6頁目 独特な宿と季節の食べ物
早朝に町に到着した私は、門番さんに教えてもらった宿へと訪れていた。
「すみません」
扉を開け、朝食時で
「はい、いらっしゃいニャせー」
そこは「いらっしゃいませだニャ」じゃないのかとツッコミたくなったのを我慢し、今日からしばらく泊まりたいのだが、部屋は
「ちょっニャ、待ってくニャさい。店主-!」
いや、そこは無理あるだろうと思うも、そこもどうにか
「おう! どうしたニャン吉!」
まさかの男の娘なのかと
「えぇと、ニャチルさんで良いのですか?」
「そうニャすよ。本ニャーです!」
本名……で良いらしい。多分。
「じゃあ、宿屋台帳に記名してくれ。あ、お前さん見たところエルフみたいだが、字は書けるか?」
「大丈夫ですよ」
エルフ族は
「うん、問題ないな。じゃあしばらくよろしくなフレ吉!」
「フレンシアです」
その呼び名は店主独特の物だったらしい。
名前を名乗った時、食事をしていた一部の冒険者らしき格好をした人がピクリと反応した。
「?」
その冒険者へ目を向けるも、その後は黙々と朝食を食べていたので気のせいかと思う。
それから、鍵を受け取った私は、割り当てられた三階の一室へと向かうべく、階段を上がって部屋へ向かった。どうやら個室だったらしい。確かに、これならセキュリティ面はある程度問題ないと思う。荷物や武器を降ろし、コートを壁のハンガーに掛ける。ブーツを脱ぎ、ライトメタルの防具も取り
「ふぅ、やれやれ」
ベッドに腰掛けたところで一息
ぼんやりと窓の外を眺めたところで、そろそろ朝食が終わり、チェックアウトする人は大体出て行ったかなと思った私はブーツを
予想通り、早朝に来た時は
そこで、テーブルを掃除していたニャチルさんを呼び止める。
「すみません、この町で旬な食材を扱った、手頃な値段の名物とか人気な食べ物って、どこ行ったら食べられますか? 屋台とかでも良いんですけど」
宿屋とはいえ、食を扱う店で堂々と他店の
「ん~ここだと……旬からニャ少し外れますが、牛肉ニャすかね。豚肉は年中食べニャれますが、この季節だと油が強いので、ニャたしは好きじゃないです。特に気にしないなら、豚肉料理ニャいけると思いますよ。後は、暖野菜がニャー少ししたら出てくるかも」
内陸の国の更に大きいとはいえ辺境の町であるから海産物の取引は基本ないし、暖野菜、つまり春野菜の収穫は出荷まではまだ少しかかる。果物などを
「あ、これを忘れニャたです。この間、ケルケルの群れの大移動がニャったから、今ならそこら辺の屋台でニャ安く買えますよ」
「ありがとうございます。町巡りしながら探してみたいと思います」
「はニャ、いってらっしゃいませー!」
ニャチルさんに見送られ、宿を出た私は、早速、話に聞いたケルケルを食べる為に屋台を探す。
南の暖かい地域で寒季を過ごし、暖季に入る頃に北へと移動を開始する、地上を走る渡り鳥である。
草食
その群れは、毎年暖季と乾季になると数千羽の群れを作って大移動を行うので、
乾季に狩った足蹴鳥は、保存食として加工して寒季に食べ、暖季に狩った物はそのまま食堂や屋台などで、串焼きや唐揚げなどにして提供される。
「串唐揚げとか良いね」
昼食を食べるにはまだ早いこの時間、どの店に行くにもあまり混雑しないだろうと、のんびりと各屋台などを見て歩いて行く。時折、目当ての物ではないが、良い匂いのする食べ物などがあって、非常に食欲をそそる。とはいえ、少ないながらも、
人通りが多い場所を通ると、どうしても周りからの視線が気になる。そんなにエルフが珍しいのだろうかと思いつつも、ふと目を向けた先に、香ばしい匂いを
よし、ここに決めた。
「すみません」
「あ、いらっしゃいませ!」
注文をしようと話し掛けると、調理の手を止めてこちらに目を向けてきた。目が合うと一瞬固まるも、すぐに普通に応対してくれた。
「串唐揚げを一本……いえ、この際ですから二本下さい」
「あ、は、はい。ただいま! え、えぇと、二本で六トルマです!」
「はい」
「は、はい。丁度いただきます。ありがとうございました!」
「じゃあねー」
お金を渡すと、それと引き替えにウロウの葉に
ウロウの葉とは、屋台などの持ち帰り用の料理を提供している店や、薬品を取り扱う店などで扱われていることが多い植物の葉である。とても大きくて柔らかい上に、破れにくくて
製紙技術はあり、多少お値段は張るとはいえ、広く本や紙が出回っている世界であるが、紙袋のように使い捨てとして使うには
ウロウの葉に包まれた二本の内、一本を取りだし、町中を歩き回りながら
「これは当たりね」
そう
「あ、あの! そこのエルフさん!」
周りにエルフはいないので、必然呼ばれたのは私ということになる。串唐揚げを
「何かご用ですか?」
