5頁目 朝の恵みと鉱石の町ルックカ

 夜明けと共に目を覚ました私は立ち上がり、軽く伸びをして身体をほぐす。腰まで伸びた母親ゆずりの金髪を手櫛てぐしかしながら、今日の行程こうていを頭の中でめぐらせる。


「出来れば、朝の内に町に着きたいよね。ちゃんとした宿を取りたいし」


 ただ寝泊まりするだけなら安宿でも問題ないのだが、文字通り荷物となる物をかかえたまま依頼をこなす訳にはいかないので、必然的に余分な荷物は宿に置きっ放しになる。そうなると、セキュリティ面で不安の残る安宿には泊まれない。


「盗られて困る物……本は盗られたら嫌だよね」


 今、自分の手持ちで財産と言える物はまずお金、そして本だ。防具、特にライトメタルの防具や、父の形見の鉄火竜てっかりゅうのコートは高く売れるだろうが、こちらは普段から身に付けているので問題ない。狙撃銃ライフルも一応貴重品であるので高価ではあるのだが、弾薬の補充が手間な上にお金がかかる上にその弾薬も銃自体が貴重であるがゆえにあまり出回っていない。その為扱いに困るという状態であるので、せいぜいが骨董屋こっとうやや珍しい物好きが欲しがる程度であろう。


「まぁ私みたいに、魔弾や加工弾を撃ち出すみたいな使い方が出来るならありかもしれないけど……」


 そんな面倒なことをするくらいなら、素直に魔法を撃った方が楽であるので、結局は弾薬が十分に補給出来る環境でなければ、無用の長物ちょうぶつとなること必至ひっしである。だが、面倒毎めんどうごとに自ら巻き込まれるつもりはないので、念の為にと狙撃銃には布を幾重にも巻いて、長い棒のようにカムフラージュする。


「よし、準備完了。忘れ物は……ないね」


 まずは街道へ合流しようと思い、草原に広がる草をかき分けながらゆっくりと歩みを進める。しばらく歩いたところで街道へと着いた為、朝食をるべく腰を下ろす。

 朝食といっても、乾燥させた豆や木の実をびん詰めにしただけのものである。朝食前の祈りをささげ、私は歯ごたえのあるそれを、しっかりと咀嚼そしゃくしながら味を確かめて飲み込む。そして、水筒の水も少し口にし、食後の挨拶を軽く済ませる。


「そういえば、昨日、水しか飲んでなかった……」


 その水も、葉などに残った水滴を集めただけの物で、それで水分補給したかと問われれば微妙なところである。


「塩も舐めておけば良かったかな」


 ことごとく、こちらの世界の私は食生活が破綻はたんしていると実感する。かといって、転生前の自分もちゃんとした食事をっていたかと思えば、おそらく食べていないのだろうと予想する。こんな食事と言えないような食事でも満足し、今日も頑張ろうと言っているのだから。


「豆や木の実と言えば、向こうの世界にも同じような材料の栄養剤があったような……」


 やはり、今も昔も私の食は変わっていないようだ。昨日も考えていたが、冗談じゃなく本当にブラックな企業に勤めていたのかもしれない。原因は過労死だろうか。働き過ぎは程々に。


「このまま東へ進めばルックカ。おそらく半刻くらいかな。となると後五ファファルトちょっとかな」


 ファファルトとは、長さの単位である。地球で言うキロメートルに相当する。ちなみに、メートルはファルト、センチメートルはナンファルト、そしてミリメートルはナニファルトと表される。

 略式単位にするとFになるので、フィートと混合してしまいそうだが、こちらでは、メートルと同じ様式で長さを定義付けた人物の名がファルトだったことからそう呼ぶようになった。

 ファファルトは、本来はファルトファルトなのだが、それだと長いということでいつの間にか短くなって、今の呼び方になった。同じようにミリメートルもナンナンファルトから、ナンが二つあるからナニとし、そこにファルトをくっつけてナニファルトとした経緯がある。短く呼ぶ場合は、それぞれファファ、ファルト、ナンファ、ナニファとなるが、呼び方が違うだけで計算方式などは全て馴染なじみ深いメートル法で出来る為、助かっている。全てを一から覚えるのは流石さすがに厳しい。

 言語に関しては転生特典というべき物か、最初からこちらの世界の言語、少なくとも共通リトシ語は理解し自然と話すことが出来ているので問題ない。ただし、他国や他部族、種族では独自の言語や方言、なまりもあるだろうから、それら全てをカバーしているかどうかは実際に会って聞いてみなければ分からない。

 ルックカに着いたらまずは宿屋探し。それとギルドへの冒険者再登録を終えたら、本屋にでも寄って、言語辞典でも探してみるか。あるか微妙なところであるし、覚えたところで使えるとは限らないが、あるなら物は試しで読んでみようと思う。

