倒事といっても、新米研修の教官ということなら、まだマシな方だと思った。しかし、
「で、そんなことの為に一〇年待っていた訳じゃないよね?」
「そうね。本当なら、別の難易度の高い依頼を
二つのパーティでやっとクリア出来る任務を、私一人に押し付けるつもりだったのかこの人は。そして、これまでの話は全て、ギルドのホールのど真ん中で繰り広げられていた。つまり、見ようによっては、ギルド長と対等に話す謎の冒険者志望のエルフが、直接依頼をされたり
「さっきのは、八年前の話ね。次は六年前の……」
「待って、まだあるの?」
「あるわよ。難易度的に、あなたを関わらせた方が安全で迅速に解決出来そうな案件がこの一〇年で一七件よ」
「多いし、買い被り過ぎ」
「そんなことないわよ」
「
「そりゃあね。それなりに被害や犠牲は払ったけど」
「嫌味?」
「事実よ」
「はぁ、組織に縛られるというのは大変ね」
「でも、守れる命も増えるのよ」
「動きたい時に動けないのでは意味がない」
「それが、組織というものよ」
「やっぱり面倒事だったわ」
「そうかしら?」
私にとってのジルのイメージは、二〇年程前のままで固定されてしまっていた。しかし、エルフ族と違って人間達の成長は早く、そして寿命は短い。転生前に経験していたはずなのにすっかり忘れていた。
短気で情に厚く、率先して前に出て戦っていた彼女は、この二〇年弱で変わってしまった。いや、根本は変わっていない。彼女は、守れる命が増えたと言った。つまり、彼女は戦いの場を変えただけで、今も戦っているのだ。
「歳を取るって大変ね」
私の呟きに彼女の苦労が集約されている。それを汲み取ったのか、ジルは笑顔で答えた。
「それが人間よ。歳を取って、思うように身体が動かなくなっても、まだまだ出来ることはある。だから、私は今ここにいるのよ」
「分かったわ。新米教育の依頼を受けるわ。で、その新米さんはどこにいるの?」
「ありがとうね。新米冒険者は、ほら、そこにずっといるわよ?」
「え?」
振り返ると、少し離れた位置に四人の冒険者らしい格好をした男女が、先程の話を聞いていたのか気まずそうにしながら立っていた。というよりこの四人、ギルドに入った時に最初からいたことを思い出した。
余った依頼を受けに来たか、依頼達成の申請手続きをしているものとばかり思って全く意識していなかった。それなのに目の前で「面倒事」と言ってしまった。これは、場所を変えることを申し出なかった私のミスか、それともあえて交渉の場をここに選んだジルのファインプレーか。
そもそもギルドという完全アウェーに、のこのこと乗り込んだ私が悪いのか。交渉は始まる前にすでに結果は出ていると、昔誰かが言っていた気がする。それを今、しっかりと実感した。
心の中で小さく溜め息を吐き、改めて四人へと向き直ることにする。
これから始まる二度目の冒険者生活のスタートで、いきなり盛大に
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