6頁目 独特な宿と季節の食べ物

 早朝に町に到着した私は、門番さんに教えてもらった宿へと訪れていた。


「すみません」


 扉を開け、朝食時でにぎやかな食堂の中をせわしなく行き来している給仕の猫獣人の女の子に声を掛ける。三毛猫がモデルなのか、そのふわっとしたショートヘアは三色で、目の色もキレイな金色だった。猫耳はピコピコと動き、スカートの下から顔を覗かせている尻尾も、ユラユラと揺れている。


「はい、いらっしゃいニャせー」


 そこは「いらっしゃいませだニャ」じゃないのかとツッコミたくなったのを我慢し、今日からしばらく泊まりたいのだが、部屋はいているか確認する。


「ちょっニャ、待ってくニャさい。店主-!」


 いや、そこは無理あるだろうと思うも、そこもどうにかこらえる。すると、食堂の奥から頭のまぶしい入道族……じゃなく、禿はげた中年の人間男性が現れた。


「おう! どうしたニャン吉!」


 まさかの男の娘なのかと驚愕きょうがくするも、すぐ様「ニャチルよ!」と否定していたので、ちゃんと女の子らしい。というか名前、ニャチルで良いのか迷うところである。変なところで「ニャ」と言うのだ。もしかしたらヤチルとかそんな感じの名前かもしれない。気になるので、直接聞くことにする。


「えぇと、ニャチルさんで良いのですか?」

「そうニャすよ。本ニャーです!」


 本名……で良いらしい。多分。一先ひとまず、これ以上仕事の邪魔をする訳にもいかないので、手短に店主に用件を伝えると、こころよく了承してくれた。


「じゃあ、宿屋台帳に記名してくれ。あ、お前さん見たところエルフみたいだが、字は書けるか?」

「大丈夫ですよ」


 エルフ族は識字率しきじりつが低いことは割と有名らしい。サラサラと名前を書いて渡すと、それを確認してちらりとこちらに目を向ける。それから何度かうなずいた。


「うん、問題ないな。じゃあしばらくよろしくなフレ吉!」

「フレンシアです」


 その呼び名は店主独特の物だったらしい。

 名前を名乗った時、食事をしていた一部の冒険者らしき格好をした人がピクリと反応した。


「?」


 その冒険者へ目を向けるも、その後は黙々と朝食を食べていたので気のせいかと思う。

それから、鍵を受け取った私は、割り当てられた三階の一室へと向かうべく、階段を上がって部屋へ向かった。どうやら個室だったらしい。確かに、これならセキュリティ面はある程度問題ないと思う。荷物や武器を降ろし、コートを壁のハンガーに掛ける。ブーツを脱ぎ、ライトメタルの防具も取りはずす。首に巻いたゴーグルやスカーフも外し、備え付けのテーブルへと置いた。


「ふぅ、やれやれ」


 ベッドに腰掛けたところで一息く。この程度の疲労、疲労とは感じないが、それでも里でぬくぬくと生活していた時に比べてずっと気を張っていなければいけないので、今こうして一時いっときでも休めることは嬉しい。

 ぼんやりと窓の外を眺めたところで、そろそろ朝食が終わり、チェックアウトする人は大体出て行ったかなと思った私はブーツをき、ライトメタルの防具を身に付けた。コートにもそでを通して一階へ降りる。

 予想通り、早朝に来た時は騒然そうぜんとしていた食堂も、今はちらほらと人が座っている程度で閑散かんさんとしていた。

 そこで、テーブルを掃除していたニャチルさんを呼び止める。


「すみません、この町で旬な食材を扱った、手頃な値段の名物とか人気な食べ物って、どこ行ったら食べられますか? 屋台とかでも良いんですけど」


 宿屋とはいえ、食を扱う店で堂々と他店の美味おいしい物を聞くのは失礼なこととは思うが、記録に残す参考として是非ぜひ食べておきたいことから、ここはしっかりと情報収集しておく。一〇年前までは、とりあえず朝さえ食べられれば何でも良いと、適当に値段の安い物を注文していた気がする。