 まだ肌寒い早朝、草原に伸びる街道を一人歩いているところに、時折風が流れ、自慢の髪が草花と一緒にサラサラと波打つ。こうしたほんの少しの自然に触れることにも、今の私は幸せを感じている。

 お世辞にも整備されているとは言いがたいが、何十年、何百年も繰り返し人や馬車の行き来によって踏み固められた街道を進むことしばらく、ようやく目的地であるルックカの壁が見えてきた。城壁と呼ぶような大きくも仰々ぎょうぎょうしくもない。あくまで外と中を区別し、野生動物が入り込まない程度の高さで築き上げられた物である。そして今、目の前で門が開かれようとしていた。


丁度の時間タイミングピッタリね」


 様々な物が詰め込まれた荷物であるが、特に重さを感じず、移動のさまたげになっていないのは、単にきたえられているからと言えるのだが、それでも荷物を下ろすことが出来るというのは、それとは別に何となくホッと出来るものである。


「おはようございます」

「おお、おはよう。早いな。今日はどうした?」

「冒険者登録をしようと思いまして」

「そうか。冒険者ギルドはこのまま真っ直ぐだが、分かるか?」

「はい、以前も来たことがあるので大丈夫です。ただ、拠点にする宿がまだですので、そこそこ安全な宿を紹介してもらえると嬉しいのですが」


 門番の人間のおじさんに話し掛け、宿の目星を付けていく。冒険者の再登録と言わなかったのは、ただ単に面倒くさかったからだ。それに一〇年も前の話だ。馴染みの職人などはまだ現役だろうが、その他の職種は一〇年もあれば色々と入れ替わりなどがあるだろう。それに、それ程関わっていない場合は覚えていないこともあると思う。エルフだから一〇年程度では全く見た目変わらないのだが。


「それじゃあ頑張れよ!」

「はい、ありがとうございました」


 門番のおじさんと軽く会話をわし、門をくぐる。未舗装みほそうの街道と違い、町の中は石畳いしだたみである程度の舗装は進んでいる。人通りもそこそこ多く、早朝にも関わらず活気かっきがある。ドワーフ族との交易こうえきで、安定して鉱石が入手出来ていることから、経済が安定しているのかもしれない。実際、貴重で高価なライトメタルも、他の町では入手すらも困難であるが、ルックカなら何とか手に入る程度にはあるのだ。ものすごく高いが。

 町並みは、中世の欧州ヨーロッパ彷彿ほうふつとさせるような外観の建物が多く建ち並んでいる。大体が二階か三階建てで、たまに四階建てがちらほら見える程度だ。

 基礎は石造りで屋根も赤いレンガを用いているが、壁材などの多くは木だ。これは、二つの森が近くにあることから、素材が比較的容易に手に入ることからだと思われる。高い建物が少ないのは、町の人口とバランスを取っているのか、あまり大型にすると強度不足の恐れがあるからか。いずれにせよ。中世の欧州でイメージされる高い塔などはみられない。

 これが王都になると、もっと大型な建物が乱立しているのだが、そこまで町並みを覚えている訳ではない。冒険者時代は、常に宿屋とギルドとを繋ぐ道を行き来する程度で、ギルドで依頼を受けたらすぐに町をっていた。そして帰ってきてもどこにも寄らずにギルドか宿屋のどちらかに寄るのを、ただひたすら繰り返していたので、印象に残っていないのも無理はないと思う。


「ここに来るのも一〇年振りね」


 二〇年前に訪れ、ここで冒険者登録した後は一年程滞在してすぐに王都へと拠点を移した為、あまりこの町のことを覚えていない。最後に来たのも一〇年前。冒険者の引退手続きが目的で里に帰るついでに寄っただけだ。

 ただ、いざ引退するとなった時は何やら私の変な噂が遠くの王都からわざわざ届いていたらしく、ギルド職員からは、考え直さないかと説得された覚えがある。当時は、ただ母の元へ帰りたかった一心であったので耳を貸さず、そのまま町を後にした。

 以来、森から出ることなく、外部との接触もたまに里を訪れる商隊の相手をするくらいであった。

 最初の頃は商人からも、もう一度冒険者に戻らないかと請われることもあったが、一年程やりとりした後は何も言ってこなくなった。

 なつかしい過去を思い出しつつも、紹介してもらった宿を探すべく通りを進んでいく。四階建ての建物なので、分かりやすいとのこと。

 しかし、歩いていると、あまり里から出ないエルフが町中にいることが珍しいのか、時折視線が向けられる。一応、距離があるとはいえ近所みたいなものだから、そこまで珍しがることもないと思うのだが……もしかしたら、エルフ族だからというより、この容姿にかれているからなのかもしれない。自意識過剰じいしきかじょうとは思わない。私自身、最初に水鏡で見た時「うわっやばっ」と驚いたものだ。

 大通り沿いに、目当ての宿らしき建物を見つける。


「えぇとイコッタね。うん、ここだわ」


 看板を確認すると、教えてもらった宿で間違いないようだ。

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