7頁目 冒険者ギルドと面倒事

 ギルドの中は、何人か職員が行き来しているものの、冒険者の数は少なく静かな様子であった。基本冒険者は、朝に依頼を受けてそのまま出発するゆえに昼頃になると余り物の依頼しかないことも多い。

 この町はルーキーからベテランまで多くの冒険者が訪れる町である為、依頼の数もそれに比例して多くなるのだが、面倒事であったり、報酬ほうしゅうが少なかったりすると命を賭ける商売である冒険者は中々受けることをしない。そういった場合はギルドが改めて精査せいさし、依頼主と交渉して報酬や難易度、期間の調整をしたり、悪質な場合の物は取り下げさせたりすることもある。たまに精査されてもなお全ての条件が据え置きの依頼が残ることもあるが、これも一定の期間が過ぎれば破棄はきされてしまう。この場合は新たに依頼をする必要があるのだが、その為に依頼料を上乗せしなければならないという弱者にはとても厳しい制度がある。

 だが、そのような体制ではいずれ依頼量が減っていき、それにより当然ギルドの収入も減ってしまう。これを回避する為に、ギルドお抱えの冒険者を逆指名して報酬をギルドが補填ほてんすることで、解決をするようにしているようだ。

 私を連れて来たイユさんは、ここで待つように言ってそのまま受付の奥へと消えてしまった。

 手持ち無沙汰ぶさたになった私は、ぼんやりと一〇年ぶりの冒険者ギルドの様子をなつかしむように眺めていた。

 すると間もなく、受付の奥から慌ただしい雰囲気を感じてそちらに目を向けると、魔法使いっぽいすその長いローブを着た、ふくよかな体格の中年女性がイユさんを引き連れて現れた。どうやら、この人がギルド長のようだ。早速私を呼んだ経緯を聞きたいところだが、まずは挨拶が基本だろうと相手の顔を見たところで「あっ」と思わず声を出してしまった。


「どうやら覚えているようね。シア」

「えっと、お久しぶりです。アオコニクジルさん」

「そんな他人行儀じゃなく、前みたいにジルで良いのよ?」

「いや、まさか、あなたがルックカのギルド長になっているとは思わなくて……」

「それはまぁ、色々あったのよ。あなたと同じでね」

「そう、みたいね」


 アオコニクジル・トペアジ、二〇年前に冒険者になった私よりも五年先輩の冒険者で、ルックカで活動していた時に、よく彼女をリーダーとしたパーティに入って一緒に依頼をこなしていた。依頼達成率も高く信頼されたパーティであったが、それと同時に嫉妬の目を向けられることもあった。

 元々食べることが好きだったジルは、その分肉付きも良かったことから、心ない冒険者からアオコニクジルの名前をいじって『肉汁にくじる』などと不名誉なあだ名を付け、広く吹聴ふいちょうされたことがあった。しかし、本来の彼女の二つ名は『業火ごうか』である。

 その二つ名に見合ったすごい炎の魔法使いであった為、からかった冒険者は彼女直々に制裁という形でその熱に焼かれて医療所へとかつぎ込まれることとなった。もちろん手加減はしていただろうし、実際に外傷も軽い火傷やけど程度と軽傷であった。ただ死ぬ程熱く死ぬ程痛い、死にたくなるような目にったであろうが、自業自得である。

 短気な彼女であったが、非常に仲間想いで、危険な任務も率先して皆の前に出て戦っていたことから、先輩として尊敬していた。

 しかし、活動開始して一年経った頃、元々正規のパーティメンバーでなかった私は、別の依頼を受け、そのまま王都へと拠点を移すこととなった。それ以来、彼女とは会うことはなかったのだが、今こうして、このような形で再会するとは……


「運命とは、面白いものね」

「そこは皮肉だとか、残酷ざんこくだとか言うべきでないの?」

「私にとっては、悪いことじゃないからね。だから面白いことよ」

「不思議なね。あの頃は、ただひたすら真っ直ぐに前しか見ていなかったのに、今は違うようね?」

「変わらないわよ。昔も今も……ただ、目的が変わっただけ。たったそれだけよ」

「そう。それじゃあ、私のお願い聞いてもらえるかしら?」

「お願い?」

「えぇ。シア、あなたに冒険者に復帰してもらいたいの」

「……え?」


 冒険者への復帰。目的の為にまずやろうとしていたことの一つだが、それを相手から提示されるとなると、何か面倒事めんどうごとに巻き込まれそうな予感がする。

 かつては友人であり、こうして再開した今も改めて友人だと思える存在であったが、何か嫌な駆け引きか、商談か、とにかく今はろんで相手を上回る必要が出てくる。しかし、ここで疑問が浮かんだ。ジルは短気な性格で、こういった交渉事に向いていない。にも関わらず、即席とはいえ交渉の場をもうけたということは……やはり、最終地点は、面倒事ということで解決しそうである。

 元より、私には勝ち目がない。何故なぜなら、諸国を巡るという目的の為に冒険者になりに来たのだ。ここで冒険者にならないと言ってしまったら、交渉には勝てても私自身は敗北である。