「ん~ここだと……旬からニャ少し外れますが、牛肉ニャすかね。豚肉は年中食べニャれますが、この季節だと油が強いので、ニャたしは好きじゃないです。特に気にしないなら、豚肉料理ニャいけると思いますよ。後は、暖野菜がニャー少ししたら出てくるかも」


 内陸の国の更に大きいとはいえ辺境の町であるから海産物の取引は基本ないし、暖野菜、つまり春野菜の収穫は出荷まではまだ少しかかる。果物などを栽培さいばいしているかは聞いていないので分からないが、地球の同じような環境の地域で当てはめれば、恐らく暑季から乾季に掛けて収穫される物と考えられる。


「あ、これを忘れニャたです。この間、ケルケルの群れの大移動がニャったから、今ならそこら辺の屋台でニャ安く買えますよ」

「ありがとうございます。町巡りしながら探してみたいと思います」

「はニャ、いってらっしゃいませー!」


 ニャチルさんに見送られ、宿を出た私は、早速、話に聞いたケルケルを食べる為に屋台を探す。

 足蹴鳥あしげちょうケルケル、見た目や大きさはダチョウに近いが、大きな違いとして、ダチョウにはない腕があるということだ。元々は四本足であったが、進化の過程で移動速度と距離を稼ぐべく後ろ足で立って行動するようになり、前足は退化して細く短くなるも、指を器用に使って虫や木の実を手に持つことが出来る。しかし首が長いので、そのまま首を突っ込めば解決するので、いずれ退化が進んでダチョウと同じ形になるだろうと思われる。

 南の暖かい地域で寒季を過ごし、暖季に入る頃に北へと移動を開始する、地上を走る渡り鳥である。

 草食怪物モンスターで、臆病おくびょうという特徴がある為、基本相手から攻撃をしてくることは少ないが、窮鼠きゅうそ猫を噛むと日本で言われているように、追い詰められた時のその自慢の脚力から繰り出される蹴りは非常に強力で、下手へたをすると、鉄の防具をもへこませることが出来る程の威力を持つ。

 その群れは、毎年暖季と乾季になると数千羽の群れを作って大移動を行うので、討伐とうばつ依頼というより食材確保の為の依頼が出され、大規模な作戦が行われる。通過時は、ルックカと東部にあるキダチの森の間との草原を南北に走り抜ける。

 狩猟しゅりょうの際は、防御力は大したことないので、どんな武器や魔法でも通り、近接武器での攻撃も一応問題ない。問題ないが、数千羽がものすごいスピードで走る中に飛び込んで、剣を振ろうなどという自殺志願者は普通いない。ここは安全に魔法や遠距離武器で仕留めるに限る。ただし魔法は威力が強すぎると、食肉として利用出来ない状態になってしまうので、注意が必要である。

 乾季に狩った足蹴鳥は、保存食として加工して寒季に食べ、暖季に狩った物はそのまま食堂や屋台などで、串焼きや唐揚げなどにして提供される。


「串唐揚げとか良いね」


 昼食を食べるにはまだ早いこの時間、どの店に行くにもあまり混雑しないだろうと、のんびりと各屋台などを見て歩いて行く。時折、目当ての物ではないが、良い匂いのする食べ物などがあって、非常に食欲をそそる。とはいえ、少ないながらも、すでに朝食を口にしているのであまり量は食べられないだろうと思われる。

 人通りが多い場所を通ると、どうしても周りからの視線が気になる。そんなにエルフが珍しいのだろうかと思いつつも、ふと目を向けた先に、香ばしい匂いをただよわせる屋台を見つけた。近くに寄ってみると、ケルケルの串唐揚げ屋台のようで、若い男性スタッフが、汗を流しながらも一生懸命に作っていた。

