2頁目 家族会議と母の愛
エルフの里を訪れた商人相手に
「何でよ」
交渉を終えた私は、二冊の本を持ってトボトボと家へと歩いていた。
結局、六キユで三冊を希望したものの、二冊しか買うことが出来なかった。見事にやり返されてしまった形となる。その後は今の町の様子や他の交易の状況、同僚や奥さんへの
「ここでは、私くらいしか本買う人なんていないのだから、三冊くれても良いのに……」
エルフ族は本を読まない。エルフだけに限らないが、多くの亜人は人間のように文字として記録や記憶を残す習慣がないのである。その理由は様々であるが、例えばエルフであれば、長命であることが原因の一つとなっている。
ハーフエルフであれば、片親の種族によっては文字を学ぶ機会はあるだろうが、そもそものハーフエルフの数も少なく、この集落では私しかいないので分からない。
子が増えることもそう
実際ここ数百年の間、里の人口も四〇~五〇人とほとんど変わっていない。
ドワーフ族の場合は、人間と取引をする為、一応文字の読み書きは出来るが、それでも技術は口伝であったり見て盗めという職人気質だったりするので、やはり本をじっくり読むという文化が定着してない。
母も、簡単な単語程度なら読めないことはないが、書くことは難しいとのこと。
獣人族は、人間と生活圏が近かったり、
ちなみに、今回買った本は、とある旅人が諸国を
製紙技術は意外と広まっており、それなりに質も良く、それに合わせて
主な
パラパラとページをめくりながら、今日買った本の内容を眺めていると、段々と薄暗くなってきていた。作業台の上に掛けられたランタンに火を入れる。
「もう夕方か。さて、今夜も魔法薬作り、頑張ろうかな」
エルフは食事をほとんど
さて、と棚から必要な材料や道具を取り出していたところで、扉の外から母が私を呼ぶ声が聞こえた。
「シアちゃん、今ちょっと良い~?」
「アリン? いいよ?」
席を立とうしたところで、母が扉を開けて入ってきた。
「どうしたの?」
一見、普段と変わらない、
「ちょっと前から考えてたことなんだけどね~……シアちゃん、もう一度、冒険者にならない?」
「……え?」
何より、それは母が望んでいたことではなかったのだろうか。私が冒険者をしていた頃の母は、きっと内心で非常に心配していたことを何となく感じていたし、だから一〇年経ったことを
実際に一〇年振りに再会した時の安心したような表情は、今でも忘れられない。私の決意は間違っていなかったと思っていた。
「なんで……」
「私はシアちゃんの母親よ。だから分かるの」
いつもの間延びした話し方と違い、しっかりとした口調で言い切った。私は椅子に座り直し、改めて姿勢を正して母に向き直る。
「やめて欲しかったんじゃないの?」
「心配はしてたわ。それに、やめた後、一緒に暮らすこともすごく嬉しかったし毎日楽しいわ。でもね……シアちゃん、未練があるんじゃないの?」
「未練?」
未練なんてあっただろうかと首を
「あるわよ。商人さんとの取引を楽しみにしてたり、里の外の話をしたり、本をいっぱい買って、世界のことを学んだり、時々道具の手入れとか言いつつも、冒険者の頃に使っていた武器も手入れしていたり、狩りや採取の時に
「……」
未練、あり過ぎた。確かに、今の生活は満足しているが、物足りないとは常々思っていた。そのことを解消しようと本を読んだり、外の人の話を聞いたりとしていたが、それで満たされることはなかった。そのことに気付き、言葉を失ってしまう。
「だからね。お母さんね。シアちゃんが本当に冒険者を、また始めたいって言っても止めないわ。役目だとか、役割だとかで縛り付けたくないの。あなたは特別よ。生まれた頃から
「アリン……」
「もう、私のことは、お母さんって呼んでっていつも言ってるでしょ? あなたが疲れた時に帰ってくる場所は、この家なんだから。この家を守ることが、母としての
「ごめん、アリン……お母さん……」
「うん♪ でもね。この場合は、ごめんじゃないわ~」
いつもの口調に戻ったことに、思わず笑みがこぼれてしまが、気にせず今言うべき言葉を口にする。
「ありがとう。お母さん」
「うん♪ で、どうするの~?」
「うん、私、行くよ。冒険者に戻って……前はお金を
「
「話聞いてた?」
「聞いてたわよ~。世界の色んな美味しい物を食べ歩くんでしょ~?」
「それも間違ってないけど、間違ってる! 私は食べ物だけじゃなく、その土地のその人達の生活、文化などを見てみたいの。それと、人間、亜人などに限らず、
「うん、良いと思うわよ~。やりたいことをするのが一番。あ、でも~悪いことはしちゃ駄目だからね」
「しないよ。だって、お父さんとお母さんの子だもん」
「えぇ!」