記憶を探るも、こんな若い人間族の知り合いはいない。一〇年前までの冒険者時代のことを考えても、彼女は当時五歳かその辺りだろう。とても私と接点があるようには思えないが、一応害はなさそうなので話を聞こうと思う。
「あ、あの私、この先のルックカ冒険者ギルドで職員をしています、イユと言います。失礼ですが、フレンシアさんでお間違えないですか?」
イユと名乗った少女は、息を整えると同時に、走ってきて乱れたキレイな茶髪のセミロングを
「はい、私がフレンシアですけど、私が何か?」
本当に何かしただろうか。冒険者ギルドには後から向かおうと思っていたので、その予定が早まっただけと思えれば良いのだが、彼女の必死さからすると、何かまずいことでもあるのだろうか。私が知らない間に犯罪に荷担していたとか……それなら、ギルド職員じゃなく、町の衛兵やギルドに雇われた冒険者が来るはずである。では、何か引退時の書類に不備でもあったのか。それだとしても、一〇年間全く外部と接触を断っていた訳ではない。一応、行商人との交流はあったし、その護衛の冒険者と話をする機会だってあった。であれば、その時に知らせれば良いだけのこと、わざわざ私を探して町中を走り回る必要は見当たらない。
疑問が頭の中をグルグルと駆け巡るも、答えに辿り着くことはなく、ただ串唐揚げを持った状態で固まっていた私は、そのまま彼女の次の言葉を待った。
「私と、一緒に、ギルドへ来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「分かりました。元々後で行く予定でしたので、構いませんが」
「え? よろしいのですか?」
「え? はい」
何か驚くようなことでも言っただろうか。とりあえず、次の予定は決まった。
「あの、串唐揚げ、一本食べますか?」
「へ?」
「美味しいですよ?」
まだ、少し混乱している様子のイユさんへ、手に持つウロウの葉の包みを差し出す。このままでは話が進まないので、こちらから話題を振ってやり、落ち着かせる。
「え……と、よろしいのですか?」
「いいですよ。せっかくですから。温かい内に食べて下さい」
「は、い、ありがとうございま、す……頂きます」
そう言って包みを受け取ったイユさんは、葉を広げ、串を取り出して食べ始める。
「あ、美味しいです」
「でしょ? この屋台の人、良い腕していますね」
「これ、どこで?」
「この通りの先の屋台ですよ。ところで、食べながらで良いのですが、ギルド職員であるあなたが、何で私を探していたのですか?」
「あ、そうでした! えぇと、ギルドに来た冒険者から、この町にフレンシアと名乗るエルフ族が来たらしいという話を聞きまして、それを聞いた別の職員が何やら慌てた様子でギルド長に伝えに行ったところ、私にあなたを探してギルドに連れてくるようにと指令を受けまして、それで……」
「大体の事情は分かりました。ですが、一体私は何をやらかしたのでしょうか?」
「私も詳しいことは何も……ただ、探してこいとだけ……」
「まぁ、行けば解決するのでしょ? でしたら、行くだけですよ。私もギルドには用事がありましたし」
「ありがとうございます」
二人並ぶと、イユさんの方が少しだけ、私より背が低いことが分かった。私が一六〇ナンファくらいだから、一五〇ナンファ程だろうか。何となく包みをイユさんに渡したことで空いた左手を、左に立つ彼女の頭へと伸ばし、
「ええ!」
突然の行動に驚いた声を発するも、嫌がる素振りを見せなかったので、それから少しだけ撫でて手を離す。妹とか出来たらこんな感じなのだろうかと思った。年齢差は気にしないことにする。
二人揃って串唐揚げを食べ終えた後、串を葉に包み、コートのポケットに入れる。葉はもちろん、串も木の枝を
通りを歩き、ギルドへ向かう途中、時折私は、出店や屋台を覗いたり本屋へ入ったりと、寄り道が多く、その
彼女には申し訳ないが、私の目的は、色々な町や村などの集落や、国を見て歩き、その
こんなこと、口に出せば流石のイユさんも怒るだろうと思うが、この人懐っこい少女の怒った表情も見てみたいと、ふと思ってしまった私は悪くないと思いたい。
そんなやりとりをしていたら、目の前に、懐かしの冒険者ギルドの入り口が威圧感を持って現れた。威圧感を感じたのは、私が一〇年前一方的に冒険者を引退したことによる後ろめたさから来る物だろうか。いずれにしても、冒険者の再登録を行う為に遅かれ早かれ来ることになると分かっていたが、こうして目の前に立つと無意識に足が止まってしまう。自分一人であったら、ここで立ち往生してしまっていたかもしれないが、今ここには同行者がいる。
「では、フレンシアさん、行きましょうか」
「ん……」
手を繋いでいた訳ではないが、イユさんに手を引かれるような感じがし、そのまま彼女の後に続いて、ギルドの扉を
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