 よし、ここに決めた。


「すみません」

「あ、いらっしゃいませ!」


 注文をしようと話し掛けると、調理の手を止めてこちらに目を向けてきた。目が合うと一瞬固まるも、すぐに普通に応対してくれた。若干じゃっかん視線が私の耳に行くのは、無視することにする。


「串唐揚げを一本……いえ、この際ですから二本下さい」

「あ、は、はい。ただいま! え、えぇと、二本で六トルマです!」

「はい」

「は、はい。丁度いただきます。ありがとうございました!」

「じゃあねー」


 お金を渡すと、それと引き替えにウロウの葉にくるまれた形で、渡される。

 ウロウの葉とは、屋台などの持ち帰り用の料理を提供している店や、薬品を取り扱う店などで扱われていることが多い植物の葉である。とても大きくて柔らかい上に、破れにくくて丈夫じょうぶ。匂いもない為、食品などに匂い移りしない。そして、年中採れるのでスーパーの袋か紙袋、風呂敷のように広く使われる存在である。

 製紙技術はあり、多少お値段は張るとはいえ、広く本や紙が出回っている世界であるが、紙袋のように使い捨てとして使うには勿体もったいないことから、こういった場面ではウロウの葉や、地域によってはウロウに近いカルジーサの葉を使うことが多い。

 ウロウの葉に包まれた二本の内、一本を取りだし、町中を歩き回りながらかじり付く。出来たてだから熱々でサクサクで、でも中のお肉はすごく柔らかくて、肉汁が口の中に広がるも、脂っこさはなく、とてもサッパリしている。何か下処理に香草ハーブ系を使っているのか、わずかながら爽やかな風味も感じる。二本は流石さすがに多かったかなと思ったが、これなら胃もたれの心配もなく、ペロリと食べられてしまいそうだ。


「これは当たりね」


 そうつぶやきながら、冒険者ギルドへはいつ頃向かおうか思案していたところで、突如とつじょ背後から女性の声で呼び止められた。


「あ、あの! そこのエルフさん!」


 周りにエルフはいないので、必然呼ばれたのは私ということになる。串唐揚げをくわえながら振り返ると、人間族の、成人しているかしていないかくらいの見た目の少女が、息を切らせて立っていた。


「何かご用ですか?」


 記憶を探るも、こんな若い人間族の知り合いはいない。一〇年前までの冒険者時代のことを考えても、彼女は当時五歳かその辺りだろう。とても私と接点があるようには思えないが、一応害はなさそうなので話を聞こうと思う。


「あ、あの私、この先のルックカ冒険者ギルドで職員をしています、イユと言います。失礼ですが、フレンシアさんでお間違えないですか?」


 イユと名乗った少女は、息を整えると同時に、走ってきて乱れたキレイな茶髪のセミロングを手櫛てぐしで整えながら聞いてきた。


「はい、私がフレンシアですけど、私が何か?」


 本当に何かしただろうか。冒険者ギルドには後から向かおうと思っていたので、その予定が早まっただけと思えれば良いのだが、彼女の必死さからすると、何かまずいことでもあるのだろうか。私が知らない間に犯罪に荷担していたとか……それなら、ギルド職員じゃなく、町の衛兵やギルドに雇われた冒険者が来るはずである。では、何か引退時の書類に不備でもあったのか。それだとしても、一〇年間全く外部と接触を断っていた訳ではない。一応、行商人との交流はあったし、その護衛の冒険者と話をする機会だってあった。であれば、その時に知らせれば良いだけのこと、わざわざ私を探して町中を走り回る必要は見当たらない。