話が一段落したところで、作業台の上の旅行記へと目を落とし、決断する。
「じゃあ、早速、準備しなきゃ」
「え?」
突然のその言葉に、母は驚いた様子である。
「決めたからには、早速明日には出るから」
「え~もうちょっと……来年にしない? もう少しゆっくり準備して~……」
「時間かけ過ぎじゃないかな! お母さんも未練あるんじゃん」
「それはそうよ~。だって、また娘としばらく会えないんだもの~」
「駄目だよ。余計に未練が残ると思う。うん、明日朝に出るから」
私の意思が固いことを認識したのか、母は諦め、
「そんな顔しないの」
「だって~」
やれやれ、これではどちらが親なのか分からない。先程までの立派な母親は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。だが、こんなのも悪くないなと、自然と
「あぁ~笑った~! もう知らない~。シアちゃんなんてどこへでも行っちゃえ~」
「さっきと言ってることが違う」
「やっぱり行かないで~」
「どっち!」
「嘘嘘、気を付けてね」
不意打ちである。突然そんな真剣な表情で言われたら、
「分かってる。無理や無茶はしない。長い旅になると思うけど、絶対にお母さんの元に帰ってくる。約束する」
「分かったわ~じゃあ、私はそろそろ寝るわね~明日朝は腕によりを掛けて豪華な食事にするんだから」
「ふふっ分かった。楽しみにしてる。じゃあおやすみ」
「おやすみ~」
母が部屋から出て行き、古びた扉が
まず武器は弓矢と剣。この剣は
続いて取り出したのは
この銃は、父の形見である。父も弾の補給が
銃はこの国ではすごく珍しいらしく、弾もなかなか手に入らない。だがそこは問題ない。魔法で
狙撃銃に限らないが、魔力を
私の魔力は二種類。雷と回復だ。戦闘向きと補助向きを二つも持ち合わせているので、両親に感謝だ。ちなみに母が回復で、父が雷だ。魔力は遺伝によって受け継がれ、それが一つか二つなのである。よって、二つの魔力を持つ親同士から子が生まれたとしても、四つの内、受け継がれるのは、同じく一つか二つになる。
雷魔法は基本
回復魔法は簡易詠唱による外傷の
後は補助武器として、いくつか投げナイフを持っておこう。不意打ちや
武器の確認はここまでとして、次は防具だ。
私の戦闘スタイルなら、いつものエルフの民族衣装でも問題ないのだが、露出も多いので
性能は問題ないのだ。それに見た目も、どこか和服を
上半身は
「灰色が多いかな」
小飛竜は全身がほぼ薄い灰色の為、必然防具も灰色となる。一応、アクセントとして、ベルトを赤くしたりしているが、ホットパンツが茶色ということもあり、地味さが
私もケチらずに塗装しておけば良かったかなと思いつつ、ならばと、父の形見である
「うん、深緑ね」
やっぱり地味であった。
鉄火竜。別に
前世日本人だった私からすると、鉄火と聞くとまず浮かぶイメージが美味しそうであるが、実際に美味しいらしい。是非とも食べてみたいが、珍しい怪物なので、なかなか機会は巡ってこないと思う。
アーマーにコートと
その他は、リュックサックに簡易キャンプ道具、魔法薬などの薬品に、後、薬草事典に何も書かれていない本を数冊。記録を残すのに、
着るか分からないが一応、今日まで着ていたエルフの民族衣装も持って行こう。リュックに入りきらない分は、腰のベルトに取り付けたサイドポーチ、それでも入りきらない分は、ベルトに直接取り付けたり、コートのポケットに入れたり、
頭部はどうするか。何も身に付けないのも良いが、一応、様々な環境へ行くことを
用意が出来たところで、一回着替えてみる。
「うん、意外と悪くないかも」
冒険者時代は流石にここまで大荷物を持っていた訳じゃなく、拠点となる宿屋に荷物を置いたり、商隊と行動の際には一緒に運んでもらったりするなどしていた為、ここまで用意することはなかったが、今回は拠点も決めず、パーティを組むつもりもなく、ただ一人で気ままにあちこち歩き回る予定なのでそれなりに荷物が必要なのである。
「しかし、あれだけあったのに、よく入ったね……」
パンパンに
「もしかして、この背負い袋、空間収納魔法とかかかってないよね?」
存在しないと否定したばかりであるが、もしかしたらあるのかもしれないと期待してしまう。だが、実際、入りきらなかった分はあるので、細かいことは気にしないことにする。
こうして、準備をしたところで、窓の外を見ると、薄らと空が白み始めていた。
「朝だ。今日から、私の新しい生活の一歩が始まるのか」
そう思うと、途端に胸が高鳴る気がした。
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