 溜め息を一つき、目を合わせた。


「分かったわ。元々冒険者復帰の為にここに来たのだから、その後ろで抱えている依頼もこちらに回して頂戴ちょうだい。どうせ、私が復帰したらやってもらいたいことがあったのよね?」

「そうなのよ。話が早くて助かるわ」

「期間は短かったけど、それでも一緒に行動していたからね……で、どんな面倒事なの?」

「面倒かどうかは、あなた次第だけど、やってもらいたいのは、新米冒険者の育成よ」

「……は? 私が?」

「えぇ」

「何で?」

「ちゃんと二つ名の『迅雷じんらい』も残してあるわよ」

「いや、いらないし。というかそんな小っ恥ずかしい二つ名、誰が名付けたの。いつの間にか私の後を付いて回っていて、恥ずかしかったんだから」

「良い名でしょ? あなたが王都に行くって分かった時に、こっそり広めたのよ」

「あなたが主犯だったのか……」


 今の会話だけで、この二日間の旅路よりも疲れがどっと押し寄せてきた。ただ、面倒事といっても、新米研修の教官ということなら、まだマシな方だと思った。しかし、に落ちないところもある。


「で、そんなことの為に一〇年待っていた訳じゃないよね?」

「そうね。本当なら、別の難易度の高い依頼を斡旋あっせんする目的があったのだけど、あなたが一向に姿を現さないから、こちらで何とか解決まで持って行ったわ。あなた一人いればすぐに終わるような依頼だったのに……仕方ないから、二つのパーティに直接依頼を出して共同任務ということで行ってもらったわ。結果は、解決したものの、軽重合わせて四人の負傷者を出したわ。死者がいなかっただけ幸いね」


 二つのパーティでやっとクリア出来る任務を、私一人に押し付けるつもりだったのかこの人は。そして、これまでの話は全て、ギルドのホールのど真ん中で繰り広げられていた。つまり、見ようによっては、ギルド長と対等に話す謎の冒険者志望のエルフが、直接依頼をされたり愚痴ぐちを聞かされたりしている構図こうずであるということである。二つ名の件といい、もうどこから突っ込んで良いのか分からない。


「さっきのは、八年前の話ね。次は六年前の……」

「待って、まだあるの?」

「あるわよ。難易度的に、あなたを関わらせた方が安全で迅速に解決出来そうな案件がこの一〇年で一七件よ」

「多いし、買い被り過ぎ」

「そんなことないわよ」

隠居いんきょした当時、何でわざわざ里まで来て、冒険者復帰を嘆願たんがんした人がいたのか納得したわ……でも、私がいなくても解決出来たんでしょ?」

「そりゃあね。それなりに被害や犠牲は払ったけど」

「嫌味?」

「事実よ」

「はぁ、組織に縛られるというのは大変ね」

「でも、守れる命も増えるのよ」

「動きたい時に動けないのでは意味がない」

「それが、組織というものよ」

「やっぱり面倒事だったわ」

「そうかしら?」


 私にとってのジルのイメージは、二〇年程前のままで固定されてしまっていた。しかし、エルフ族と違って人間達の成長は早く、そして寿命は短い。転生前に経験していたはずなのにすっかり忘れていた。

 短気で情に厚く、率先して前に出て戦っていた彼女は、この二〇年弱で変わってしまった。いや、根本は変わっていない。彼女は、守れる命が増えたと言った。つまり、彼女は戦いの場を変えただけで、今も戦っているのだ。


「歳を取るって大変ね」


 私の呟きに彼女の苦労が集約されている。それを汲み取ったのか、ジルは笑顔で答えた。


「それが人間よ。歳を取って、思うように身体が動かなくなっても、まだまだ出来ることはある。だから、私は今ここにいるのよ」

「分かったわ。新米教育の依頼を受けるわ。で、その新米さんはどこにいるの?」

「ありがとうね。新米冒険者は、ほら、そこにずっといるわよ?」

「え?」


 振り返ると、少し離れた位置に四人の冒険者らしい格好をした男女が、先程の話を聞いていたのか気まずそうにしながら立っていた。というよりこの四人、ギルドに入った時に最初からいたことを思い出した。

 余った依頼を受けに来たか、依頼達成の申請手続きをしているものとばかり思って全く意識していなかった。それなのに目の前で「面倒事」と言ってしまった。これは、場所を変えることを申し出なかった私のミスか、それともあえて交渉の場をここに選んだジルのファインプレーか。

 そもそもギルドという完全アウェーに、のこのこと乗り込んだ私が悪いのか。交渉は始まる前にすでに結果は出ていると、昔誰かが言っていた気がする。それを今、しっかりと実感した。

 心の中で小さく溜め息を吐き、改めて四人へと向き直ることにする。

 これから始まる二度目の冒険者生活のスタートで、いきなり盛大につまづいてしまった感があるが、今は目の前の課題に取り掛かることで無視することに決めたのであった。

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