 疑問が頭の中をグルグルと駆け巡るも、答えに辿り着くことはなく、ただ串唐揚げを持った状態で固まっていた私は、そのまま彼女の次の言葉を待った。


「私と、一緒に、ギルドへ来ていただいてもよろしいでしょうか?」

「分かりました。元々後で行く予定でしたので、構いませんが」

「え? よろしいのですか?」

「え? はい」


 何か驚くようなことでも言っただろうか。とりあえず、次の予定は決まった。


「あの、串唐揚げ、一本食べますか?」

「へ?」

「美味しいですよ?」


 まだ、少し混乱している様子のイユさんへ、手に持つウロウの葉の包みを差し出す。このままでは話が進まないので、こちらから話題を振ってやり、落ち着かせる。


「え……と、よろしいのですか?」

「いいですよ。せっかくですから。温かい内に食べて下さい」

「は、い、ありがとうございま、す……頂きます」


 そう言って包みを受け取ったイユさんは、葉を広げ、串を取り出して食べ始める。


「あ、美味しいです」

「でしょ? この屋台の人、良い腕していますね」

「これ、どこで?」

「この通りの先の屋台ですよ。ところで、食べながらで良いのですが、ギルド職員であるあなたが、何で私を探していたのですか?」

「あ、そうでした! えぇと、ギルドに来た冒険者から、この町にフレンシアと名乗るエルフ族が来たらしいという話を聞きまして、それを聞いた別の職員が何やら慌てた様子でギルド長に伝えに行ったところ、私にあなたを探してギルドに連れてくるようにと指令を受けまして、それで……」

「大体の事情は分かりました。ですが、一体私は何をやらかしたのでしょうか?」

「私も詳しいことは何も……ただ、探してこいとだけ……」

「まぁ、行けば解決するのでしょ? でしたら、行くだけですよ。私もギルドには用事がありましたし」

「ありがとうございます」


 二人並ぶと、イユさんの方が少しだけ、私より背が低いことが分かった。私が一六〇ナンファくらいだから、一五〇ナンファ程だろうか。何となく包みをイユさんに渡したことで空いた左手を、左に立つ彼女の頭へと伸ばし、でる。


「ええ!」


 突然の行動に驚いた声を発するも、嫌がる素振りを見せなかったので、それから少しだけ撫でて手を離す。妹とか出来たらこんな感じなのだろうかと思った。年齢差は気にしないことにする。

 二人揃って串唐揚げを食べ終えた後、串を葉に包み、コートのポケットに入れる。葉はもちろん、串も木の枝をけずっただけの棒なので、どちらも燃料になる。宿屋の夜の明かりは当然自前のランタンを使うのだが、油もタダではないので、出来れば節約したい。よって、串をくだき、ウロウの葉と一緒に燃やし、明かり代わりに使おうと思ったのだ。決してケチではない。やりくり上手と言うのだと、誰も聞いていないのに無意味に強がる。

 通りを歩き、ギルドへ向かう途中、時折私は、出店や屋台を覗いたり本屋へ入ったりと、寄り道が多く、その都度つどイユさんに引っ張られて渋々しぶしぶ軌道修正する。しかし、隙を突いて、今度はアクセサリーショップに突撃するなどし、彼女を慌てさせていた。

 彼女には申し訳ないが、私の目的は、色々な町や村などの集落や、国を見て歩き、その風俗習慣ふうぞくしゅうかん、風習などとも言われるものなどを記録に残すことだ。ちゃんとギルドには行くのだから、多少の道草は許して欲しい。ただし、すぐに行くかどうかは別の話ということで。

 こんなこと、口に出せば流石のイユさんも怒るだろうと思うが、この人懐っこい少女の怒った表情も見てみたいと、ふと思ってしまった私は悪くないと思いたい。

 そんなやりとりをしていたら、目の前に、懐かしの冒険者ギルドの入り口が威圧感を持って現れた。威圧感を感じたのは、私が一〇年前一方的に冒険者を引退したことによる後ろめたさから来る物だろうか。いずれにしても、冒険者の再登録を行う為に遅かれ早かれ来ることになると分かっていたが、こうして目の前に立つと無意識に足が止まってしまう。自分一人であったら、ここで立ち往生してしまっていたかもしれないが、今ここには同行者がいる。


「では、フレンシアさん、行きましょうか」

「ん……」


 手を繋いでいた訳ではないが、イユさんに手を引かれるような感じがし、そのまま彼女の後に続いて、ギルドの扉をくぐった。

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